74話 動機を聞いても?
「分隊長・ケイン、入ります!」
騎士団の本拠地へと連行された俺は、建物五階の扉の前に立たされていた。
───ん? 牢屋じゃなくて?
そこは、応接室的な部屋だった。
ノックをしたケインが身分を名乗り、俺を先導して部屋に入る。すると、二人の人物が向かい合うようにソファに腰掛け、待ち構えていた。
「……また貴様か」
「にゃ、シュー君奇遇だにゃ! もしかして迎えに来てくれたのかにゃ?」
「げっ」
レイスとルーニアだった。
「報告致します!」
片膝をつき胸に手を当て、最敬礼の姿勢でケインが報告する。
「東部スラム街にて、武装した市民二十名と交戦したと思しき人物を連行しました」
───チンピラでならず者集団だけど、一応市民ではあるか。
驚くことに、駅の転移魔法陣を利用した俺は街外れのスラムに飛ばされていた。
ならず者に占拠されて使用不可になった駅。それがさっきの廃墟だ。
そしてゲビルとはあの後すぐに別れた。彼は病院に行ったんだ。怪我の手当もあるけど、お腹の調子が何より心配だ。
病院にはゲリックが同行した。彼は医者に、腹痛の原因を説明しなければならない。
「状況は?」
「はい。部下三名に現場検証を行わせていますが、二十名の市民は……いずれも命はありませんでした」
「そうか」
───え、ここで事情聴取するの?
「あの、発言良いかな?」
「何だ」
俺は疑問を解消すべく口を開く。
「俺は、何でここに居るんですか?」
「……記憶喪失を装っているなら無駄だ」
「あ、そうじゃなくて、牢屋とかに入れられるんじゃないの?」
嫌な予感。
「タレコミがあったのだ」
「にゃはっ!」
笑みを浮かべたルーニアは立ち上がり、口を開く。
「街の警備、ご苦労だにゃ!」
「はっ! 身に余る光栄です!」
ルーニアの労いに、ケインは平伏して答える。
ルーニアは背筋を伸ばし、挙手注目の敬礼を行っていた。前世で警察とかがやっていた、五指揃えた右手をこめかみ前に持ってくるあれ。
「今後も街の治安維持のためにその身を捧げるにゃ!」
「はい! 身命を賭してその任を全うする所存です!」
「にゃ! 下がっていいにゃ!」
「はっ!」
ルーニアの言葉を受け、ケインは退室していった。
「おい、私の部下だぞ」
一連の流れを黙って見ていたレイスが溜息と共に悪態を吐く。
「やっぱり今の騎士団は仕上がってて気分が良いにゃ、たまに遊びに来ることにするにゃ」
「……職務の邪魔だ」
気まぐれな少女の横暴に、レイスはまたも溜息を吐いた。そして表情を引き締めた彼は、本題とばかりに切り出した。
「“スラムでならず者が好き放題やってるから腕利きの騎士を派遣しろ”。それが今朝受けたタレコミだ。そうして調査に向かわせた分隊長が報告に来た訳だが、どうやら大捕物だったらしいな」
「いやぁ、それほどでもないよ」
俺は冗談を用いて返答する。ルーニアは退室する意志がないらしく、再度ソファに腰掛けると足を伸ばして寛いでいた。
「二十人、か。動機を聞いても?」
「被告人は正当防衛を主張します」
チンピラ集団は確実に俺の命を奪うつもりだった。俺はそれを迎撃しただけのこと。
「で、俺の処分はどうなるの?」
「……貴様には借りがある」
「……は?」
───また、“貸し借り”……。
俺の財産は一人歩きし過ぎている。
「D」
「Aだにゃ」
立ち尽くす俺を放置して、二人は何やら交渉を始めた。
「それは吹っかけるにしても法外過ぎるだろう。一般人の情報はDが上限だと聞いたが?」
「モノによるにゃ〜。それに、あたしがシュー君の情報を負けることはないにゃ」
蚊帳の外の俺は、やり取りをボーッと眺める。せめて座る許可を出してから話し込んで欲しい。
「……仕方あるまい」
レイスは本日三度目の溜息を吐く。
俺の不満とは裏腹に、どうやら交渉は早くも成立しそうだった。
「良いだろう。しかし今回限りだ。今後、一般人の情報はCで取引する。これが条件だ」
「にゃはっ! やったにゃ!」
文字通り、飛び上がって喜んだルーニアは俺の前に立って微笑む。
「じゃ、もうここに用は無いにゃ」
「え?」
「……おい、外してやれ」
「はっ!」
レイスの指示により、素早く室内に入ってきた騎士が俺の手錠を外してくれた。
「調書はこちらで用意する。この話は終わりだ。それと、遺体の回収に人を出してやれ」
「は! いえ、それでしたら先程既にケイン殿他五名が現地に向かって出発しおります」
「そうか……気の利く男だ」
俺の手錠を外し解放してくれた騎士が、持ってきた俺の剣を返してくれた。
ケインは現場の後始末に向かったという。スラムのならず者に身寄りなど無い。だから、彼らの埋葬やその他の手続きも騎士団が行うのだろう。
レイスはそういう人格だ。それは理解できる。
しかし、分からない。
「こちらの用は済んだ。仕事の邪魔だ、さっさと出ていけ」
「言われなくともそうするにゃ」
「え、何、どうして?」
困惑する俺をよそに、ルーニアは俺の腕に抱きついてぐいぐいと引っ張っていく。
「デートだにゃ。今日は邪魔者が居ないから、存分に遊べるにゃ?」
鳥肌が立った。
振り返ると、目の合ったレイスが口も開かずに手だけで「さっさと行け」と伝えてくる。それを見て、俺は思った。
───もしかしてこれ、厄介事を押し付けられただけなのでは?
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