70話 何しに来たの?
「おいチビ、テメェぶつかっといて挨拶も無しかよ!」
街を歩いていると、前方に三人の人影を認めた。
「いや……え、ぶつかってきたの、そっち……」
大柄なチンピラ二人が小柄な少年にカツアゲをしているらしい。
「あん!? なんだ言い訳しようってのか!?」
道行く人々は見て見ぬ振りだ。
日常茶飯事。絡まれた少年は哀れだが、自然と隣接するこの都市で生活するなら、最低限自衛するのはもはや義務だからね。
「……辞めなよ」
俺は溜息と共に仲裁する。
「なんだ、テメェ!?」
「いい大人がカツアゲとか、みっともないよ」
俺はCランクに昇格した。そして社会的地位と責任は比例するんだ。
ここで無視したら、後でシーナに怒られてしまう。
「てめっ馬鹿にしてんのか!?」
「調子乗ってんじゃねぇぞ!」
何がそんなに気に入らなかったのか、チンピラは顔を真っ赤にして怒っている。
「俺らに手ぇ出して、ただ済むと思うなよ!」
「はぁ……まぁ、そっちがその気なら仕方ないよね」
合意された決闘に、騎士団は口を挟んだりしない。最後の一線さえ守れば、多少の喧嘩には目を瞑ってくれる。
───面倒だけど、仕方ないね。
俺は腰に手をやる。そして気付いた。
「……おやぁ?」
俺は剣を忘れてきたらしい。
「ぶつかってすみませんでした。ほら、君も謝って」
「す、すいませんでしたっ!」
小柄な少年に声をかける。少年はこのクソ暑い日にフードを被って顔を隠していた。
「謝って済むかよ!」
「おら、やっちまうぞ」
チンピラ二人が動く。うーん、剣の寸止めで分からせる展開をやりたかったんだけど。まぁ、仕方ないか。
俺が溜息を吐いて構えた時、少年は飛び出した。
「せいっ!」
「うおっ?」
そして蛇腹状の紙で男の一人をシバいた。
───そ、それはっ!
前世の古典萬歳における「張り倒すための扇子」。
───この世界にもあったんだ!!
ハリセンだった。
「……なんだぁ?」
「まぁ効かないよね」
紙でシバいたところでダメージはない。
しかし、予想に反して状況は動いた。
「ぐっ腹が……!」
「な、どうした!?」
シバかれた男は急に苦しみだした。
「せっ!」
「うお、何しやがるっ!」
そしてもう一人の男にも、少年はハリセンをお見舞いする。
「ぐおおお腹があああ!!」
そうして二人して、腹を抑えながら腰をくの字に曲げ、走り去っていった。
「て、テメェら、覚えとけよ」
「……何で?」
俺は全く状況が理解できなかった。
「……何したの?」
仕方なく、事の原因らしき少年に聞いてみる。そして気付いた。
「いえ、あの、ちょっとお腹の調子を……いじっただけ」
ハリセンを振り回す動きでフードが取れた少年。
小柄だが引き締まった肉体、しかし、その体格に反してやや幼げな表情。
「君、もしかして」
俺に顔を覗き込まれた少年は、困ったように顔を伏せた。
───このコミュ力の無さ、間違いない!
「僕は、ゲリック……です」
少年(と目される男)の正体はドワーフだった。
☆★★★☆☆★☆
「何で絡まれてたのか」
俺は、街で二人のチンピラとそれに絡まれる少年に出くわした。
「何で、顔を隠してたのか」
その少年は、このクソ暑い真夏日にも関わらずフードで顔を隠していた。
「チンピラを撃退した手段は何だったのか」
そして絡んできたチンピラを、謎の手段で撃退した。
「ちゃんと教えてね」
まるで疑問に足が生えて歩いている様な存在だ。
「ふぉふぉふぁっへ」
「……食べ終わってからで良いけど」
そんな少年に、俺は食事を奢っていた。
「……あ、ありがとう……今日はまだ何も食べてなくて」
二人前の食事をたいらげた少年は、伏し目がちに礼を述べた。
「あの、そういえば……名前……」
「あぁ、俺はシュート。よろしく」
「シュート……よ、よろしく」
───そうそうこれだよ、このボソボソ喋る感じ!
