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57話 命懸けで踊れ


 夏の星空は澄んでいて綺麗だった。いったいどれ程のエネルギーを消費すれば、こんな遠い大地にまで明かりを届けられるのだろう。


「準備は良いわね?」


 暗い宇宙で煌々と存在感を放つ星々。彼らは、何を期待してその命とも言える光を放っているのか。


「……シュート?」


 夜空には、賑やかに星が輝いている。彼らには俺の存在など見えていないのだろう。しかし、俺の目にはしっかりと映っているのだ。


 皮肉だと思う。


 綺麗だと、存在感があると、賑やかだと思える彼らの間には、その実幾百光年もの距離が介在するのだ。


 皆、一人ぼっちなのだ。


 二度の生涯を通して、相変わらず矮小な存在である俺は、星空を見上げてはそんな感傷に浸っていた。


「……ぼーっとしてんじゃないわよ!」


「ぐっはぁ!!!!」


 俺は背中をシバかれた。


「何すんだよ!」


「何考えてんのよ」


 意思疎通が図れない。最近、言葉が通じない事が増えた気がする。


「集中して。失敗は許されないのよ? それに───」


 皮肉だね。


「───あなたが考えた作戦でしょう?」


 関わる人が増えたから、コミュニケーションの壁にぶつかったのだ。


「……うん、悪いね」


 俺達は現在、街を一望できる程高い建物の屋上に来ている。


 理由は、一つ。


「来たわよ」


「ヴォォオオオオオ!」


 迎え討つためだ。


「矢は足りるかな?」


「さぁ、どうかしら。ま、信じるしかないわね」


 今日は、街の明かりが少ない。


「それにしてもあなた、弓なんか使えたの?」


「……まぁ」


 相変わらず俺は弱者だ。


「練習したからね。一通りの武器は、人並みに」


 備えなく敵と対峙する事などできない臆病者。それなのに、結局いつも戦うことを選んでしまう愚か者。


「始めよう」


 矮小な俺は、生まれ変わってもまだ諦め切れていないのかも知れない。


 夜空に輝く星のような、「特別」になることを。




☆☆★★★★☆☆




『……で、結局何の用ですか?』


『こちらの物件、なんと! ペットOKだにゃ!』


『ペットならこの部屋でも十分飼えているわ』


『そこはダメだセキュリティがガバい! ってそうじゃなくてですねぇ!』


 問答虚しく、またしても猫耳少女の侵入を許してしまった。


───引っ越す物件はセキュリティ重視! オートロック、防犯カメラ、キーレス錠、この三点はマストだ!


───『気にし過ぎだろ、年頃の女じゃあるまいし』


『セキュリティが気になるなら、この物件はどうかにゃ?』


『確かに良い条件ではあるけれど……ギルドから遠ざかってしまうわね』


『おいおい、富裕層向けの高層マンションなんか見てどうする気?? 家賃なんぼすると思ってるんだよ、一介の冒険者が選ぶ物件じゃないから』


 引越し先選びは難航し、俺は既に目的地を見失っていた。


『迷ってしまうわね。考える時間を頂けるかしら?』


『にゃ、人気どころは早く決めないと部屋が埋まっちゃうにゃ? それに、今なら引越し費用を含めた初期費用を引越し屋が負担するにゃ!』


『……魅力的な条件ね』


 リアムは一ミリも迷ってなどいない。奴はさっきからずっと、高層マンションの間取り図しか見ていないのだ。


『……建前はもういいよ、本題に入ろう。準備は出来たの?』


『準備?』


───『何の話だ?』


───すぐ分かるよ。


『にゃ、もう少し時間が欲しいにゃ』


『シュート、彼女に何か頼んだの?』


『うん』


 考えたくなかった事だ。


『“聖銀(ミスリル)”の剣を二百本、矢を───』


 しかし、こうして彼女は俺の目の前に現れた。告げに来たのだ、“正解だ”と。


『───千本ほど』


『何? あなた、戦争でもするつもりなの?』


───ピンポーン


『……揃っちゃったな』


───“戦争”、これも”正解”か。

 一日に二度、インターフォンが鳴るのは今世に来て二度目だ。


『リアム様、いらっしゃいますか?』


『すみません、マルチ商法なら本当に間に合ってますので』




☆☆☆☆★☆☆☆ ★




「ママぁぁあああ!!」


「アン!! こっちよ、早くっ!」


「ママぁ……えぐっ……もう走れない……」


「何してるのっ! ひっ!」


 食物連鎖という概念がある。


「アン……! 逃げなさいっ!」


 それは、生態系を形作る自然界の秩序。


「ママぁ……」


 絶対の法則である。


「アン! こっちに来ちゃダメ……」


 草木は虫に狩られ、虫は小動物に狩られ、小動物は大型の獣に狩られ、


「いや……来ないで……」


 大型の獣は人に狩られる。


「ヴウウオオムムルルルル……」


 では、人は?


