63話 絶対殺す用の魔力
「何だ、それは」
感情が凪いでいく。思考が鳴りを潜めていく。
「よく知ってるでしょ」
闇が、滲み出してくる。
「絶対殺す用の魔力だよ」
「……抜かせ」
プルソナは呟きと共に姿を変える。
「へぇ、そんな事もできるんだ。便利だね」
彼は背に翼を生成し、跳躍した。肉体の再生を応用すれば、変身も可能という事か。
「死ね」
「単調過ぎるよ」
せっかく空中での機動力を確保したのにもったいない。直線的な攻撃なら、ガードの必要も無い。
「ほら」
「ぐっ……! あああああ!!」
突き出された拳を躱し、ほんの少し闇を振りかけてやる。それだけで十分だった。
「再生しなよ。得意でしょ?」
「はぁはぁ」
一合の攻防で実力の差は見えた。彼は俺よりも弱い。
「もう腕ごとちぎった方が早いんじゃない? 怖いなら、手伝ってあげるけど?」
「……っ!」
プルソナは再び跳躍により空中へと退避した。
滞空し、焦った表情で失った右拳を確認するが、再生する様子はない。それもそうだろう。
「どうしたの? 来ないなら行くよ」
「く、来るな!!」
俺は魔力により下半身を強化する。そして助走もつけずに跳躍した。
「なるほど、これは便利だ」
「は、何だと!?」
俺は全身から滲み出した闇を背に集め、翼を模して形成する。
「ほら、隙だらけだよ」
「なっ!」
翼で空を切ってプルソナの背に回る。そして闇を手に集め、プルソナの肩を叩いた。すると魔力が侵蝕を始め、
「ごめん。素手でちぎったから、断面がでこぼこになっちゃった」
「……っ!」
やがて肩から先の腕を飲み込み、霧散した。
「悲鳴も上げないとは、なかなか胆力あるね」
状況に思考が追いついていないのだろう。表情には困惑が見て取れるが、先程の様な恐怖の色は消えていた。
「何をした」
「だから、魔力だって」
下らない事を聞くものだ。別に隠していないのに、動作も見ていたはずなのに。
「闇の魔力特性は、“廃能”。能力を失わせ、役立たずにする。八属性の中では間違いなく“最強”の魔力だろうね」
プルソナの右拳に闇を振りかけ、肉と骨を死滅させた。
その後、傷口に残った俺の闇がプルソナの蘇生能力を阻害し、回復を阻止した。
その上で余りにも痛そうだったから、右肩を落としてあげた。
それだけだ。
「あり得ん……こんな事、魔王様でも出来んはず、お前、何者だ」
「俺? 俺は弱者だけど?」
「っ! どの口が!」
“魔王”、か。
「……最期だ。良い事を教えてあげる」
プルソナは動かない。魔力を解放した俺に、白兵戦では敵わないのだから当然だ。
「魔力は人格と密接に関わっている。だから、感情の変化によって昂りも鎮まりもする」
「だから何だと言うのだ」
「種族によって人格が違い、人格によって魔力が違うんだ。だから、魔力によって適合する感情も違うって事」
散々試した事だ。人間として生まれた俺が、当然の権利とも呼ぶべき“火”の魔力を扱う方法。
未練がましい。
この世界でなら、俺は“特別”になれるかも知れないと……神に選ばれたんじゃないかと、本気で思っていた。
けど、結局は思い知らされただけだった。
「闇を昂らせるのは、“虚無”だよ……皮肉だね」
挫折する度に、闇は滲み出してくるんだ。
俺は転生しても、未だ“特別”に憧れている。そんな、身の程を弁えない俺に与えられた罰。
美しい星々を際立たせる深い闇。
所詮俺は無能の役割を付された資金石だ。全力を出すためには諦めなければならない。
「どこの大陸に隠れ住んでたのか知らないけど、死にたくないなら大人しくしておくべきだった」
「何だと?」
「勘違いしているようだから教えてあげる。君達は弱者だ。弱者は臆病にならなければならない」
「……くっ!! 舐めるなあああああ!!」
「……違うというなら、それこそ堂々と待ち受けていれば良かったんだ」
問答をしてみたが、何も変わらなかったな。
───どうでもいい。
ただ、虚無があるだけだ。
「“エンドゲーム”」
俺は呟き、魔力を放つ。それは、魔法とも呼べない無造作な魔力の放出。
そして飲み込んだものを霧散させる無慈悲の一撃だった。
「……闇は受動的だ。光は闇を照らすけど、闇は光を侵食したりしない」
俺は何もない宙空に語り掛ける。
