62話 誇大妄想狂の夢
「よぉ、待ってたよ。君が親玉かな?」
城の門の上に腰掛けた俺は、訪れた人物を見下ろして声を掛ける。
浅黒い肌、長身で引き締まった肉体、頭部の角。
間違いなく魔族だ。
「おっと、動かないでね」
こちらを見上げるも、返事をしない魔族に対し、俺は聖銀の矢をチラつかせる。
「こっちには地の利も飛び道具もある」
「……分からんな」
やっと口を開いた魔族は、首を傾げつつ俺に問い掛ける。
「闇に乗じれば労せず俺を討てただろう。人間とは、そういうものだと思っていたが?」
「へぇ、えらく詳しいね。誰に聞いたの?」
相手の問いには答えない。あくまで脚本家は俺だ。筋書きはこちらが用意する。
「獣の女に」
「なるほどね」
予定調和、か。面白みのない問答だ。
「質問を繰り返すよ。君が親玉で合ってる?」
「そうとも言える。違うとも言える」
「じゃ、質問を変えるね」
これは、俺の質問が悪かった。
「君、序列何位?」
魔族は、その実力によって序列が付けられる。それが彼らの価値観であり、唯一絶対の指標だ。
「俺はプルソナ。四十四柱序列二十位だ」
「そっか」
───真ん中ってところか。
「俺はシュート。少し話そうか」
魔族の生態は、人間のそれと大きく異なる。
その一つが知能だ。人間が学習により獲得するそれを、彼らは捕食した他の生命から奪い取る。
そして、高い知能は理性にも通ずる。落ち着き払った態度から、彼とは会話ができそうだ。
───騎士を食ったの、コイツかもね。
「君、魔法って知ってる?」
「無論、知っている。異種族の扱う手品の類だろう」
───「手品」、知ってるんだ。
存外、彼らは人間の文化を楽しんだのかも知れない。
「ま、その認識で良いと思うよ。君達魔族は魔法を使えない。なんで使えないのか、考えたことある?」
「必要の無いことだ」
プルソナは首を振る。強がりや負け惜しみの類ではなさそう。
「そっか。人間は魔力を様々な形に変換して転用してる。それが魔法だ。君達魔族はそれができない。これは俺の仮説だけど───」
プルソナは相槌も打たない。彼にとっては本当に意味の無い問答なのだから、「早く殴らせろ」とでも思っているのだろう。
「───変換できないんでしょ? 君達は魔法が使えないんじゃない。可処分魔力率が“0%”なんだ」
魔法とは、表現だ。個性の象徴と言える。
各種族がそれぞれの魔力特性に合った魔法を獲得してきたのは、“進化”の結果だ。そして、その過程でほとんどの種族が「生き方」を重視した。
───これは、贅沢な進化なのかもね。
だから、大陸の各種族は自らの気質に合わせた魔法を発展させた。人間が娯楽を求め、エルフが研究を求めた様に。
そんな中で、魔族だけが未だ「生きること」に囚われている。
個性を排し、秩序を尊ぶ。純粋な生命力、圧倒的な暴力に基づいた序列。
彼らは暴力以外の力を評価しない。
だからこそ、唯一絶対の“魔王”が存在し得る。
「だから、見たことないでしょ? 自分達の魔力の“色”を」
「……何の話だ」
「見せてあげようか? って話だよ」
プルソナは欠伸でもしそうな表情で退屈を表現する。
そんな彼も、知らないんだ。
「何を偉そうに。お前、いったい何様のつもりだ」
「俺?」
俺はあの時、暗闇の会合で神に戦いを挑んだ。神は、好きに性能を決めて良いと言った。俺は、何でもいいと思った。
どうでもいい。
何を持っていても持っていなくても、俺が素敵な存在である事に変わりはないと知っていたから。
「俺は、弱者だよ」
それを、証明したかったから。
「そうか。人間にしては随分潔い独白だな」
勝てる相手にしか挑めない臆病者。それなのに、自らを「特別」と信じたがる愚か者。
もっと無難に、「速く走れる力」とか、「空を飛べる力」とかにしておくべきだったのかも知れない。
───いや、「面白い話ができる力」も捨て難いな。
