75話 カップルシートじゃねぇか!
「こんなのはどうかにゃ?」
「良いと思う」
一時間が経過した。
「……じゃあ、こっちは?」
「うん、良いと思う」
俺がこの店を訪れ、このベンチに座らされてからそれだけの時間が経っていた。誇張は一切していない。お手元の腕時計で、マジで短い針が一周したのだ。
その間同行者の猫耳少女は、カーテンを開け閉めしてその度に変化する装いの感想を求めてくるのである。
「これはどうかにゃ?」
「あぁ、良いと思う」
その数、既に六十着以上。
マジで一分に一回着替えているのだ。着替えの早さもさることながら、服を半ば放り投げるようにフィッティングルームに届ける店員の手際も凄まじい。
「これは……ちょっと派手過ぎるかにゃ?」
「いや、良いと思う」
恐ろしい話だ。
俺達は騎士団本部を後にして、その足で何故か服屋を訪れていた。そして間もなく猫耳少女のファッションショーが開幕したのだ。
最初はちゃんと「可愛い」とか言っていた。でも、考えて欲しい。俺に女性を褒めるボキャブラリーが豊富に備わっていたなら、十代を二周して一人の彼女もできないなどあり得ないという事を。
「じゃあ、こういうのは?」
「まぁ、良いと思う」
既に、俺の脳は適切なタイミングで相槌を打つことのみに終始している状態。
「次で最後だにゃ」
カーテン越しに聞こえた言葉に心から安堵した。
「どう……かにゃ?」
「あぁ……」
彼女の装いは、前世のセーラー服のようなデザインだった。
この世界の船乗りがどんな服装をしているかは知らないが、それが女性の魅力を引き出す最適なデザインである事は異世界共通らしい。
「似合ってるよ」
「にゃはっ!」
俺は本心でそう伝えた。満足したらしい少女は、笑みを浮かべると店員へと声を賭けた。
「全部買うにゃ」
もうなんでも良いよ。
「次は、シュー君の番だにゃ?」
「え」
「お金のことは気にしなくて良いにゃ。剣聖から貰った報酬があればお釣りが来るにゃ」
「そうですか」
言って、店員に誘導されるままに今度は俺がフィッティングルームに案内された。
俺は服装にそれほどこだわりはないので、手触りの良いシャツにカーゴパンツを選んだ。
このポケットがいっぱい付いてるズボンが安心するんだよ。何を入れるって訳でもないんだけどね。
そして最後に、黒いロングコートを買って貰った。
「夏なのにコート?」
「にゃ、ダンジョン内の気候は不規則だにゃ? それに、防具としても使えるにゃ」
見ると、コートの内側には三つの魔法陣が連動して描かれていた。恐らく、温度調節、状態維持、魔法耐性なんかの効力が付されているのだろう。
考えるまでもなく高級品だ。彼女はこれを、俺に買ってくれると言う。
───ヒモみたいだね……。
笑顔の店員さんが俺達をどう思っているのか、心配になったが考えるのはやめた。
「今のシュー君なら十分扱えるにゃ」
「……どういうこと?」
そうして新たな装いを纏い、二人して店を出た。
「お腹空いたにゃあ。ちょっと遅いけどご飯にするかにゃ?」
言うまでもなく遅くなったのは彼女のせいだ。とはいえ、俺も朝から何も食べていない。食事をとる事には賛成だった。
「うん、そうしよう。この辺だと飯を食えるのは……」
「にゃ、お店ならもう予約してあるにゃ?」
「いつ? ねぇいつそんなタイミングがあったの?」
連れて行かれたのは、普段なら絶対に利用しない類の喫茶店だった。
「めっちゃ並んでるね……」
お昼時は既に遠く過ぎているのにも関わらず、店の前には長蛇の列。察するに、客が求めるのは食事というよりもサービスないしは空間なのだろう。
前世でも小洒落たカフェが昼夜問わず賑わっていた事を思い出す。
「あたし達はこっちだにゃ」
「お、おい」
猫耳少女は俺の手をぐいぐいと引っ張り、列を無視して入店する。
「いらっしゃいませ〜! 二名様ですか?」
「予約してたあたしだにゃ、席、あるかにゃ?」
───本当に予約したの?
普通、名前とか名乗るもんじゃない?
