表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/120

70話 何しに来たの?


「おいチビ、テメェぶつかっといて挨拶も無しかよ!」


 街を歩いていると、前方に三人の人影を認めた。


「いや……え、ぶつかってきたの、そっち……」


 大柄なチンピラ二人が小柄な少年にカツアゲをしているらしい。


「あん!? なんだ言い訳しようってのか!?」


 道行く人々は見て見ぬ振りだ。


 日常茶飯事。絡まれた少年は哀れだが、自然と隣接するこの都市で生活するなら、最低限自衛するのはもはや義務だからね。


「……辞めなよ」


 俺は溜息と共に仲裁する。


「なんだ、テメェ!?」


「いい大人がカツアゲとか、みっともないよ」


 俺はCランクに昇格した。そして社会的地位と責任は比例するんだ。


 ここで無視したら、後でシーナに怒られてしまう。


「てめっ馬鹿にしてんのか!?」


「調子乗ってんじゃねぇぞ!」


 何がそんなに気に入らなかったのか、チンピラは顔を真っ赤にして怒っている。


「俺らに手ぇ出して、ただ済むと思うなよ!」


「はぁ……まぁ、そっちがその気なら仕方ないよね」


 合意された決闘に、騎士団は口を挟んだりしない。最後の一線さえ守れば、多少の喧嘩には目を瞑ってくれる。


───面倒だけど、仕方ないね。

 俺は腰に手をやる。そして気付いた。


「……おやぁ?」


 俺は剣を忘れてきたらしい。


「ぶつかってすみませんでした。ほら、君も謝って」


「す、すいませんでしたっ!」


 小柄な少年に声をかける。少年はこのクソ暑い日にフードを被って顔を隠していた。


「謝って済むかよ!」


「おら、やっちまうぞ」


 チンピラ二人が動く。うーん、剣の寸止めで分からせる展開をやりたかったんだけど。まぁ、仕方ないか。


 俺が溜息を吐いて構えた時、少年は飛び出した。


「せいっ!」


「うおっ?」


 そして蛇腹状の紙で男の一人をシバいた。


───そ、それはっ!

 前世の古典萬歳における「張り倒すための扇子」。


───この世界にもあったんだ!!

 ハリセンだった。


「……なんだぁ?」


「まぁ効かないよね」


 紙でシバいたところでダメージはない。


 しかし、予想に反して状況は動いた。


「ぐっ腹が……!」


「な、どうした!?」


 シバかれた男は急に苦しみだした。


「せっ!」


「うお、何しやがるっ!」


 そしてもう一人の男にも、少年はハリセンをお見舞いする。


「ぐおおお腹があああ!!」


 そうして二人して、腹を抑えながら腰をくの字に曲げ、走り去っていった。


「て、テメェら、覚えとけよ」


「……何で?」


 俺は全く状況が理解できなかった。


「……何したの?」


 仕方なく、事の原因らしき少年に聞いてみる。そして気付いた。


「いえ、あの、ちょっとお腹の調子を……いじっただけ」


 ハリセンを振り回す動きでフードが取れた少年。


 小柄だが引き締まった肉体、しかし、その体格に反してやや幼げな表情。


「君、もしかして」


 俺に顔を覗き込まれた少年は、困ったように顔を伏せた。


───このコミュ力の無さ、間違いない!


「僕は、ゲリック……です」


 少年(と目される男)の正体はドワーフだった。




☆★★★☆☆★☆




「何で絡まれてたのか」


 俺は、街で二人のチンピラとそれに絡まれる少年に出くわした。


「何で、顔を隠してたのか」


 その少年は、このクソ暑い真夏日にも関わらずフードで顔を隠していた。


「チンピラを撃退した手段は何だったのか」


 そして絡んできたチンピラを、謎の手段で撃退した。


「ちゃんと教えてね」


 まるで疑問に足が生えて歩いている様な存在だ。


「ふぉふぉふぁっへ」


「……食べ終わってからで良いけど」


 そんな少年に、俺は食事を奢っていた。


「……あ、ありがとう……今日はまだ何も食べてなくて」


 二人前の食事をたいらげた少年は、伏し目がちに礼を述べた。


「あの、そういえば……名前……」


「あぁ、俺はシュート。よろしく」


「シュート……よ、よろしく」


───そうそうこれだよ、このボソボソ喋る感じ!

