53話 心の平穏と尊い命のために
「君、何でそんなに異種族嫌いなの?」
騎士団長の人格。
「寧ろ、逆なら理解できるんだよ」
彼が、人間ではなく異種族を嫌う理由。
「歴史を俯瞰した時、仕掛けて来たのはいつも人間の方だ」
それは、平和など程遠い大昔の話。
「エルフの知識を、獣人の体力を、ドワーフの武具を、人魚の生命力を、そして、天使の奇跡を……いつだって人間は自らの手中に収めようとして、戦いを挑んで来た」
“特別”な何かはいつだって争いの火を生み出してきた。それは、前世も今世も変わらない世界の摂理だ。
「そんな、人間の浅ましさに嫌気がさしたのならまだ分かる。救いようのない強欲の性は、異種族からしたら醜いだろうからね」
しかし実際には、彼は人間であれば犯罪者でも慈しむ事ができる。それは昨日、草原で俺におじさんとの関係を尋ねたように。
あの時のレイスは、心底おじさんの安否を心配していた。それが、魔力を通して伝わってきた。
「それに、君は天使族だろ。博愛的な思想も他者と友好を築こうとする姿勢も、君からは感じ取れない」
一方で、彼は異種族となればどんな善人でも受容する事ができない。
リアムはまぁ、結婚詐欺とか性別詐称とか、その辺の素行を考えれば確かに嫌われるのもやむなしだけど、それを知らない状態であぁまで邪険にするのは不自然。
「異種族は別に、人間の事なんかどうとも思ってないと思うよ。それなのに、君がそこまで彼らを嫌悪する理由が分からない」
過剰だ。嫌いならば無視すれば良いのに、彼の場合積極的に攻撃を仕掛けている節さえある。
「……昔話だ」
俺の話を一通り聞いて、レイスはまた目を逸らす様に窓の外を見た。
「私の故郷は“エンジェライト”という。聞き覚えは?」
「いや……それってこの国?」
「あぁ」
「……そっか」
俺が冒険者になったのは、色んな所に行ってみたかったから。今は成り行きであの街に定住してるけど、学生時代はもっと旅する予定だったから、地理とかも叩き込んでた。
だから、分かるんだ。
「失くなったんだね」
それが、存在しない地名である事も。
「辺境に位置する小さな村だった。人口も少なく、これといった特産品も名所もない、自然と共存する村」
レイスは静かに語る。遠い記憶を思い出す様に。
「私はそこを、気に入っていたのだ」
「何で、地図から消えたの?」
「焼かれたのだ」
息を飲む。
「異種族によってな」
「……そっか」
現在でも、国境沿いの村では異種族との小競り合いが起こっていると聞く。もっとも、争いの規模は小さく都市からは無視されがちだけど。
「襲って来たのは獣人の群れだ。それもただの群れではない。エルフが指揮し、ドワーフの武器を携えた武装集団……いや、あれはもはや軍と言って差し支えないものだったな」
恐らく、その村は元々獣人族の縄張りだったのだろう。もしくはエルフの森か、ドワーフの住処か……。
「村人は次々に殺されていった。幼い私は恵まれた魔力のおかげで生き残る事ができたが、他は全滅だった。後にそこを訪れたが、そこにはもう何も残ってはいなかった」
誰が最初に住んでいたかは分からない。しかし、誰にとっても故郷だったのだ。もちろん、それはレイスにとっても。
「何故、異種族を嫌悪するのか、だったか」
レイスは再度俺の目を見据える。
「憎悪。これで満足か?」
「うん。言いにくい事話してくれて、ありがとね」
何となく、理解した。
「あとさっきの話、気に障ったなら謝るよ。過去人間が異種族にどれ程酷い仕打ちをしてきたか、そんなの君には関係ない事だった。何があったにせよ、君を襲った悲劇を正当化する根拠にはなり得ないからね」
「……」
彼の人格、その根底にある記憶と絶望。
「だから、これは俺の身勝手なお願いなんだけど」
同情はする。
「君も、あまりリアムの事を邪険にしないで欲しい」
経験が無いから共感はできないが、それが人格を歪めるのに十分な悲劇である事は理解できる。