ゲビルの印象で偏見を抱いていたが、純血のドワーフはこういう気質だ。好感が持てるね。
「君、ドワーフでしょ。何でわざわざこの街に?」
ドワーフは、職人気質。発展した都市より自然の残る田舎町を好み、工業などに従事する者が多い。
「実は……人を探していて」
「人、か。なるほどね」
人探しなら納得だ。街の方が情報を集めやすいし、目的の本人に会える可能性すらある。
「この街に、すごく物知りで顔の広い獣人の女性が居ると聞いて……」
「ふーん……ん?」
思い浮かべるのは、一人の猫耳少女。
「探してるのって、もしかして情報屋?」
「い、いや、そうじゃなくて……僕が探してるのは、叔父にあたるドワーフの職人で……数年前から行方不明になってて……」
「なるほど。じゃあ情報屋は手段ってことか。けど、そんなに長いこと探し回ってたの?」
年単位で所在が掴めないなら、それはもう最悪を想定するべきだ。情報屋に尋ねたところで、手遅れという事もあり得る。
まぁ、その情報に価値があると言うなら止めないけど。
「いや……僕が村を出て叔父を探し始めたのは、つい三ヶ月前だよ」
「ふーん」
三ヶ月でも十分長い気がする。
「何か手掛かりはあった?」
「うん……えっと、叔父の製作した武具が、出回ってるから」
「へぇ」
ゲリックの叔父は、武器職人らしい。それなら、と思い口を開く。
「そういうことなら、インターネットを使うと良いよ」
「……え?」
「大体の情報は無料で手に入るからね」
ゲリックの挙動を見て、都市での情報収集には向かないと判断した。
武器を製作し、それを取引しているなら、どこかに履歴ないし痕跡が残っているはずだ。その足取りを辿るのが早いだろう。
「いや、その……前に、調べてもらったことがあるんだけど、叔父はかなりの俗世嫌いで……おおよそ人の目につくところには、居を構えていないかと……それに放浪癖もあって……」
「……厄介な迷子を追ってるね」
言いながら、納得する。
苦労して情報を集め、辺境に赴いては無駄足を踏む日々を繰り返し、やがて三ヶ月の月日が経ってしまったのだろう。
そして、人里を嫌うドワーフの価値観も理解できる。
『街では色々あんだよ』
ゲビルも言っていた。
さっきゲリックがチンピラに絡まれていたのもそう。大陸の覇者たる人種“人間”は、その多くが異種族を侮る気質を持っている。
だから彼らは、人里に好んで住み着いたりしない。
「じゃあギルドだね。金は掛かるけど、人海戦術で探せる」
何より、そもそも情報屋なんかと関わらない方が良い。
「情報屋の“レート”、知ってる? あれは高いなんてもんじゃないよ。何より───」
関わるとロクなことがない。
「───……いや、何でもない。とにかく、情報屋はやめといた方が良いよ」
「あの……ありがとう。でも、お金なら大丈夫」
「ん?」
言って、彼は荷物を漁り、通帳を取り出した。
「これだけあるので……す、少ないけど」
「ん……んっ!?」
─── 一、十、百、千、万、十万、百万……!?
二億あった。
「金持ってんの!?」
「ご、ごめごめんなさいっ!?」
何故、俺は食事を奢らされたのだろう。
「そんな金、どうやって稼いだの?」
「えっと、なんていうか……極秘のプロジェクト? みたいなのを手伝ってて……それで」
「そっか……いやごめん。聞いといてなんだけど、それ言って良かったの?」
二億のプロジェクト。こんな開けた飲食店で出す話題じゃない。
「……うん、なんというか……ほら、僕って鈍臭いからさ……騙されてたみたいで……」
「……は?」
騙されて二億もらえるってどういう状況?
「お、叔父の居場所を知ってるって言うから、協力してたんだけど……結局、教えてもらえないまま、三ヶ月経っちゃって……」
「それは……何というか、酷いな」
───騙す方も、騙される方も。
ゲリックは警戒心がなさ過ぎる。
彼はドワーフだ。見た目からは想像が付かないが、きっと何かの分野で優れた技術を持っているのだろう。
そしてそれを、良いように利用された。
「三ヶ月も、気付かなかったの?」
「うん、何でだろうね……はは、本当鈍臭いよね、僕……」
───報酬を払ってる点は良心的。騙すというより子飼いにしたかったんだろうね。
悪意が無かった───或いは、少なかった───から、気付くのも遅れたというわけか。
「それで……お、女の人がそれを教えてくれて、助けてくれたんだ。で、逃げ出してきたんだけど……」
「ふーん……その、女の人っていうのは?」
「あ、えっと……ごめん、名前も聞いてないや」
「……なるほど。すると、情報屋のこともその人から聞いたの?」
「う、うん、そうだよ……すごい、よく分かったね」
つまり、何者か───個人か、或いは組織か───が彼の技術欲しさに、彼の叔父の情報をチラつかせ、懐柔した。
───“極秘プロジェクト”、ねぇ。
「そういえば、さっきは何で絡まれてたの?」
「あぁ、あれはその……向こうからぶつかってきたんだけど、何故かいきなり怒鳴られて……」
「因縁をつけられた、か」
察するに、追手もかかっているのだろう。彼が顔を隠していた理由は、その辺りにありそうだ。
あのチンピラがそれなのかと思ったがそれは違うと。
───……少し、いやかなり複雑だね。
しかし、と思う。ゲリックの話では、どちらが“悪者”か判断が付けられない。
「……ま、良いか。そういうことなら、情報屋は今度紹介してあげる」
「え、シュート、知り合いなの?」
仕方なし、と思考を打ち切る。巻き込まれるのでなければ、別に俺が警戒する必要もない。
「うん……まぁ、腐れ縁ってやつだね」
「あ、ありがとう!」
そうと決まれば、この話は終わりだ。他にも二、三、聞きたいことがある。
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