今となっては全て、下らない妄想だが。
「正直持て余してるんだよね、こんな力。端的に言って扱いに困ってる」
「人間の思考だな」
俺は、学校では普通にいじめられていた。そして冒険者になってからも、日陰者として過ごしてきた。
全て、この“力”のせいだ。
「力を持ちながら、何を悩む必要がある。力は指標に過ぎんだろう。強い者は昇り、弱い者は降る。それだけだ……まぁ、それがどれ程の力かは知らんがな」
「なるほどね。確かに、その意見には概ね同意だよ」
魔族が生きているかも知れない。それを知った時、俺は嬉しかったのを覚えている。
「俺はねぇ、迷ってるんだよ」
聞いてみたかったんだ。同じ力を持つ者、同じ境遇に立つ者に。
「思うにこの世界は中途半端だ。特別荒廃もしていないし、完璧に平和って訳でもない」
三歩歩けばチンピラにぶつかる。でも世界はそれを受け入れて回っている。
「それでも、世界は絶妙なバランスで成り立っているんだ。君達の存在もそう。所詮は小さな歯車の一つに過ぎない」
涙ぐましい努力によってやっと薄氷の上に打ち立てられた尊い平和。
きっと、多くの人が少なくない不満を抱いている。でも、それを大っぴらにして口にしたりしない。皆大人なんだ。
それを思えばこんな戦い、本当は意味なんて無い。
「見くびられたものだな。人間の楽園など、一夜にして地獄に変えてやる」
「……君、本当にそれしかないわけ?」
「……何?」
「せっかく進化して、知能を得て、自我を得て、個性らしきものを身につけて、人間の言葉を理解して……それでやる事が、殺しなの?」
「何が言いたい」
「受け入れてあげる、って言ってるんだ」
俺は生きたい。殺されたくないんだ。だから俺は、極力殺したくないと思ってる。殺しを容認するって事は、自分も殺されるリスクがあるって事だから。
でもそれは、俺の一存では成し得ない。相手の合意が必要なんだ。
「君がどれだけ乱暴者でも、人格が破綻していても、無能でも、最後の一線を守って小さな歯車の役割を果たしてくれると言うなら、俺はそれを受け入れたいって思ってる」
「戯言はよせ。俺の同胞を討った異種族、あれはお前の仲間だろう? つまり、お前は最初から殺すためにここに来たという事だ」
「……断られたんだよ。君の同胞、マリウスにね。だから俺は改めて君に頼んでるんだ。君、親玉なんでしょ?」
「……奴は、何と言っていた?」
今日、初めてプルソナの目に意志の光が宿った。
「彼は、“四十位だから”って言ってたよ」
「そうか……」
言って、プルソナは目を伏せる。
「残念だな。俺の答えも同じだ」
何だよ。君も、そんな顔するのかよ。
「そっか。じゃあ俺は君達を殺さないといけない」
「人間が。俺達を敵に回すなど、勇者にでもなったつもりか?」
「うーん……正直、どっちでも良いんだよね」
どうでもいい。
「ただ、“魔王”とやらにはなってみたいと思ってる」
「……世迷言を」
「はは。怒るなよ、魔族らしくない。力が全てなんでしょ? だったら真偽は力で問うべきだ」
魔王になるため、そう望んで得た力。平和な世の中では無用の長物でしかなかった力。
「最後の質問だよ。君、自分の心臓がどんな形か知ってる?」
「知らんな。代わりと言ってはなんだが、お前の心臓は見ておいてやろう」
「それは残念。魔王軍採用面接、君は不合格だ」
俺は息を吐き、集中を解く。
人体力学の極意は「脱力」である、そう言っていたのは誰だったか。あながち間違いではなかったなと自嘲し、
「“誇大妄想狂の夢”」
吐き捨てる様に魔法を唱える。
「来なよ。本物の“闇”ってやつを見せてあげる」
そして、闇は滲み出す。
やっと……本当にやっと主人公に“必殺技”を使わせる事ができました。長かった……。
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