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44話 修学旅行で買いがちなアレ


 翌日、俺達はギルドの支部を訪ねた。


「調査は正午より開始します。それまでは各自、準備を万全にお願いします」


 依頼(クエスト)について説明してくれたのはなんとシーナだ。ダンジョン関係の事務を担当するために派遣されたそう。忙しそうだね、頭が下がる。


「分かったわ」


───『刺客が先にダンジョンに踏み込んで、罠でも仕掛けていたら僕達は一網打尽だな』


───うーん、そんな面倒臭いことわざわざするかな?

 リアムは数少ない男のエルフ。


 それだけで命を狙われる理由になるから警戒するのは当然だろうけど、少しビビり過ぎだと思う。


「のどかな町ね」


 仕方なく俺達は町を散策して時間を潰す事にした。


「うん。土産屋が多いね」


 見ると、商店はほとんどが観光客に向けたものだった。


 まだ建物の造りが新しい。ダンジョンの集客効果を狙って、一部の商会が店を出したのだろう。情報が早い。


───「猫は耳が早い」、ね。

 そうして俺達は町を抜け、開けた草原に出た。


「少し、身体を動かしておきましょう。構えて」


「え?」


 短い言葉の後、前を歩いていたリアムが不意に振り返る。そして、


「行くわよ」


「えぇ!?」


 ナイフを手に、斬りかかってきた。


───まだ刺客、現れてないけど!?

