61話 “前世”に、“神”か……
「ゆっくりでいい。魔法を解くんだ」
わたくしを一心に見つめ、彼は口を開く。
その表情の真剣さに、畏れ多くも笑みが漏れてしまう。
「どうした?」
「ふふ、失礼致しました。言葉が昔に戻っておられましたので」
「……っ!」
動揺するお姿が可愛らしく、更に笑みが深くなる。
「お、あなたが! ……無茶な魔法を使うから、心配したのよ」
「申し訳ありませんわ……リー君」
体内に忍ばせた魔力の種を、丁寧に無力化してから排出する。間違ってもこのお方に触れてしまわない様に。
体外に伸びていた花は彼が焼き払ってくれた。優しい炎だった。
「……離れて頂いた方が楽なのですが」
「そ、そうかしら……悪かったわね」
また、顔を赤くする。
「ふふ、冗談ですわ」
───木の魔力は放出が苦手。だから、仕方がないのです。
時間が掛かる事も、それによって彼に負担を掛け、長く引き止めてしまう事も。
───わたくしは頑張っていて、彼はわたくしの事が心配なのです。だからこれは、仕方のない事。
今日ばかりは扱いの困難な魔力特性に感謝してもしきれない。
「……あいつみたいな事、しないでくれる?」
「あいつ」、あの黒髪の青年の事だろう。不思議な縁で結ばれた二人。存外、このお方はあの男を気に入っている様だ。
「……命を削る程の身体強化だなんて、めちゃくちゃな事をするわね」
「えぇ、この命、惜しくはありませんもの」
「……悲しいことを言わないでちょうだい」
本心だった。
木も人もエルフも、与えられた生涯を全うすればやがて死ぬ。そこに、“役割”などと贅沢なものまで与えられて、それ以上を望む訳もない。
「あなたが居なくなったら、悲しいわ」
しかし、このお方はわたくしの命が惜しいと言う。
───相変わらず、お優しい方ですのね。
「では、リー君はあとどれ程生きられるのですか?」
「……っ!」
「わたくし、リー君より長く生きるなど御免ですのよ」
彼は険しい表情で歯を食いしばっている。この問いに答えなど無いのだから当然だ。
「ふぅ、ありがとうございます。もう降ろして頂いて結構ですのよ」
「そう……」
呟いて、彼はわたくしを下ろしてくれる。
「どこも痛くないのね?」
「えぇ。全て魔力で治療しましたわ」
「疲れは? 無理はしてないのよね?」
「えぇ。その気になれば、朝まで戦えますわ」
「そう……」
彼は複雑な表情で、溜息を吐く。
「それじゃあ、行くわよ」
「?」
そして、意を決したように、口を開いた。
「僕はあなたの薬が大切よ。それがあれば、どんな敵だって怖くないわ」
「えぇ。リー君はお強いですから」
「僕はあなたの集めたきのみやきのこが大切よ。この街で口にしたどんな料理よりも美味しかったわ」
「えぇ。リー君のお好きなものばかり集めていましたから」
「僕は……あなたと見た、あの花畑が大切よ」
「えぇ。また見にいらして下さい。もうすぐ満開の時期になりますわ」
「僕は……」
そこまで言って、口籠る。
「……わたくしは、リー君のことが大切ですのよ」
「……え?」
「美しい炎でしたわ」
『ちゃんと本人に話した方が良いよ』
「今も昔も変わりません。リアム様は我が種族の……いえ───」
『リアムも君と話したいんじゃない?』
「───わたくしの誇りですわ」
思い出すのは、あの青年の言葉。
「ですからリー君には、リー君のなさりたいように行動してほしいと思っていますの」
「だ、だから僕は……!」
「行かれるのでしょう? 彼の元へ」
「!」
彼は驚いた表情でわたくしを見返す。
「……相変わらず、何でもお見通しなところは変わらないわね」
「えぇ。リー君も、お変わりない様で安心致しましたわ」
「どこがよ。結構変わったでしょう? ほら、見た目とか、態度とか」
「ふふ。リー君は、リー君ですのよ」
「……何よそれ」
『たぶん、だけどね』
───わたくしとした事が、人間の戯言を真に受けるだなんて。
