閑話 黒猫は暗闇で聖剣の矛先を選ばせる
「……にゃ、よく来たにゃ」
ここは城の二階。各界の支配者を招待するVIPルームだ。その日、あたしはとある人物と会うことになっていた。
「ピッタリ時間通りとは、君らしいにゃ」
別に約束をしていた訳ではない。ただ、待っていたのだ。あたしはここに居るだけで、彼の方から訪ねてくることは分かっていた。
「貴様を訪ねたのは他でもない。教えてもらうぞ」
現れたのは、街でも有名な騎士。挨拶もないところを見るに、相当お冠だと分かる。
「通り魔事件について。知っている事を全て話せ」
「その情報は、君に売るには少し高いにゃ。それに───」
男の言動に溜息が出る。
その雰囲気から察するに、何かを焦っている様だ。
「───言っても多分信じないにゃ」
「……金が欲しいなら言い値を払う」
「にゃはっ! そうムキにならないで欲しいにゃ。そんなに悔しいかにゃ?」
笑ってしまうのも無理からぬことだ。
「部下が犠牲になったことが」
愚直な人間が、あたしの様な得体の知れない存在を訪ね、あまつさえ頼らざるを得ない状況に立たされているのだから。
「不純物が……戯言に付き合ってやる気分ではない」
あぁ、なんて御しやすい。
「無駄口を叩くな。貴様はただ、知り得る情報を話すためだけにそれを動かせば良い。簡単な話だろう」
「にゃあ」
以前の騎士団長はもっと狡猾で腹芸が得意な男だった。利権を笠に着て様々の権力者と癒着し、組織を腐敗させていた。
しかし、それも昔の話だ。現在の騎士団に当時の面影はない。精鋭達には誇りと覇気が漲っており、それを束ねる彼は実直を絵に描いた男なのだ。
「怒らないで欲しいにゃ。剣聖、話しにくいにゃあ」
人呼んで、“剣聖”。誇りで剣を握り、正義でそれを振るう男。
「情報は、無形資産だにゃ。だから、知っている者が少ない情報程高額になるにゃ」
「承知の上だ」
しかし、やはりというか彼は、“取引”に疎い。恵まれた血統に胡座をかいた結果、という意見は余りにも辛辣過ぎるか。
「つまり、そういうことだにゃ」
「いくら欲しい」
「にゃ、それを言ったら情報の中身に触るにゃ」
無形資産、“情報”を売買する上で、あたしは独自の金額設定、“レート”を定めている。といっても細かく設定している訳ではない。情報の認知度と重要度、買い手にとっての必要度に応じて“G”〜“SSS”のレートを指定するのだ。金額は、“SSSレート”で百億ペイ。
「言えるとしたら───」
そしてその上に、
「───今の騎士団の規模じゃ、対価が少し足りないってことだけかにゃ」
”国家転覆レート”があるだけだ。
「……それを言ったら同じだろう、と言うのも野暮か?」
「にゃはっ! 物分かりが良くて助かるにゃ」
無論、国家機密クラスの情報になるため、金額にして一兆ペイを定めている。
取引を持ちかけるだけで人を殺せる。従って、一度も取引した事のない幻のレートだ。存在しないも同然である。
「しかし、我が騎士団も舐められたものだな」
「にゃあ、君達の日頃の活躍には感謝してるにゃ?」
「であれば、誠意は態度で示してもらいたいものだ」
誠意、か。
「にゃ。確かに、今の団長に代替わりしてから金の流れも随分真っ当になったと聞くにゃ」
一時期の騎士団は、もはや傭兵団どころかマフィアもびっくりの暴力装置になりかけていた。それを一代で立て直したのだから、並の手腕はない。
「でも誠意でお金は稼げないにゃ」
「どうかな。今の騎士団が証明しているだろう」
「そうかにゃあ。ところで、小耳に挟んだんだけど───」
