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76話 ヴェル・トピア


 イベント当日、王都は沸いていた。


───お祭り騒ぎだね。

 集合時間までの猶予を持て余した俺は、一人で会場周辺を散策していた。昼間から様々な屋台が通りに並んでいる。


 その中で、一際大きな人集りを見つけ、近付く。


「おい、あり得ねぇだろ……」


「強過ぎんだろ……十連勝だぞ」


 集まった人々の呟きを聞くに、何やら大事のようだ。


「いやそんなことより、どえらい美人だな」


「なぁおい、お前声掛けろよ」


 その呟きを聞き、確信する。


───普段なら無視する所だ。今回だけだよ。


「すみません、ちょっと通してもらえますか?」


 言いながら、人混みをかき分けて進む。


「よぉ、また会ったね」


「ふふ、誰かとおもたらあんさんかいな」


 そこにはエルフがいた。容姿が美しいからか、彼女の纏う香りが甘く脳へと伝達される。


───女の子の香り〜。

 年齢とかは聞かぬが花だろう。


「よく言うよ……」


 本来魔力放出の少ないはずのエルフが、ガンガンにそれを放出していた。まるで、「見つけてくれ」とでも言わんばかりに。


「“ヴェル・トピア”か……良い趣味だね」


 テーブルには、格子模様が描かれたボードが置かれている。


 それは、俺達の住む大陸”ヴェルドリーグ”を舞台にした設定のボードゲーム。盤面は10×10の百マスで、プレーヤーが扱う駒は八種。それぞれが大陸に住む八種族を模した駒になっている。


「シュートはん、一局どうどす?」


「……賭けるお金は無いけどね……」


 周囲で倒れ伏す男達。彼らが奪われたのは金か、自信か、それとも……。


「ふふ。勝てば良い話どすえ」


「……善処するよ」


 自慢ではないが、俺はヴェル・トピア初心者だ。ソロじゃプレイできないから当然ね。


「そうなぁ……“魔”を二柱、“獣”を二頭、あと“鱗”も落としましょか」


「……舐め過ぎじゃない?」


「ふふ。“龍”も落としましょか?」


「それでどう戦うつもりなのか、興味が湧く提案だね」


 “龍”は最強の駒だ。前後、左右、斜め四方全ての方角を制すことができる。チェスのクイーンみたいなもんだね。


「じゃあお言葉に甘えて」


「ふふ。ほな始めましょか」




☆☆★★★☆★☆




 対局序盤は俺の圧倒的優位で進んだ。


───まぁ、当たり前だけど……。

 盤面の両端三列列に整列して向かい合う両陣営、前列には“人”が十人配置されている。チェスのポーンよりは、将棋の歩兵に近い駒だ。彼らは前進あるのみ突き進む。


 俺は定石など知らない。とにかく制圧力の高い“魔”と“獣”を縦横無尽に動かし、敵の“人”を蹂躙していく作戦だ。


「シュートはん、意外と素直やなぁ」


 エルフは“人”を動かす。


 俺は“獣”を動かしてその“人”を落とした。


「どうかな、もしかして大嘘吐きかも知れないよ?」


「ふふ。冗談はも少し練習した方がえぇなぁ」


 言って、エルフは“樹”を動かす。


───あ……。

 俺の“獣”が一頭落とされた。


「最近は、大人しくない“エルフ”も多いんどすえ?」


「……まだ序盤だからね。作戦の内だよ」


 言って、さりげなく“魔”を下げる。


「ふふ。ほなこっちも貰いましょか」


「あ」


 もう一頭の獣も落とされてしまった。


「声出てますえ?」


「……もう油断しない」


「ふふ。ここから逆転できるやろか?」


 彼女の言葉に違和感を覚え、盤面を見直す。


 強力な手駒を立て続けに失ったが、未だ戦況は俺優位に見えた。


───俺、負けてるの?

