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46話 そして災いとなって降りかかる


「……この魔力反応、シュートね」


 一方的な虐殺を成し遂げた僕は、馴染みのある魔力を探知して笑みを漏らす。


 シュートの魔力反応は、何というか、特徴的だ。


 全ての生物は必ず魔力を持っている。それどころか、死んで骨になっていても、その骨を形成する物質に魔力は宿っているのだ。


 よって、“魔力無し”などというものは存在し得ない。


 しかし、と思う。その蔑称は、存外に彼の特性を言い得ているのだ。


 彼の魔力は特別だ。一般的な生物の持つ魔力が外向きに放出されるのに対し、シュートの魔力は常に内向きに作用している。


 必然、外に漏れ出る量が圧倒的に少なく、常人には感知出来ない程の希薄な存在感を実現していた。


───“闇”の魔力、か。

 連想しない訳ではなかった。


 シュートが闇の魔力を使役する者、“魔族”であれば、それに説明が付く。


 しかし、と考えを改める。その可能性は限りなく低い。


 そもそも魔族とは既に歴史の書物の中の生き物であるし、シュートは人間だ。以前、右手の骨をチンピラに砕かれていた事からも、それは間違いない事実。


 魔族の肉体が、あの程度の物理的な攻撃で損傷するとは考え難い。魔族とはその肉体の強度に任せ、正に暴力的と呼ぶに相応しい体術をもって戦うのだ。


 彼らに魔法の概念は無い。


 あるのは秘められた魔力量に応じて強化される肉体と、驚異的な回復能力のみである。


 そしてシュートには、そのどちらの特性も当てはまらない。ただ魔力反応が似通っているだけの人間、その域を出ない。


───ただ、試してみる価値はある。

 僕は彼と出会ってから一度も、彼の全力の戦闘を見ていない。


 それは僕が率先して攻勢に出ている事もあるが、それ以上に彼自身が戦いを避けているのだ。


 一見して、異常な程に。


 地下水道で魔物と戦った際、彼は“何か”をしようとしているように見えた。そして、手傷を負ったことでそれを断念したように見えたのだ。


 もしあの時、僕が介入していなければ何かしらの力を使うつもりだったのか……そう仮定した場合、シュートは僕に力を(・・)隠し(・・)ている(・・・)事になる。


 夫婦間でそんなこと、許されないよなぁ?


 だから今回、試しに彼を一人にする状況を作ってみた。


───ただの雑魚って事は無いだろう。何を隠しているのか、何故隠しているのか。

 恐ろしく穏やかで波風を立てない凪の魔力。


 初めて彼を見た時(・・・・・・・・)


 そこに居るのか居ないのか、目視で確認しなければ見落としてしまいかねない希薄な存在感により、逆に背景に馴染まず浮き彫りになっていた彼。


 どう考えても異常だった。


───この先、二百メートルも進めば合流してしまうな。

 シュートの魔力反応は、存外近い所にあった。


 進む道は別れたが、意識さえしていれば彼の特徴的な魔力を探ることはできる。


 自慢ではないが、僕は魔力探知が得意だ。よって、彼と彼に接近する魔力を常に監視していた。


 ここまで彼はほとんど魔獣と戦闘をしていない。ダンジョンの魔獣、その特性を考えれば無理も無い事だが、


───そろそろ接敵した頃か……?

 アレ(・・)を回避するのは無理だろう。少し、急いだ方が良さそうだ。


 僕は魔力の消費も考慮せずに全速力で走り出した。


 魔力により強化された肉体は、限界を超えた運動を許容する。


 下半身に集中した魔力は脚力を補助し、僕の前方に薄く展開した結界は空気の抵抗を軽減してくれる。


 僕は戦闘に目立つ魔法を用いない。


 長い年月を生き、大陸のほとんどの生物を脳にインプットした僕は、大技を使わなくとも敵を処理できる。


 あと単純に、僕は自分の魔力特性が嫌いなのだ。あぁ、嫌な事を思い出してしまう。


 結果的に体術メインでの戦闘に特化する形になったが、それが意外にも僕の性に合っていた。


 昔からじっとしているのは苦手だったし。


 だが、派手な運動はデメリットもある。自身や武器を強化する戦術はリーチが短く、広範囲の敵を殲滅するのは手間が掛かる。そしてこの変装だ。


 人目に付く場所で、このヅラが外れでもしたら大変なのだ。だから戦闘時や移動時は結界を張って頭部に固定している。全くもって無駄な労力だが、仕方ない。


───なかなか凄まじい魔力だな、これならアイツもさすがに本気を出さざるを……いやちょっと待て、アイツ本当に生きてるのか?

 目的地が近付くと、魔獣と思しき巨大な魔力がその存在感を増す。


「まさか……死んでないわよね?」




☆☆★★☆☆★☆




「……寝てんのか?」


 ダンジョンの道中、岩場の影に隠れ魔獣をやり過ごそうとする人物が、約一名。


───マジでどうする……。

 俺は真剣に悩んでいた。


 リアム達と別れてから、既に十分は経過している。ダンジョンに入ってから考えると三十分程か。


 入り口に戻るのも時間がかかるな。それに、戻る道中敵と出くわしたら挟み撃ちにされるか……この線は無しだな。


───すると、進むしかないんだけど……。

 そおっと、本当にこっそりと岩場から顔を出して外の様子を伺う。


「グジュウルルルル……」


 そして慌てて岩場に再度身を隠す。


───何で……こんな浅い階層に……!!