剣聖は笑みを見せる。確かに彼の手腕によって下らない権力者との癒着は解消され、金の流れは綺麗なものになった。それにより市民からの信頼は復活、彼自身の人望と相まって、結成初期の実力と支持を取り戻しつつあった。
「───古い装備、やっと変えるらしいにゃ?」
「……っ!」
しかしそんなこと、取引の場では評価に値しないのだ。
「貴様、何故知っている。組織の機密情報だぞ」
「なんで、知らないと思ってるにゃ? 情報屋も舐められたもんだにゃ───」
高額の取引をするのに、資産調査は不可欠だ。
「───猫は地獄耳なんだにゃ?」
そしてそれこそが情報屋の本領なのだ。
今回新調されるのは装備の一部。費用にして一人あたり十万程度だろう。分隊長クラスになれば、武具は自ら揃える者も多い。その分、団が負担する費用も軽くなるはずだった。
「ま、これを聞くのは十年ぶりかにゃ」
それをたかだか八十万人分、十年に一度しか負担できないなど、この情報の対価としては余りに不十分ではないか。
「……条件を言え」
「にゃ? 条件なんか、別にないにゃ?」
「分かったもういい。所詮は獣か、対話を望んだ私が馬鹿だった」
男は剣を握る。
「身体に直接聞く事にする」
「無駄だにゃ」
「情報屋が嘘とは笑えるな。これの効果を知らぬ訳ではあるまい?」
「もちろん、知ってて言ってるにゃ……そうだにゃ。良い事を教えてあげるにゃ」
言って、あたしはグラスを持ち上げる。
「世界は絶妙なバランスで成り立ってるにゃ。あたし達の住むこの国もそう。人を生かすため、最適にデザインされてる」
そして口元に運び、僅かに傾ける。
「……生きるとはどういう事か、欲とは、得るとはどういう事か」
手にしたグラスを眺める。
「求める者は、対価を支払わなければならないにゃ。時間か、労力か金か、それとも命か───」
嵩が減少し、簡単には溢れなくなったそれを左右に揺らす。
「───まるで、“魔法”みたいだと思わないかにゃ?」
「何が言いたい」
「君じゃあまだ、辿り着けないって言ってるにゃ」
情報屋の基本姿勢は、「待ち」。
「この意味を、君は理解できる事をあたしは知ってるにゃ?」
誰かがここに辿り着くのを、あたしはずっと待っている。
「……良いだろう」
「にゃは!」
納得が得られたようだ。マスター不在のカウンター、剣聖は席を二つ開けて腰掛ける。
「以前、紹介を受けた依頼だが」
「にゃ、受けるのかにゃ?」
「……振られたぞ」
「そんなはずないにゃ。ちゃんと説明したのかにゃ? 剣聖は言葉足らず過ぎるにゃ」
話題を移した彼は、対価が金ではないことを察したのだろう。
彼が話題に上げたのは、騎士団の団長を務める男に流した「依頼」について。本当に、この男は物分かりが良くて助かる。
しかし、
「街で二人に声を掛けたが、会話にならなかった」
「だとしたら剣聖に問題があるにゃ」
この男は顔が良過ぎて振られた経験がないのだろうか。彼の言い方だと、本題を切り出してもいないように聞こえるのだが。
世話が焼ける。溜息を吐きながら、
「A」
あたしは“レート”を提示した。
「吹っ掛け過ぎだろう。この程度ならCが妥当のはずだ」
「Cでも高いんだけどにゃ……まぁ、それで良いにゃ」
剣聖は無駄に良い顔で値切り交渉をしてくるが、そもそも一般人の情報がDを越えるなど有り得ない。
「依頼は二日後、馬車は昼を待って出発するにゃ」
剣聖が差し出した紙幣の束を確認し、切り出す。
「当日、朝には二人ともギルドに居るはずだにゃ。そこで説得すれば間に合うにゃ」
「ふざけているのか? 私は明日、夜勤だぞ」
知ったことではない。
