69話 よおし決めた!!
「ねぇ起きて、あなた、ご飯よ」
朝、目が覚めるとそこには見慣れない天井と赤髪の美女。
あれ、おかしいな。俺の部屋はワンルームだったはず。
「うーん……あと五分」
俺は二度寝をキメる。疲れているのだ。何故か。思考もままならない程に。
「あなた、早く起きないと、ご飯が冷めてしまうわよ?」
しかし、美女はそれを許さない。体を揺り動かされた俺は仕方なく起き上がり、服を確かめて、気付く。
───普段着。
何故、寝巻きに着替えていないのだろう。
「ほら、あなた、座って?」
リビングらしき部屋に出たところで、ようやく意識が回復してきた。彼女は、アリエラ。マフィアの令嬢だ。
しかし分からない。何故、そんな人物が俺の寝起きを世話しているのか。
「さぁ食べて……卵焼きよ」
「んー、んっ!?!?」
蘇る昨夜のトラウマ。
「ねぇあなた……あなた?」
「仕事行ってきまーす」
俺は部屋を出た。
☆☆★★☆★★☆
俺は通り過ぎる街並みを見るともなく眺めながらゆっくりと歩いていた。
───さて、これからどうするか……。
とりあえず家に帰って、それから考えよう。
「おはようにゃ!」
「ん? ……あぁ、ルーニアか」
現れたのは、猫耳少女。
「にゃはっ! シュー君の顔が見たくて、来ちゃったにゃ」
「ふーん」
彼女が現れた真意を考える。
───マフィアの差し金かな?
逃げた俺を連れ戻しにきたのだろうか。
───いや、それはないか。
昨日、ジークと話した内容を思い出す。
『週に一度で良い。お嬢の相手をしてくれ』
まるで、平安貴族の通い婚だ。
俺は約束通り一晩彼女の部屋で過ごしたから、追手がかかる謂れはない。
「実は俺、お腹空いてるんだよね」
俺はカフェを指差す。
「話はあそこで聞くよ」
「にゃ、シュー君がどうしてもって言うなら、まぁ、しょうがないかにゃ?」
言葉とは裏腹に満足げな表情の彼女は、軽い足取りでカフェへと向かった。
☆☆★★☆★★☆
「シュー君の耳に是非とも入れたい、耳寄りな情報があるにゃ」
「イントロから胡散臭さ全開だね」
しかし、と考えを改める。ヤバい話にサビなどあってたまるか。
「シュー君は、Cランクになったにゃ」
「Aランクにはなれなかったとも言えるね」
俺は、魔族撃退の功績で昇格した。他の面々がAランクに昇格したのに対し、俺だけCランク止まりだったのには訳がある。
「そう、ランクだにゃ。上げたいかにゃ?」
「……どういう事?」
やはりというか、真意が読めない。猫耳少女は相変わらず妖しい笑みを浮かべるだけだ。仕方なく続きを促すことにした。
「王都で、地上型ダンジョンがお披露目されるにゃ」
「なっ! 完成したの!?」
猫耳少女は頷く。
ダンジョンとは、天然の魔力が生み出す地下迷宮。その原理について、千年以上もの間研究され続けていた。
何故、マップが流動的に変化するのか。何故、絶え間なく魔獣が生み出され続けるのか。
彼女が言った“地上型ダンジョン”とは、その研究の集大成。
地上は今や人の楽園。そこにダンジョンを設置したということは、
「三日後。各地の有力な冒険者を集めて、盛大にイベントが催されるにゃ」
人類は遂に、自然の神秘すらも支配下に置いたという事か。
しかし、と思う。
「……急だね」
ネットオタクの俺が、それを知らないなどあり得るか。
人工ダンジョンの完成、世紀の大発明だ。イベントとはそのセレモニーなのだろう。大々的に公表し、世間の関心を引くはずだ。
しかし俺の耳に入っていない。一般には公表されていないという矛盾。
イベント三日前の今日にあって、だ。
「……ま、利権の問題だにゃ」
俺の疑問を察したかのように、猫耳少女は溜息を吐いて口を開く。
「情報が漏れれば、技術も一緒に漏れ出すリスクがあるにゃ。だから研究チームは関係各所に箝口令を敷いたにゃ。大陸初の偉業を成し遂げたのは我がチームだと、誇示したいんだろうにゃあ。いきなりSSSレートの情報を握らされて、あたしも気が気じゃなかったにゃ」
「……なるほどね」
つまり、公表と同時にお披露目する算段って訳か。
