59話 可処分魔力率
常に体表から放出され、意志によって操作が可能な「表層魔力」とは違い、生命活動の原動力とも言える「潜在魔力」は探知が困難である。
人間を始めとする生物は、この潜在魔力を表層魔力へと変換し、「魔法」を行使する。
しかし、魔力とは生命力の根源である。よって、全ての生物は本能によりリミッターを掛け、変換可能量の上限を無意識下で定めているのだ。これを「可処分魔力率」と呼ぶ。
その量、成人した人間の平均でおよそ0.001%。
戦闘を生業とする者達は、日々厳しい鍛錬を自らに課す事により少しずつこの上限を解放していくのだが、
「はああああああああ!!!」
「来い!!!」
彼女は投薬により、一時的に可処分魔力率の上限を強制的に解放する事を可能にした。
「ふんっ!」
「ぐあっっっは……!」
解放状態の彼女の可処分魔力率は、3%。常人の三千倍の出力である。
「正面から受け切るとは、正気ではありませんわね」
「はぁはぁ……くっ!」
少女はその肉体美を最大限引き出し、表現するための姿勢を見せて告げる。
「立ちなさい。夜は長いですわ」
☆☆★★★★★☆
『まずは戦力の確認だ』
俺はそう言って切り出す。
『ドラゴンなら独力で倒せるわ』
『紙より重い物は持てないにゃ』
『うんうん、君達には聞いてないね』
右手を上げて発言する二人を制し、メイドエルフに視線を送る。
『昨日のパワーアップってどれくらいもつの?』
俺は昨晩目にした狂気の変身姿を思い出す。
『……十五分は戦えますわ』
『そっか。嘘だね』
彼女の返答を否定する。
ゲイスを迎え討った時、長く見積もっても五分程度で元の姿に戻っていたはずだ。
『手の内を晒す事に抵抗はあるだろうけど、正確な情報が欲しいんだ。痩せ我慢してもたせられるギリギリのタイムじゃなくて、百パーセントで戦える時間を教えてくれないかな』
『ですから、十五分は行けますわ』
『……困ったな』
メイドエルフは一歩も引かない。
俺達の武器は、情報だ。それは正確である程効果が期待できる。
『リスクをテイクしたくないんだよね。味方の犠牲を念頭に入れる軍師は居ないでしょ?』
『えぇ、ですから正直に話していますの』
彼女は真っ直ぐな視線でこちらを見返す。
『出し惜しみをせずに全力を出し切れば、それだけの時間は戦えますわ』
『……うーん』
『シュート』
思案する俺に、リアムは声を掛ける。
『エルフは木の魔力を使うわ、継戦能力で言えば人間の比じゃないわよ』
『……まぁ、それもそうか』
───リアムがそう言うなら、納得する他ないね。
あれだけの効力を持った薬。少なくない反動や副作用があるはずだけど。
『それで、わたくしは何をすれば?』
メイドエルフは問い掛ける。その表情を見て思う。
『あぁ、君に頼みたいのは───』
いつだってそうだ。今世の俺は常に細い綱の上を歩かされている様なのだ。
『───行けるかな?』
『ふふ。冗談の様な作戦ですわね』
今回もそう。戦力はギリギリで、誰一人欠かす事ができない。
『当然、楽勝ですわ』
だから、彼女の役割も重大なものになる。
☆☆☆☆★☆☆☆ ★
「はあああああ!!」
「そうだ! もっと来いっ!」
渾身の拳をいなされる。
───化け物め。
「はぁはぁ」
「……何だよ、もう限界か?」
目の前の魔族、ハヴレスは涼しい表情でわたくしに問い掛ける。開始直後に浴びせた一撃の傷は既に蘇生していた。
───内臓を二、三傷つけてやりましたのに。
恐ろしい肉体強度と再生能力だ。
「ほらどうした? 得意の魔法は使わねぇのかよ」
「……あなた如きに必要ありませんわ」
「何だよ、もったいぶんなよ」
可処分魔力率の解放は、命を削る行為に等しい。本来極小に抑える事で生命を維持しているのだから当然だ。
───まるで、寿命の前借りですわね。
「わたくしは、エルフ。木の魔力を使いますわ。木の魔力特性をご存知ですか?」
「ん? 知らんな、興味もねぇ」
「木の魔力特性は、”蓄積”ですのよ」
一生の内に使える魔力の量は決まっているという説がある。そして、わたくしはこの説を支持しているのだ。