 ゲビルの印象で偏見を抱いていたが、純血のドワーフはこういう気質だ。好感が持てるね。


「君、ドワーフでしょ。何でわざわざこの街に?」


 ドワーフは、職人気質。発展した都市より自然の残る田舎町を好み、工業などに従事する者が多い。


「実は……人を探していて」


「人、か。なるほどね」


 人探しなら納得だ。街の方が情報を集めやすいし、目的の本人に会える可能性すらある。


「この街に、すごく物知りで顔の広い獣人の女性が居ると聞いて……」


「ふーん……ん?」


 思い浮かべるのは、一人の猫耳少女。


「探してるのって、もしかして情報屋?」


「い、いや、そうじゃなくて……僕が探してるのは、叔父にあたるドワーフの職人で……数年前から行方不明になってて……」


「なるほど。じゃあ情報屋は手段ってことか。けど、そんなに長いこと探し回ってたの?」


 年単位で所在が掴めないなら、それはもう最悪を想定するべきだ。情報屋に尋ねたところで、手遅れという事もあり得る。


 まぁ、その情報に価値があると言うなら止めないけど。


「いや……僕が村を出て叔父を探し始めたのは、つい三ヶ月前だよ」


「ふーん」


 三ヶ月でも十分長い気がする。


「何か手掛かりはあった?」


「うん……えっと、叔父の製作した武具が、出回ってるから」


「へぇ」


 ゲリックの叔父は、武器職人らしい。それなら、と思い口を開く。


「そういうことなら、インターネットを使うと良いよ」


「……え?」


「大体の情報は無料で手に入るからね」


 ゲリックの挙動を見て、都市での情報収集には向かないと判断した。


 武器を製作し、それを取引しているなら、どこかに履歴ないし痕跡が残っているはずだ。その足取りを辿るのが早いだろう。


「いや、その……前に、調べてもらったことがあるんだけど、叔父はかなりの俗世嫌いで……おおよそ人の目につくところには、居を構えていないかと……それに放浪癖もあって……」


「……厄介な迷子を追ってるね」


 言いながら、納得する。


 苦労して情報を集め、辺境に赴いては無駄足を踏む日々を繰り返し、やがて三ヶ月の月日が経ってしまったのだろう。


 そして、人里を嫌うドワーフの価値観も理解できる。


『街では色々あんだよ』

 ゲビルも言っていた。


 さっきゲリックがチンピラに絡まれていたのもそう。大陸の覇者たる人種“人間”は、その多くが異種族を侮る気質を持っている。


 だから彼らは、人里に好んで住み着いたりしない。


「じゃあギルドだね。金は掛かるけど、人海戦術で探せる」


 何より、そもそも情報屋なんかと関わらない方が良い。


「情報屋の“レート”、知ってる? あれは高いなんてもんじゃないよ。何より───」


 関わるとロクなことがない。


「───……いや、何でもない。とにかく、情報屋はやめといた方が良いよ」


「あの……ありがとう。でも、お金なら大丈夫」


「ん?」


 言って、彼は荷物を漁り、通帳を取り出した。


「これだけあるので……す、少ないけど」


「ん……んっ!?」


─── 一、十、百、千、万、十万、百万……!?

 二億あった。


「金持ってんの!?」


「ご、ごめごめんなさいっ!?」


 何故、俺は食事を奢らされたのだろう。


「そんな金、どうやって稼いだの?」


「えっと、なんていうか……極秘のプロジェクト? みたいなのを手伝ってて……それで」


「そっか……いやごめん。聞いといてなんだけど、それ言って良かったの?」


 二億のプロジェクト。こんな開けた飲食店で出す話題じゃない。


「……うん、なんというか……ほら、僕って鈍臭(どんくさ)いからさ……騙されてたみたいで……」


「……は?」


 騙されて二億もらえるってどういう状況?


「お、叔父の居場所を知ってるって言うから、協力してたんだけど……結局、教えてもらえないまま、三ヶ月経っちゃって……」


「それは……何というか、酷いな」


───騙す方も、騙される方も。

 ゲリックは警戒心がなさ過ぎる。


 彼はドワーフだ。見た目からは想像が付かないが、きっと何かの分野で優れた技術を持っているのだろう。


 そしてそれを、良いように利用された。


「三ヶ月も、気付かなかったの?」


「うん、何でだろうね……はは、本当鈍臭(どんくさ)いよね、僕……」


───報酬を払ってる点は良心的。騙すというより子飼いにしたかったんだろうね。

 悪意が無かった───或いは、少なかった───から、気付くのも遅れたというわけか。


「それで……お、女の人がそれを教えてくれて、助けてくれたんだ。で、逃げ出してきたんだけど……」


「ふーん……その、女の人っていうのは?」


「あ、えっと……ごめん、名前も聞いてないや」


「……なるほど。すると、情報屋のこともその人から聞いたの?」


「う、うん、そうだよ……すごい、よく分かったね」


 つまり、何者か───個人か、或いは組織か───が彼の技術欲しさに、彼の叔父の情報をチラつかせ、懐柔した。


───“極秘プロジェクト”、ねぇ。


「そういえば、さっきは何で絡まれてたの?」


「あぁ、あれはその……向こうからぶつかってきたんだけど、何故かいきなり怒鳴られて……」


「因縁をつけられた、か」


 察するに、追手もかかっているのだろう。彼が顔を隠していた理由は、その辺りにありそうだ。


 あのチンピラがそれなのかと思ったがそれは違うと。


───……少し、いやかなり複雑だね。

 しかし、と思う。ゲリックの話では、どちらが“悪者”か判断が付けられない。


「……ま、良いか。そういうことなら、情報屋は今度紹介してあげる」


「え、シュート、知り合いなの?」


 仕方なし、と思考を打ち切る。巻き込まれるのでなければ、別に俺が警戒する必要もない。


「うん……まぁ、腐れ縁ってやつだね」


「あ、ありがとう!」


 そうと決まれば、この話は終わりだ。他にも二、三、聞きたいことがある。


面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