 俺は無意識の動作で剣を抜き、それを受け止める。


「……やるわね」


「っ!」


 ナイフを引いたリアムは、上段蹴りを繰り出す。


「じゃあ……これならどう?」


「待って待って待って!」


 蹴りは躱した。しかしその後の連打は捌き切れない。


「ぶふぉっ!」


 そして遂に、リアムの拳が俺の顔面を打ち抜いた。


「なるほどね」


───何納得してるんだよ……。


───『悪いが、少し試させてもらった』


「あなた、目が良いのね」


 俺の視力は普通。ただ、リアムが言ってるのはそういう事じゃない。


 俺は魔力探知が得意だ。特に、一対一での魔力の読み合いが。


「……でも、僕相手に手加減するなんて、生意気よ」


「いきなり斬りかかっといてよく言うよ……」


 先の攻防、リアムから殺気は感じなかった。だから反撃するつもりは無かったし、剣でのガードもしなかった。


 素手の攻撃を剣でガードしたら、拳が傷付いちゃうからね。


「それにその剣……なまくらじゃない」


 俺は愛剣の刀身を見る。錆びてはいないが、色はやや濁っている。


「良いんだよ、これで。殺しは趣味じゃない」


 もちろん、相手がその気なら話は別だけど。


「自衛ならこれで十分だし、使わずに済むならそれが一番だと思わない?」


 それが俺のモットーって訳。


「そう。でも、これから向かうのはダンジョンよ。何があるか分からないわ。だから準備はしておいて」


 リアムの主張はもっともだ。


 ダンジョンは魔獣の巣窟。今回探索する新ダンジョンの危険度は、行ってみないと分からない。


 でも、以前リアムが討伐した巨大ハウンドみたいな魔獣が複数出てくるなら、今の剣だと不覚を取る危険性がある。


「……準備か、確かにね」


 言いながら剣を仕舞おうとした時、


 カラン、と。


 乾いた音がして、手に握る剣の柄が軽くなった。


「あ」


 リアムが漏らす声。恐る恐る手元を見ると、


「け、剣が……」


 無くなっていた。


 正しくは、手入れを怠っていたために刃と柄の接続部の留め具が、打ち合いの衝撃により折れてしまっていた。


 支えを失った刃は、原型を保ったまま落下し、地に転がっていた。


「……ま、まぁ、丁度いいじゃない……ほら、装備も依頼主持ちだって言っていたし」


 リアムも動揺している。


 俺は、言葉なく項垂れた。


───この剣の代わりなんて……。

 思い出はプライスレス。修学旅行の思い出は今、二つに別れた一方が地を転がっている。


「と、とにかく、丸腰でダンジョンには入れないわ。ギルドで武器を新調しましょう」


「いや、いい」


 俺は首を振る。


「いいって……」


「悪いけど少し、一人にしてくれないかな」


「なっ」


───『昨日あれ程……!』


 「一人になるな」と言ったのに。


「……時間には戻りなさいよ」


 言い掛けたリアムだったが、引き下がってくれた。


「うん。大丈夫だと思うよ」


 リアムは溜息を一つ吐き、踵を返してこの場を去る。


「……奇遇だな。こんな所で顔を合わせるとは」


───たぶん、ね。

 程なくして、入れ違いに現れたのは銀髪を揺らす長身の男だった。


「俺は会う気がしてたよ、なんとなくね」


 俺は振り向いて男の顔を見る。うむ。今日も今日とていけ好かない。


「……それで、どういう状況なんだ」


 現れた男、レイスは俺に問う。その表情には確かな困惑が見て取れた。


 それもそうかも知れない。


 町外れの草原に男が一人。刃だけになった剣が転がっており、それを見下ろす男は涙目になっているのだ。


「何でもない」


 様に見えるはずが無かった。


「……そうか。深くは聞くまい」


 存外、物分かりのいい男だ。


「しかし、武器が無くては不便だろう。私の予備を貸そう」


「はは、気が利くね。でも、いいよ。元々それ程腕の立つ方じゃないしね」


「貴様が? 冗談だろう」


 レイスは鼻で笑った。


「初見で私の間合いを見切ったのは、貴様が初めてだ。誇れ」


「間合い? 何の事かな?」


「惚けるな。見切っていただろう。街でゴブリンを屠ったあの日」


───へぇ、バレてたんだ。

 確かにあの日、剣を握ったレイスの気迫から、十メートルの距離は射程圏内なのだろうと予想は付いていた。


───でも、気取られる様な挙動はしなかったはずだけど。

 彼の踏み込みに合わせて、回避が間に合うように準備はしていた。


 その微妙な姿勢の変化からこちらの意図を推し測るとは……やはり“剣聖”は侮れない。


「で? こんな所まで来て何の用?」


 俺は本題を促す。わざわざ町外れの草原まで追って来て、「奇遇だな」は虫が良すぎる。


 何か意図があるのだ。草原を選んだ事、そして


「……聞きたい事がある」


 剣を携帯している事。荒事を演じる、それを辞さない準備。


「俺に? 何かな?」


 緊張は、無い。


 殺しは直接の目的では無いはずだ。もしそれが目的なら、既に達成されているはずだから。


 移動の馬車、寝静まった宿、そして対峙する前の草原。隙ならいくらでもあった。


 だから、真意を問う意味でもこの対話は必要だ。


「先日釈放された男が、街に出た直後に消息を絶っている」


「……へぇ」


「貴様が関与したマフィアの抗争、その首謀者と目される男だ」


 これは……


「名はグレイス。心当たりは?」


 ちょっと、不味い展開かも知れない。


「……名前は知ってるね。会ったこともあるよ。で? それが何か?」


 これは直感だけど、嘘は不味い。


「貴様が始末したのではないのか?」


 それを、本人に聞く、と……なるほどつまり、確信に近い何かを既に持ってる訳か。


「……黙秘権を使わせて貰おうかな」


「なるほど。その返答は自白とも解釈できるが?」


「はは、そうかもね。で、どうするの? 俺を拘束してみる? 証拠も無いのに?」


「では質問を変えよう」


 一拍ためてから、レイスは更に質問した。


「力がありながら、何故隠す? 目的は何だ? 貴様、何を企んでいる?」


「おぉ……いっぱい来たね。まぁ隠すような事でもないし、一つずついこうか」


 俺は溜息を吐いて身体の力を抜き、自然体で答える。


「まず、俺は何も隠してるつもりはないよ。そういう体質なんだ。ただ、君達からしたら誤魔化してるように見えるってだけ。だから俺からしたら、そんな質問をされる事自体理不尽だと思ってるよ」


