50話 この大陸から
僕は地を蹴って敵に接近する。
「君も速いね」
そんな僕に向けて突き出される魔族の拳、それを左手で受けながら右拳を鳩尾に打ち込む。
「うっ!」
「……驚いた」
間を置かず上段蹴りを入れるが、身を引いて距離を取った魔族に躱される。
見るともなく両手を確認する。やはり血が流れている。
───口以外からも喰えるのか……。
クソみたいな性能だ。
さっきから魔力での止血を試みているが、回復が遅い。闇の魔力の阻害を受けている。
魔力を主体とした魔法攻撃は丸ごと吸収され、白兵戦を挑めば殴った分だけ肉体を削られる。
反則じみているな。そりゃあ、千年経っても恐れと共に語り継がれる訳だ。
「あは! やっぱエルフの魔力は最高だよぉ!」
「気色悪いわね。生きたまま三つに切り分けてあげるから、さっさとかかって来なさい」
殺しは趣味ではないが、魔族相手にそんなもの通用しない。
「うんうん、今度はこっちから行くよ!」
相変わらず、魔族から魔力の流れは感じない。よって、意志なども感じ取れない。
「はああ!」
魔族が突き出す拳。だが、問題ない。
「もう分かったわ……」
僕は大きく一歩退いてそれを躱す。
「下よね?」
魔族の触手───尻の辺りから生えているから、尻尾?───が地に潜り迫っている事など、とうに見切っていた。
大地を割って突き出されたそれを躱し、魔族との距離を詰め、
「シィッ!」
その胴を斬りつける。
「ぐぁ……っ!」
───あのデカい棍棒、持って来れば良かったな。
刃渡り二十センチ程度のナイフでは、硬い表皮を持つ魔族に深傷を負わせられない。それに、これは安物ナイフだ。強化もせずに斬り付けた事で、刃の方が傷んでいる。
せめて剣があれば、と思うが、無いものを欲しても仕方ない。それに剣は苦手だ。重いそれを扱うには、やはり型が必要になる。
無闇に振るえば肉体に負荷が掛かる。型とは、剣を振るうために特化した体捌き。攻撃に最適化された運動を予め肉体にインプットしておくものだ。
洗練されたそれは、攻撃の威力を最大限にまで引き上げると同時に肉体の負荷を最低限に抑える。
しかしそれは逆に、予期しない状況での攻防において隙ができる。
───武器が拘束具になっては元も子もない。
故に、僕は重量武器を好まない。
「あはは! 隙あり!」
「っ!」
脇腹に魔族の尻尾が突き刺さる。
お前それさっきまで生えてなかっただろ。なんで当然のように出し入れしてしかも伸縮自在なんだ、ふざけるな!
殴る度に体表の魔力を削り取られる。魔力が減れば強化が不十分になり、動きが鈍り、躱せる攻撃を受けることになる。
結界は喰われるだけで意味が無い。それに、僕が受けなければ狙われるのは剣聖達だ。
それ自体はどうでもいいが、報酬が貰えないなど許せない。
背後の剣聖の魔力は、強力に練り上げられている。見ずとも分かる。決まれば大打撃となるだろう。
「リアムさん! もう少しっス!」
ケインの声。
「……ふぅ」
張り詰めた緊張感の中、剣聖の息遣いが耳に入る。
「リアムさん!」
どうやら整った様だ。
「なになに? 今度はそっちの君が遊んでくれるの?」
「───天庭一刀流」
暗闇の洞窟が光に包まれる。
その直前、爆発的に膨れ上がる魔力を背後に察知した僕は、全力で退きながら幾重にも結界を展開した。
「───“絶景”」
放たれたのは、強烈な貫通力を持った不可視の刃。
「うああああああああ!!!!」
魔族の断末魔が響き、二つに分かれた魔族が地をのたうち回る。
どんな原理を利用したのか。構えた位置から一歩も動いていない剣聖の斬撃が、距離の壁を破って敵を斬り伏せた。
───飛ぶ斬撃か?
しかしこの表現にも違和感がある。
指向性を持たせたにしては、余りにも広範囲で無差別な斬撃だ。
ダンジョンの壁にも切り込みが入っている。おいおい、ここがダンジョンでなかったら今頃崩壊して生き埋めになっているぞ!