「はい、お待ちしておりました! こちらへどうぞ!」
杞憂だったようだ。
しかし、なんというか派手な店だ。内装は白を基調としているが、ソファやクッションなど、そこかしこにピンクとか水色とかペールトーンが散りばめられている。
シルバニアファミリーみたいだ。かなり居心地が悪い。
「こちらです!」
「ありがとにゃ!」
「おいおいちょっと待て」
俺達は店員に先導され、広い店内の奥の席へと通された。その席はしきりの無い開けた店内で、わざわざ段差を用いて一段高く設定されている。
目立つ。
寧ろそうなることが目的であるかのように、ソファもクッションもテーブルも背後の壁の装飾もどれも、めちゃくちゃ派手なデザインでまとめられている。ここまでくれば、もはや疑いようもない。
「カップルシートじゃねぇか!!」
「大きい声出したら迷惑だにゃ?」
言って、二人がけのソファに座った猫耳少女は自身の左側、空いた空間を叩いて俺を見る。
「座れと?」
カップルシートは当然二人用。少女が座るソファの対面に席は無い。
そして妖しく微笑む少女の背後の壁にはどでかいハートが描かれている。
「諦めるにゃ」
俺に、逃げ道はないらしい。溜息を吐いた俺は、促される席へと腰掛ける。ちょうどいい硬さのソファだ。
「お飲み物をお持ち致しました!」
「ありがとにゃ」
「待て待て待て」
運び込まれたのは、パフェとか作る用の底が深いタイプの容器。水色の何某かの液体が注ぎ込まれたそれに、ストローが二本刺さっている。
「俺の分は?」
「……これだにゃ?」
「……俺がおかしいのかな? 君今、三分の一ぐらい一気飲みしたよね?」
広いテーブルに置かれた容器は、少女の手元の一つだけである。
「ピンクのストローがあたし、白がシュー君だにゃ?」
「オーノー……」
後で店員に水でも持ってきてもらおう。
「ピンクが良かったなら、謝るにゃ」
「そういう問題じゃないね。うん、せっかくだし白も使っていいよ」
言いながら、見るともなく周囲の様子を窺う。
───目立っている……。
賑やかな店内のそこかしこから無数の視線を感じる。そういう目的で作られた席なのだから当然だ。
「すみません……視線を感じて食べにくいのですが……」
俺はダメもとで店員に声を掛ける。
これだけ好奇の視線───チラ見───に晒されたら食欲も引っ込む。あとそれに混じって、一部から羨望の眼差し───ガン見───を感じるのが怖い。
「それでしたら、カーテンを閉めさせて頂きますね!」
「もうシュー君ったら、そんなに二人っきりが良いのかにゃ?」
「うん、その方が二億倍はマシだね」
そんなやり取りの後に、店員はカーテンを閉めてくれる。
───まぁ、知ってたけどね。
透け透けのシアーカーテンだった。
こちらからも他の客の顔が判別できる以上、外から見ても同じなのだろう。
隠そうとする方が返って目立つ。
布を一枚挟んだ事で、これ幸いと客達は遠慮なくこちらをガン見するのだった。
「お待たせ致しました! こちら、スープでございます!」
「ありがとにゃ〜」
「ねぇ待って」
再び訪れた店員。運び込まれたのは大きめの器。クラムチャウダーだろうか、クリーミーなスープは確かに食欲をそそる。
しかし、問題はその大きさだ。まるで、二人分ありますとでも言いたげな存在感を放っている。
「なんで器一個なの?」
「安心して欲しいにゃ。ちゃんと二人分頼んだにゃ」
「はい。そのように準備させて頂いております!」
即答する猫耳少女と自信満々に胸を逸らす店員は息ぴったりだ。なんか、気不味い。俺がわがまま言ってごねてるみたいになっている。
「……まぁそれはこの際良いよ、そういうコンセプトなのは分かった。分かったけど……」
突き刺さる周囲の視線。まるで、俺が物分かりの悪いクレーマーみたいになってる。異世界では食器をシェアするのが常識なのか。
「なんで、スプーンも一つしかないの?」
しかし、と思う。これは流石に如何なものだろう。
「? 必要ないからだにゃ?」
「……手で食えと? え? もしかして、君も俺を犬だと思ってる?」
俺は健全な日本人なので、衛生面の観点からも食器は別々のものを用意して欲しい。大皿の料理でも、せめて取り皿が欲しい。
しかし、この店では取り皿はおろか、俺の分のスプーンすら出てこないのだ。
「はい、シュー君。あーん」
あーん(死刑執行)
これだけ衆目に晒される中でこれは、間違いなく罰ゲームだ。俺はいったい何に負けたのだろう。
「いい、いいよ! スプーンくらい俺も使えるから!」
「にゃ!?」
手のひらを見せて抵抗する俺の言葉に猫耳少女は驚愕する。そして顔を赤らめ、もじもじとしだした。
「そ、そういうのも、アリかにゃ……?」
少女はスプーンを器に置くと、目を閉じて口を開ける。
「……何してるの?」
少女は動かない。顔は赤いので、多分恥ずかしくはあるのだろう。
───とはいえ、目を閉じる必要はないと思うけどね。
観念した俺は、意識を自律応答モードへと切り替える。
───考えたら負けだ。
こうなったら現実逃避である。
そうして意識と思考回路を切り離した俺は、淡白に相槌を打ちつつ、頬を染める少女の食事の世話を甲斐甲斐しく行った。
面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。




