71話 帰りたくないんだよね
「そういえばさ」
ゲリックの身の上話には一区切りついた。そろそろ気になっていたことを聞いておこう。
「さっき二人を追い払った時、あれ、何したの?」
「あぁ、これ……?」
言って、ゲリックはハリセンを取り出す。
「そう、それだよ。あ、こっちには向けないでね。それであの時、何したの?」
「えっと、これは“呪器”……なんだけど……」
───“呪器”、ときたか。
呪器とは、魔法を付した道具の総称。アリエラの短剣なんかがそう。予め魔法式を組み込んでおくことで、魔法の発動を手助けする道具。
製作に高い技術を要するそれは、単なる武器より遥かに相場が高い。
「腹痛と下痢を起こす魔法を、付してあって……それで、えっと、トイレに行ってもらったんだ……」
「へぇ……」
そういう事ならあの状況に説明は付くが、そうなると別の疑問が浮かぶ。
「……そんな複雑な魔法式を、紙に??」
技術的に不可能だ。
呪器に組み込む魔法式は、強力に圧縮された魔力のインクで刻み込む。
アリエラの短剣は、魔力と適合しやすい魔石にそれを刻んでいた。魔石には高い強度もある。それらは紙にはない特性だ。
その上、短剣に付された魔法は“火”と“水”。どちらも単純な魔法だ。魔力を用いて、手段を選ばず外傷を与えるだけなら簡単だからね。
対して“下痢”───飲食店で話す内容じゃないね───といえば、ウイルスの感染や腸の水分吸収不足が原因。
そこまで細かい対象に影響を与え、限定した結果を実現するなど可能なのか。
手加減が難しいのは、魔法だって同じだ。
「それは……えっと、これを見て」
見ると、蛇腹のそれぞれに細かく文字が刻まれていた。
「……すごいね」
呪器の魔法式は、魔力のインクで刻む。そしてインクとは滲むものだ。しかも、媒体は紙。
インクが滲みにくく、また定着しやすいという点で、媒体として魔石が優秀なんだ。
「そ、そう! 分かる!? これ、紙に見えるんだけど実は特殊な素材を使ってて、更にそこに薄く結界のコーティングを施してあるんだ! ほら、これが結界の魔法式! あとインクが滲むと文字がブレて魔法式が歪んでしまうんだけど、僕はそれを分割することで解決したんだよ! ほらここに! この魔法式が呪器全体の状態を維持する“保存”の魔法になってて、滲みの防止と定着を手助けしてるんだ! えっと他にも……」
「す、ストップ! アイキャントスピークイングリッシュ!!!」
突如饒舌になったゲリックは、長大な詠唱により俺の脳に莫大な情報を与えてその機能を妨害する魔法を発動した。
───オタク特有の早口かな?
彼とは仲良くなれそうだ。
「あ……ごめん」
「一回も噛まなかったね」
驚いた。この呪器、ゲリックが作ったのか。
ハリセンに刻まれた魔法式は、いずれも肉眼では読解不可能な程小さく繊細な文字で書かれている。凄まじい技術。
───この子もしかして、すごい人なのかも……?
二億も頷ける。
異常な手先の器用さと技術、知識があるなら、もといた村では腕利きの職人として活躍していたのかも知れない。
「そうだ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだけど、良い?」
「はい、え、何を?」
俺はポケットから相棒の亡骸を取り出す。
「これなんだけど」
「……なるほど」
魔族との戦いの後に使用し、壊れてしまったイカれた悪戯Vol.2。
ゲリックはそれを一心に観察し、
「……これ、ミスリル?」
「え?」
見事素材を言い当てて見せた。
「そう、その通り。見ただけで分かるんだ、すごいね。さすがドワーフの職人だ」
「あ……ごめん、その、“鑑定”の魔法を使って。ダメだったかな……ごめん」
「……は?」
───無詠唱で?
