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64話 また君はそうやって……


「どうしたの?」


 僕は見知った背を見つけ、話し掛けた。


 数キロ離れたの距離は問題ではなかった。身体を強化すれば一分と掛からず移動できる。


 魔力消費も問題ない。相変わらず、我ながら狂った魔力量だ。久方ぶりに大規模の魔法を使ったが、支障のない範囲で収まっていた。


「ねぇ、あなた」


 問題は、状況だ。


「……シュートなの?」


 返事をしない態度に、彼の纏う異質な雰囲気に、違和感と焦燥感を覚える。


 そして考えてしまう。僕は、間に合わなかったのだろうか、と。


「何とか言いなさいよ」


「……」


───この男、何も考えていない。

 あり得ない事だ。特にこの男、シュートに限っては。


 城の門に立つ彼を発見してから、僕は声を掛け続けた。しかし、彼は背を向けたまま、リアクションが無いのだ。


 返事がない事を訝しんだりはしない。しかし、僕達は思考を共有する関係だ。


 平時なら指輪を通し、下らない思考が無限に流れ込んでくるはず。その情報量に、時には脳細胞を焼かれる様な錯覚さえ覚え、これはいけないと本気で対策を考えていた程だった。


 しかし現在、彼の思考は閉じられた室内の様に凪いでいて、全くと言っていい程感情が読み取れない。


 そして他にも。


「ねぇ、何なのよ、それ」


 彼の周囲を漂う、霧状の異質な魔力。


───やはり、闇の魔力か。

 確信に変わった。


 彼の魔力の異常性には以前から気付いていた。その性質が魔物と似通っている事、危機的状況に瀕しても、まるで物言わぬ石ころの様に魔力の動きがない事。


 それは、歴史書に語られる闇の魔力、それを司る魔族の特性だ。


───触れるのも不味そうだが、さて。

 問答もできず、思考も読み取れないとあっては出方に困る。


「ねぇ、魔族は? 居たんでしょ? どうしたの?」


「……どうでもいい」


「……はぁ?」


 彼は、再会してから初めて口を開いた。それも、興味無さそうに溜息など吐きながら。


───こいつ。


「いい加減にして。敵を倒したなら、行くわよ」


 まだ、戦いは終わっていない。それを確認するためにも騎士団と合流する必要があるのだ。こんなところで立ち話をしている場合ではない。


「……行けば良いと思うよ」


 それは、先程僕の背を押した言葉だった。彼の一言で決心がついた僕はディアーナの元へと走り、結果として間に合ったのだ。礼を言いたいと、そう思っていたのだが。


「……腑抜けたものね」


───こいつの本領は、この程度では無いと思っていたが。

 しかし状況は急を要する。彼が僕に迫った様に、二択を迫る事にした。


「黙って付いてくるか、引き摺っていかれるか。選びなさい」


「……面倒くさいな」


「そう……ふぅ」


───ぶち殺す。

 魔力で肉体を強化し、跳躍する。そして門に立つシュートとの距離を一気に詰めた。


「はああああ!」


「……」


 気合と共に突き出した拳は躱される。


───背に目でもついてるのか?

 更に繰り出す蹴りも、まるで風に舞う綿毛の様に、ゆらゆらと意志を感じさせない動きで避けられた。


───何も、本当に何も考えていない。

 焦点も合っていないのか、どこを見ているかすらも分からない。


「……邪魔だよ」


「っ!」


 彼の呟きに応じる様に、シュートがかざす手のひらに彼の周囲を漂っていた黒い霧が収束していく。


───魔法か? しかしこの気配は不味い!


「“エンドゲーム”」


「……っ! この!」


 身体強化を全開に、足元に展開した結界を蹴って射線を左斜め前方に向かって躱し、シュートの背後を取る。


───殺す気か!?