非合理だ、心底思った。
「どうかお気をつけて」
「……ふふ。心配いらないわ」
今伝えた言葉は彼に、どれ程伝わっただろうか。きっと、言葉以上の意味は伝わっていないのだろう。それで十分だ。
「僕、これでも“最強”だなんて言われてるんだから」
言って微笑みを残し、彼は走り去って行った。
☆☆★★☆★☆☆
「状況はどうかにゃ?」
城の一室、ここだけ時がゆっくり流れていると錯覚する程に異質な空間で、少女は口を開く。
少女はこの空間を、「和風庭園」と呼んだ。
聞き馴染みのない表現だが、室内にも関わらず川のせせらぎの聞こえるこの部屋は、自然と人工物が調和している様にも感じられる。そう思えば、適した表現なのかも知れないと思った。
「佳境、といったところでしょうか。ディアーナ様、リアム様、そして───」
現在、穏やかな雰囲気の流れる城の外では、激しい戦闘が行われている。
「───シュート様も、先程出られました」
「なるほどにゃ〜」
街の存亡、延いては種の存亡を賭けた争いが繰り広げられるさなか、猫耳少女は間延びした口調で一切の緊張を感じさせない。
「思ったより早い展開だにゃ?」
「はい。騎士団の精鋭の実力が、想像以上に優れていた様です」
街の治安維持を一手に担う集団。その幹部クラスの精鋭が対処しているのだ。
彼らに止められない組織があれば、この国は既に滅んでいると言っていい。
「ん〜それじゃあ、あたしも行くかにゃ〜」
それにしても、今日のこの猫耳少女の態度はなんなのだろう。明らかに浮かれている。聞かなくとも分かる。
絶対に何か「良い事」があったのだ。
葬儀の様な淀んだ雰囲気を纏っていたあの日とは大違いではないか。
「では、準備を致します」
理由は恐らくあの青年。
先日城を訪れた、如何にも平凡ななりの青年とその会合後の少女の姿を思い出し、深く溜息を吐いた。
☆☆★★☆★☆☆
『帰ってしまわれましたね』
その日。マフィアのボスからのメッセージを伝え、預かっていた報酬を手渡した後、用は済んだとばかりに彼は引き上げていった。
そんな彼を見送った後の室内には、口の先を尖らせ、不満を隠しもしない少女と私だけが取り残されていた。
『……いつまでそうして不貞腐れているおつもりですか? この様に対応されたのは、貴女の意志でしょう?』
少女のご機嫌取りなど、私の職責ではない。だからこれは、私自身の意志だ。
『そもそも、何で彼は事の原因を貴女になすりつけたのです?』
いや、趣味と言った方が正しいかも知れない。
『客観的に見て、彼の現状は彼自身が招いたものとしか思えませんが』
今日店を訪れた青年、シュートはエルフと婚姻関係を結んでいる。
そのエルフというのが少々厄介な身の上の存在であり、トラブルの発生を危惧した彼は、それが自身の身に降りかからない様対策し、見事解決してみせた。
それ自体は圧巻の手腕と言う他ない。
少ない情報から自身の身を守る術を見極め、その準備を経て戦いを挑み勝利する。同じ事を成し得る者が、一体どれ程居るというのか。
しかし、疑問なのだ。エルフと結婚したのは彼自身の意志。
“彼女に巻き込まれた”などと、どの口が言うのだろう。
『……簡単な推理だにゃ』
少女は口の先を尖らせたまま口を開く。器用なものだ。
『あたしがそれを知っているという事は、あたしにそれを教えた者が居るにゃ。そして、情報を売り物にするあたしがそれをまだ誰にも話していないとは考えにくいにゃ』
彼女は、情報屋。その鮮度と信頼性の高さから、取引相手は大商人や政治家、闇の組織の重役など多岐に渡る。
だから、嫌でも耳にしてしまうのだ。誰かにとって不都合な事実も、不特定多数の人物を陥れる策謀も。
『だから、あたしはシュー君に“知っている”と伝えるだけで良かったにゃ。それで彼には十分だったにゃ』
何が十分だったのだろう。
『確かに、貴女が彼にエルフとマフィアの関係を示唆する事は不自然ではないでしょう。そこから推理をする事も可能かとは思いますが……』