僕が展開した結界も紙の様に斬られた。衝撃は受けていない。抵抗も許されず分断されたのだ。
───何て破壊的な技を使うんだ……。
「ケイン」
パームの差す光すらかき消す程の強烈な閃光の後に放たれた斬撃。光の余波でまだ視界が安定しない。
「後を……頼む」
「だ、団長!!」
呟く様に言って、剣聖は倒れた。放出可能な魔力の底が尽きたのだろう。一時的に気を失ったらしい。
「クソッ……ヴう……あああ!!!」
───化け物め。
魔族は、身体が半分になっても未だ生きていた。それどころか自ら更に胴を切り分けている。光の魔力の影響を止めるためだろう。決死の覚悟か……生への執着、恐ろしい生命力。
不味い。再生される前に、トドメを刺しておかなければ……
「……っ! 足が」
僕の左足は、剣聖の攻撃により負傷していた。
「リアムさん!」
「早く行って……剣聖を安全な場所まで運んでちょうだい!」
「っ! わかりました、すぐ戻るっス!」
ケインは剣聖を背負って通路へと重い足取りで消えた。
彼も負傷している。魔族へのトドメを刺してもらいたかったが、何かの間違いで彼が喰われたら再生が完了してしまう恐れがあった。
だから遠ざけた。トドメは僕が刺すつもりで。
重い身体を起こそうとした、次の瞬間。
「な……お前」
コツコツコツ、と。背後の通路から足音が聞こえた。
剣聖が放った閃光により未だ目が効かないが、魔力で分かる。それは、馴染みのある魔力反応だった。
「シュート、なの?」
それは魔力探知で確定した事実だ。しかし、彼の纏う雰囲気が、どうも普段とは異なっている。
そんな彼は、ゆっくりとした足取りで魔族に接近し、三歩の距離で立ち止まると岩に腰掛けて腕を組んだ。
「よぉ、初めまして。君、名前は?」
そして何故か魔族に話し掛けた。
「う……ああ」
「何、話せないの? 残念。苦しそうだし、楽にしてあげるね」
「まっ! 待って! 僕はマリウス、四十四柱序列四十位のマリウスだ!」
「そっか。俺はシュート、よろしく」
そして自己紹介を始めた。
「質問があるんだよ。良い?」
「な、なんだ……何が聞きたいんだ?」
「君魔物だよね? 何で話せるの?」
そして悠長に会話を始めた。
「シュート、そんな事より、早くトドメを……」
「さっきぶりだね、リアム。悪いけど、もう少し我慢しててね」
よし。足が回復したらまずアイツの顔を歪むまで殴ろう。
「で、質問。何で話せるの?」
「……僕はお前たちの言う魔物じゃない。成長して知能を得たんだ。能力を制限された眷属と一緒にするな」
「なるほど。確か魔族は他の生き物を喰って知能を奪うんだったよね」
「そうだ」
「じゃあ君が俺の言葉が分かるのは、俺の同胞をいっぱい喰べたからってことだ」
「……言いたいことはそれだけ?」
「はは、何で君が怒るんだよ」
シュートは場違いな程明るく話す。
「次の質問。君達魔法を使えないよね、何で?」
「……知らない。必要無いからじゃない?」
「なるほど、一理あるね。魔法を使わない、魔力を外に出さない代わりに強靭な肉体と脅威的な回復力を得た訳だ」
「……」
「魔法は便利だけど、やっぱ魔力は自分のために使いたいよね」
「お前らだって、魔法を自分のために使ってるだろ」
「そうだね。確かにそうだ。でも、皮肉だと思わない?」
やっと目が回復してきた。だが、足がまだだ。急いで回復しないと……あいつ、何を無駄話してるんだ!
