65話 【急募】犯罪者をブチ込む用の檻【三人分】
「いらっしゃいませ。お客様、本日ご予約はございますか?」
「うん───」
この城を訪ねるのは、何度目だろう。しかし、
「───“猫の小判を受け取りに”、ね」
最後であって欲しいと切に願う。
☆★★★☆☆★☆
「……よぉ、元気そうだね」
ギルドの前に立つ俺は、現れた待ち人に声を掛ける。
「何だ、雑用のシュートじゃねえか。何してんだ?」
「君を待ってた」
現れたゲビルは、相変わらず小柄な体躯で俺を見下す。そんな彼を物理的に見下すのも、もはや定番となりつつあった。
「ほら」
言って、俺は放り投げる。
「返すよ。君のだよね?」
「あぁ、そうだが……」
ゴツゴツした派手な鍔に、無駄な装飾の施された柄。趣味の悪い意匠のそれは、彼の持ち物だったはずだ。
「何でお前が持ってる?」
「預かってた」
俺は、目を伏せる。
「……ゲイスは、遠くに行ったよ」
「あ? 何でテメェがそれを知ってんだ」
───……なるほど。
ゲイスは騎士団に追われる身だった。パーティに居続ける事ができなくなった彼は、仲間に別れを告げていた様だ。
───だから、最後まで抜かなかったのか。
「それ、返すってさ」
「……ふん、欲しいっつうからくれてやったのによ」
ゲビルの呟きを聞き、考える。
ゲイスは、迷っていたのかも知れない。
いや、それは分かっていた事だ。何故なら彼は、俺との対話に応じたのだから。
そんな彼を、俺は一方的に責め、煽り、言質をとって追い詰め、そうして返り討ちにした。
ほんの一パーセントでも俺に敵意があるなら、牙を剥く意志があるのなら、見逃す訳にはいかなかった。
「ゲビル、抜きなよ」
俺は、弱者だから。
「“決闘”だ」
「あん?」
全て、“保身”のため。
「君の“八つ当たり”に付き合ってあげる」
「……あのなぁ」
ゲビルは溜息を吐く。剣を抜く気配は無い。
「俺だってなぁ、誰彼構わず吹っかけてる訳じゃねぇんだよ」
「……え? そうなの?」
───だって、いっつも俺の顔を見るなり絡んできてたじゃん!
意外過ぎる返答に戸惑った。
「……俺達はハーフだからな。街では色々あんだよ。だから、舐められねぇ様に威勢張ってただけだ……悪かったな」
「そっか……」
───なるほど、そういう……。
この街で暮らす異種族は、珍しくはないが決して多くもない。というか人間が多過ぎるんだ。
異種族の里にはアパートなど無いのだろう。それは、人間が“増える事”を重視して進化した結果、必要になった居住形態だ。
───“天使教”の手前、おおっぴらでは無いにせよ色々あるんだろうね。
人間は、どの世界線でも違いを排する種族。
彼らは、その生き辛さへの回答として力を誇示する事に決めたのだろうか。そうしなければ、この街で生きられなかったのだろうか。
しかし、と思う。
「つまり、いじめるのに手頃な冒険者として俺に絡んでたってこと?」
俺にとっては迷惑でしかない。
───俺にも人権あるんですけど。
彼らは俺をいじめる姿を見せつける事で、過激な冒険者を装い、周囲に畏怖を与えていたというのか。
「いや違ぇな。お前の事は単純に嫌いだった」
「なんでだよ」
違ったらしい。しかし、そうなると更に納得がいかない。
「俺が何したってんだ」
嫌われる心当たりが無さ過ぎる。
───それこそ八つ当たりじゃん。
「気に入らねぇんだよ。そのヘラヘラした態度が。弱えなら弱い奴らしくしろ───」
彼らには、ドワーフの血が流れている。
「───そうじゃねぇなら、それらしくしろ」
ドワーフは、職人気質。誇りとかを大事にしているのだろう。
「バカにされて、笑ってんじゃねぇよ」
それは、俺が遠い前世に置き去りにしてきた思想だった。
「そんだけだ。じゃあな」
言って、ゲビルは俺の脇をすり抜け、ギルドに足を踏み入れて行った。
☆☆★★☆★★☆
『シュー君の立てた魔物掃討作戦は無事、成功したにゃ』
ギルドからの帰路、俺は猫耳少女の言葉を反芻する。
『騎士団からは情報提供の報酬、ギルドからは───』
そして、懐からカードを取り出す。先程受け取ってきたばかりのものだ。
『───“昇格”の通達が出てるにゃ』
それまで“E”と記載されていたはずのカード。他の文字へと変更される事などあり得ないと考えていた自身の身分証明書を見る。
『……正直、今回のシュー君の功績には見合わないランクだにゃ』
そこには、“C”と記載されている。
『……シュー君の素性は、公表できない部分が多いにゃ』
『あぁ、良いよ分かってる』
彼女は、“情報屋”。
流通を制限する事で市場を支配するなど、どの業種でも当たり前にやっている事だ。だから彼女が“情報”に対してそれを行うのも、当然の権利なんじゃないかな。
『十分だよ。もともと、必要無かったものだしね』
俺は、笑みを漏らす。
『……そう、言って貰えるとありがたいにゃ』
ちなみに、作戦に名を連ねた他のメンバー、リアムと薬屋のエルフは、今回の功績で“A”ランクに昇格したらしい。こう聞くと、確かに格差を感じる。
『帰りにギルドに寄って欲しいにゃ。そこで、正式に新しいギルドカードが発行されるにゃ』
『うん。元々用があったし、ついでに行ってくるよ』
でも俺の場合、徒に目立つのは得策じゃない。だからこれで十分だ、少なくとも今は。
俺には強力な味方が居るからね。
───“仲間”、か。
意外と悪くない。彼らの存在を、俺はほんの少しだけ誇らしく思った。
☆☆★★★★★☆
“前言撤回”という言葉がある。
「何だ……どうなってんだ」
俺は帰宅し、我が家を目前にして目を疑った。
───……穴???
