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60話 半狂乱の星々


「くぅううぐおおおお!!」


 再び木に飲まれ、その身を強力に圧縮されるハヴレスが悲痛の声を上げる。


 それを聞き流しながら、後方からの風切り音を聞いて安堵する。


───全く、腹立たしい程に“間に合った”男ですわ。


「ふっ!」


「何スか!?」


 驚きを表現する騎士を置き去りに跳躍し、空を切るそれを掴む。そして、


「はあああ!」


「ぐお……!」


 ハヴレスに突き立てた。


───これで絶命して欲しいものですわね。

 程なくして、事切れたらしいハヴレスは魔力の塵となって霧散した。残ったのは彼を包んでいた樹木だけだ。


「ふぅ。助かりましたわ」


「いや、こちらこそ……何というか、すごいっスね。はは……エルフって皆そうなんスか?」


 騎士は表情を引き攣らせているが、問題ない。


「あなたは壮健のようですわね。わたくし、薬を持っていますの。怪我をなさった同胞が居たら連れてきて下さいな」


「それは助かるっス」


 彼は至って健康そうだ。肉体の欠損はおろか、心肺機能の疲弊も見られない。


───鍛え抜かれていますのね。

 人間の騎士というのも、存外侮れない存在らしい。


「わたくしはこの通り無事ですので、騎士様は作戦を継続して下さい」


「了解っス。けど敵は強いので、くれぐれも無理はしないで欲しいっス」


 言って、騎士の青年は去っていった。


 その時だった。


「……っく!」


 ヒュン、と。


 闇に紛れ、高速で移動してきた何かの攻撃を受けた。


「不意打ちとは。小心者ですのね」


 未だ敵の姿は捉えられていない。辛うじて身を守り、身体を躱したために直撃は避けられたが、左肩を掠めた何かにより裂傷を負っていた。


「……ふっ!」


 身を翻し、躱す。


 一度目は躱し損なったが、警戒を強めた二度目はうまく対応できた。


───しかし、速いですわ。

 現状、音でしかその接近を判断できない。周囲は暗闇、敵は探知の困難な魔族。


───劣勢ですわね。

 完全に地の利を取られている。


 考えながら路地へと移動し、身を隠す。しかし、時間もない。変身していられる時間は注射一回につき五分程度である。しかも今回は連続使用のため、正常な薬効が期待できるか怪しい。