 人は、誰に狩られる?


「ママ……」


「アンっ!」


 娘を抱く母親は、覚悟を決めたのか、それとも現実から文字通り目を背けたか、目を瞑って最期の時を待っていた。


───非合理なものですわね。

 種を生かすために子を逃すか、更なる種を産むために自らを守る手を打てば良いものを。


「ウォオオオアアアアヴォウっ……」


「耳障りですわ」


 母娘に迫っていた魔物を一刀のもとに斬り伏せる。魔物は跡形も無く霧散した。


───“聖剣”。紛い物とはいえ、見事な切れ味ですわ。

 先日対峙した魔物より成長した個体だったが、簡単に始末する事ができた。


 やはり戦闘においては相性というものが重要らしい。


「あ、あの……」


「街中央の城に向かう事ですわ。あそこが一番安全ですの」


 未だ小刻みに身を震わせる母娘にそう告げる。


 悪いがここに長居する事も城まで送り届ける事もできない。


「……ありがとう」


 少女は涙ぐんだ目でしっかりとわたくしを見据え、礼を述べた。


「お耳のおねぇちゃん」


「どういたしまして」


 言って、自身は駆け出す。


「ヴォォオオオオオ!」


「おねぇちゃん!」


「行きなさい、早く!」


「あ、アン! 行くわよ!」


 小さな手をこちらに伸ばす少女を抱きかかえ、母は走り出した。


───最初からそうしていれば良かったのですわ。

 考えながら、無造作に敵を斬り伏せていく。


 剣を一度振れば魔物が一体、二度目を振れば更に二体、夜の闇に霧散していく。


「わたくし程度が扱ってもこれ程の威力とは……研究のし甲斐がありそうですわね」


─── 一本程度なら、持ち帰っても問題ないでしょうか。なんて、人間の様な事を考えてしまいますわ。




☆☆★★★☆★☆ ★




「……意外と動けるんだね」


 俺の魔力探知は広範囲の索敵には向かない。


「余所見なんて、随分余裕ね」


「いや、気になってさ。前線に押し出したの俺だし」


「そうね。でも心配いらないわ」


 作戦は俺が考えた。だからもし、誰かが死んだら俺の責任だ。


「あの娘、強いもの」


 俺とリアムは、街中央に聳える城の屋上───監視塔。何を見張ってるの?───に背中合わせで立っている。


「……そっち、来てるわよ」


 リアムの言葉と同時、俺は引き絞った矢を放つ。


「ヴォアっ……」


 俺の放った矢は城に接近していた魔物の額に見事命中。魔物は間もなく霧散した。


「……なんか言った?」


「いいえ、何でもないわ」


───何でそんな、楽しそうなんですかね。

 現状を楽しむかの様に、口笛でも吹きそうなリアムは弓を構える。


「僕も負けてられないわね」


「いや別に勝負じゃないんだから」


 リアムは弓と矢を同時に強化し、限界まで引き絞る。


「良いじゃない」


 そして放った矢は光の尾を引きながら遥か遠くの魔物に突き刺さる。


───人間技とは思えん。いや人間じゃないんだった。

 リアムが狙った魔物の姿を、俺は確認できなかった。


「負けた方は、勝った方に秘密を一つ教える。どうかしら?」


「……勘弁してよ。不可侵の約束でしょ」


 これはかねてより感じていた事だが、リアムは勝負事にこだわりがあるらしい。


───エルフのくせに……。


「嫌なら勝つ事ね。ま、どうせ隠し事はできないのだから諦めなさい」


「一方的搾取だね……」


 このやり取りを境に、しばらく無言の時間が流れた。




☆☆☆☆★☆☆☆ ★




「はぁ、はぁ……ふぅ……日頃の運動不足に祟られていますわね」


 薬屋として働く自分の運動能力は決して高くない。まさか自分が、剣を手に街を走り回るなど考えもしなかった。


───肉体の維持を薬物に頼るのも、限界があるという事でしょうか。それに、剣も限界ですわね。

 いったいどれ程の魔物を斬ったのか。その戦果を考えれば、当然の状態とも言える。


「……もう少し、もって下さいね」


 祈り、再度駆け出す。


「ウルルルルアアアアア!」


「どきなさい!」


