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55話 ピンポーン


「……キリがありませんわね」


 呟きながら、伸びてくる触手を躱し、追撃を加える。すると、殴りつけた箇所が歪にへこんだ。もはや生物と呼べる形はしていない。


「グモオオオオ……」


 目の前の異形、これが魔物という生物なのだろうか。しかしそれは、「生物」と呼ぶには余りに奇妙。


───異常な再生能力。まるで、壊れる事が前提となっている様ですわ。

 生命の「維持」ではなく「蘇生」を選択している。


 それではまるで、肉体の(・・・)損傷(・・)許容して(・・・・)いる(・・)様ではないか。


 それは生命の否定だ。


 何故彼らはその様な歪な生態をしているのか。適応すべき環境への回答か、それとも、


「“闇の魔力”、滑稽ですわね」


 生命力の根源、魔力の影響か。


「……わたくしの母なら、醜いあなたも愛してみせたでしょうね。でも、わたくしは違いますの」


『よぉ、実は俺達、厄介な事に巻き込まれててね。助けてくれない?』

 軽薄な青年の言葉を思い出す。


───気に入りませんわ。

 そして語られたのは、どこまでも荒唐無稽で浮世離れした、妄想とでも呼ぶべき空言。


 医療関係者が利益のために冒険者を雇い、怪我人を増やしている。それに加担した冒険者は、更なる力を求めて地下の魔物と“契約”した、などと。


 人間の考えそうな事だと切り捨てても良かったが、彼は最後にその名を出し、わたくしの退路を塞いだ。


『このままだと、リアムも巻き込まれるかも知れない』

 そして現在に至る。


 彼の言葉を鵜呑みにして信じた訳ではない。現代において魔物などと、冗談は笑えるものでなければ始末が悪い。


 もし全てが真っ赤な嘘だったなら、こんな詐欺師紛いの人間とは手を切るようリアム様に進言するつもりだった。


───昔から、付き合う相手をお選びにならない方でしたものね。

 しかし実際は、彼の話のほとんどが事実だった。


「さて、終わりに致しましょう」


 呟き、魔物へと接近する。


 渾身の拳を、呻きながら蠢く醜い生命に叩き込み、とどめを刺した。


「ふぅ……」


 溜息を吐いて、体表の傷を自身の魔力で修復する。終始攻撃しているのはこちらだったのに、無数の裂傷が身体に刻まれていた。


 敵がまだ、小さい個体で良かった。


 魔物の生態が文献通りなら、これの数倍の体躯の者も居るはずだ。


「素材として持ち帰れば母は大いに喜んだでしょうが、それも出来ませんわね」


 魔物は跡形も無く霧散してしまった。


「……あちらはどうなっているのでしょうか」


 呟き、その場を後にする。


 人格はどうあれ、彼はリアム様の配偶者である。であれば、彼が傷付く事をリアム様は望まないだろう。それだけで保護するに値する。


 そして何より、リアム様を巻き込まずに事を済ませた手腕は評価出来る。


 そんな事を考えながら別れた場所に戻ると、彼は変わらぬ地点に立っていた。彼だけが。


「……正気ですの?」


「……」


 青年は立ち尽くすばかりで返答しない。


 「薬を打て」と頼まれてはいるが、これはどうしたものか。わたくし自身の薬の効果も、間もなく切れてしまいそうだ。


「返事をして下さる? 三つ、数える内にそれがなければ、約束通り薬を投与いたしますわ」


 相変わらず返答は無い。


「一、二、」


─── 一応、十倍に薄めてあげますわ。


「三」


「ふぁっ!?」


 呟きの後、彼の右手首に空の注射器を差し込む。そこに魔力で生成した薬を補填し、一息に打ち込んだ。


「……お目覚めでしょうか、気分はいかが?」


「ヒィぃいいいいヤッフウウううう!!」


 突如、青年は狂った様な声を上げる。


「燃え盛るハートヴォルケェェエノオオオオ!!」


「……近所迷惑ですわよ」


 興奮剤、調合を間違えたのだろうか。考えたが、そうではない。


