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66話 元気そうじゃねぇか


「あなた、お帰りなさい」


 俺を出迎えるのは、赤髪を揺らす美女。


「まだお風呂の準備はできていないの。今沸かしてるところだから、後で一緒に入りましょうね?」


 意識的に、考えない様にしていたことだ。


「先に、ご飯にしましょう」


 そう言って美女が食卓に並べたのは、この世の物とは思えない程醜悪な黒い何かだった。


「……練習したの」


 いったい、何を修めたら生命への冒涜とも言える悪行を他人にお披露目できるのだろう。


「シュート」


 背後から名を呼ばれ振り返ると、いつかのボディガードがそこに居た。


「……食え」


 俺は、「どうして」と嘆く。


 何故、世界はこうも残酷な試練ばかり俺に課すのか。


「……脅かすな、ジーク。お前らも邪魔だ。どっか行け」


「いいえ、お嬢。ボスの言いつけです。俺には最後まで見届ける義務がありますんで」


 俺は危惧していた。


 夢に見てはうなされて、目が覚めては胸を撫で下ろしていた光景が今、現実となって目の前にある。


『お嬢のデートの誘いを断ったら、殺す』

 嫌な言葉を思い出す。


───何で俺、こんな目に遭ってるんだろう。

 時は遡る。




☆☆★★☆☆★☆




「元気そうだな、シュート」


 破壊された我が家のドアは、その日の内に改修された。不動産業を傍で営む情報屋の(つて)


 そして証拠を隠滅された我が家は、A級戦犯達の犯罪を立件できなかった。


「見ない内に随分色々あったそうじゃねぇか」


 そして新たに我が家の門番を務めることになったドアは、任命の翌日に早くも来訪者の足止めの仕事を務めていた。


「なぁ、シュート」


 インターフォンの画面に映るのは、屈強な男。俺の倍程はあろうかという体格に、表情から感情を悟らせないサングラス。


「出てこい、お嬢がお呼びだ」


「すみません、マルチ商法なら間に合ってます」


 俺はそっと、インターフォンを切った。




☆☆★★☆☆★☆




「うちの事務所を案内するのは初めてだな」


 拉致られた。


「まぁゆっくりして行けよ」


 問答虚しくマフィアの一党に連行された俺は、彼らの所有する拠点の一つを訪れていた。


「綺麗なお部屋だね」


 冗談にしてももう少し何かあったと思う。


 勧められたソファに腰掛けた俺は、腕を組むボディガードと対峙する。見るともなく周囲を確認すると、数人の配下らしき男達。


 彼らが醜い笑みでも浮かべていてくれたら、どんなに良かっただろう。どんなに話が早かっただろう。


 しかしそんな俺の期待も虚しく、彼らは真剣そのものの表情で俺達の対話を見届ける。


「世辞ならいらねぇ、聞くが───」


 俺は、緊張していた。冗談もままならない程に。


「───お前、お嬢への返事はどうした?」


「ぴえん」


 彼らが俺を訪ねる理由、その心当たりがあり過ぎるからだ。


───慎重に、言葉を選んで返答しよう。

 ブラック企業も泡吹いて倒れる程の圧迫面接。応答を誤れば、死ぬ。


「素性を調べて、驚いたぞ」


 彼らは俺の住所を知っていた。無論、他の個人情報についても同様に押さえているはずだった。


「お前、エルフを娶ってるらしいな?」


「い、いやぁ」


「別に責めてる訳じゃねぇ。この国では重婚も認められている。しかし、だ。確認だが」


 考えを、状況を整理しよう。考えるまでもなく状況は詰んでるが、とにかく考えよう。


 俺は、マフィアの令嬢から求婚されている。記載済みの婚姻届を見たのは確か、十日前だ。そしてその五日前に、俺はエルフと共に婚姻届を役所に提出している。


 そう、あの日結婚詐欺に遭ってから、全てが始まったのだ。


「まさかお前、お嬢を(たぶら)かそうってんじゃねぇよな?」


 恐ろしい話だ。


 たったの半月。この短い期間の中で、いったいどれ程の災厄が俺に降りかかったのだろう。


 結婚詐欺に遭い、マフィアの抗争に巻き込まれ、下水とダンジョンで魔族とその眷属を倒し、通り魔を退けては魔族の軍勢を返り討ちにした。


───どうして……。

 嘆きたくもなるよ。それだけの不幸に見舞われながら、未だ人並みの平穏すら手に入ってないんだから。


「……誤解だよ。俺、あんまり女性経験が無いもんだから、ラブレターの返事に困ってたんだよね」


「……ほう」


 男は一拍の間を置いて短い相槌を打つ。


 俺は、本音で語らうことにした。小手先の嘘でやり過ごしても、後々自分の首を締めることになるのは自明。


 だったら、事実だけで乗り切ってみせる。


「……結婚しているのに、か?」


 厳しい指摘だ。ぐうの音も出ない。


「……それについては、彼女は“特別”だと言わざるを得ないかな」


 特別も特別だ。異種族(エルフ)同性(男の娘)犯罪者(詐欺師)なんだから。


 属性過多だ。同じ境遇の人物が、二人と居てたまるもんか。


「つまり、お嬢は特別ではないと?」


「それは……まだ判断しかねる、って返事しかできないよ」


 一緒に過ごした時間はどれ程か。


「俺はこの件に関して、焦って返事をするべきではないと判断した」


「なるほどな、それで返事を保留にしていたと───」


 その短さから考えても、アリエラを過剰に持ち上げるのは悪手だ。世辞などボロが出るに決まってる。


 嘘を吐く必要はない。正直で良いんだ粘れ俺……!


