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58話 トロッコ問題って知ってる?


『ルーニア、揃ったけど』


 我が家に集まった三人の詐欺師を前に、俺は切り出す。


『話があるんだよね?』


『にゃ、あたしは物件を紹介しに来ただけにゃ?』


 しかし、ルーニアは首を傾げている。


『……そう、じゃあ良いや』


 だったら、自分で提起するだけだ。


『魔族が動いた。そうだね?』


 彼女が俺の前に現れるのは、決まって問題が差し迫った時。今もきっとそう。


『さぁどうかにゃ。そうかも知れないし、違うかも知れないにゃ〜』


『……なるほどね』


 俺は溜息と共に呟く。


 彼女は言葉を濁した。それが意味するのは、この情報の価値は俺が払える対価を大きく越えているということ。


 つまり、最悪の展開って訳だ。


『とにかく状況を整理しよう』


『待って』


 仕切り直そうとした俺に、リアムが待ったを掛ける。


『僕はね、まどろっこしいのは苦手なの。だからはっきりと、YESかNOで答えてくれるかしら?』


『何かにゃ?』


『あなたもしかして、今回の件について最初から全部知っていたの?』


『にゃはっ!』


───ま、そうなるよね。

 リアムは指摘しているのだ。「お前が手引きしたんだろ」と。


『あたしの情報には対価が必要だにゃ?』


『そうね、じゃああなたの命が対価ならどうかしら』


『わーお』


 リアムはキラキラ光るナイフ(処刑用)をチラつかせる。


『我が家で殺人はやめて欲しいなぁ』


『大丈夫よ。あなたのマフィア(お友達)に頼めば綺麗に片付けてくれるはずだもの』


『怖いにゃあ』


 家を事故物件にするのやめてくれない?


『ま、あたしの命を保証してくれるって言うならそれで良いかにゃ』


『えぇ。それで? どっちなの?』


『猫は耳が早いにゃ』


 ルーニアは一切目を逸らさずに呟く。


『YESだにゃ』


『良い度胸ね。僕達を散々巻き込んだのも、あなたの差し金だったって事かしら?』


『にゃ〜次の対価は何かにゃ〜』


『……あなたねぇ』


『猫ちゃんあんまり煽らないでお願いだから』


 ルーニアは妖しく微笑むだけで全く緊張を感じさせない。リアムの言う通り、大した度胸だ。


『金が貰えれば何でもする訳? だったら僕から依頼するわ。今すぐ魔族を始末してきてちょうだい』


『まぁまぁ』


 しかし、と思う。


『それがルーニアの仕事だからさ。その辺にしときなよ』


 それが、彼女に課された“役割”だ。


───『お前、どっちの味方なんだ』


───決まってるでしょ、俺は俺の味方だよ。

 リアムの鋭い視線に対し、俺は思考で返答する。


『……恐れながら、このゴミの言う事は一理ありますわ』


『な! あなたまで!』


 メイド服を着たエルフは、丁寧にも右手を上げて発言した。


───そういえばまだ名前も知らないな。

 そして俺の名前はゴミで定着している。解せない。


『その獣人のおかげで、魔族の出方が分かりますわ』


 情報屋は、情報を売る。当たり前だが、それを欲しがり、買う者が居るんだ。


『魔族が欲する情報から逆算して、敵の目的を分析する事ができますわ。そう言いたいのでしょう?』


『うん。その通りだよ』


『っ! じゃあ、もっと早くに教えてくれれば!』


『だから、“今”がその時なんだよ』


 言って、ルーニアに視線を送る。


『情報は鮮度が命だにゃあ。出し遅れて腐ったものを提供する事も───』


 その表情を見て、察する。


『───早く仕入れて提供前に腐らせる事もできないにゃ』


 彼女もまた、ややこしい宿命を背負ってるんだろうなぁ、なんて。


『そういう事。ルーニアが魔族を裏切って早くに情報を流せば、敵は計画を変更する余裕ができる。そうなったらルーニアは信用を失って、二度と魔族との取引ができなくなるんだ』


 全てを知りながら、自らは何をする事もできない。それが「情報屋」に課された宿命なのだろう。


『逆に言えば、遂に敵が動き出したって事……猶予はどれだけあるの?』


『今日を入れて三日は大丈夫なんじゃないかにゃ』


『ほら、話にならないじゃない』


『いや、十分だ。そうだよね?』


 もう一度ルーニアに視線を送ると、彼女は頷いた。


『武器は、明日の正午には揃うにゃ』


『なら、決行は明日だね』


 俺は、弱者だ。備えなく強者と戦うなど恐ろしくてできない。


『そんなに急ぐ必要がありますの? 仲間を募る意味でも時間に余裕を持つべきでは?』


『必要ないよ』


 攻撃は最大の防御。自らの身を守るため、時に弱者は自ら仕掛けなければならないのだ。


『メンツは揃ってるからね』


 最近気付いた事だが、どうも俺には脚本家の才能があるらしい。


『作戦を説明するよ』


 最悪のシナリオ限定の才能なのが非常に残念ではあるが。




☆☆★★★☆★☆ ★




「出たね」


「……っ!」


 やはりというか、魔族が出た。分かってたけど驚きはあるね。


 この大陸では千年確認されていなかったのだから、もはや空想上の生き物と同義だ。


───とりあえず、ここまでは想定通り。

 相手が闇夜を利用しなかった事を除いては。


「魔族は殺しの手段を選ぶ様な種族じゃなかったはず。向こうから堂々と現れるなんて、もしかしてアイツ馬鹿なのかな?」


 歴史書に語られる魔族とは、実に好戦的で冷酷な種族だった。


 それがまるで、決闘を申し込む騎士みたいなノリで出て来るとは。前情報とのギャップに困惑していた。


「良く言えば順調、悪く言えば時期尚早だね」


───あの娘一人で魔族の相手はキツそうだ。騎士団はまだか?