「君は、魔物だった頃はもっと自由に肉体を変化させられたはずだ。腕を増やしたり足を増やしたり、骨格の原型を留めずにね。でも、成長した結果、それができなくなった」
「どういう意味?」
「知能を得た結果、複雑な思考を可能とした反面、肉体は無秩序じゃいられなくなったんだ」
見ると、シュートは不敵に笑っていた。
「それってまるで、魔法みたいだと思わない?」
「……意味が分からないよ」
「再生、順調?」
「っ!」
「いつでも殺せるって事だよ。そしてその上で、俺は君と話がしたいんだ」
微笑むシュートとは対照的に、魔族は殺意を込めた瞳で睨め付ける。
「次の質問。何で、人間を殺すの?」
「そんなの、敵だからに決まってる!」
「敵だから、容赦なく殺すの?」
「そうだ、人間だって、魔獣や魔族を殺して来たじゃないか!」
「はは、そうだね。その通りだ」
シュートは笑う。乾いた声で。
「でも俺個人としては、あんまり殺しとかはしたくないんだよね」
「嘘を吐くな……ここに来るまでも、いっぱい魔獣を殺してきた癖に」
「君達からしたら、そうかもね。でも俺にとっては違うんだ。意味合いがね、全然違うんだよ」
上半身だけになった魔族は、それでも首を持ち上げてシュートを睨む。
「何が、違うって言うんだ」
「俺のはね、コミュニケーションなんだよ。相手に合わせてるって訳」
「殺しが、コミュニケーションだって? 狂ってるね」
「その言い方は語弊しかないからやめて欲しいな。俺はただ、対話で解決したいんだよ。和解ってやつ。分かるかな?」
シュートは肩を竦める。呆れているかのように。
「魔獣は言葉が通じないから拳で語り合うんだよ。お互いの牙と、剣でね。でも、君とは話ができる」
「当然だ。獣と一緒にするな」
「うん。だから、お願いがあるんだよ」
「何だ」
「手を引いてくれない?」
「……何から?」
シュートは少し考える素振りを見せてから、言った。
「この大陸から」
「……僕は、四十位だ」
「ま、そうだよね」
シュートは溜息を吐いて立ち上がった。
「そろそろかな?」
そして足の回復が終わった僕も立ち上がる。
シュートが何のつもりかは知らないが、魔族にはトドメを刺さなければならない。
「……後悔しろ」
しかし、同時に魔族も蘇生を終えていた。
四足獣を思わせる動きで跳ね退き、臨戦態勢を取る魔族。二本の足と、尻尾が蘇生していた。
対するシュートは脱力して構えている。
「さっさと片付けるわよ、シュート」
「言ったよね、もう少し我慢してって」
僕は魔力を練って全身を強化するが、シュートは待ったをかける。
「ここは俺がやるよ」
「……はぁ?」
「ただ、一つお願いがある」
意味不明な事を言いながら、シュートは顔だけこちらを振り返る。
「あいつを倒したら、俺のことぶん殴ってくれる?」
「言われるまでもなくそのつもりよ」
「はは……え?」
首を傾げながらも魔族に向き直るシュート。
「……これが最後の質問。本当にやる?」
「舐めやがって、殺してやる……!」
「そっか、残念。俺はもう少し話していたかったんだけど」
「黙れ! 下等種族が、調子に乗るなよ」
「君が嫌なら、しょうがないよね」
瞬間、魔族の姿が消える。
「ま、どうでもいいか」
呟きながら、シュートはゆっくりとした動作で身を躱す。
その動きは余りにも自然で、無駄が無くて、まるで魔族の迫る風圧に押されるかのように紙一重で回避した。
「ゔ……ぐあ……」
地に倒れ伏した魔族は、胸を抑えていた。
しかしそこには何もない。
「い、嫌だ、死にたくない……」
シュートは、左手に持った何かを握り潰す。
そして這いつくばる魔族にゆっくりと近付き、
「うあ、嫌だあああああ!!!」
「ごめんね」
そして剣を振り下ろした。
「俺も、同じなんだ」
「シュート……」
ゆっくりと霧散していく魔族を再び振り返る事なく、シュートはこちらに目を向ける。
「……」
「……分かったわよ」
彼はただ、無言で僕を見つめている。
無言。思考すら聞こえてこない。意識すらあるか疑わしい程に。
僕はそんな彼に近付き、
「ふぅ……」
息を吐き、拳を構える。
───ぶち殺す。
「え……あ、あれ?」
すると、意識が回復したのかシュートが何やら慌てだした。
しかし、関係ない。
「え、待て待て待って待って」
───『もう大丈夫! 暴力なら間に合ってます!!』
「おらあああ!!」
───我慢の限界だ!!
「ぐっはあああああ!!」
───『理不尽っ!!!』
「……ふぅ。スッキリしたわ」
「リアムさん、大丈夫っスか……え、シュートさん!?」
「あら、無事だったのね。戻ってこなくて良かったのに」
「やばい……肋骨折れた……回復薬をくれ……」
「いやあなたが持ってるはずよね?」
倒れたシュートから回復薬を受け取り、ケイン達と共にダンジョンを後にした。
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