 相変わらず意志の様なものは感じられないが、疑いようのない殺傷能力を持った魔力が自身の右側を通過した。


「……いい加減に」


 ゆらゆらと、意志を伴わない姿勢で佇むシュートとの距離を再度詰める。


「起きろ!!」


「ぶっふぉおおおおおお……!!」


 そして振り向きざまの顔面にローリングソバットをお見舞いした。


 蹴られた勢いで宙を舞った彼は、情けない声を発しながら向かい側の民家に激突。壁に穴を開けた。


「……痛ってええええええええええ!!!」


 そして不愉快な声が聞こえてきた。


───何なんだ、この男は……。

 内心で悪態を吐きながら、結界を足場に歩み寄る。


「ほら、立ちなさい」


「待て待て待て」


───『何で急に蹴ったの!?』


───お前が返事をしないからだろう。


───『え、それだけで!?』


 痛みが功を奏したのか、意識が復活した様だ。


「正気に戻ったのね」


「どこが!?」


───『俺! 怒ってますよ!?』

 どうでもよかった。


「……それ、そんなに大事なものだったの?」


「ん?」


 見ると、彼の手にはいつかのおもちゃが握られている。


「な!」


───『俺のイカれた悪戯(クレイジー・トリック)Vol.2が……!』

 彼のおもちゃはトラバサミの接合部が折れていた。


「馬鹿ね。おもちゃなんか、戦いに持ち込んだら壊れるわよ」


 言いながら、溜息を禁じ得なかった。


───まさか、そんな事で落胆してたのか。


「いや違うよ。これはあくまで道具だ……けど、替えの効かない相棒でもある」


「そう。だったらもっと大切にする事ね」


「……ありがとね」


「……急に何よ」


 突如、シュートは礼を述べた。この男は僕をとにかく混乱させたいらしい。


「これが壊れてるって事は、君が止めてくれたんでしょ?」


「別に何もしてないわ。ただ殺す気で蹴っただけよ」


「なるほど。君は暴力に頼らない問題解決方法を学んでくるべきだね」


 シュートの言葉を聞き流していると、彼の左手の異変に気付く。


「あなた、それ」


「ん?」


 指輪が光っていたのだ。


「何だ? ……いや君のも」


「……本当ね」


 そして自分の左手を確認すると、同じ様に指輪が光っていた。


───『指輪、強調、意思疎通……蹴っただけ。やっぱりか』

 彼は顎に手を当て、何事か考え込んでいた。


「何よ、どういうこと?」


「あぁごめん、こっちの都合だよ」


「……そう。まぁそれは良いわ」


 今はそんな事より優先して、聞くべき事がある。


「あなた、さっきの魔力(あれ)、何だったの?」


「ん? あぁ……」


 夜の闇より更に昏い魔力。心当たりなら、ある。だが何故そんなものを、この男は持っているのか。


「地下水道で話した事、覚えてる?」


「……何だったかしら」


「君の欲する婚姻関係は維持する。素性についても聞かない。話したくない事の一つや二つ、誰にでもあるからね」


 それは、彼が提案した取引。


「“不可侵(・・・)”。俺はまだ(・・)、君に話したく(・・・・)ない(・・)


 それは、合意された拒絶だった。


「ま、話すと長いんだ。そのうち気が向いたら話すと思うよ。とりあえず、今は行こう」


「……そう」


 言って、彼は立ち上がると駆け出す。


 そうして僕達は、騎士団の居る街北部を目指した。




☆☆☆☆☆☆☆☆ ★




「こんなところに居たのか」


 闇に紛れ、街を見下ろす一人の人物。


「人間とエルフの番だなんて、奇妙な事もあるものだね」


 その人物の視線の先には、街の北部に向かって移動する二人の影があった。一人は人間の姿、もう一人はエルフの姿をしている。


 そしてその人間の見せた、配下・プルソナを容易く葬る実力。そして謎の概念、“侵蝕する闇”。規格外の存在である事は間違いなかった。


 十分だ。いや、十分過ぎるな。そう、噛み締めるように思考を反芻する。


「お待たせ……迎えにきたよ」


 言って、その人物は人知れず笑みを深めた。長旅だったのだ。しかしそれも、間もなく終わるだろう。


「兄さん」


 目処は立った。まさか、こんなにも早く見つかるとは。そんなことを考えていた。


 そして次の瞬間、何かに気付き、表情を醜く歪めた。


「……盗み聞きとは、タチの悪い趣味だな……異種族(ゴミ)め」




☆☆★★☆★☆☆ ★




「にゃはっ!」


 人間の目には何も映らない闇に向けて、あたしは番えた矢を向ける。


「盗み聞きだなんて、人聞きの悪いこと言わないで欲しいにゃあ───」


 獣人の目を持つあたしには、見えているのだ。闇に乗じるのは魔族だけの専売特許ではない。


「───猫は、地獄耳なんだにゃ?」


 距離にして数キロ。通常の矢であれば届かない距離かも知れないが、あたしには魔力がある。


「そっちこそ、感動の勝利に水を差さないで欲しいにゃ。そういうの、“無粋”って言うんだにゃ? ……あ!」


 言って、限界まで引き絞った矢を放つ。


「手が滑ったにゃ」


 魔力によって強化された矢は、真っ直ぐ吸い込まれる様に狙った的へと直進する。


 命中するかに見えたが、矢が着弾する直前に標的は闇へ溶け込む様に姿を消し、矢は民家の屋根に穴を開けるだけの結果に終わった。


 しかし、それでいい。


「……君の出番は、まだだにゃ。大人しく待ってて欲しいんだにゃあ」


 現れたのは、高位の魔族。今対峙すれば敵わない相手だ。今の彼らに、あんな化け物をぶつける訳にはいかない。


「それにしても、変わらないにゃあ」


 ついさっきまで、彼はここに立っていた。そしてこの矢で敵を倒し、仲間を生かしていた。


「また君はそうやって───」


 つい、笑みが溢れてしまう。似合わないったらないのだ。


「───“魔王”になりたいだなんて。にゃはっ!」


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