理屈は分かる。しかし、違和感があるのだ。
『……些か、過剰ではないでしょうか?』
彼の自己防衛本能とでも言うのか、危険を察知してそれに対処する能力は異常だ。「マフィアがエルフを狙っている」「自らがエルフと結婚している」「その事を情報屋が知っている」たったこれだけの情報で、今回の一件を絵に描いてそれを実現、解決した。
『“誇大妄想”、とでも言いたいのかにゃ?』
『そこまでは、言いませんが』
微笑んだ少女は意味深に口を開く。
誇大妄想。言い得て妙だ。
自身を弱者と称しながら、一方で強者を相手に一切の損害なくトラブルを収束させる実力。本来は自らを過信する弱者に向けられる皮肉だが、どうも彼には馴染んで聞こえる。
『富も権威も持たない青年が、“自分はマフィアに狙われている”と、本気で思えるものでしょうか?』
幼子の抱く幻想。突如現れた凶悪な敵を追い払う英雄の様な自分。
“マフィアが情報屋と結託して自分を陥れようとしている”、そんな、願望にしても随分稚拙な妄想を、あの歳の青年が未だ心に抱いていると言うのか。
『シュー君は、臆病だにゃ』
その評価には私自身も納得だ。
『力があってもそれを使わない道を選ぶにゃ。でもそれだと、肝心な時に間に合わないにゃ』
“肝心な時”、それが何を意味するかは私には到底計り知れない。彼女の叡智は一体どれ程先の未来を見通しているのだろう。
『だから、敢えて意味深に接触したにゃ。そうすればシュー君はあたしの真意を深読みして動くにゃ。あたしが知っている時点で、複数の人物に情報は共有されているにゃ。それが分かったら、あたしへの口止めより問題の根本を叩く事を優先せざるを得ないにゃ』
『なるほど。それで“巻き込まれた”となる訳ですね』
これも、理屈は分かる。
『ですがもし、彼が気付かなかったら……』
『気付くにゃ』
少女は食い気味に返答する。
『シュー君は、常に他の“全て”を疑っているにゃ。そんな事が出来る人間が居るなんて信じ難い事だけど、結果が証明したにゃ』
まるで、自分の事の様に自慢げに語る少女。
その様子が鼻に付いたので、少し意地悪をしてみる事にする。
『……それでも、そんな彼に、自分だけは信じて欲しかった。でしょう?』
『う、うるさいわねっ!!』
必死に毛を逆立て、身体を大きく見せて威嚇する姿が可愛らしかった。
『あら、変化が解けていますよ、語尾も』
本当に、猫みたいな少女だ。
『……っ! とにかく! シュー君は問題を解決したにゃ! あたしの! 計画通りにゃ!』
『えぇ、その通りですね。だったら何の不満もありませんね?』
『にゃあ……』
こう言われては、彼女はこれ以上ぶつくさと不満を垂れる事も出来ない。それでも不服そうに、拗ねて見せる彼女の頭を撫でてやる。
───シュート様、か。
自身の存在価値を過信しながら過小評価し、その実真の実力を備えた臆病な弱者。
どこもかしこも矛盾だらけだが、だからこそ面白いと言うものだ。
少女は彼を、「悪運が強い」と評した。それも彼の境遇を的確に言い得ている。
尽く窮地に瀕しながら、その度に首の皮一枚繋ぎとめる救世主との出会いに恵まれる。一体、前世で彼はどれ程深い業を背負って死んだというのか。
まるで、神に壮大な役割でも宿命付けられて生まれてきたかの様な苛烈な境遇。
そこまで考えて、自嘲の念に苦笑が漏れる。
───“前世”に、“神”か……。
柄にもなくスピリチュアルな空想を描いてしまう程度には数奇な運命である。しかし、これでは彼の事など言えた立場ではない、私こそ空虚な妄想に浸っているではないか。
───彼は何を思うのか。彼女は、彼をどこへ導くのか。
私には到底計り知れないこの二人の物語の顛末に、人知れず心躍らせるのであった。
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