根拠は“寿命”。
エルフの長命も人間の短命も、魔力特性と照らし合わせれば納得できる。
「エネルギーを蓄える事、留める事が得意ですの」
これは、種族の気質にも通ずる。
エルフは長い時間を賭して研究に取り組み、造詣を深める。まるで木の様だ。それは一か所に留まり、根を下ろしては枝葉を伸ばす。
「それがどうした?」
「いえ、独り言ですわ」
対して、人間の扱う火の魔力特性は、”延焼”。熱を伝え燃え広がっては煌々と輝く。コミュニケーションを得意として娯楽に興じる彼らにはお誂え向きの魔力だ。
「んじゃあ、とどめと行こうか」
「えぇ、終わりに致しましょう」
わたくしの潜在魔力量は、魔力特性も相まって人間の五倍程はあったはず。それを数千倍の出力で攻撃し続けているのだ。
───無傷のはずがありませんわ。
「おら!」
ハヴレスは一気に距離を詰めると拳を突き出した。それを躱し、カウンターを合わせる。
「ぶっ!」
顔面を捉えたが、浅い。踏み込みが甘かった様で、体重が乗らなかったのだ。
「……やるなぁ」
─── 一瞬の隙が必要ですわね。
『時間制限付きのパワーアップか、便利だね』
青年の言葉を思い出す。
───やはり、便利なものではありませんでしたよ。
腰を低くし、地面に片手をついて考える。
薬の効き目は既に切れかかっていた。
「行くぞ!」
「……っく!」
防戦を強いられている。
「はあ!」
敵の拳をいなし、反撃に出る。
「……おら!」
しかし、体術では相手の方が上手。一度見せたカウンターを、もう一度受けてくれる様な優しい手合いではなかった。
「くう……」
ハヴレスは拳を打ち出した後の姿勢、無理な体勢から強引に体を捻って蹴りを繰り出す。
───恐ろしい体幹、流石戦闘種族ですわ。
二段の攻撃には対応し切れず、脇腹に蹴りを受けた。
「まだまだ行くぜぇ!」
攻勢に出るハヴレスのラッシュに、こちらはガードしかできない。
「おらぁ!」
「ぐっ……!」
重いボディブローを受けてしまう。
身体を後ろに逸らしながらダメージを流すが、重い。内臓に響く打撃だ。更に、
「……っ!」
遂に薬効が切れてしまった。
「あん? なんだ、魔法か?」
ハヴレスは首を傾げる。収縮するわたくしの肉体に多少の驚きを見せるが、隙は無い。
───もう少し。
「おいおい小さくなっちまって、どうした? もう終わりか?」
出力の下がったこの姿では、継戦は厳しいだろう。
「……木の魔力は、集める事と留める事が得意ですわ」
「何だ?」
木の魔力には、他の魔力程の出力はない。よって、攻撃には向かない属性と言える。
「火の“延焼”や風の“飛躍”であれば、容易に魔力を攻撃力に変換することができますが、木にそれは難しいんですの」
「そうか、残念だったな」
「でも、得意な事もありますのよ」
「あぁ?」
言って、魔法を唱える。
「“発芽”」
「ふお!?」
突如ハヴレスの足元から樹木が現れ、彼の身体をその幹の中に取り込もうとする。
「言いましたわよね? 木の特性は“蓄積”です、と」
先程地に触れ、そこに留め置いていた魔力を魔法により解放した。
これが“木”の真髄だ。
燃え尽きる火や吹き抜ける風と違い、根を下ろす木はその場に留まる。
「拘束する力。そう呼んで差し支えありませんわ」
「くぉのぉぉおおお!!」
ハヴレスは木に飲み込まれながらも、その幹を引きちぎって逃れようとする。
───もう少し、あと、ほんの少しですわ。
「うぉらああああああ!」
叫びながら脱出を果たしたハヴレス。そんなハヴレスをなおも追い立て成長する木、そしてそれを睨みつけるわたくし。
「死ね!!」
油断は、無い。
ハヴレスが伸ばす手を瞬きもせずに見据える。それが目前まで迫った時、
「……っ! ぐあああああ!」
何者かの介入により、彼の腕は両断された。
「大丈夫っスか!?」
現れたのは、騎士の制服を着た青年。
「……っ!」
───どうやら間に合った様ですわね。
「問題ありませんわ」
「うお!? でっかくなった!? それなんスか!?」
「話は後で。構えて下さる?」
わたくしの役割はまだ終わりではないらしい。
☆☆★★★★★☆