「じゃあ寝ずに出発するしかないにゃ。大丈夫。決行は更に翌日になるはずだにゃ」
「そうか」
剣聖は納得した様に頷き、
「……して、どのように説得すれば良い?」
「あのにゃあ……」
真剣な表情で問い掛けてきた。
きっとこの男は馬鹿なのだ。顔が良くて腕が立って人望があって立場があって頭もそこそこキレるのに馬鹿なのだ。
「まずは相手の話に耳を傾ける事から始めるべきだにゃ」
「私の耳は不純物の声を素通りさせる構造になっている」
「じゃあ耳にフィルター張って濾過するしかないにゃ」
「……善処しよう。それで、何と言って切り出す?」
「クエストを舞台に勝負を吹っかける。それで上手くいくはずだにゃ」
「……勝負? 不純物相手に、何を挑めと?」
「なんでも良いにゃ。手柄を競う、とか……ん〜でも、そうだにゃあ」
今日何度目か分からない溜息を吐きながら、情報を与える。
「賭けが良いにゃ」
「賭け、だと?」
言い方が悪かったか。騎士の誇りを抱く剣聖は表情に嫌悪感を隠しもしない。
「勝った方がエルフを嫁にする、とかが良いんじゃないかにゃ?」
「そうか、ふざけているんだな。ならば話は終わりだ」
「待つにゃ、話は最後まで聞くにゃ」
この男が自力で説得したところで、警戒心の強い彼が乗ってくるはずがない。このクエストは、既に受注者の欄が埋まっている。四人分、全てだ。よって、誰が欠けても受注できないのだ。そうする様にあたしが手配した。
「必要なことだにゃ。まず二人に会ったら勝負を持ちかける。競うのはクエスト達成への貢献度。その上で、勝ったらエルフを嫁にできる。これをそのまま言うにゃ」
そうすれば、二人は必ず乗ってくる。勝負事にこだわりのあるエルフは勝つために、エルフと手を切りたい彼は負けるために。
「嘘など許されん、それは騎士の誇りに反する。私の立場を知らんのか?」
「君が勝てば、確かにそうなるかもにゃ」
「八百長など論外だ」
剣聖の侮蔑を含んだ視線に肩を竦める。
「取り越し苦労だにゃ」
あたしは一切目を逸らさずに言い切った。それを聞いて、今度は剣聖が溜息を吐く。
「……嫁……相棒などではダメなのか?」
「なんでも良いにゃ」
どうでもいい。
「……良いだろう。だが、依頼達成の折には通り魔の情報を取引する。それが条件だ」
「にゃあ……そんな約束はできないにゃ」
この男は確かにキレ者だ。だから馬鹿という表現は間違っていたのかも知れない。
正確には、頭が固いのだ。実直過ぎるとも言う。
「ただ、その頃には時間が経ってるにゃ」
情報は無形資産。時間と共にその希少価値は加速度的に暴落する。
「だから、あたし以外にも誰か、その正体に気付く者がいるかも知れないにゃ」
常人には想像もつかない事だ。しかし、そんな常識はずれの人間がごく稀に現れることをあたしは知っている。
「そうか。では、依頼を終えた後、改めて話を聞く」
「にゃ。クエスト頑張ってにゃ〜」
警戒心が強く降りかかる火の粉に敏感で、保身の意識が異常に高く窮地に立たされた時にだけ驚異的な推理力と判断力を発揮する。
自意識過剰で臆病な、弱いくせにお人好しな青年ならば、街に迫る”魔の手”に辿り着くのかも知れない。
猫耳少女を書いている時が一番楽しいです。ただ、ややこしい設定をどんどん追加して話を難解にするのはもうやめて欲しいです。端的に言って扱いに困ってます。
それにしても二章が終わってやっと物語が動き始めました……ここから展開は加速していきます。どうか最後までお付き合い頂ければ。
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