───“解放状態”での調合は初めてですものね。

 魔力出力の問題だった。


「……ふぅ、落ち着いたよ。ありがとう」


「……礼には及びませんわ」


 違和感。


 薄めたとはいえ、解放状態で打ち込んだ薬。


───効き目の引きが早過ぎますわね。

 今晩、彼は眠れないだろうと同情した矢先だったのだ。


「まぁ、問題がないなら良いのですが……うっ!」


「お、おい、大丈夫?」


 身体から力が抜けていく。そして戻ってしまった。弱いわたくしに。


「……えぇ、こちらも問題ありませんわ」


「へぇ、時間制限付きのパワーアップか、便利だね」


 わたくしは普段の非力なエルフへと姿を変えていた。


───便利なものですか。

 長い時間を研究に費やし、失敗を繰り返してようやく辿り着いたのだ。


 しかしそれも、この短時間しか薬効を維持出来ない。今回は間に合ったが、より強力な敵と対峙する事があれば、次は遅れを取るかも知れない。


───携帯する薬を増やしておかなくてはいけませんわね。


「無事で良かったですわね。それでは、行きましょうか」


「……うん。まぁ、そうなるよね……」


 わたくしは青年に告げ、帰路につく。


 彼は何が不服なのか、歯切れの悪い返答をした後ゆっくりと歩き出した。




☆☆★★★☆★☆




「幼い頃のリアム様はとてもお優しく、誰とでも親しくされていましたわ」


 戦いを終え、俺は帰路についた。我が家には、ほんの百メートル程歩けば辿り着く。


「幼少期を人里で過ごした影響からか、読書や研究よりも外に出て身体を動かす事を好んでいらっしゃいました」


 今日は、疲れた。レジルから戻り、その足で薬屋に向かって彼女を説得し、ゲイスを迎え討ったのだ。


「それでも、わたくしなどよりも遥かに広い知見を持っておいででした。文武両道とはリアム様の為にある言葉ですわね」


 あぁ、やっと我が家が見えて来た。家を出たのはつい二日前の事なのに、随分長い間家を空けていた様な気がする。


「刺激の少ないエルフの里での生活は、リアム様には退屈だったのでしょうね。ある日、行く先も告げず出て行ってしまわれましたわ。あの時の喪失感は今でも夢に見る程ですのよ」


 街の片隅のくたびれたアパート、狭い階段を上がれば俺の部屋がある。


「……あの、聞いていらっしゃいますの?」


「一応聞くんだけど、何でついて来たの?」


 我が家を目前にして振り返り、少女に問い掛ける。当然だが、彼女のそれまでの発言内容は十割がた聞き流していたので、彼女の質問には答えられない。


「……質問の意味が分かりませんわね。たまたま自宅の方角が一緒だっただけですわよ?」


「そう。それだよ、おかしいよね」


 俺は我が家のドアを指差す。


「ここ、俺の家なんだけど!」


 少女は首を傾げてから、衝撃の事実を告げた。


「知っていますわよ? わたくしの部屋はこちらですもの」


 彼女が指差す先には、ドアがあった。そこは、つい先日まで空き家だった部屋だ。そして何より、


「何っっっで!! 隣に住んでるんですか!?」


 俺が指差すドアの隣にあった。


「空いていましたので。ここ、良いアパートですわね。少し手狭ですが、街の喧騒から離れていて住み心地が良いですわ」


 俺が薬屋に寄ったのはゲイスを誘い出すためだ。


 騎士団に目を付けられているゲイスが俺達への報復を考えているなら、まとめて始末したいと考えるはずだと踏んでいた。


 どちらかに手を下してから時間が経ってしまえば、それだけ騎士団に証拠と捜索の時間を与える事になる。


 だから、俺が無事なら彼女も無事だと分かっていた。そして同じ理由で、今晩襲撃される事も分かっていた。


 ゲイスがどっちを優先的に狙うか分からない以上、一緒に居るのが得策と考えた。


 でも、そんな小細工は必要なかったと。いやまさか隣に住んでるなんて思う訳ないし。


───あぁダメだ、考えがまとまらない……!