「いや、別に責めてないよ。んで、直せる?」
「えっと……あぁ、この部分がバネになってて……なるほど、ドラバサミ、みたいなもの?」
「そうそう」
ゲリックはなおも俺の相棒を観察している。
「……これの、用途は? おもちゃの様に見えるけど……」
「んー、気付け薬みたいなものかな。痛みで気力を取り戻す、的な?」
「あぁ、自分に使うんだ」
話すゲリックは、今日見た中で一番真剣な表情だった。
「思ったんだけど、これだとバネが強過ぎる……ほら、受け側の板が曲がってしまってるし。溶接すれば繋げることは簡単だけど……もう少し、何というか、工夫した方が……」
「……なるほど」
考えたこともなかった。
確かに俺の相棒は、バネを魔改造して破壊力を増している。それだけの威力がないと、あの状態から戻って来れないんじゃないかと不安だった。
しかし威力さえ確保できれば、別にトラバサミにこだわる必要もない。そもそも、元は別のおもちゃだった訳だし。
「じゃあ、こんなのどう?」
俺は、注文票に記載するために置かれているペンを手に取る。
「ほら、ここにこんな風に……」
「なるほど、それならバネの強度にも耐えられそう」
「でしょ? で、こうした時にブスっと……」
「……痛そう……だね」
相棒の仕様、その新たな構想を話し合った。
「……じゃあその構造で、行くよ」
「ん?」
「“錬金術”」
呟いて、ゲリックは魔法を発動した。
すると、俺の相棒の亡骸がみるみるうちにその姿を変えていく。
───え、ちょっと待って……。
「……はい……こんな感じで、どうかな……」
「う、うん」
カチッ
「痛ってええええええ!!」
「せ、成功だ!」
こうして、俺の相棒は新たな姿へと生まれ変わった。
「ふぅ、ありがとね」
「いや、ご飯のお礼……なので」
「そっか……」
───ご飯……。
「ねぇ、ゲリック」
「何? シュート」
「俺、帰りたくないんだよね」
「あの……ごめん……僕、女の子が好きで……ごめん……」
少年は顔を赤くして俯く。
「……そっか。あと、二つだけ聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「うん、何?」
これはついさっき、突如浮上した疑問だ。
「何でお店のナイフ巻き込んじゃったの?」
「え」
ゲリックは俺の相棒を修復する際、店の食器である鉄製のナイフを素材として利用していた。
「えっと……鉄が、足りなかったから……」
「そっか、まぁそれは良いよ、多分バレないし。それともう一つ」
店には申し訳ないが、備品のナイフは一つ拝借させてもらおう。というか返し方が分からない。
「君、何歳なの?」
これは、最初からずっと思っていたことだ。
この世界では、八つの種族が生活している。それぞれ異なった生態と文化を持っており、見た目で年齢を測ることが難しい。
─── 一応、そう一応ね。
もし万が一、彼が俺より年上なら、今日のやり取りのなかでいくつか失言があったかも知れない。
「二十二……だけど……」
「ご馳走様ですっ!!」
俺は立ち上がり、九十度の礼で感謝を示す。
「金持ってる上に、年上なら問題ないね!」
その外見から少年だと判断していたことは心中で謝罪する。
「え……え?」
動揺するゲリックを引っ張って会計をする。しかし何故か彼は現金を持っておらず、結局支払いは俺がすることになった。
あとしっかりナイフの弁償もさせられた。
「そうだ君、宿は?」
店を出た俺は、ゲリックに問い掛ける。
「いや……今から探すとこ……なんだけど」
そして返答は予想通りだった。
「そっか。んじゃ、まずは宿だね。安いとこ知ってるから紹介するよ」
「……ごめん、何から何まで……」
ゲリックは俯きがちに答える。
「気にしなくて良いよ、これくらい大したことじゃない」
「あ、ありがとう!」
「良いよ、友達だろ?」
「友達……」
出会ったばかりだが、分かる。彼とは長い付き合いになりそうだ。
「情報屋は三日後かな。俺も色々あるから、それまで待って欲しい」
「う、うん! ありがとう!」
ゲリックの返答を聞き、宿への道を歩き出す。
「そうだ」
「え、何?」
ふと思い立った俺は、確認する。
「宿代は自分で払ってね」
悪いが男のホテル代まで奢るつもりはない。
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