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54話 金剛力士像。それは歪な人外の筋肉


 一日を終えた街は、朝を待って眠りにつく。


 昼の賑わいを忘れたかのように静まり返る、都市の外れ。俺はそこで、人を待っていた。


「よぉ、こんな夜更けに散歩? 健康的だね」


 暗い夜道に向かって、俺は声を発する。


「あぁ悪いけどそれ以上近付かないでね、鼻が曲がりそうだ。健康志向なら風呂に入る事もおすすめするよ」


 饒舌に、対話自体が目的であるかのように、そう、心底祈るかのように。


「それに、最近は物騒らしいよ。Aランクの人もやられたらしいし、そろそろ帰った方が良いんじゃない? んで、風呂に入ったらどう?」


 これは、親切心だ。純度百パーセントの善意だ。


「君、剣聖にやられて手負いだよね? あんまり無理するもんじゃないよ。帰って、風呂入って休みなよ。ねぇ───」


 待ち人は現れた。安心と共に苛立ちを抱く。


「───ゲイス(・・・)


 現れたのは、ゲイス。傍若無人な、ドワーフと人間のハーフ。


「……お前こそここで何してんだよ、“魔力無し”」


それ(・・)だよ。最初に思ったのは、何でそれを(・・・)知って(・・・)るのか(・・・)って事だ」


 先日、朝。出くわしたゲイスは俺をそう呼んだ。


 “魔力無し”と。


「それは俺が故郷の(・・・)学校で(・・・)呼ばれてた蔑称だ」


 気になっていた事だ。この街で俺を知る人物は、俺の生活態度から“雑用”と呼ぶ。


「だから、聞いたんだよね? 対価を支払ってまで───」


 わざわざ休暇を取って調べ上げた。自身の情報について。そして、どこにも無かった。


「───情報屋に(・・・・)、さ」


 だったら、可能性はもうそれしか残っていない。


「あ? 意味わかんねぇよ。お前こそ帰ったらどうだ? “魔力無し”のお前じゃ、通り魔なんかに会ったらひとたまりもねぇだろ」


「本当、意味分かんないよね。だから考えたよ、君が何でそうまでして俺にこだわるのか」


 ゲイスがここに居る理由、俺が待ち受けていた理由。


「君でしょ? 通り魔」


 今日初めてゲイスの表情が歪んだ。


「……んな訳ねぇだろ」


「君達は、いや……君は、随分と街で暴れ回ってたみたいだね。レイスに目を付けられる程に」


 ゴロツキも、騎士団のトップに意識される程にまで成ったら立派な悪党だ。


「ふん、確かに喧嘩はしてたがな。目障りな奴が多いから、分からせてやってたんだよ」


「行き過ぎた功名心だね。そして暴れ回っていたら、いつしか君の暴力を買う者が現れた」


「は、誰だよ」


病院(・・)。もっと言えば、お医者さん(・・・・・)、かな」


 これは、仮説だ。


「君は医者に雇われ、冒険者を襲っていた」


 前世の日本では到底想像も付かない狂気の発想。


「怪我人を増やすために、ね」


 恐ろしい動機だ。


 あの日ゲイスと会ったのも薬屋の近く、もとい、病院の近くだった。俺達を喧嘩で患者にして、産地直送で運ぶつもりだったのかも知れない。


「だけどこれじゃあ、何で君が俺を狙うのかって事が説明できない」


 俺にゲイスとの因縁など思い当たらない。そんなもの、あるはずがないのだ。


「で、考えた結果、逆恨み(・・・)かなって思った」


「あ? 逆恨みだぁ?」


「君は最初、弱小冒険者を攻撃して小遣い稼ぎをしてたんだよね? けど、最近はそうも言っていられなくなった」


 この世界の人間は利己的だ。医師であっても「人の為に」なんて考える者は少ない。


 所詮は金儲けの手段でしかないんだ。そしてそれには、手頃な患者が必要だった。


 しかし、状況が変わった。


「薬屋がやたら繁盛し始めたんだ。随分効き目の良い薬らしいよ。老人が若返る程にね。だから、雇い主の病院が参ってるんでしょ? 予防が間に合い過ぎて、患者が居ない、ってな風に」