彼女の言う研究チームとは、恐らくレーム研究所のことだ。あそこは人工ダンジョンについて、毎年のように「来年には完成する」詐欺を繰り返していた。
何のきっかけか、その悲願が遂に達成されたようだ。
しかし、疑問は残る。
「それ、俺に言って良かったの?」
俺に百億もの私財はない。
「にゃ、情報は今日解禁されるにゃ。だからこれにそんな価値はないにゃ」
「そっか、それは良かった」
危うく世間話で人生が終わるところだった。ま、この猫耳少女がそんな事をするとも思えないけど。
「本題は、ここからだにゃ」
そして、だからこそ警戒する。
「実はイベントの出場枠が一つ、空いちゃったんだにゃ」
「……何で?」
それこそあり得ない。いくら研究所が公表を焦っているとはいえ、セレモニーは盛大に行いたいはずだ。
不備など認めたら、世間はしらけるだろう。
「参加予定だったAランク冒険者が十日前、通り魔に刺されたにゃ」
「あぁ……そういう事ね」
───“通り魔”、か。
言葉を濁しているが、恐らくそれは魔物による被害だ。
不慮の事故。研究所にとっては青天の霹靂だろう。
「もちろん、枠を一つ減らしても良いにゃ。ただ、そうするとこの街の代表だけ参戦しないことになって、変な噂が流れかねないんだにゃ〜。挑戦者が通り魔に刺されて死亡した、なんて暗いニュース、イベントには持ち込みたくないのが運営の本音だにゃ」
「確かに、それもそうだね」
世紀の発明のお披露目に、関係者の死なんていう重いニュースは歓迎できない。世間もどう反応すべきか困惑するだろうしね。
彼女の口振りから、挑戦者は各地の有力冒険者が招待されているらしい。それが欠けたら色んな憶測がインターネットで飛び交いそうだ。
結果的に箝口令が功を奏した。最初から、別の挑戦者を招待していた事にしてしまおうということか。
「……で、何でそれを、俺に??」
「シュー君、三日後、予定あるかにゃ?」
「もちろん」
何もない。
「だったら話が早いにゃ」
猫耳少女は妖しく微笑む。
「メリットは三つあるにゃ」
「……聞こうか」
「一つ目。このクエストに参加すれば、シュー君は間違いなくランクが上がるにゃ」
「はは。そんな条件、君が提示しちゃって良いの?」
昇格には様々な基準があるが、冒険者に関してはギルドが決定するのが通例。それをどうこうする権限など、流石の彼女でも持ってないはずだ。
「大丈夫だにゃ」
しかし、彼女は断言する。
「二つ目。国内の有力冒険者達と覇を競えるにゃ」
「へぇ」
「居並ぶ高位の冒険者と遜色ない実力を示せば、それがイベントで世間に周知されてしまえば、誰も昇格に反対なんかできやしないにゃ」
「なるほどね」
ちなみに、自称するが俺はミーハーだ。
「まぁ、シュー君の場合はランクよりもこっちの方がよっぽど重要かも知れないけどにゃ」
実力者には相応の敬意と憧れを持っている。これはかなり魅力的な条件だ。
「三つ目……正直、これが一番大きいメリットだにゃ」
「はは。大丈夫? そんなハードル上げちゃって」
ランクの昇格や憧れの人物との出会いより、更に魅力的なメリットなんて本当にあるのか。
「大丈夫だにゃ」
さりとて彼女は断言する。
「明日から当日までの間、運営が王都で宿を用意しているにゃ。参加すれば、シュー君は出費もなく快適に過ごすことができるにゃ」
「はぁ……え、それだけ?」
正直拍子抜けだ。
運営の意図はきっと歓迎だけじゃない。不用心な参加者が身を滅ぼした前例もあるし、何より緘口令を敷くような組織だからね。
監視。彼らは参加者を微塵も信用していないんだ。
「ガッカリかにゃ?」
「まぁね」
「じゃあ、これを聞いても同じことが言えるかにゃ?」
「何が?」
「とある赤髪の女が宴の準備をしているにゃ」
「……なんだって?」
不穏。
「それも三日三晩、夜通し催すつもりらしいにゃ」
「……それは、いつ開催されるの?」
猫耳少女は妖しく微笑む。
「明日だにゃ」
「よぉし決めた! 俺は王都の一大イベントに参加するぞぉお!!!」
面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。




