表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/120

6話 チート能力、それは───


「さて……最後の仕事を片付けようかしら」


 エルフが言うと同時、茂みから巨大な魔獣がゆっくりと姿を表した。


「グゥルルルル……」


「群れの長かしらね」


「あ、ラスボス残ってたパターン?」


 目の前には屈強な魔獣、さっきから散々見てる四足獣のハウンドだ。


「どうする?」


 エルフは尋ねる。言葉を使ったと言うことは、俺に質問しているのだろう。


 魔獣とは、その名の通り魔力を持った獣。


「うーん、連れ帰ってペットにしたい所だけど───」


 まぁこの異世界では人も異種族も物も皆魔力を持ってるから、地球でいう動物と位置付けは変わらない。


 所々身に走る歴戦の傷により禿げている部分があるが、その他の特徴は前世の犬だな。


 よく見ると可愛い眼差し。ボール遊びに興じたい。


「───我が家には大き過ぎるね」


 ただデカい!


 身長百七十八センチの俺が見上げる程の体躯! 引き締まった筋肉! 凶悪な爪、牙! 滴る涎!


 お手って言ったら、間違いなく差し出した手を食いちぎられる。


 軽口で冗談を言っている場合ではない。最悪、死ぬ。


「そうね。ペットはあなた一匹で十分だわ」


 そう俺は言葉を操るタイプのペット。ご主人様はペットに話しかけるタイプのエルフ。


「じゃあ潔く諦めようか、ギルドはあっちかな?」


「いいえ、仕留めるわ。臨時収入が向こうからやってきてくれたんだもの」


「……マジで言ってる?」


 次の瞬間、俺の隣で魔力が爆発した(・・・・)


「はは……やば」


「行くわよ……!」


「グラアアア!!」


 魔力を放っている(・・・・・・・・)のは、間違いなくあのエルフだ。そして奴の手には、刃渡り二十センチ程のナイフが握られている。


「シィ!」


「グ、グラゥルルル……」


 ハウンドの前足、その凶悪な爪をするりと躱したエルフは、ガラ空きの腹部にナイフを突き立て、真一文字に切り裂いた。


───残虐ぅ……。

 異世界には動物愛護団体とかないのかな?


「はあ!」


 更なるエルフの追撃。腹部を斬られ、横たわったハウンドの首にとどめを刺した。


「破壊的な強さだ……」


 巨大ハウンドが、秒で倒されてしまった。しかもあんな雑に。


「君の宗派には獣を慈しむ教えとかないの?」


 確か、奴は神を信じていたはずだ。


 自然を愛するエルフの信仰なら、魔獣の命とかも大事にしそうなものだけど……。


「? 魔獣は狩るものでしょ?」


「なるほど戦闘教信者か……」


 凄まじい実力だが、魔力は既に鳴りを潜めている。


 “隠蔽”。奴は街で、魔力を加減して生活しているということか……理由は分からないが、嘘吐きは俺だけではないらしい。さすが詐欺師。


「……ところで、魔法は??」


 俺は気になっていたことを聞いてみた。


 ここは魔法と異種族の世界。


 このところ、異種族は嫌と言う程───あぁ本当に嫌になる───目にしている。しかし、さっきからエルフは魔法という魔法を使っていない。


「魔法? 使ったわよ? ほら」


 エルフの言葉の次の瞬間、奴の着ている服から光が消えた。


 いや、色が変わったのか? とにかく発色が変わったのだ。


「なんだ?」


「結界よ」


「……結界、だと??」


 少年の心を揺さぶる概念。その一、バリア。


「薄く身の回りに展開しておくと、防御の手間が幾らか省けるわ」


 常時結界だって、わぁすごいね。


「それに、魔獣の血は臭いしね。こうしておけば簡単に汚れを払えるのよ」


 見ると、エルフの服には汚れ一つ付いていなかった。


「レインコートみたいだね」


「話はお終い。討伐証明部位を剥ぎ取ってちょうだい。街に戻るわよ」


「……え?」


 もしかして俺の仕事って……雑用?


