73話 君最低だね
カチッ
「痛ってぇぇぇぇえええ!!」
相棒を使用し、俺は意識を回復する。
「……ふぅ」
───うん、やり過ぎてる。
辺りは血の海と化していた。
いつもながら、全力の戦闘は意識を維持できず加減ができない。
「運が無かったのは、君達の方だったね」
転がる肉塊を跨いで部屋を出る。
それにしても、生まれ変わった相棒は、利便性、威力共に申し分なかった。全体が金属製の上に、結界のおまけまで付いている。
『ん? この魔法式は何?』
『あ……それは全体を保護する結界を……張ってるんだけど』
『そんなことできるの!?』
『い、要らなかった!?』
アイツ、本当にとんでもない才能の持ち主なんじゃないの?
元はガムを模したおもちゃだったのが、メタリックでスタイリッシュなボールペン型へと進化した。
前世のノックすると電流が流れるおもちゃの要領で、ノックするとミスリスの刃が親指の腹をブチ抜く仕組みだ。
これなら片手で扱える分操作性も高く、結界のおかげで前みたいに破損する事もなさそう。
「……居るんでしょ? 出て来なよ」
俺は通路の突き当たり、その角から感じる気配へと声を掛ける。
「はは……さすがっスね」
「よぉ、ケイン」
現れたのは、騎士団の分隊長だった。
彼は表情こそ柔和な笑みを浮かべるが、その立ち姿に隙はない。何よりも前回とは違い、
「……怖いもん向けないでよ」
防具フル装備で剣を構えている。
俺は両手を上げて降参の意志を示しつつ、考える。
───……早過ぎる。
恐らく、いや間違いなく何かの作為に掛かってるね。
「シュートさん、ここで、何してるんスか」
「見ての通りだよ」
「……殺しは不味いっスよ」
「被告人は正当防衛を主張する」
この国で、というかこの大陸で「傷害罪」の立件は困難だ。
この世界では冒険者はおろか、その他の一般人ですら自衛のための武器や武術、魔法を身に付けている。そして屈強な魔獣のいるこの世界で、それを取り締まるなど不可能に近い。
“帯剣を許すので、魔獣の被害からは自衛して欲しい”。それが国の大まかな意向だ。
前世の感覚で言うと、「小さな政府」というのが近いかな。税金は低く抑えるので、警備は民間でやって下さい。そうして生まれたのが、ケイン達私立騎士団だ。
そして、民間人が武装するこの世界では、刃傷沙汰など日常茶飯事。その全てに法を適用したら、街にある集合住宅と同じだけの居室を刑務所に用意することになる。
ただ、“殺人”は別。
例え正当防衛のつもりでも、裁判で“過剰”と判断されたら罰せられる。
“命を奪ってはいけない”。それは人が国として共同体を築く上での最後の一線。恐らく、厳しい戦いになると予想される。
「投降するよ。だから現場検証でも何でもさせたら良いんじゃないかな?」
「……お見通しっスか」
言って、ケインが合図すると彼の背後と俺の背後から計三名の武装した騎士が現れる。
───周到だね。
隙が無い。
「じゃ、ちょっとお話ししようか」
「え?」
「現場検証は部下に任せて、君は俺の連行だ。悪いけど俺も、いくつか聞きたいことがあるからね」
「何でそっちが指揮するんスか!?」
「二十人ぶっ殺した凶悪殺人犯、君以外に誰が連行できるんだよ」
「……認めるんスね」
動揺するケインの足元に、俺は鞘ごと抜いた剣を転がす。警戒しつつ、ケインはそれを拾う。
「……何で、そんな素直なんスか?」
「流石に騎士四人相手は分が悪いからね」
「“分が悪い”、っスか」
「おっと、邪推しないでね。含みとかは別に無いから」
なおも懐疑的なケインの元に丸腰で歩み寄る。
「俺も、できれば無傷で帰りたいんだ。それじゃ、行こうか」
「……なんか、釈然としないっスね」
言って、ケインは俺の両手に錠をかける。
───硬いね。
素手で破壊するのは難しそうだ。それに、ケインは俺に手錠をかけた後も一切の油断なく俺の挙動を見張っている。
手錠を破壊しようと動いたら、首が胴体と仲違いしてしまいそうだ。
「君、強くなったね」
「……っ! 急に何スか!? “街の英雄”にそう言って貰えるのは光栄っスけど」
「え、何そのイカついあだ名」
Cランクの英雄、笑える。
「ん?」
廃墟の通路を進む中、俺は覚えのある気配を感じて立ち止まる。
「……勝手に止まらないで下さいっス」
「この部屋、誰か居るね」
言って、俺は拘束された両手で扉を指し示す。ケインは訝しむが、彼は騎士だ。もし生存者が居るなら、その人命を無視できない。
「……変なこと、考えないで下さいよ」
「大丈夫だって」
そんなやり取りをして、ケインは扉に手をかける。そしてゆっくり開くと、中には見知った人物が居た。
「……何してんだよ」
薄暗い一室。そこに居たのは、筋肉質だが小柄な男。
「ゲビル」
「あぁ……? 雑用か?」
こんな時まで不遜な奴だな。
「……ゲビル……さん」
「ん?」
見ると、ケインの表情が険しくなっていた。
「あん? ケインじゃねぇか」
「何、知り合い?」
「いや……」
ケインはゲビルに対し萎縮しているようだ。なんか因縁とかあるっぽい。ま、ゲビルは騎士団とちょくちょく揉めてたしね。
「……パシリにされてたことがあるっス」
「マジかよ最低だね」
「……あん時は、悪かったな」
「どうする? 一応生存者が居た訳だけど」
「一応じゃねぇだろ……ぐっ」
「……昔の話っスからね」
ケインは険しい表情だが、ゲビルの怪我を見て職務を思い出したようだ。
「良いの? 俺なら黙ってるけど?」
「おい」
「怪我人は保護するっス」
残念。騎士を共犯者に付ければ、俺の罪も軽くなると思ったのに。
「そっか。鎖付いてるけど?」
ゲビルは何故か拘束され、鎖で壁に繋がれていた。鎖は両手と首の三本だ。
───狂犬の調教かな?