 そして対峙する魔物を葬っていく。しかし無情にも、


「くっ!」


 その時は訪れた。


「……仕方ありませんわね」


 つい先程まで敵を蹂躙し続けていた剣は、半分に折れてしまった。


 しかし、諦める訳にはいかない。他でもないリアム様が戦っているのだから。


 先鋒を言い渡された以上、役目を果たさなければならない。


───さてこの身体、どれだけもつでしょう。

 剣を捨て、代わりに手にしたのは注射器だった。




☆☆★★★☆★☆ ★




「折れたね」


 俺は深く息をする。


「……当てたら、殺すわよ」


「この状況でプレッシャーかける奴がありますか……」


 俺はもう一度、深く息を吐いて集中する。


「今、あなたの手にはこの街の住人、幾万人の命が乗っているわ。くれぐれも失敗しないでね」


「……代わる?」


 問答の間も、リアムは深い闇へと矢を放つ。聞こえないが、夜に紛れて断末魔が響いているはずだ。


「冗談。あなたが決めた配役でしょ?」


「そうだね。まぁ、見守っててよ」


 言って矢を番え、引き絞る。


「タイミングは外さないでね。一瞬の誤差が命に触るんだから」


「的がデカくなるのが合図だよね?」


「……ぶち殺すわよ?」


 今は背中合わせに立っているはず。なのにおかしいぞぉ? リアムの殺意が筒抜けになっているのは何でかなぁ?


「……行け」


 俺は矢を放つ。


 先程まで使用していた矢とは違い、細工が施された鏃が音を立てて空を切っていく。


「準備の良いことね」


 “鏑矢”。古くは戦場で様々の合図を味方に送るために用いられた道具。


 しかし、今回の矢の目的は合図などではない。


───上手く受け取ってね。




☆☆☆☆★☆☆☆ ★




「……っ!」


 自身の左手首に注射の針を刺し、内容物を投与する。


「来ましたわね」


 狙った様なタイミング。物体が高速で空を切る耳障りな音で、それを察知する。


───とても人間業とは思えませんわ。

 作戦を聞いた時は吹き出しもしたが、まさか実現させるだけの技量を持っているとは。


「ふっ!」


 一歩踏み込み、振り向く事なく跳躍する。


 すると、ちょうど自身の右側にそれは届いた。


「はあ!」


「ヴアウ!」


 空中でそれを受け取り、着地と同時に対峙する魔物に突き立てる。


 どうやら聖剣と同質の素材でできているらしい鏃は、魔物の肉体へと吸い込まれる様に深く突き刺さる。


 そして抵抗も許さないままその生命を刈り取った。


「さぁ、わたくしが遊んであげましょう」


 軽い矢は剣より手に馴染む。こちらの方がより効率的に敵を殲滅できそうだ。


 そんな事を考えていた時、


「───なぁんだよ、バレちまってんじゃねぇか」


 軽薄な声が聞こえた。


───出ましたわね。

 身を低く構える。


 魔物の魔力は特殊だ。


 動きが少なく、非生物との見分けが非常に困難なのだ。しかし、現れた人物はその圧倒的なアドバンテージを捨て、自ら姿を現した。


「だから異種族(ゴミ)なんざ当てにすんなって言ったのによぉ」


───強い。

 現れたのは、性別にして男に見える人物。浅黒い肌、筋骨隆々の肉体、闇よりも昏い瞳、そして───


「ところでお前、強いな」


 頭部に生えた二本の角。


「……光栄ですわね」


 有象無象の魔物とは比にならない存在感、向き合っただけで身の竦む威圧感、間違いない。


「良いねぇ、その面構え。俺は異種族(ゴミ)は嫌いだが、強え奴は嫌いじゃねぇ」


 魔族。


「俺は、四十四柱(しじゅうよんちゅう)序列三十五位のハヴレス。遊んでやるから命懸けで踊れよ」


「そう、素敵なお名前ですわね」


───知能が高く、名前まであるなんて。

 これは本当に厄介な手合いと遭遇してしまった。しかし、


「……行きます」


「あぁ、来い」


 笑みが漏れる。対峙したのがわたくしで良かった。



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