「過去異種族が君にどれ程酷い仕打ちをしたか、そんなのあいつには関係ない事だからね」
ただ、不合理だと。哀れに思うだけだ。
「……安心しろ。既に貴様らへの関心は失せた。問題を起こさないならもはや関わる事もない」
「そっか」
まぁ、こんな所だろう。過去に折り合いを付ける事は、誰であっても難しい。
ただ、放っておくのは得策じゃない。深い溝、断裂はやがて争いを誘発するだろう。
「あと、もう少し言葉に気を付けた方が良い。じゃないとシーナに嫌われちゃうよ?」
「……それは困る」
「でしょ。あの子結構我が強いからね。この前、彼女の誘いをすっぽかした時なんか物凄い圧力だったよ、あれはドラゴンにも全く引けを取らないね……」
「何だ貴様それは自慢か? しかし興味深い話だ。詳しく聞かせろ」
「OK降参だよ、許してね。頼むからそんな身を乗り出して来ないで」
俺達に必要なのは、対話と歩み寄りの姿勢だ。非常に面倒だが、弱者の俺はそうも言っていられない。どれだけの時間を要してでも、互いの妥協点を合意しなければならないのだ。
───さて。このドM変態騎士とこれからどう付き合って行くか……。
主に、俺の心の平穏と尊い命のために。
☆☆★★☆☆★☆
「報酬の支払いは三日後、約束通り行う」
結局、道中一睡も出来なかった。
「うん、頼むよ」
馬車はギルドへと俺達を送り届けてくれた。ここから我が家までは徒歩だ。疲れた。
「……貴様の事だ、抜かりないだろうが、道中気を付けろ」
「何? 妙に親切だね」
同じクエストを受け、馬車で対話し、親近感でも抱かれたのだろうか。
「そういえば君、何で今回クエストに参加したの? メリットあった?」
「……貴様、秘密は守れるか?」
「うん」
男の娘エルフの結婚詐欺に遭いながら、それを口外しない程度には。
「良かろう」
剣聖は視線で俺を誘導し路地へと場所を移すと、神妙な表情で口を開いた。
「情報屋との取引だ。クエストへの参加と引き換えに、情報提供を受ける手筈となっている」
ここまでは想定内。こんな厄介なクエストに、あの猫耳少女が無関係のはずがない。
そして、彼女はそれを隠すつもりも無いみたいだった。
つまり、ギルドでの出来事は彼女の仕込みだったのだろう。レイスがリアムの相棒になどなりたいはずもない。
ただ、問題は、
「情報って何? 俺達を巻き込んだ事と何か関係あるの?」
“実直”で知られるレイスが、闇と通じる情報屋と取引をしていたという事実。
そして彼女は何かしらの情報を餌に、剣聖を魔窟へと誘った。
一体何のために?
「……直接的な関係は無いはずだ。貴様らを誘ったのは、受注の条件が貴様らへの同行だったためだからな」
「初耳なんだけど」
「詳細ならあの女に聞け。そして、取引の情報だが……」
レイスは一拍の間を置いて、告げる。
「夜の街で暴れている通り魔について、情報を受け取る事になっている。くれぐれも他言無用だぞ」
「通り魔……」
聞いた言葉だ。しかし、どこで聞いたのだったか。
「被害、結構デカいの?」
頭痛がする。脳の奥で、警鐘が鳴り響く。
「あぁ。Aランクの冒険者が数人、騎士団の分隊長が二人───」
俺は、弱者だ。備えなくトラブルに巻き込まれれば、
「───命を落としている」
待つのは悲劇。
「そっか」
「……ハズレか」
「え、何が?」
「条件から言って、貴様らがその主犯である可能性は無視できない」
「はは、なるほどね」
「せいぜい、気を付けて帰る事だ」
言って、レイスは歩き出す。置き去りにされた俺は、ただ呆然と立ち尽くし、
「……しんど」
やがて帰路についた。旅の疲れからか、手が震える。
今夜は、恐ろしい話を聞いたせいで眠れそうにない。薬屋に寄ってから帰宅しようと思った。
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