4話 ワンチャンあると思ったか?
人生の絶頂期に立たされた俺は、余りにも現実から乖離し過ぎた現状を前に、「これは全て俺の肥大化した妄想が生み出した、都合の良い虚構なのではないか」との疑念に襲われていたのである。
「ほらシュート、あなたの書く欄よ」
絶頂。そう、まさに絶頂期だ。諸君に良いことを教えてあげよう。
絶頂期とは、突然来るのだ。
「ねぇ、シュート」
ゆっくりと上がっていたら昨日までとの違いが分かりにくい。
急に、急激に上がるから「絶頂期やぁぁぁあああああ!!!」となるのだ。
信じられないだろうか。愚蒙な諸君には、少し難しい話だったかも知れない。
「……シュート?」
「絶頂期やぁぁぁあああああ!!!」
だから今、俺自身が身をもって証明してみることにした。
あぁ、諸君の感想が聞こえてくるようだ……。
「……何? おかしくなっちゃった?」
その評価は甘んじて受け入れる。
「いや、考え事してたんだよ」
「……何を考えてたの?」
「脳内で君との会話の予行練習を、ね」
「じゃあ声のボリューム調整からやり直しね」
溜息を吐く彼女はエルフ。目を疑う程の美人さんだ。
「シチュエーションを間違えたみたい。満員の闘技場、白熱する決勝トーナメントで感動を分かち合う設定だったんだけど」
「段階を踏んで欲しいものね。誘うところから練習してみてくれる?」
彼女の容姿はまず耳が印象的。長い。
あとは純白の肌とかおうとつの少ない身体とか、これでもかとエルフっぽい要素が詰め込まれてる。
「さぁ練習よ。書類にサインして貰えなくてイライラしているエルフを、デートに誘うシチュエーションなんてどう?」
「実践的だね」
妄想してて話を聞いてなかった俺は、適当に冗談を言って誤魔化す。
道化を演じるだけで嘘を正当化できるから冗談って素敵。
そんなことを思いながら、受け取ったペンで書類の空欄を埋めていく。
「これで良い?」
「良いわ。それじゃあ誘ってみて。闘技場、行きたいんでしょ?」
「はっはっは、何言ってるんだ君、正気?」
彼女との付き合いはまだ短い。でも、分かった事は結構ある。例えば、
「初デートで闘技場はナンセンスだよ」
「ぶち殺すわよ」
彼女はバイオレンスなツッコミを好むとか。うん。意外と上手く話せてるな。俺、意外とコミュニケーション巧者なのかも。
「まぁ良いわ。妄想も程々にね」
「え」
「じゃないと、ほら。周りから変な目で見られてるわよ」
どうやら俺のボケが冴え過ぎて、一般市民すら一笑いさせてしまったらしい。
だが重要なのはそこではない。問題は、彼女の読心術だ。
この世界には、“魔法”がある。
あらゆる物理法則を都合良く捻じ曲げる、荒唐無稽で理解不能な謎の概念、“魔法”。それを使えば他人の思考を覗き見る事も可能。
そして彼女はエルフ。魔法が得意な種族だ。
いつから俺の心を読んでいたのか……ひょっとして、昨日から……?
俺は昨日、銀行にお金をおろしに行った。まさか……。
「……もしかして君、俺の預金残高見た?」
「あなた、遂に会話も出来なくなっちゃったの?」
質問を質問で返された。彼女は「会話も出来ない人」ってレッテルが、ブーメランよろしく自分にブッ刺さってる事に気付いてないらしい。
仕方ないな。コミュニケーション巧者の俺がリードしてあげよう。
要は、彼女は俺と会話がしたいんだ。会話ってよくキャッチボールに例えられるよね。
そしてキャッチボールと言えば野球かソフトボール。
あぁ、野球には軟式と硬式があったんだっけ。
今、完全に理解した。
「で、軟式と硬式ならどっちが良い?」
「なるほどね、僕との会話はつまらないと、そう言いたいのね。もう良いわ」
彼女の一人称は、「僕」。
───「僕っ娘」か……。
趣がある。
彼女は不機嫌を訴えてるみたいだけど、別に慌てない。俺は昨晩徹夜で、書籍『紳士仕草』を読破したんだから。
たぶん、球技の話がつまらなかったから話題を変えたいんだと思うよ?