 新築の薬屋の隣で、「傾いてる」とでも表現したくなる様な哀愁を漂わす病院を、俺は思い出す。


「へ! もし仮に俺が通り魔で、その動機で活動してんなら真っ先にその薬屋を狙うぜ」


「そうだね。でもそれは出来なかった。薬屋に突如、強力な後ろ盾が出来たから」


 奇しくもこれは、俺の保身がきっかけだった。


「マフィアだ。流石の悪徳医師も、マフィアには手を出せなかった」


「……ッ!」


『紹介された患者は無事回復致しましたわ』

 メイドエルフの言葉を思い出す。


 自分達が匙を投げ、見捨てたボスが回復して活動してるんだから怖いよね。


「そうして仕方なく患者を増やす作戦を続行した。でも、それも限界が来た。 弱小冒険者をいくらカモにした所で、取れる金額なんか知れてるからね」


『別の計画を考えたのだ』

 そもそも、何故医者はボスを見捨てたのか。


『最後の一手を他人に頼ることになったのが心残りだがな』

 それは、そういう(・・・・)計画(・・)だった(・・・)と考えるのが妥当だろう。


 しかし、薬屋の台頭によりその計画は頓挫し、病院では通常業務すら途絶えてしまう。


「そして君が上級の冒険者に手を出し始めた頃、騎士団が嗅ぎつけ始め、医者は君を見放した」


「何を根拠に……」


魔力(・・)だよ」


 俺がこれを知ったのは、たまたまだ。


「光の魔力の特性は、“強調”だ。既に存在するものを際立たせる」


 指輪について調べて、辿り着いた。“天使の祈り”について。


 要は光の魔力だ。


 それが作用する事で意思が強調され、言葉を介さず他者に伝える事が出来る。また、感受性が強調される事により、相手の意思を敏感に察知する事が出来る。


 これは俺独自の仮説だが、こう考えれば指輪を嵌めた者同士でしか意思の疎通が生じない事にも説明が付く。


 そして同様に、ゲイスの行動も説明できる。


「君、レイスの“(まじな)い”を受けてゲビルを殴ったよね? あれは別に操った訳じゃ無かった。ただ意思を強調して、思い通りに行動させただけなんだ」


『手伝ってやろうと言っているんだ』

 レイスはそう言った。文字通り、協力したんだ。ゲイスの望みを叶える為に。


「君は近々、ゲビルを裏切るつもりだった。違う?」


「あ? 何でそんな事しねぇといけねぇんだよ」


「後ろ盾を失った君は、力を求めた。騎士団を返り討ちにして、俺とエルフを殺し、マフィアと対立しても生きられる様に───」


 ここは人気の無い通り。百メートル程も進めば俺の住むアパートに辿り着く。


「───そしてその罪を、同じドワーフのゲビルになすりつけようとした」


 ゴツゴツした派手な鍔に、無駄な装飾の施された柄。ゲイスが腰に差しているのは、ゲビルの剣だ。


「君は俺に責任転嫁しようとしてるみたいだけど、因果応報だ。全部、君が撒いた種なんだよ」


 雇い主に見放された事も、騎士団に追われている事も、下らない力と引き換えに、命を差し出す事も。


 そして、そんな窮地に助けを求められる仲間が居ない事も。


「……だから、辞めときなよ。まだ間に合うんだよね? それは、君には過ぎた力だよ」


「関係ねぇだろ!」


 ゲイスは激昂する。そしてその感情に呼応する様に、彼の周囲で魔力が揺らいだ。


「もう決まってんだよ。お前を殺す事も、エルフを殺す事も!」


「……お話、終わりました?」


 女性の声がする。声の方を振り返ると、そこにはメイド服の美しい少女が居た。


「申し訳ありませんが、わたくし、あなた程度に遅れを取るつもりはありませんの」


 薬屋のエルフはそう言って会話に割り込む。


「……なんだ、親切じゃねぇか、探す手間が省けたぜ。ありがとよ」


「いえ、礼を言われる筋合いはありませんわ」


 少女は挑発的な視線を送る。


「わたくし、あなたをぶち殺しに来たんですもの」


「そうかよ、お前、これを見ても同じ事を言えるか? おい! 出て来い!」


 ゲイスの声に応じ、彼の背後のマンホールから何かが飛び出した。


「ビビったか?」


 現れたのは、見覚えの(・・・・)ある異形(・・・・)


これが闇だぜ(・・・・・・)


 魔物だった。


「……やっぱり、君だったんだね」


 臭かったし、ほぼ確定だったけど。


「ふん、驚かねぇんだな。まぁ良い、見ちまったからには墓場まで持ってってくれや」


「ヴウウウウオオオ」


 ゲイスの言葉の直後、魔物が動いた。


「……貸し、一つですわよ」


 言って、前に出たメイドエルフはその手に注射器を持っている。


───え、何それ何するの? ってか貸しって何の事??

 少女は迷いなくそれを自身の手首に突き刺し、


「……っ!」


 表情を歪めつつ内容物を全て体内に投与した。


「ふっ!」


 そして、魔物が伸ばしてきた触手を一身に受け止める。


「はぁっ!」


「オオアァアアアァァァア……!」


「なっ! 何だと!?」


 そのまま触手を抱え、一本背負いの要領で投げ飛ばした。


───何その筋力!?

 やっぱ君、戦闘教信者だったのか。


「ふん、造作もありませんわね」


 言って、少女はポージングを決める。その姿は、先程までとは大きく変化していた。


 全身の筋肉が隆起し、衣服の袖が裂け、重力に逆らう事を知らなかった胸部のリボンが押し上げられ、上背は二回り程大きくなっている。


───悪夢かな?

