6話 チート能力、それは───
「さて……最後の仕事を片付けようかしら」
エルフが言うと同時、茂みから巨大な魔獣がゆっくりと姿を表した。
「グゥルルルル……」
「群れの長かしらね」
「あ、ラスボス残ってたパターン?」
目の前には屈強な魔獣、さっきから散々見てる四足獣のハウンドだ。
「どうする?」
エルフは尋ねる。言葉を使ったと言うことは、俺に質問しているのだろう。
魔獣とは、その名の通り魔力を持った獣。
「うーん、連れ帰ってペットにしたい所だけど───」
まぁこの異世界では人も異種族も物も皆魔力を持ってるから、地球でいう動物と位置付けは変わらない。
所々身に走る歴戦の傷により禿げている部分があるが、その他の特徴は前世の犬だな。
よく見ると可愛い眼差し。ボール遊びに興じたい。
「───我が家には大き過ぎるね」
ただデカい!
身長百七十八センチの俺が見上げる程の体躯! 引き締まった筋肉! 凶悪な爪、牙! 滴る涎!
お手って言ったら、間違いなく差し出した手を食いちぎられる。
軽口で冗談を言っている場合ではない。最悪、死ぬ。
「そうね。ペットはあなた一匹で十分だわ」
そう俺は言葉を操るタイプのペット。ご主人様はペットに話しかけるタイプのエルフ。
「じゃあ潔く諦めようか、ギルドはあっちかな?」
「いいえ、仕留めるわ。臨時収入が向こうからやってきてくれたんだもの」
「……マジで言ってる?」
次の瞬間、俺の隣で魔力が爆発した。
「はは……やば」
「行くわよ……!」
「グラアアア!!」
魔力を放っているのは、間違いなくあのエルフだ。そして奴の手には、刃渡り二十センチ程のナイフが握られている。
「シィ!」
「グ、グラゥルルル……」
ハウンドの前足、その凶悪な爪をするりと躱したエルフは、ガラ空きの腹部にナイフを突き立て、真一文字に切り裂いた。
───残虐ぅ……。
異世界には動物愛護団体とかないのかな?
「はあ!」
更なるエルフの追撃。腹部を斬られ、横たわったハウンドの首にとどめを刺した。
「破壊的な強さだ……」
巨大ハウンドが、秒で倒されてしまった。しかもあんな雑に。
「君の宗派には獣を慈しむ教えとかないの?」
確か、奴は神を信じていたはずだ。
自然を愛するエルフの信仰なら、魔獣の命とかも大事にしそうなものだけど……。
「? 魔獣は狩るものでしょ?」
「なるほど戦闘教信者か……」
凄まじい実力だが、魔力は既に鳴りを潜めている。
“隠蔽”。奴は街で、魔力を加減して生活しているということか……理由は分からないが、嘘吐きは俺だけではないらしい。さすが詐欺師。
「……ところで、魔法は??」
俺は気になっていたことを聞いてみた。
ここは魔法と異種族の世界。
このところ、異種族は嫌と言う程───あぁ本当に嫌になる───目にしている。しかし、さっきからエルフは魔法という魔法を使っていない。
「魔法? 使ったわよ? ほら」
エルフの言葉の次の瞬間、奴の着ている服から光が消えた。
いや、色が変わったのか? とにかく発色が変わったのだ。
「なんだ?」
「結界よ」
「……結界、だと??」
少年の心を揺さぶる概念。その一、バリア。
「薄く身の回りに展開しておくと、防御の手間が幾らか省けるわ」
常時結界だって、わぁすごいね。
「それに、魔獣の血は臭いしね。こうしておけば簡単に汚れを払えるのよ」
見ると、エルフの服には汚れ一つ付いていなかった。
「レインコートみたいだね」
「話はお終い。討伐証明部位を剥ぎ取ってちょうだい。街に戻るわよ」
「……え?」
もしかして俺の仕事って……雑用?