「俺の脳に意味不明な情報をぶち込むのは辞めてくれ! ゴミ箱じゃないから!」


「えぇそうですわね。ゴミはあなた自身ですもの」


 会話とは、こうも複雑怪奇なものだっただろうか。


 道中ずっと垂れ流されていた彼女の難解な一人語りによる俺の脳へのダメージが原因なのか、そもそも彼女が俺を人として扱っていないのが原因なのか。


 理由はどうあれ、今日も彼女との意思疎通は困難を極めている。


───だから違う、また思考が脱線している……!


「疲れているなら、早くお休みになったらいかがですか?」


 彼女はどうやら、本気で俺を気遣っている様だった。それは表情を見れば分かる。


───いつかと同じ顔だね。


「……そうするよ」


「おやすみなさい。ゆっくり休むと良いですわ」


「……一応、礼を言っておくよ、協力してくれてありがとね」


「どうってことありませんわ」


「そっか」


 俺はドアノブに手をかける。すると見るともなく目に入ってくるのは、ドアに無数に刻まれた拳の跡だった。


「……あと、さっきの話だけどさ」


 俺は再度、袖の裂けたメイドエルフに向き直る。


「ちゃんと本人に話した方が良いよ。リアムも君と話したいんじゃない? たぶん、だけどね」


「言われるまでもありませんわ」


「そ。じゃ、おやすみ」


「……こちらからも一つ」


 ドアノブを捻った俺を、エルフは呼び止める。


「夜、騒がしくするのは辞めて下さいね。扉と違い、壁は薄い様ですので」


 そして、静かに言った。


「お一人で慰みに明け暮れる事のありませんよう」


 それだけ言って一礼し、彼女は部屋へと入っていく。


───これは、痛い出費になるね。

 しかし背に腹は代えられない。


「うん……おやすみ」


 俺は固い意志で引っ越しを決意した。




☆☆★★★★☆☆




「……ほんの少し、たった一晩僕が目を離した隙にコレとはな……お前、平穏に唾を吐きかけるのも大概にしておけよ。その内、痛い目を見るぞ」


「もう十分見てるんだけど……」


 同居人、リアムは額を強く押さえ、溜息を吐きながら呻く様に皮肉を言った。


 結局、昨晩は一睡もできなかった。人間としての生命を維持出来る限界まで疲弊した俺は、正午になって帰宅したリアムに昨晩の出来事を報告していた。


「……それにしてもお前、妙に詳しいな。何か隠してるか?」


「ま、人並みにね」


 リアムの疑念には、あえて曖昧に返答した。意味のない問答だ。


「そうか……まぁいい。準備するぞ」


「え、準備? 何の?」


 リアムはたった今から何かの行動を起こすと言う。


「引っ越しだ」


「なんと」


 渡りに船である。


 しかし、理由が分からない。確かに俺は昨晩、突如出現した隣人の存在に引っ越しを決意したが、そんな話はリアムにしていない。


「……………………………何で?」


「お前、何も考えてないだろう。疲れてるんなら寝てろ、手続きは僕がする」


 言って、リアムは立ち上がる。


 思考の放棄を指摘された俺は、限界を迎えた脳に鞭を打って考える。


───……ダメだ、分からん。

 しかし、無理なものは無理だった。


「ここに住んでて、何か不味いことでもあるの?」


 そう、誰に聞くともなく呟いた矢先。


───ピンポーン


「……来たか」


 俺は立ち上がり、インターフォンを覗き込む。


「引っ越しのご相談ならお任せあれ! 黒猫マークの引っ越し屋だにゃ!」


「すみません、マルチ商法なら間に合ってます」


 猫耳少女だった。


「新婚夫婦におすすめの物件をご紹介に来たにゃ」


「あの、頼んでないんですけど、何で知ってるんですか?」


 最悪の対面だ。


 そしてまた、意味のない問答を繰り広げてしまった。疲労が限界を越えているせいで思考がまとまらない。


「にゃはっ!」


 少女はただ、妖しく微笑むだけだ。


「猫は、地獄耳なんだにゃ?」


 またしても俺の乗り合わせた船は、三途の川を越えようとしているらしい。


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