 その姿は、正しく金剛力士像だった。


 特筆すべきはその胸筋。


「驚いていますね。エルフが、巨乳である事に」


 いや、あれは凶器。


「わたくしの美しき肢体に触れ、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)すると良いですわ」


 そして間違いなく狂気だった。


「な、なんなんだ、お前……」


 ゲイスも引いている。


「美しい……」


 違った。狂喜していた。恐ろしい。


「……あの、メイドエルフさん」


「それはわたくしの事ですの?」


───はいあなたの事です。いちいちポージングするのやめて下さい。

 彼女は見事なフロント・ダブルバイセップスを披露してくれた。


「そっちの魔物、任せて良いかな?」


「えぇ、貸し一つでよろしくてよ」


───なるほど。

 貸しとは、そういう意味だったのか。


 「任せろ」の意思を表明したいのか、彼女は広大な広背筋を強調する様にバック・ダブルバイセップスを披露した。筋肉で会話しようとするのを辞めてほしい。


「あぁそれと。もう一つ頼まれて欲しいんだけど」


 俺は金剛力士像に問い掛ける。


「“興奮薬”とか持ってる?」


 言って、反省した。合法の興奮薬などある訳が無い。


───犯罪、やってる? みたいな質問になっちゃった。

 仮にも医療を生業とする者に対し、不適切な質問だったね。


「えぇ、持っていますわよ?」


「持ってるんだ……」


 やはり犯罪者。


「……事が済んで、俺が正気じゃなかったら……頼むよ」


 合法のやつで。


「えぇ、任されましたわ」


 言って、自分が投げ飛ばした魔物を追って金剛力士像は駆け出した。


「さて……あんなもの出しておいて、今更逃げるなんて言わないよね?」


「逃げるだぁ? “魔力無し”相手にそんな事するかよ!!」


 相変わらず小柄な体躯で、ゲイスは俺を見下す。そんな彼を、俺は物理的に見下す。


「そっか。時にゲイス、君は自分の心臓がどんな形か、知ってる?」


「知らねぇな。それこそ医者にでも聞けよ」


「残念……じゃあ、やろうか」


「くく、“魔力無し”のお前が、何をやろうってんだ?」


 醜く嗤うゲイスの手には、魔石が握られている。ドス黒い、闇色の魔石。


「見せてやるよ、アイツらを葬ってきた力をよぉ!」


 拳大のそれを、ゲイスは大口を開けて飲み込んだ。


 ゲイスの魔力と反応した魔石は溶け出し、彼の体内へと染み込んでいく。


 次第に、彼の全身から闇が滲み出す。


「くっくっく、ははは、あははははは!!」


 そして狂った様に笑い出した。


「これだぁ、これだよ、あぁ力が漲ってくるぜぇ!」


 ゲイスから噴き出す魔力は、凶悪な程に攻撃的な色をしている。


 彼を覆うのは可視化した殺意。


「……最後に言っておく」


 そんな彼に、俺は伝えなければならない。


「ゲビルは、一人で仇討ちに(・・・・・・・)来た(・・)よ」


「あぁ〜? ゲビルぅ〜?」


 彼は、ゲビルは、勝てないと分かっていたのではないか。


 リアムの魔力を見て、返り討ちに遭う事も承知で、それでも俺達に挑んで来たのではないか。


 その証拠に、彼は「八つ当たり」と言った。俺達の報復が、その矛先が、仲間に向かない様に。


「知らねぇなそんな奴ぅ〜もう死んだんじゃあねぇのかぁ〜?」


「……そうか」


 無駄だと分かっていた。これは俺の自己満足、そして自己防衛。即ち“保身(・・)”だ。


「ふぅ……」


 彼らは美しい精神など持ち合わせていなかった。下品で意地汚い、欲に塗れた一階の冒険者だ。


「じゃあ、もうどうでも(・・・・)いい(・・)よね」


 だがコイツとは違ったんだ、ゲイスとは。


「お〜い、早くやろ〜ぜぇ〜」


「あぁ、もういいよ。もう、いいから死ね」


 この下衆野郎とは、似ても似つかない真っ当な冒険者だった。


 凪いでいく感情の中で、潜在下の魔力に呼び掛ける。何の工夫も、意図も目的すらもない、ただ壊すためのエネルギー。


「こねぇなら〜こっちから行くぜぇ〜」


 何か言っている。聞こえないし聞きたくもない。


 俺は、俺の全身が魔力に満たされるのを自覚すると同時に踏み込む。


 そして敵の懐へと飛び込み、すれ違いざまに彼の胸へと左手を突き出し、それを抉り取った。


「ゔっ……あぁ?」


 動きの緩慢なゲイスは、未だ状況を理解出来ていない様だ。


 彼の目には、俺が彼の背後へと瞬間移動でもしたかの様に見えていたのかも知れない。


 俺は振り返り、手にしたそれを見せてやる。


「……心臓。こんな形だったよ」


「あぁ、うえ〜?」


 もはや思考もままならないか。それは俺も同じだが。


「あぁ、どうでもいいんだったね」


 言って、彼の心臓を握り潰した。


「はぁ〜……」


 息を吐き出し、倒れ伏したゲイスは自身の全身から噴き出す闇の魔力に飲まれていく。


「これが、下衆野郎の末路、か……どうでもいいね」


 そして彼の亡骸はやがて、跡形もなく夜の闇へと霧散していった。


 そこに残されたのは、小さく砕かれた闇色の魔石の欠片と派手な意匠(デザイン)の剣だけだった。


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