 状況的に考えても、こちらから仕掛ける他なかった。


───ただ高速で移動しているだけなら、捕らえることも可能でしょうか。

 覚悟を決め、再度通りに出る。広い通りは明らかに相手有利に働くが、誘い込むには身を晒すしかない。


 ゆっくりと歩き、足を伝って魔力を地に送り込んだ。


「“発芽(バドブレイク)”」


 魔法を唱え、自身を中心とした円形に木を生成する。


───チャンスは一度きりですわ。

 解放状態で魔法を使うなど、命知らずにも程がある。


 しかし、一方でわたくしは安堵しているのだ。リアム様のためにこの命を使えることに。


 きっと、リアム様は幸せになる事ができる。エルフの里では感じられなかったそれを、あのお方はこの地で得るのだろう。その手助けとなれるのなら、この命も惜しくはない。


 木に囲まれ、森を思わせる空気の中で目を閉じる。


 瞬間、木の一本が風を受けて軋んだ。


「……はあああああ!!」


 身を躱し、拳を振り下ろして敵を地に叩きつける。


「ぐっふ……!」


 攻撃は無事、命中した。


「はあっ!」


 更に追撃を加えようとするが、速い。繰り出した拳は地を砕くだけに終わった。


───驚きましたわ。

 潰した内臓と粉砕した骨を、既に蘇生し終えている様だ。


「……見事だ」


 遂に相対した敵は、静かな声色で口を開く。


「俺の攻撃、どうやって見切った?」


 余裕が窺える。手痛い一撃を加えたにも関わらず表情に変化が見られない。それどころか、雑談を持ちかけられるとは。


「木の揺れを察知して、角度と速度を測りましたわ」


「なるほどな」


 言って、魔族は身構える。


「好敵手と出会うのは千年ぶりだ」


「長生きですのね」


「あぁ。楽しませてくれることを願う」


 魔族の言葉に嘘はなさそうだ。彼らはその生態が他の種族とは全く異なる。“寿命”の概念すら当てはまらないのかも知れない。


「私はストラトス。四十四柱序列三十位だ」


「はぁ。覚える気もありませんわ」


 序列から考えれば、先程のハヴレスより上位の魔族と言える。そして実力主義の魔族において、力以上の指標は無いだろう。


「……参る」


「……っ!」


 速い。


「はあ!」


 拳を振り回すが、空を切るに終わる。


「ぐっ!」


 しかし敵の一撃は確実にこちらの肉体を削っていく。


「遅いぞ」


 先程までとは違い、至近距離での攻防。木を探知器に使う事もできない。助走もなければ跳躍もない。


───いけませんわ。

 体術に優れた敵に、白兵戦では敵わない。距離を空けて魔法を使用したいが隙もない。


「ふっ!」


 魔力により足を強化。跳躍を補助して民家の屋根へと飛び乗った。


「はあ!」


「くっ!」


 そして振り向きざまに、追ってきたストラトスの顔面を殴りつける。辛うじてガードが間に合ったため深傷とはならなかったが、隙はできた。落下するストラトスを尻目に、耳をすます。