「お願いね? ポチ」
「……ワン」
俺はハウンドの骸に近付く。
その顔は苦痛に歪んでいたが、どこか強い意志を宿している様に見える。
俺は無言で作業を始める。そしてその間、考えずには居られなかった。
犬として生まれ、その生に誇りを抱いたまま死んだハウンドの方が幸せか、犬に成り下り尊厳を失ってなお生きている自分の方が幸せか。
議論は白熱し、今なお結論は出ていない。
☆☆★★★☆★☆
「この調子でどんどん稼ぐわよ」
「何? 一軒家でも買うつもり?」
「それも良いわね」
薬草採集に加えハウンドも討伐した俺達は、討伐報酬を加算した額をギルドで受け取った。
「あん? 雑用じゃねぇか、元気そうだな!」
そしてギルドを出た所で声を掛けられた。
「呼ばれてるわよ?」
「俺はアイツの雑用じゃないよ」
「そうね。僕のペットだものね」
「じゃあ雑用で良いかも」
俺は溜息を吐いて振り返る。無視するつもりだったけど、何やらご主人様が興味を持ってしまったらしい。
「何?」
「おほっ! エルフじゃねぇか!」
あぁ面倒臭い。
「で、何?」
「別に、お前に用はねぇよ」
この男は先日、同じ場所で俺を甚振ったチンピラだ。
今日はあの女の子と一緒じゃないみたいだね。
「おいエルフ、お前、今から俺の相手しろよ」
「呼ばれてるよ?」
「確かに僕はエルフだけど、興味無いわね」
「……だってさ。残念だったね」
「あ? お前、調子乗ってんじゃねぇぞ。またボコられてぇのか?」
「あら、ちょうど良いじゃない」
ご主人様は、何かを思い付いたように手を叩く。
「ポチ、遊んであげなさい」
「えぇ?」
「あなた、何ができるの? 見ておきたいのよ」
「えぇ……」
「さっき僕の手の内は見せたでしょ? 次はあなたの番よ」
「はぁ、勝手だね」
ご主人様は俺に、「何かやれ」と言う。恐ろしい注文だ。
「仕方ないな……見せてあげるよ。俺の“チート能力”をね」
「へぇ……どんな魔法なのかしら」
「って事で、悪いけど少し痛い思いをして貰うよ」
「雑用が、カッコつけてイキってんじゃねぇぞ」
「うるさいな、良いからかかって来なよ」
俺は左拳を突き出し、構える。
「一瞬で積分してあげる」
「……良い度胸じゃねぇか……死ね!!」
チンピラは拳を振りかぶり、俺との距離を詰める。
───単調な動き……欠伸が出るね。
拳に纏う魔力にムラがある。しかも制御が出来てないせいで無駄に肘までカバーしてるね。
鍛錬不足。君、見習いの雑用からやり直した方が良いよ。
「サイン・コサイン・タンジェント───」
「……詠唱?」
ご主人様の呟きを聞き流し、俺は一歩踏み出してチンピラの拳を躱す。
「“堕撃”」
そして左手の甲を、スナップを効かせてチンピラの顎に打ち込んだ。
「あがっ……!」
衝撃が脳を揺らし、意識を失ったチンピラは倒れた。
「はい。これが俺の実力だよ」
「そう───」
ご主人様は微笑む。
「───ただ殴っただけに見えたわね。僕は“手の内を見せろ”って言ったはずだけど?」
「確かにその通り。高位魔法を自在に操る君達からしたら、そう見えるだろうね」
タネも仕掛けも無い訳じゃない。けど、魔法程特別な事はしていない。
「神から与えられたギフトじゃない。これは持たざる者の技……まぁ、ただの“手品”だよ」
「そう……そもそもあなた、魔力はどこに置いてきたの?」
「あぁ……」
質問の意図は、まぁ分かる。
この世界の生き物はみんな魔力を纏ってる。でも、何事にも例外というものは存在するんだ。
「……“前世”、とか?」
例えば、俺とか。
「……答える気は無い、ってことね」
俺は肩を竦める。長命のエルフから見ても流石に珍しいか。俺みたいにほとんど魔力が出てない存在は。
「つまり、あなたは魔法もロクに使えない能無しって事?」
「そんな煽っても何も出ないよ」
俺に語るほどの、誇るほどの実力はない。それだけだ。
「誰もが君みたいに特別な訳じゃない、っていうのは、言い訳に聞こえるかも知れないね」
ただ、ステゴロ最強エルフの基準で測らないで欲しいとは思う。
「……あなた今までどうやって生きてきたの?」
「“役割分担”って言葉があるよね」
言って、歩き出す。
「ま、上手いことやってきたんだよ」
特別なものなんか、俺は最初から必要としてない。ま、あったらあったで楽しんだと思うけど。
「気になるわね。魔法も使えないあなたが、なんで“冒険者”なんかやってるの?」
「探し物があってね、定住するつもりが無かったんだよ」
「へぇ……何を探しているの?」
「言ったでしょ?」
俺は堂々と言い切る。
「“運命の人”だよ」
「そう。じゃあ僕と出会ったのだから探し物は終わりね。明日にでも犬小屋は引き払いましょう」
「なんでそうなるんだよ」
「ところで」
「何?」
「“チート能力”って何? 新手の魔法?」
ご主人様は疑問を口にする。このエルフは知識欲というのか何というのか、さっきから質問攻め状態だ。
だが悪い気はしない。
「あぁ、それはね───」
俺は説明してあげることにした。
「───選ばれし者にだけ与えられる不思議な力だよ」
「……いや、あなたさっきギフトじゃないとか言ってたじゃない」
「……言葉の綾だよ」
説明には一晩掛かった。
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