「じゃ、そろそろ行こうか」
言って、俺は立ち上がる。俺が記入したのは、何の魔法も掛かってないただの紙。
でもその紙が、この絶頂期の所以でもある。
「はぁ……まぁ良いわ。改めて、これからよろしくね」
婚姻届。俺達は今日、夫婦になるんだ。
☆☆★★★☆★☆
「ここが、あなたの家?」
役所に書類を提出し、晴れて夫婦となった俺達は我が家に帰宅した。
「うん。寛いでいいよ」
「……ちょっと手狭ね」
「はは、手厳しい」
我が家は一人暮らしを前提としたワンルームだから当然だ。
「それじゃ、先にシャワー借りるわね」
「ど、どうぞ」
荷物を下ろしたエルフが退室した。
外の景色は暗くなっている。これはそう、“初夜”というやつだ。
前世から入念に妄想し続けてきた俺は、その甲斐あって寸分の狂いなく準備を進める。
まず脱ぐ。そして部屋の明かりをやや暗くする。準備は以上だ。
……嗤えよ。
君達は前世の記憶ってあるかな? ちなみに俺にはある。
いやそんな事はどうでも良くて、何が言いたいかと言うとつまり、二度の人生を通して“初体験”という事だ。
童……。
しかし、俺は勝ち取ったんだ。エルフの嫁を。人類の夢を。
俺はベッドに正座し、腰の部分にだけタオルを置いてソレを隠す。
全裸待機ってやつだね。
そうして無限にも感じる時の中、前世と今世の記憶を行ったり来たりしながら時空を股にかけていると、遂にその時が来た。
「ふぅ……出たわよ」
俺の視線は、とある一点に吸い寄せられる。
「げ、幻覚、か??」
エルフが風呂から出て来たんだ。
「ん? あぁ」
フル○ンで……え?
「バレちゃあ仕方ないな」
慌てて顔を見る。やはり美しいエルフだ。ん?
髪型が変わってるな。金色の長髪だったのが黒髪短髪になってるようだがこの際どうでもいい。
「まぁ見て分かる通り───」
気を取り直してエルフの腰を見る。やはりある、絶対にある!
もう一度、目を閉じる、開く、ある!
見間違いか? いいや見間違いじゃない!
ソレだ! ソレがぶら下がっている!
ソレ以外何もぶら下がっていない!!
ソレだけがぶら下がっている!!!
「───僕は男だ」
混乱して錯綜した俺の思考は、現実を曲解して捏造する。
「そうか、君は俺を……愛してしまったんだね」
「……何言ってるんだ?」
俺がこんなにも愛してやまない俺。溢れ出す魅力。
そりゃ人種を超えてエルフも愛してしまうよね。
性別をも超えて、男でも愛してしまうよね……罪な俺……あぁ、今日も世界は愛に満ちている。
……いや待て待て、現実逃避してる場合じゃない。
「まぁ性別なんて些細なことだ、気にするな」
「いや結婚なんか性別が全てだよね」
「結婚したからには、僕達はこれから支え合って生きていかなければならない」
「君今綺麗事言える立場じゃないからね?」
「まずは部屋が問題だな……こんな犬小屋にいつまでも居られない」
「いや支え合うんじゃなかったのかよ、文句にしても酷過ぎる」
「お前はこんな犬小屋に居て平気なのか? もしかしてお前、犬なのか?」
「……くっそお否定できねぇ」
冷静に考えてエルフが雑用と結婚するメリットなど無い。
それなのに何故、まんまと絶頂期を迎えてしまったのか。
ワンチャンあると思ったか?
残念だがお前の脳みそがわんちゃんになってただけだ。
「何でエルフが男なんだよぉ、おかしいだろぉ」
異世界+エルフ=女 という方程式。
「さて、な。僕は自分を“女”だと言った覚えはない」
確かにそうだ。俺は妄想が捗って相手の話を適当に聞き流し、その度に冗談で取り繕っていた。
「お前が勝手にそう思い込んだだけだろ」
妄想。痛い思い込み。
質問してたら何かが変わったのか、聞いたら奴は、正直に答えてくれたのか。
俺はコミュニケーションという試練をサボった。この絶頂期は俺への罰って訳か。
「なるほどよく分かったよ。つまり、これって……!」
何を言ってももう後の祭りだけど、
「結婚詐欺じゃねぇかぁぁああああああ!!!」
だからって納得できる訳じゃない。
「バカ! ボリューム調整しろ!」
「あがっ……」
『逆境は、真理に至る最初の道である』
───ジョージ・ゴードン・バイロン
良いだろう望む所だ。俺はこの逆境を乗り越えて、絶対に“真実の愛”を掴んでやるぞ……!
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