「お願いね? ポチ」


「……ワン」


 俺はハウンドの骸に近付く。


 その顔は苦痛に歪んでいたが、どこか強い意志を宿している様に見える。


 俺は無言で作業を始める。そしてその間、考えずには居られなかった。


 犬として生まれ、その生に誇りを抱いたまま死んだハウンドの方が幸せか、犬に成り下り尊厳を失ってなお生きている自分の方が幸せか。


 議論は白熱し、今なお結論は出ていない。




☆☆★★★☆★☆




「この調子でどんどん稼ぐわよ」


「何? 一軒家でも買うつもり?」


「それも良いわね」


 薬草採集に加えハウンドも討伐した俺達は、討伐報酬を加算した額をギルドで受け取った。


「あん? 雑用じゃねぇか、元気そうだな!」


 そしてギルドを出た所で声を掛けられた。


「呼ばれてるわよ?」


「俺はアイツの雑用じゃないよ」


「そうね。僕のペットだものね」


「じゃあ雑用で良いかも」


 俺は溜息を吐いて振り返る。無視するつもりだったけど、何やらご主人様が興味を持ってしまったらしい。


「何?」


「おほっ! エルフじゃねぇか!」


 あぁ面倒臭い。


「で、何?」


「別に、お前に用はねぇよ」


 この男は先日、同じ場所(ここ)で俺を甚振(いたぶ)ったチンピラだ。


 今日はあの女の子と一緒じゃないみたいだね。


「おいエルフ、お前、今から俺の相手しろよ」


「呼ばれてるよ?」


「確かに僕はエルフだけど、興味無いわね」


「……だってさ。残念だったね」


「あ? お前、調子乗ってんじゃねぇぞ。またボコられてぇのか?」


「あら、ちょうど良いじゃない」


 ご主人様は、何かを思い付いたように手を叩く。


「ポチ、遊んであげなさい」


「えぇ?」


「あなた、何ができるの? 見ておきたいのよ」


「えぇ……」


「さっき僕の手の内は見せたでしょ? 次はあなたの番よ」


「はぁ、勝手だね」


 ご主人様は俺に、「何かやれ」と言う。恐ろしい注文だ。


「仕方ないな……見せてあげるよ。俺の“チート能力”をね」


「へぇ……どんな魔法なのかしら」


「って事で、悪いけど少し痛い思いをして貰うよ」


「雑用が、カッコつけてイキってんじゃねぇぞ」


「うるさいな、良いからかかって来なよ」


 俺は左拳を突き出し、構える。


「一瞬で積分してあげる」


「……良い度胸じゃねぇか……死ね!!」


 チンピラは拳を振りかぶり、俺との距離を詰める。


───単調な動き……欠伸が出るね。

 拳に纏う魔力にムラがある。しかも制御が出来てないせいで無駄に肘までカバーしてるね。


 鍛錬不足。君、見習いの雑用からやり直した方が良いよ。


「サイン・コサイン・タンジェント───」


「……詠唱?」


 ご主人様の呟きを聞き流し、俺は一歩踏み出してチンピラの拳を躱す。


「“堕撃(ルーズパンチ)”」


 そして左手の甲を、スナップを効かせてチンピラの顎に打ち込んだ。


「あがっ……!」


 衝撃が脳を揺らし、意識を失ったチンピラは倒れた。


「はい。これが俺の実力だよ」


「そう───」


 ご主人様は微笑む。


「───ただ(・・)殴っただけ(・・・・・)に見えたわね。僕は“手の内を見せろ”って言ったはずだけど?」


「確かにその通り。高位魔法を自在に操る君達からしたら、そう見えるだろうね」


 タネも仕掛けも無い訳じゃない。けど、魔法程特別な事はしていない。


「神から与えられたギフトじゃない。これは持たざる者の技……まぁ、ただの“手品”だよ」


「そう……そもそもあなた、魔力はどこに置いてきたの?」


「あぁ……」


 質問の意図は、まぁ分かる。


 この世界の生き物はみんな魔力を纏ってる。でも、何事にも例外というものは存在するんだ。


「……“前世”、とか?」


 例えば、俺とか。


「……答える気は無い、ってことね」


 俺は肩を竦める。長命のエルフから見ても流石に珍しいか。俺みたいにほとんど魔力が出てない存在は。


「つまり、あなたは魔法もロクに使えない能無しって事?」


「そんな煽っても何も出ないよ」


 俺に語るほどの、誇るほどの実力はない。それだけだ。


「誰もが君みたいに特別な訳じゃない、っていうのは、言い訳に聞こえるかも知れないね」


 ただ、ステゴロ最強エルフの基準で測らないで欲しいとは思う。


「……あなた今までどうやって生きてきたの?」


「“役割分担”って言葉があるよね」


 言って、歩き出す。


「ま、上手いことやってきたんだよ」


 特別なものなんか、俺は最初から必要としてない。ま、あったらあったで楽しんだと思うけど。


「気になるわね。魔法も使えないあなたが、なんで“冒険者”なんかやってるの?」


「探し物があってね、定住するつもりが無かったんだよ」


「へぇ……何を探しているの?」


「言ったでしょ?」


 俺は堂々と言い切る。


「“運命の人”だよ」


「そう。じゃあ僕と出会ったのだから探し物は終わりね。明日にでも犬小屋は引き払いましょう」


「なんでそうなるんだよ」


「ところで」


「何?」


「“チート能力”って何? 新手の魔法?」


 ご主人様は疑問を口にする。このエルフは知識欲というのか何というのか、さっきから質問攻め状態だ。


 だが悪い気はしない。


「あぁ、それはね───」


 俺は説明してあげることにした。


「───選ばれし者にだけ与えられる不思議な力だよ」


「……いや、あなたさっきギフトじゃないとか言ってたじゃない」


「……言葉の綾だよ」


 説明には一晩掛かった。

面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