 涎を垂らしながら寝息を立てているのは、一際大きな魔獣。


 体長は十メートル近い巨体、それを支えるこれまた巨大な手足と尻尾、背には翼を持つ大迫力のそれは、


───ドラゴンじゃねぇぇえかぁぁぁああああ!!!

 俺は、密かに死を覚悟していた。




☆☆★★☆☆★☆




 ダンジョンの迷路を走りながら、僕は魔力の動向を探る。肝心のシュートだが、生死の判断は付いていない。


 ほんの少し前に僅かな距離を移動して以来、彼の魔力は一切動いていないのだ。


 こうなると本当に石ころと判別が付かない。穏やかな魔力は自然のそれと限りなく同化している。


 動きがあれば生存確認が取れるが、数秒前からシュートの魔力は地に横たわる様に倒れているだけだった。


───アイツ、ここをどこだと思っているんだ……!!

 まさか、居眠りしているのでは無いだろうなと疑った。


 そう思案していると、目的の広場が見えて来る。


 シュートが倒れている理由、最悪の事態を想像してしまうが、あの男に限って……とにかく確認を急ごう。


 そして遂に辿り着いた開けた空間。同時に見るともなく視界に入ってくる巨大な魔獣。


───ドラゴン……!!

 デカい。しかし問題はそこではない。


 魔力探知によって正確に位置を把握していたシュートを注視する。


「……っ!!」


 彼は、倒れていた。息をしている様子もない。


 驚いた僕は、無意識に叫んでいた。


「シュートぉおお!! 無事か!!??」


 僕の声に反応してドラゴンがその身を起こすが構っていられない。言葉の後には夢中で彼の元へ飛び出していた。


 そんな僕の脳内に響いたのは、実に場違いで不愉快な声だった。


───『なぁにやっとんじゃぁぁぁあああ!!!!』


 時は少し遡る。




☆☆★★★☆★☆




───覚悟を決める時が、来た様だね。

 シュートは静かに意を決する。


「グゥルルルル……ガルッ!」


 シュートが決死の覚悟で岩場を飛び出し、ドラゴンの居る広場へと躍り出た時、その微かな気配を察知したドラゴンは目を覚ました。


 そしてそのドラゴンの覚醒を察知したシュートは、瞬時に身を倒し、絶技を見せる。


───秘技・死んだフリ!!


 そしてこの時、奇跡は起きた。


「ガルルル!」


 ドラゴンを始めとするダンジョンに生息する魔獣、そのほとんどは視力を持たない。


 それは、ダンジョンの暗闇においてそれが幾らも役に立たないためである。


 成長したドラゴンはダンジョンの外に飛び立ち、人里を襲う事もある。それ程に成長したドラゴンであれば、話は違っただろう。


 しかし、このドラゴンは生後間もない。


 ダンジョンが出来たのがつい十日前であるため無理もない事だが、視力や聴力など、生物に必要な五感がまだ完全には備わっていなかったのだ。


 それが幸いする。


 シュートの魔力は、彼の自己愛的な性格を表す様に内向きに滞留していた。そのため、非常に探知が難しいのだ。


 特に、魔力探知を主に索敵に用する、ドラゴンの様な手合いには。


───何も、起こらない。何故!?


 この世界では、生物は愚か全ての物質、それこそ死体ですら魔力が宿っている。その中で、生物の持つ魔力は特別だった。


 生物は魔力を原動力に活動する。生命活動のため、意志により大なり小なりの魔力を操っているのだ。


 その意志力───ここでは魔力の指向性───を、あたかも持っていないかの様なシュートの特性は、ここに来てその真価を発揮する。


 外に漏れない、動きの無い魔力は、“ただそこに在る”という生物たり得ない状況を実現!


 シュートの存在は地を転がる石ころと完全に同化! 結果、


「グゥルル……」


 物言わぬ死体の如く背景への完全な擬態を実現し、ドラゴンの魔力探知を掻い潜った!


───なんか分からんが、なんとか助かった!!

 秘技・死んだフリは遺憾無くその威力を発揮した。しかし、


───ん?


 違和感。


 シュートは、知っていた。


───なんか、嫌な予感がする。


 幸運が訪れた時、それを覆して余りある不運が完全武装の軍勢となって押し寄せて来る事を。


 ドラゴンは、魔力探知を目に代わる感覚機関として用いている。その精度は人間以上だ。


 であればもし、人間が今のシュートを見たら?


 その人物がもし、シュートの死んだフリを、看破できなかったら?


 そして更にもし、彼の死に激昂したら?


───いや、流石に杞憂だね。このまま寝てやり過ごそう。

 現状、これが最善手だった。


 しかし、今回のクエストには、卓越した魔力探知能力を持ちながらシュートに近しく、ドラゴン相手にも果敢に挑む男が参加していた。


 そして奇跡は、災いとなって降りかかる。


「シュートぉおお!! 無事か!!??」


 シュートの秘技はその真価を発揮し、大陸有数の魔力探知能力を持つリアムの目を見事に欺いて見せた。


「グルル……ガルッ! グワァァァアアアアア!!」


───なぁにやっとんじゃぁぁぁあああ!!!!


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