帰るとそこに穴があったのだ。
───見間違いか? いいや見間違いじゃない! 穴だ! 穴が空いている!!!
それは、紛れもなく穴だ。間違い無い。塞ぐ物が無い。
本来そこには、部屋への人の出入りを可能とし、また招かれざる客の侵入を拒絶する可動式の壁、“ドア”があるはずだ。
それが無慈悲に、そして暴力的に破壊された痕跡が残っていた。
「おすすめの物件はこれだにゃ!」
談笑している。
「いいえ、リアム様が住まうのに相応しい物件はこちらです。他に選択肢はありませんわ」
震える足で我が家に踏み入ると、部屋には三人の人物の姿。
「……迷うわね」
その三人が三人とも、今回の作戦の功労者だった。その功績は認められ、Aランクに昇格している。
───Aランク? A級戦犯の間違いだろ?
憩いの我が家が凶悪犯共によって不当に占拠されていた。
「あらシュート、おかえり」
俺に挨拶するのは、同居人のエルフ。性別を偽る結婚詐欺師だ。
「……ゴミが」
呟きつつ俺を睨めつけるのは、薬屋のエルフ。
今回の主犯と目される存在だ。
彼女には我が家のドアに無数の手形を付けた前科がある。
「まさかリアム様をこんな犬小屋に住まわせているなんて……考えられませんわ」
夫婦別居だとでも考えていたのだろうか。
俺に言わせれば、“森の賢者”ともあろう者がドアの開け方も知らないという事実の方が考えられない。
「……シュー君、また遅刻だにゃ」
言って、口を尖らせる黒猫。コイツは全ての元凶だ。現れればロクな事が起こらない。二度と会いたくないと、つい先程まで考えていた存在だ。
「……何突っ立ってるのよ」
「座らないのかにゃ?」
「リアム様、やはりこの部屋にいたしましょう。ここならベランダが広く、犬小屋を置く事ができますわ」
三人が三人とも、俺を陥れんと画策する詐欺師。
───我が家の、ドアが……。
───『あぁ……』
そんな彼らを、俺は“仲間”だと信じたかったのに。
───『……すまん』
俺は、「どうして」と嘆く。
何故、世界はこうも不平等なのか。
自らを女と偽る戦闘狂には傾国の美貌と大陸に比肩する者のない戦力を与え、自らの肉体改造に飽いた薬物中毒者には生涯を投げ打ってでも支援を惜しまないパトロンを与え、他人を窮地に陥れる事を最上の喜びとする黒猫には世界を牛耳る情報網を与えている。
神は、間違っているんだ。道を踏み外した彼らにとっては無用の長物に他ならない美貌や人望、社会的地位などの“特別”を、二物も三物も与えているというのに。
「……とにかく、“主役”が来たのだから、始めましょう」
俺は、言葉が出なかった。しかし絶句している訳ではない。
「にゃ、待ちくたびれたにゃ」
既に出すべき言葉は決まっているのだ。そしてそれは三人に向けてではない。
「えぇ……悔しいですが、ゴミにしては良い働きでしたわ」
対峙する犯罪者達が何事か口にしているが、関係ない。
どうやら俺は、すぐにでも物件を抑えなければならないらしい。確認が必要だ。薬屋のエルフの古巣、そこに空き部屋を三つ程、確保できるかどうか。
「そろそろ座りなさいよ、シュート」
俺は、ポケットから携帯通信機を取り出す。この番号を入力するのは、今世に来て二度目だ。そしてこの言葉を口にするのは、残りの生涯を通して最後であって欲しいと切に願う。
「打ち上げよ。ささやかだけど、祝勝会といきましょう」
「もしもし!!!! ポリスメン!!??」
考えを改めよう。俺の味方は国家権力だけだ。
これにて二章終幕です。本当はここまでで一章のはずだったんですが、余りにも長かったので分割しました。
この後番外編的なのをやってから三章に入ります。次の番外編、かなり拘ったのでぜひ読んで頂きたいです。
あと、ここまで敵が弱過ぎて主人公が全然活躍出来なかったので、次章からはバンバン強者を出していきます。良ければ続けて読んで頂けると幸いです。
面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。心が折れそうです。




