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7話 天使の祈り(笑)


「ねぇ起きて、あなた、ご飯よ」


「キャッキャ♪」


「パパー、朝だよー」


 眠気眼を擦りながら身を起こすと、幼児の声が聞こえる。


───そうだ、子供が生まれたんだった。


「うーん……あと五分」


 俺は速攻で二度寝した。子供が何人居ようが関係ない。俺は疲れてるんだ。


「あなた、良い加減起きないと、アビィもデビィも待っているのよ?」


「ねぇパパー」


「パパ早くー」


 そんな俺に呆れたエルフは立ち上がり、俺の横たわるベッドへと歩み寄って来る。


 エルフの気配と、子供達の声。名前まで決まっているのか、手の込んだ夢だ。


───夢?


 そうだ夢だ! という事はこの後!!


 俺は腹筋に力を込める。そして、


「───さっさと起きろ!」


「ぶっふぇら!!」


 怒号と共に、衝撃は右頬に走った。


 あまりの痛みに目を見開くと、そこにはいつもの我が家といつものエルフの顔。


「ぷっ……さっさと支度しろ」


 ごく自然に暴力を振るったエルフは、俺のリアクションを鼻で笑った。


「こ、子供は?」


「……居る訳ないだろう」


───そうだ、コイツ、男だったんだ。

 子供など生まれる訳がなかった。


「今日も仕事だ。腹ごしらえをしておけ」


「ぐむっ!」


 エルフは俺の口にパンを押し込む。乾燥したパンに口内の水分を持ってかれてむせる。


 そして今日もエルフは髪が濡れているな。毎朝シャワーを浴びる事をルーティンにしているのかも。朝活とは随分生産性が高いね。


「……準備があるから僕は先に出る」


 エルフは魔法で髪を乾かすと、ヅラを着けて出て行った。


「えぇ……」


 まるで王様みたいな振る舞い。犬小屋(ワンルーム)の王、笑える。


───これは、長い戦いになりそうだ。

 俺は重い腰を上げる。戦いは始まったばかりだ。


 敵は詐欺師。俺はペット。


 この関係を解消或いは改善する。それが俺のゴール。


 目下の目標は、朝のパンにジャムを塗ってもらう事である。




☆☆★★☆★★☆




───ピンポーン


 身支度を整えていると、ワンルームに安っぽい電子音が響いた。


 そう、我が家にはインターフォンが搭載されている。しかも画面付き。


 魔法と異種族のファンタジー、その気配の欠片も感じられない現実だね。


「おはようございますにゃ。シュー君、居るかにゃ?」


 インターフォンに出ると、ドアの前には底抜けに明るい笑顔でカメラに視線を送る少女が居た。


 「にゃ」という特徴的な語尾は、彼女の種族に由来するものだろうか。


 その容姿は、日本語で表現するところの猫耳少女、そのものだった。


 しかし、それはコスプレなどではない。


 彼女の耳は頭頂部の一対のみで、その耳は彼女の表情に合わせて器用に上下する。


 正真正銘の猫耳少女。彼女は獣人族だ。


 前言撤回、急にファンタジーだね。


「……よぉ、ルーニア。何の用?」


 俺はドアを開けて対応する。


 動物らしい毛が目立つのは、頭部の耳とお尻の辺りから生えた尻尾のみ。その他の肌に毛は無く、小麦色に日焼けしていた。


 長い黒髪はツーサイドアップにまとめられ、ぱっつんに切り揃えた前髪の下にはトパーズの輝きを秘めた大きな瞳。半袖の黒いワンピースは彼女によく似合っている。


 そんな快活な雰囲気の少女は、その印象に違わない明るい声で言った。


「大した用ではないにゃ〜」


 朝から用もなく部屋を訪ねてくる猫耳少女。俺の中の“男”が浮き足立つのが分かる。


 だが、落ち着け。しっかりと地に足をつけろ。妄想を振り切れ。


「じゃあここで聞くよ」


 最近は常軌を逸した美貌の男の娘エルフの口車に乗せられて警戒が緩んでたけど、俺は弱者だ。


「近所迷惑になっちゃうにゃ?」


「奇遇だね、俺もちょうど声のボリューム調整の練習しようと思ってたんだ。付き合ってあげるよ」


 正直部屋には入れたくない。


 何かのきっかけで、結婚詐欺に遭ったことがバレたら不味い。


「心配しなくとも、同居人の事なら知ってるにゃ〜」


「……え?」


 彼女が意味深な笑みでさらっと言った言葉に、俺は一瞬動揺してすぐに考えを改める。


 そもそもこの猫耳少女とは、そういう存在だったな、と。


「耳が早いね」


「にゃはっ! 猫は(・・)地獄耳(・・・)なんだ(・・・)にゃ(・・)?」


「しーっ! 静かにっ!」


 彼女の職業は、情報屋(・・・)。異常に耳が早いのも当然か。


 あと明るい彼女の声は普通にうるさい。


 我が家は街の外れにあるアパート、その二階にある。


 両隣の部屋は空き部屋だから、苦情とかは来ないだろうけど……。


「という訳で、お邪魔しますにゃ〜」


「おい! 何勝手に……!」


 少女は玄関を遮る俺の脇をするりとすり抜け、部屋へと歩く。何という身のこなし。


───猫は液体、か。

 それは異世界共通の常識みたいだ。




☆☆★★☆★★☆




「相変わらず、色気の無い部屋だにゃ〜。シュー君、さてはモテないにゃ?」


 部屋に入ったルーニアは、部屋の様子を遠慮なく見回していた。


 俺はテーブルを適当に片付けて、向かい合って座る。


「ま、シュー君はもうモテなくても良いかも知れないけどにゃ〜?」