 不慣れなボードゲーム、大局を見極めるのは困難だ。


「……悪いけど、遠慮なしで行くよ」


 言って、俺は“龍”を出す。チェスでクイーンを出撃させるのは悪手なのか。分からない。


「“樹”は貰った」


 チェスでもそうだが、トリッキーな動きをするナイトが意外と無視できない。それを排除した。


「ふふ。わっちは元々シュートはんに落ちとるけど───」


 言って、エルフは妖しく微笑む。


「───残念。八手先詰みどすなぁ」


「……え?」


 言われ、驚愕する。


「もしかして、俺の勝ち?」


「ほんま冗談が下手やなぁ」


 言いながら、エルフは“剣”を動かす。ドワーフを模したそれは、彼らの気質に倣い一直線に盤面を縦断する。


 そして、正面に居た俺の“鱗”、人魚を模したそれを落とした。


「わっちの“剣”は聖地で“祝福”を受け、“龍”に進化しました」


 それは、将棋の“成り”とチェスの“プロモーション”を合わせたようなルールで、成り同様ほとんどの駒が敵陣に辿り着くことで進化できる。そしてプロモーションよろしく最強の駒、“龍”の権能を得るんだ。


 これはヴェル・トピアにおける王、“羽”が天使を模しており、天使が全種族に平等に祝福を与える事に由来する。


 そして既に“龍”を出陣させた俺は、それと並んでいた“鱗”を取られたことで“羽”の守りが無い。


 “羽”自身を動かす事で延命できるが、決め手に欠ける。


───なるほど、誘導されてたのか。

 自分の駒が邪魔だ。前進した“人”と“魔”が揃って“龍”の足を引っ張っている。


 そしてこれはヴェル・トピア特有のルールだが、“魔”は“羽”を落とせない。


「……すると、五手前に勝敗は決まってたのか」


「ほぉ、戦略眼は流石やなぁ」


 エルフの“人”を俺が“獣”で落とした時。その時点で勝敗は決していたようだ。


「参りました」


「ふふ。おおきに」


 俺は頭を下げ、敗北を宣言する。まさか本当に負けるとは。


「さて、シュートはんには何をお願いしよか」


 エルフは綺麗な指を顎に当て、悩ましげに微笑む。


「い、生命……あと臓器以外で」


「ほな、心はもろてえぇの?」


 妖しく微笑む彼女は意味深に言う。そんな不確かなものを彼女(エルフ)が望むはずがない。


「考えておくよ」


「あら、負けたのに強気やなぁ?」


 首を傾げる仕草がいちいち綺麗で目を奪う。


「じゃあ、こういうのはどうどす?」


 口角を釣り上げ、妖しく微笑むエルフは提案する。


「わっちを、あんさんのパトロンに加えて頂く、いうのは」


「すみません、マルチ商法なら間に合ってます」


 俺は両手を上げて降参の意を示す。


「そんな警戒せんでもえぇやん……なぁ?」


 俺の食い気味のリアクションに面食らったのか、エルフは少し驚いた様子だ。


「いやごめん、ちゃんと聞こえなかったんだけど、何て言ったの?」


「そやから、パトロンにして欲しい言うとるんどす」


「……なんで?」


「あんさんが気に入ったからやけど?」


「んー、一応リアムにそう言っておくね」


「リアム様やのうて。もう、鈍感やなぁ」


 聞きながら、脳の冷静な部分で思考する。


 冒険者にパトロンがつく事はままある。多くが広告目的の利害関係ではあるが、一部では純粋な好意や厚意での支援もあると聞く。


 しかしそれらは、名のある実力者達に限った話だ。


「……薬の、モニターになる、とか?」


 仮説を立ててみる。彼女も薬屋で、薬の薬効を試す試験台に俺を使いたいのではないか。


 研究を好むエルフ自らが怪我をすることは少なく思えるし、冒険者がそれを使えば同時に口コミから広告的な役割も期待できる。


「まぁ……あんさんがそれで納得するなら、そうしましょ」


 しかしエルフは、何やら腑に落ちない様子だ。まぁ、考えても仕方ないか。


 そもそも、既に融資は受けてしまっているしね。


「じゃあそれで。他にも何か、俺に出来ることがあれば言ってよ」


「ふふ。まぁそれは良いとして、シュートはん、そろそろ時間やない?」


「うん、そうだね。でもその前に」


 俺は経験から反省し、先んじて手を打つ。


「名前、聞いてもいいかな?」


───いつまでも「エルフ」じゃ不便だし。

 タイミングを逃すとずっと呼び名に困ることになる。