───本当に間が良い。腹立たしいですわ。


「はあああああ!!」


 再度跳躍し空中で矢を掴む。そのままの勢いで落下するストラトスへと迫り、


「ぐっ!」


 鏃を突き立てた。


───そこまでするとは、敵ながら天晴れですわ。

 ストラトスは矢の刺さった右腕を自ら切り捨てた。


 空中で身動きが取れない中、急所を庇い、瞬時の判断で傷を負った右腕を切り捨てる覚悟は賞賛。


「逃しませんわ」


 しかし、腕を失った敵。これ程の隙を見逃す訳にはいかない。距離を取られれば速度で負ける。よって、


「はああああああ!!」


「ぐ、おおおおお……」


 殴る、殴る、殴る。


 着地と同時に繰り出す、無慈悲の連打。この隙を逃せば次は無いかも知れない。よって、短期決戦に出る。


───残り時間一分程でしょうか。

 薬の効力には僅かばかり余裕がある。何としてもこのストラトスだけは仕留めておきたい。そんな事を考えていた。


 油断とも言えない、一瞬の隙だった。


「ふっぐ……」


 腹部に違和感。ストラトスの右腕が蘇生しているのを見るともなく確認し、


「……はあっ!」


「ぐお!」


 渾身の力で殴り飛ばす。


 相手に自由を許してしまったが、痛み分けだ。


───仕方ありませんわね。

 左手で腹部に触れると血で濡れた。


「ここまでとは思わなかったぞ」


「……とどめを刺しませんの? そういうのを油断って言いますのよ」


「なに、認めているのだ、お前の事をな」


 嬉しくもない言葉だ。


「最期だ。言い残したい事があれば、聞いてやろう」


「……木の魔力特性は、“蓄積”ですわ」


 ポケットから注射器を取り出す。今回の作戦のために用意した三本の注射器、その最後の一本だ。


「集める事、留める事が得意ですの……っ!」


 それを左腕に刺し、内容物を投与する。


「そして、木は八属性の中で唯一生命を司る魔力ですわ」


「ほう」


 解放状態での更なる注射。試した事もない狂行だ。


「だから、この通り。再生はあなた方の専売特許ではなくてよ」


 腹部の穴が塞がる。全身の裂傷が治癒されていく。


「まだやれると言うのだな」


「いいえ、終わりですわ」


 言って、指差す。対峙する魔族を。


「陽の君や 木の葉選ばず 照らせども 並ぶるがため 月と願わん」


 そして呟く。


「“百合の狂信者ファナティック・リリー”」


 魔法を。


「ん? ……っぐ!」


 瞬間、ストラトスの全身から植物が芽吹く。それは彼の内包する潜在魔力を吸い上げて成長を続け、やがて美しい花を咲かせた。


 それは真っ白な百合だった。


「木は、放出を苦手とする魔力ですわ。だから、あなたに直接打ち込む必要がありましたの。魔族が肉体強度を競う種族で良かったですわ」


 火や風の様に、他に影響を与える魔力であれば遠距離での操作も容易であっただろう。しかし、木は生命である。種のない所に実はならない。


───しかし、厄介な魔力ですわね。

 打ち込んだ魔力の種、ストラトスの魔力を吸い上げる百合の成長が遅い。それどころか、成長した端から腐り落ちていく。


 十中八九それは、魔族の持つ闇の魔力の影響だろう。発芽すらできなかった種も多そうだ。


 弱体化には成功したが、無力化するには足りない。そんな状況。


「……ちぎっても無駄ですわ」


 ストラトスは自身から生じ、生い茂る花を必死にちぎる。


 自然の植物とは違い、ストラトスに植え付けたのは魔力の種だ。


「それを止めるには、わたくしを殺すしかありませんの。しかしそれでも───」


 自身の腕、肩、背に違和感を感じる。


「───更なる種を植え付けるだけですが」


 自らにも同質の花を生じさせた。


───敵が魔族で良かったですわ。

 彼らは魔法を使わなければ、飛び道具も使わない。武器も使わない。


 暴力的と呼ぶに相応しい体術で戦うのだ。わたくしにとどめを刺せば、その瞬間に大量の種を植え付け、最悪でも同士討ちに持ち込める。


「……くくくっ。お前、正気か?」


「ふふ。ご心配なく……っ!」


 薬の効力が切れた。限界という事だろう。


───この姿で最期を迎えるとは、皮肉ですわね。

 わたくしはまた、無力な少女の姿に戻ってしまった。


「ふう、根比べと行こうか。お前の魔法が強いか、我が肉体が強いか」


「えぇ、お好きに」


 ストラトスは腰を低く構える。なす術のないわたくしはただ脱力して立ち尽くした。


 やはりというか、ストラトスは強い。薬効の切れた現在のわたくしなど、瞬きの内に刈り取ってしまうだろう。現状、それだけの実力差が見て取れた。


 彼に打ち込んだのは、魔力の種だけではない。


 潜在魔力を分解、変質させ、動きを緩慢にさせる“毒”をも大量に打ち込んだのだ。


───全く、理解し難い生命力ですわね。

 もはや賞賛の言葉しか出ない。


「参る」


 耳に届くストラスの声。覚悟を決め、目を閉じる。


 取り得る手段は全て打った。その上で彼はわたくしを上回ったのだ。彼程の力なら、リアム様に迫ったかも知れない。そんな事、あってはならない。


 だから、これで良かったのだ。これが弱い自分にできる、精一杯だったのだから。


 そんな事を考えていた。


 その時だった。


「一人世に 月を想わば 悲しけれ」


 声が聞こえた。


「並ぶるがため 妖し身とならん」


 それは百年、焦がれた声だった。


「……っ! ぐあああああああ!」


 何が起きたのだろう。目を閉じていたため、状況が分からない。懐かしい声の後に浮遊感を感じ、その直後、ストラトスの絶叫が聞こえた。


「ディアーナ」


 わたくしの名を呼ぶ声に目を開くと、美しい顔がわたくしを覗き込んでいた。どうやらわたくしは抱き上げられているらしい。


 そして視界の端には、再度右腕を失ったストラトスがいた。


「……怖いから、目、瞑ってな」


───あぁ、あの時の、優しい声ですわ。


「“半狂乱の星々(インサニティ・サンズ)”」


 現れたリアム様は呟く様に優しく魔法を唱え、その“炎”でストラトスを塵にした。


「……美しいですわ」


 その太陽の如き輝きを、今度こそ忘れぬ様にと懸命に見つめ、目に焼き付けた。


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