 混戦、そして連戦。予定外の事態に、今後の采配を検討する。


「……あなた、随分冷静ね」


「まぁね。君は少し頭を冷やした方が良いよ」


 見なくとも分かる。


「追加で二本行っとくか」


「……あなたねぇ」


 俺は戦場の様子を見つつ、応援とばかりに矢を放ち、彼女の周囲にまとわり付く有象無象の魔物を排除する。


 そんな俺に掛けられるリアムの声には紛れもない怒気が含まれていた。


「何?」


「少しくらい心配とかないの? 人の心無いんじゃない?」


 異種族に“人の心”を説かれるとは心外だ。


「そういう君は随分と人間臭いところがあるんだね」


「……あなたに何が分かるのよ」


「君の気持ちは確かに分からないね。でも、あの娘の考えはちょっとだけ分かる」


 俺は溜息を吐いて続ける。


「あの娘は君のために戦ってるんじゃないの?」


「っ!」


 エルフとは、理知的で寡黙な種族だ。研究を好み、その成果を後世に残す事を喜びとする。


 だから、迷うはずが無いんだ。


「君さ、トロッコ問題って知ってる?」


「……急に何よ」


「君は今、レールを眺めている。そして目の前には暴走するトロッコと、その分岐器があるんだ。放っておけば五人轢かれて死に、君が分岐器のレバーを引けば、レールが切り替わって五人の代わりに一人死ぬ」


 前世で一時期流行った倫理学の問題。誰かを生かすために、別の誰かを犠牲にすべきか。


「君ならどうする?」


「……僕ならそのトロッコをぶっ壊すわよ」


「いや腕力の話はしてないんだけど」


 これ程暴力的に話の腰を折られる事があるだろうか。初めての経験だ。


「君にできるのは、レバーを引くかどうかの選択だけだ」


「それじゃあ、どっちにしろ死人が出るじゃない。何が言いたいのよ」


 リアムは疑問を呈する。


「行けば良いと思うよ」


 俺は溜息と共に言った。


「何言ってるのよ、そんな事したら……」


「君の前には分岐器がある」


 エルフとはいえ、所詮は情を持った“人”という事なのか。


「さっき、君が自分で言ったんだよ。どっちにしろ死人は出るってね」


 現れた魔族、彼も一人の生命だ。争う以上、どちらかがそれを失う運命だ。


「助けたい方を選ぶと良いよ。見ず知らずの大勢か、たった一人の同胞か」


「……残酷な事を言うのね」


「まぁね。けど時間ないから、さっさと決めてね」


「……」


「そんなに迷う事かなぁ?」


 俺は肩を竦める。


「君は、あの娘を愛してるんでしょ?」


「なっ! あ、愛だなんて……」


「言葉に詰まるのは気持ちが先走っているから、歯が浮くのは言い慣れない言葉に気後れしているからだよ」


 言いながら、俺は矢を放つ。


「君達には、圧倒的に対話が足りない。それは時間が掛かるし、手遅れになってから気付いても遅いんだ」


「……言いたい放題言ってくれるわね」


 リアムは溜息を吐く。


「もう、遅いのよ。随分時間が経ってしまったし、あの娘も僕も変わってしまったわ……そういう意味では、もう手遅れなのでしょうね」


「別に、君が修行に費やした百年を否定するつもりはないよ。エルフ(きみたち)の時間感覚は俺には分からないしね。だから、これはただの老婆心だ。気に入らないなら無視すれば良い」


 物語で、探偵は間に合わない。でも君は、今走れば辿り着く事ができるじゃないか。


「行くべきだよ。君の愛が、本物ならね」


「あなたは随分軽々しく口にするのね」


「……うん。俺は、間に合わなかったからね」


 もう、苦笑いしかできない。


「でも……いや、だからこそ、生かされた俺は証明しなければならないんだ」


「……何を?」


 俺は溜息を吐く。


「“真実の愛”ってやつだよ。俺は今、そのためだけに生きてる」


 リアムの目の奥を見据える。奴の内心に渦巻くのは、焦燥と恐怖の葛藤、か。


「……時間がもったいないね。答えは彼女が知ってるんだ、聞けば良いんだよ」


「……何て声を掛けたら良いか、分からないわ」


「そっか。別に、難しく考える必要ないと思うけどね」


「……あなたなら、こんな時、どうやって伝えるの?」


「さぁ、どうだろうね───」


 俺は、少し考えてから、返答する。


「─── 一般的には、相手の大切なものを自分も大切にしたりするんじゃない?」


「大切なもの?」


「その上で言うんだ。“君のことが大切だから、君が大切にしているものも大切にしたいんだよ”、ってね」


「そう……」


 リアムは確かめるように頷く。


「恩に着るわ」


 そして監視塔から飛び降りていった。


───え、ここ地上五十メートルくらいの高さあるよ?

 軽い身のこなしで展開した結界に着地し、現れた魔族の元へ凄まじい速度で走っていった。化け物じみている。


「……ちゃんと最後まで守ってあげなよ」


 呟いてから、俺は闇に向けて矢を放った。



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