「フローラ、言います。よしなに、シュートはん」


「うん、よろしく」


 出会いの挨拶を別れ際にするとは如何にもコミュ障だが、名を聞けただけでも合格点としよう。


「それじゃ……行ってくるよ」


 俺は席を立つ。大舞台が待ってるんだ。




☆☆★★★☆★☆




「……やっと来たわね、また迷子になったかと思ったわ」


「だから、あれは転送魔法のトラブルで不可抗力だったんだって」


 俺はリアムと合流した。


「時間まで、まだ余裕あるよね?」


「あなた、話聞いてなかったの?」


 リアムは呆れたように溜息を吐きながら言う。


「まぁ、間に合ったから良いでしょ……ん?」


───これは……。


───『何だ、知り合いか?』

 同じく気配に気付いたらしいリアムが尋ねてくる。


───うん。まさか、こんなとこで会うとはね。


「……久しぶりだな、シュート」


 現れたのは、四本の剣を携えた青年。


 笑みを浮かべれば町娘達が色めき立ちそうな顔に、冷たい表情をのせている。


 一言で言うなら金髪の美丈夫。後れ毛を耳の後ろで三つ編みにしているのが似合っている。


───どこの主人公だよ。

 ビジュアルの説明が面倒くさい。


「そっちこそ元気そうだね、ジーニアス」


 俺は名を呼ぶ。彼とは元々知り合いだ。


───『へぇ。この男、強いな。何者だ?』


───……まぁ今に分かるよ。

 リアムが勘繰るのも無理はない。


 目の前の男は“最強”を意味する称号を持つ男だからね。


お前(・・)がこんな所に居るとは思わなかったが……」


「まぁね。色々あったんだよ」


 俺はジーニアスの指摘を曖昧に受け流す。


───なんか、雰囲気変わったね。

 異名に見合った男に成長したという事か。そんなことを考えていると、


「……もう、ジニー! 先に行くなら言ってよ!」


 更なる新手が登場した。


「あ、あなたは……」


 現れた女性を前に、俺は絶句する。


 薄桃色の長髪、実年齢に対してやや幼く見えるであろう顔立ち。


 このクソ暑いのに全身をすっぽり覆うようなローブを身に着ける装い、熟練のそれが纏う乱れの無い表層魔力。


 ちなみに実年齢を幼く見積もらなかったのは、理由は色々あるがとりあえずはそのスタイルだ。彼女は発育がよろしかった。


───『これは、楽しめそうだな』

 リアムは何やら満足げに頷いている。


「……何、知り合い?」


「あぁ。彼はシュート」


 言って、ジーニアスは俺を現れた女性に紹介する。


「侮れない男だ」


 誤解。


「ふーん、見えないけど」


 女性はジーニアスの評価を訝しむ。まぁ妥当な判断だね。


「彼女はラズベル。今の(・・)俺の相棒(・・・・)だ」


「うん知ってる。ちなみにコイツは……」


───『……おい』


「……えっと、彼女(・・)はリアム。俺の……配偶者だよ」


「ふふ。お二方ともよろしくね」


「へぇ……」


 ラズベルは驚いた表情を見せる。意外なのだろう。


───“エルフの嫁”を娶る男には、見えないよね……。

 だが疑わせる訳にはいかない。


「それじゃあ、挨拶もそこそこに悪いのだけど、僕達はいかないといけないから。失礼するわね」


「そうか。それじゃあ、会場で」


 リアムは二人に別れを告げ、ジーニアスの返事を受けて踵を返した。


───え、一緒に行かないの?

 俺は疑問を浮かべる。恐らくジーニアス達もイベントの挑戦者なのだろう。目的地は一緒だと思ったのだが。


───『良いからついてこい』




☆☆☆★☆☆☆☆




「……まさか、シュートが出るとは」


 二人を見送った後、残された金髪の青年は呟く。


「誰が出てきても同じでしょ?」


「そうだが……」


 青年の表情には、先程まで見られなかった”緊張”の色が浮かんでいた。


「……もし、勝てなかったら(・・・・・・・)


「“心圧(マインド・プレス)”」


 弱音とも取れる青年の言葉を聞き、女性は魔法を唱える。


「勝てるわよ。ジニー、私の言葉を信じなさい」


 そして、言葉を掛ける。励ましか、何かしらの暗示か。


「……そうだな。その通りだ」


 空言のように呟く青年の表情に、緊張の色は残っていなかった。



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