「───……十日間も、ねぇ……」


 あ、無理そう……。


「……うん、そうだよ」


「だとしても、だ。“返事を保留にしたい”って返事くらいは書くべきじゃねぇか?」


「……返す言葉も無いよ。俺、ここんとこ街を襲うテロリスト集団と揉めてたんだ。その事で頭がいっぱいでね。気軽に手紙を書ける状況じゃなかったんだ」


「……それを、信じろと?」


「はは、まぁそうだよね。酷い言い訳だなって自分でも思うよ」


───いや、苦しいな!

 「遅れる」罪は重い。時間とは、寿命と考えれば命に相違ない。


 俺は前世で、「通学途中に倒れていたお婆ちゃんを助けていた」という理由で遅刻の罪を免れようとしたことがある。もちろん眉間に皺を寄せた教師によって突っぱねられたが、それは言い分が嘘だったから。


 だが今回の理由は、我ながら無理のある言い訳だが嘘はない。


「でも、事実だ」


 よって、強行突破を選択する。無実の罪で断罪される謂れはないからね。


「嘘だと思うなら情報屋にでも確認……」


「七日前」


「っ!?」


 男は俺の弁明を遮って短く告げる。


「お前はギルドにも顔を出さず、家にいたそうだな。お嬢の手紙を受け取った三日後だ。お前───」


 それは、予想される最悪の指摘。


「───その日、丸一日、何してた?」


───……詰んだ。

 完全に終わった。


 その日俺は確か、インターネットでダンジョン配信を見ていた。ただの休日だ。ダラダラして過ごしていた。そしてそんな事をこの場で話せるはずもない。


「……調べ事を、ね。情報が必要だったんだ」


「そうか、なるほどな」


 男は言葉を区切る。沈黙が恐ろしい。自分の心臓の鼓動がよく聞こえる。


 まるで、寿命の残量を告げるカウントダウンみたいだ。あと何拍、この鼓動を聞くことができるだろう。


「つまり、忙しくて返事が書けなかったと」


「うん」


「書けなかっただけで、返事の用意はあると。そう言いてぇんだな?」


「……そうだよ」


 打てる手は全て打った。嘘も吐いていない。あとは合否を待つだけだ。


───……長い。

 一拍の間が何倍も長く感じる程の重圧を感じていた。


「そうか。その言葉を聞いて、安心した」


 ボディガードの男は右手を上げる。すると、周囲を固めていた男達が退室していった。


───よ、良かったぁああ!

 どうやら、一次審査(超重圧面接)は突破できたらしい。


───でも何で??


「さっきも言ったが、お前の素性は既に調べてある。この数日間の動向も、な」


「なるほど」


 考えてみれば当然だった。彼らは信書でやり取りする程情報屋を信頼している。だから、知っていて当然だ。


「……悪かったな」


「何が?」


「力になれなくてよ」


 意外な発言だった。


「厳しい戦いだったらしいじゃねぇか。加勢してやりたかったが、騎士共が絡んでるとあっちゃあな」


───あぁ、魔族の一件のことか。

 男はこう言うが、結果から言って不要だった。必要な戦力はあの場に揃っていたから。


「オヤジを救ってくれたお前に、恩を返せなかった」


「別に、気にしてないよ」


「悪いな。俺達が動けばお嬢の目に付くんでな。それは避けたかったんだ」


「そっか」


 やはりというか彼らは過保護だ。俺はアリエラの実力について、騎士団の分隊長クラスはあると見てる。


 そんな彼女を箱入り娘よろしく可愛がってるんだ。望まない待遇に彼女が反発するのも当然かな。


「だが、お前にその気があるなら話は早い」


「え」


「どうもお嬢は本気らしいからな」


 それもそうだろう。あの手紙の内容、正気の沙汰ではなかった。


 “本気”と言うならまだマシだ。俺はあの手紙から、確かな“狂気”を感じ取ったのだから。


「なるほど、つまり……本題は、返事をよこせ、て事?」


 察するに、彼らはアリエラに家業を継がせたくないんだ。そして手っ取り早くその本懐を遂げるため、適当な一般人に嫁がせようとしている。


───で、俺がその候補に大抜擢された、と。

 迷惑な話だよ本当。


「いや、そう急かしたい訳じゃねぇ。ただ、お嬢は随分舞い上がっちまってるんでな。週に一度で良い。お嬢の相手をしてくれ」


「……なるほど?」


 このボディガード、見かけによらず良識があるらしい。


 俺がアリエラと過ごした時間は、たぶん合計しても一日以下だ。結婚など、気が早いにも程がある。


「早え話が、シュート。お前に頼みがある」


「……聞こうか」


 サングラスの奥が光る。これから語られるのが、本当の本題という事だろう。


「俺達を、助けてくれ……!」


「ぴえ……ん?」


 用意していたリアクションが滑る。それは余りにも意外過ぎる言葉だった。



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