悪趣味だ。
「外します」
「……だそうだ。おいゲビル、もっかいちゃんと頭下げて謝れ」
「出来ねぇんだよ、見たら分かるだろ……ってて」
「鎖は魔法で破壊するっス」
「……OK、離れてるからそおっとやってね」
俺はそう言ってケインから離れる。とはいえ逃走を疑われる訳にはいかないので、部屋の外には出られない。
「……なんだ、ケイン。復讐か?」
「黙れっス。動くと手が無くなるっスよ」
───めっちゃ怒ってるね。
ゲビルはいったい何をしたのか。
「……鍛えられし鋼は汝の剣となり天を穿つ───」
詠唱。ケインの握る剣に凄まじい魔力が迸る。
断ち切り、破壊する。その目的のために練り上げられた彼の魔力は、強烈な光を放ちながらも無駄に放出される事なく、見事に統制されている。
そしてケインは剣の鋒をゲビルに向け、放つ。
「“貫鉄閃光牙・三連”」
剣の鋒から三条の光が伸びてゲビルを繋ぐ鎖全てを断ち切った。
───は、はやっ!
ビームでも撃ったか。何が起きたのか、目では追えなかった。
「……ふぅ」
「ケイン! 君やっぱすごいね!」
「おわっ!」
俺はケインの背を叩く。
「ゲビル……さん。重要参考人として、あなたも連行するっス。事情を聞かせて貰うっスよ」
「あぁ、礼ならきっちりするつもりだ……いてて」
そこかしこに怪我の見えるゲビルは、痛みに顔を引き攣らせながらも立ち上がる。
そんな彼に、俺は質問した。
「何でこんなとこに居たの?」
「おめぇこそ、何で捕まってんだよ……」
俺はゲビルに事情を尋ねるが、欲しい返答ではなく質問を返された。お互い困惑しかない状況。俺は溜息を吐き、まずは自分の事情を話すことにした。
「駅の転移魔法陣で王都に向かうはずだったんだ。で、気付いたらここに居た」
「はぁ?」
ゲビルは驚きを隠さない。まぁこんな荒唐無稽な出来事、信じられる訳ないよね。
「……俺と同じじゃねぇか」
「え?」
しかしゲビルにも心当たりがあったらしい。
「で、待ち伏せてたアイツらを返り討ちにしたのか?」
「そうそう。よく分かったね」
「そんで全員ぶっ殺しちまって、騎士に捕まったってとこか? ……お前、相変わらずめちゃくちゃだな」
相変わらずって何だよ。俺からしたら、いちいち絡んでくる君の方がめちゃくちゃだったぞ。
「普通、困惑して動けねぇぞ。いきなり囲まれてリンチされてよ」
「……じゃあ、君はアイツらに負けて捕まってたの?」
「あぁ……死にはしなかったが、アイツら俺を呪器の試し撃ちの的にしやがった」
「よく生きてたね……」
実力的に、ゲビルが遅れをとる敵ではない。人数を加味しても、十分制圧できたはずだ。そうならなかったのは、謎過ぎる状況とチンピラの持つ強力な呪器が原因だね。
奴らに敗れたからといってゲビルの株は全く下がらない。寧ろ、生きているのが異常だ。
俺は全力で戦う時、いつも思考を切り捨てる。“考えないこと”で命を拾う場面もあるって事か。
「ま、そういうことだよ、ケイン。正当防衛を認めて貰いたいな」
「……」
俺は首だけ振り返り、背後のケインに呼びかける。彼は黙って考え事をしているようだった。
「……証拠が必要ってんなら、俺が証言するぜ」
「え?」
意外にも、ゲビルは俺を擁護してくれるらしい。
「俺が助かったのもおめぇのおかげだからな」
「なになに、急にどうしたの??」
俺はゲビルの顔を覗き込む。ゲビルは不快そうに目を背け、
「これで、貸し借りはチャラだ」
吐き捨てるように言った。
───え、俺何か貸してたっけ?
心当たりがない。
「……正直、シュートさんの処遇は分からないっス。一応、今の話も上に上げるっスが……」
「そっか〜」
ケインは渋い表情だ。
「……ん?」
その時、俺は背後から接近する覚えのある魔力反応を探知して身を躱す。
「せいっ!」
「うおっ!」
「なっなんスか!?」
警戒を厳にしていたケインは、背後からの不意の一撃を見事に躱す。探知能力も流石だね。
「……ゲリック?」
「ぐうおおおおおお腹が溶けるうううううう!!!!」
そして避け損なってそれを受けたのは、ゲビルだ。
「シュート、逃げて!」
現れたのは、昨日出会ったドワーフの青年。彼は手に持ったハリセンを構え、ケインと対峙する。
「僕が、時間を稼ぐ! 早く!!」
「やめい」
「いたっ!」
何やら盛り上がっているゲリックの頭を叩く。
「話をややこしくしないでね。俺なら大丈夫だから」
「……? どういうこと?」
俺の行動でゲリックは構えを解く。それを見たケインも警戒をやや緩めた。
状況は非常に難解だが、だからこそ対話が必要だ。困惑するゲリックに、俺は状況を説明することにした。
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