『まず魔物だけど、奴らは地下水道を根城にしていると考えて間違いない』
『断言しますのね。根拠は?』
もはや決定事項になっているのか、メイド服を着たエルフは右手を上げて発言した。
『見つかってないからだよ』
あれだけの異形。一度見たら夢にまで出てくる事請け合いのトラウマビジュアルを、街の人間ほとんどが知らないなどあり得ない。
つまり、隠れているのだ。
人目につかず、街へのアクセスが容易で、化け物を収容しておける空間。他に候補が思い付かない。
『大胆にもAランクの冒険者を襲撃しながら、目撃情報すら無いなんておかしいでしょ』
先日、リアムの報告を聞いたギルド職員の反応を思い出す。彼らがその情報を抑えているとは考え難かった。
『なるほどね。確かに日中を地下で過ごして夜に行動するなら、人間に気付かれなかったのも頷けるわ』
リアムは納得した様に頷く。
『となると、問題は数ね。どれ程の規模を想定しているの?』
『百は下らないだろうね』
もしかしたら千かも。
街一つ飲み込もうとしてるんだから、それくらいは居るのだろう。
『勝算はあるの?』
『うん。そのための作戦だよ』
言って、俺は作戦の説明に移る。
『まず、戦力を地上と地下に分ける。その上で、地下水道の魔物を三方向から攻めまくるんだ』
『もう手が足りないじゃない。あなた数も数えられないの?』
俺の提案に、リアムは疑問を呈する。
『最後まで聞いて欲しいな。この役割は、騎士団に依頼するつもりだよ』
『あぁ、なるほど。そのための”剣”という事ね』
騎士団長レイスは、ダンジョンで魔族を見ている。それが街にも潜んでおり、市民を襲っているとなれば彼の協力も得やすいだろう。
『依頼の条件とかはルーニアに任せるとして、とにかく東、南、西の三方向からミスリルの剣で攻めまくって貰う』
『なるほどにゃ。街の北は森だから、そこに誘い込めば戦いやすいって事だにゃ?』
『その通り』
俺はマフィアと戦った街外れの廃倉庫を思い出す。あそこはちょうど森との境目の地点だった。
ルーニアに発注したミスリルの剣は、一本を残して騎士団に流すつもりだ。自然で採れる鉱石の中で、唯一光の魔力を宿した素材。それを鍛えた剣なら、魔物相手でも有利に戦えるだろう。
剣に長けた騎士が扱うならなおさらだ。
『市民には、街の北部に集まった魔獣の掃討のため、とでも言って避難して貰えば良いと思う。決行が明日ってのも、逆にリアリティがあると思わない?』
『にゃ、それなら任せて欲しいにゃ』
ルーニアは頷く。こういう時、各方面に顔のきく情報屋が居ると便利だ。
『んで、追い込んだ魔物が地上に上がってくるのを待ち伏せして挟み撃ちにする。俺達は地上に散発的に現れる魔物を排除しながら、それを待つのが仕事だ』
『待って』
役割を確認していたところ、リアムが待ったを掛ける。
『騎士達が地下の魔物を殲滅しながら追い立てて地上に誘導、這い出てきたところを一網打尽にする。そういうことよね?』
『うん、その通り』
『だったら始めから僕も出た方が良いんじゃない?』
俺は戦力を確認した上でメイドエルフに依頼した。「地上戦を一手に引き受け、時間を稼いで欲しい」と。
『うーん、ダメ』
『理由は?』
『君はこっちの最高戦力、切り札だから』
嫌な予感がするんだ。
そもそも魔物はどこから来たのか。この大陸でないなら、どこか別の大陸にでも隠れ住んでいたのではないのか。
『敵は未知の種族だよ。つまり、保険って事』
『……出るか分からない強敵まで考慮してるってこと? 無駄じゃないかしら?』
『かもね』
敵はゲイスを取り込んで地上の動向を探りながら、ルーニアを頼って情報を収集し、ダンジョンで人知れず魔獣を食って戦力を高めていた。
『でも───』
俺は手の震えを意識的に抑える。敵の戦略は、俺の頭を飛び越えているのかも知れない。だとしたら、恐ろしい事だ。
『───無駄に終わった方が良いと思わない?』
俺の知る限り、最悪の展開は全て実現し得るのだから。
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