「そうかもね」


 曖昧に返答しておく。


「あ! このメモリーカード、使ってるんだにゃ?」


「猫ちゃん躾がなってないね、他人(ひと)ん家ではもう少し大人しくするもんだよ」


 ルーニアは声を弾ませ、俺の愛用する卓上コンピュータに刺された外部メモリ端末を指差す。


 驚くなかれ、この世界では何と、インターネット回線も存在しているのだ。もうもはやファンタジーもクソも無い。


 以前、プロバイダー業者の営業が訪ねて来た記憶が懐かしい。あれはまさに、鬼気迫る勧誘だった。


『ご利用の回線は脆弱で情報漏洩のリスクがあります! 弊社の魔法回線ならセキュリティ強度が二倍に向上しますから、とにかく話だけでも聞いて下さい! どうか、どうかお部屋に入れて下さい! お願いです! 通信環境だけでも確認させて下さい! 短時間で済みます! 無料(タダ)です! ダメですか!? ダメならせめてこのメモリーカードを使って下さい! 今、今すぐコンピュータに接続して下さい! でないと俺、帰れないんです!! 家族が、娘の命がかかってるんです!!』


 彼の魂の叫びは今も脳裏に焼き付いている。


 異世界でも営業職のノルマって、あそこまで人格を破壊するんだ……恐ろしい話だね。


「で、要件は?」


「にゃ! そうだったにゃ!」


 美少女との逢い引きの妄想を、営業職の狂行で上書きした俺は本題を促す。


「改めまして、シュート様。この度はご結婚、誠におめでとうございます、にゃ」


 ルーニアは居住まいを正すと、丁寧に頭を下げてそれだけを口にした。


───奴との結婚も織り込み済み、か。

 彼女は、全家庭の戸籍謄本を読破していたとしても、全くおかしくない次元で事情通だ。


 恐ろしや情報屋。


「うん、ありがとね」


 まぁ結婚詐欺だったんだけど。


「今回は結婚祝いとして、こちらの品をお渡ししに来たにゃ」


 言って、ルーニアは小さな箱を取り出す。


「……これは?」


 受け取った箱を開けると、そこには小さな二つの金属の輪があった。


「天使族の祈りが込められた、特殊な指輪ですにゃ。是非、こちらをお使い下さいにゃ」


 ルーニアの言う通り、二つの指輪にはそれぞれ特殊な紋様が彫られている。


 天使族の祈りとやらがどれ程のものかは知らない。まぁ縁起物なんじゃないかな。意外と気の利いたものを用意してるね。


 しかし、


「結婚祝いで、指輪?」


 違和感(・・・)


「……それは、シュー君にこれから必要になるものだにゃ」


 微笑む少女を見ると、目の奥が昏く光っている。彼女がいつも、俺を陥れる時に見せる妖しい笑みだ。


 彼女は、会う度に「上手い話がある」と言って俺に無理難題を吹っかける。


 そして、彼女はこれが「俺に必要なもの」だと言った。


 ゴクリ


「……怪しい物では、ないんだね?」


「もちろんだにゃ。祝いの品だにゃ?」


 小首を傾げる彼女の表情に、先程までの妖しさはない。


 俺は胸を撫で下ろした。


「そういう事なら貰っておくよ。ありがとね」


「いえいえ。代金は、そうだにゃ〜、内臓二個で手を打つにゃ」


「……え??」


 撫で下ろしかけた手で心臓の鼓動を確認した。


 何故だろう。その在処(ありか)を確かめたくなったのだ。


「にゃはっ! 冗談だにゃ。シュー君はどうせ、結婚指輪の一つも用意していないと思っていたにゃ。そんなんだからモテないにゃ〜」


 ルーニアの言葉に、喉に留めていた息を全て吐き出した。


「ま、シュー君の相手はいつでもあたしがしてあげるけどにゃ〜」


 勘違いするな俺の自意識、その先にあるのは破滅だ。


「要件はそれだけ?」


「もちろん違うにゃ。この指輪を転売して、一儲けしないかにゃ? 仕入れは一口百個からだにゃ。儲かるにゃ〜?」


「はいはい。カモにしたいなら他を当たってね」


 魔法のある異世界で「天使の祈り(笑)」の霊感商法とか詐欺過ぎるだろ誰が引っ掛かるんだ。


「嫌かにゃ? じゃあ、こっちならどうかにゃ?」


 微笑みを絶やさない少女を前に、俺は身構える。


 彼女の冗談は、本題の前振り。


 彼女はテーブルに複雑に加工された棒状の金属を置いた。


「……鍵?」


 それは指輪同様、特殊な紋様が掘られているが恐らく鍵だ。棒の先に突起が付いている。


「これの調査をして欲しいにゃ。できるかにゃ?」


「……それが、“指輪”の代金ってことか」


「察しが良くて助かるにゃ〜」


 内臓二個の代わり。金はいいから依頼を受けろ。


「シュー君、全力出せば稼げる癖に、ほっといたら無一文になってるんだもんにゃ〜」


「そろそろ君が来る頃だと思って、ね」


 笑みで答える俺の言葉は冗談だ。


 彼女は定期的に俺に厄介な依頼を持ち込む。命懸けの大仕事。俺は幾度となく地獄を見た。


「世話が焼けるにゃ。ちゃんと全力でやるんだにゃ?」


「まぁ程々にね」


「……ま、そんな話はいいとして、本題だにゃ」


 言って、表情を切り替えた猫耳少女はまた、あの妖しい笑みを浮かべる。


 それを見て、俺は決心した。


「絶対に儲かる上手い話があるんだにゃ、聞くかにゃ?」


「マルチ商法なら間に合ってます!」


 俺はもう二度と、絶対に詐欺にはかからない。


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