「だからこそ待ち受ける“魔王”は、城で勇者を迎え討つんだ」
☆☆☆★☆☆★☆ ★
「……同じ魔物とは思えんな」
眼前で霧散し塵と消える異形の群れ。その光景を見て、剣聖は呟く。
「迷宮ではあれ程強力に感じた敵も、相性さえ捉えればこんなものか」
言って、手元の剣を確かめる。
“聖剣”。それは“天使の祈り”が込められた剣であり、現在彼が手にしているそれは紛い物だった。
しかし、そうとは思えない程の威力を発揮し、眼前の光景を実現しているのもまた事実。
「……ギド、ベック、すまない」
剣聖は目を閉じて呟く。
「恐ろしかっただろう、不安だっただろう」
そして語り掛ける。自らの部下、今は亡き優れた戦友達に。
「敵が、ではない。未知の脅威に対し、自らの使命を果たせるかと……民を守れるかと、そう思っただろう」
彼らの亡骸は見つからなかった。折れた剣と、ボロボロになった装備が発見されただけだ。
彼らは逃げなかったのだ。悍ましい敵と対峙しても、敗北を察しても、自らの最後を悟っても、戦う事を辞めなかった。
折れた剣と、そこに僅かばかり残った魔力の残り香が戦闘の凄まじさを伝えていた。
「勇敢に戦った貴様らを、私は永遠に忘れないだろう」
そして、確信する。彼らがこの剣を手にしていれば、死を免れただろう、と。
「戦友よ、安らかに眠れ」
そうして瞳を開く。
「ヴモオオオオオ」
迫り来る異形に対し、剣聖は一切動じずに対峙する。
「そして誇れ」
瞬間、一条の風が吹いた。
「貴様らが教え鍛え導いた後進が───」
「ハアアア!!」
「───今、英雄と成ったぞ……!」
現れたのは、剣聖が自ら見出した分隊長。次代を担う精鋭だった。
「見事だ、ケイン」
「ありがとうございます、団長」
言って、ケインは跪く。
「報告します。住民の避難は完了、残る目標は残敵処理のみとなりました。それも完全包囲が完了しており、殲滅も時間の問題です」
「そうか……貴様、走って巡回してきたのか? 街全体を?」
「はい……時間が掛かってしまいましたが、散発的に現れる敵は全て斬ってきました」
「……気が利くな」
剣聖とて、市民を案ずる気持ちに偽りは無い。しかし、焦っていたのだ。自らの部下を手にかけた仇敵に、報復せねばならない、と。
一方で目の前の男は、それを察して住民の安全確保に動いていたと言う。断りも告げず、剣聖の後顧の憂いを断つために。
「よくやった。しかし敵は未だ健在だ。民を守るため、我らは今少し剣を振るわねばならん」
言って、剣聖はケインの肩に手を置く。
「ついて来れるな?」
「もちろんっス」
「よく言った」
剣聖は頷き、立ち上がった部下に指示を出す。
「貴様は先行し、前線部隊と合流した後、部隊指揮を執れ。手負いの者は退がらせるが良い。これ以上の戦死は許さん。被害を最小限に抑える事を念頭に置いておけ。良いな?」
「はっ! 了解っス!!」
そして駆け出す部下を見送り、溜息を吐いて背後を振り返る。
本来なら前線の部隊指揮は、自ら執るつもりだった。しかし想像以上に部下は成長しており、自身は冷静ではなかったと反省する。
───何だ、この魔力は……。
先頃、恐ろしい魔力を探知した。そしてその魔力反応は未だ健在だ。魔力の出現とほぼ同時に魔族と思しき者と交戦、魔族の魔力反応は消失した。
倒したのだろう。自らの敵である魔族と対峙し、圧倒する存在。字句の上では強力な味方に思えるが、これは、余りにも……
───あれは……シュートのものか?
異質な魔力反応だった。シュートらしきそれが“放つ”魔力。
胸騒ぎがする。今までになかった反応だ。
考えながら、精神を集中して夜の街を睨む。
何か、想像だにしない、とんでもない状況が繰り広げられているのではないか。根拠も具体性も無いが、そう思えてならないのだ。
───敵か味方か、それとも……。
見極めなければならない。前線の指揮を部下に任せてでも、自らの目で。
☆☆★★☆☆★☆ ★
バキッ
「あ」
「間違えた」
「左手に使っちゃったよ」
「右手にやらないと意味ないのに」
「どうしよっかな〜」
「はぁ……まぁ」
「どうでもいいか」
面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。