 俺は、魔力をほとんど扱えない。そういう体質だ。


 これは生まれ持った性質で、俺の意思によるものじゃない。だからそういう質問、困るんだよね。


 例えるなら、細目の人に「何でもっと目を開かないの?」と聞いているようなものだから。


「次に、目的か……これも別に無いな。強いて言えば、楽しく生きたい、かな? だから多少面倒に巻き込まれても多めに見てあげてる……まぁ、邪魔するなら、その限りじゃないけどね」


 俺は自分から戦いを挑んだりしない。


 単純に面倒だし、誰かを打ち負かさないと得られないような“何か”を“幸せ”と解釈するのは、貧しい価値観だと思うからだ。


「で、企みだっけ。これはまぁ───」


 一応、正直に答えてみたけど、


「───黙秘権を使おうかな」


 レイスはどんな反応を示すかな?


「……そうか、なるほどよく分かった」


 レイスは剣に手をかける。


「では、確かめるとしよう」


「待ってその判断はおかしい君ちょっと短絡的過ぎやしないかい?」


「貴様が民に仇なす存在かどうか、この剣をもって見定めさせて貰う」


 両手を上げて降参する俺を縫いとめる様に見据え、レイスは構える。


 柄を握り、腰を低くした構え。居合っぽいな、彼の実力を考えたら真っ二つにされそうだ。


「まっ……!」


「答えろ」


 瞬間、レイスは神速の踏み込みで丸腰の俺との距離を一気に詰める。


「貴様の望みは何だ?」


 レイスの剣、その(きっさき)は俺の鼻先一ミリの距離でビタ止まりした。


 風圧も、何も感じなかった。どんな技術だよ。


 しかし、


「……言ったよね」


 ゾワっ、と。背筋に冷たいものが走った。


「楽しく生きること、それが望みだよ。だから……」


 何だ……? いや分かる。この感覚はあれだ。


「邪魔は許さない」


 何らかの魔法による干渉を受け、俺の魔力がそれに抵抗(レジスト)し、そして失敗(・・)したんだ。


「……いいだろう」


 あ、なんか解放されるっぽい。やった!


 でもなんで?


 いやちょっと待て、俺今何か(・・)喋って(・・・)たか(・・)


「今回のクエストでそれも分かる事だ。貴様の実力、しかと見定めさせて貰う」


 言ったきり、レイスは踵を返して町に戻って行く。その背を見送った後、俺も町を目指した。


 レイスから殺気は感じなかった。だから躱す必要すらないと思っていたが、俺の魔力は何故か過剰に反応していた。


 そして、考えることはもう一つ。


───剣、どうしよう……。

 土産物の剣、武具屋で修理して貰えるだろうか。


 というかそもそも、この田舎町に武具屋があるのか。農具屋がせいぜいじゃないか?


 思案する俺が商店の前を再度通る時、それは俺の視線を独り占めにした。


───あ、あれは……!!




☆☆★★★☆★☆




「探索は四人まとまって進めて頂きます」


 俺達はダンジョンの入り口、その洞穴の前に集まっていた。


「くれぐれも単独行動は謹んで下さい。今回のクエストは、あくまでも調査です。強力な魔獣と接敵した際は、可能な限り退避を選択して下さい」


「退路が塞がれた場合は?」


 作戦を説明しているのは、ギルド職員のシーナ。その説明を受け、リアムは簡単な質問をした。


「必要と判断される場合はもちろん全力で戦って下さい。しかし、人命が最優先です。手柄欲しさに欲をかかない事を約束して下さい」


「えぇ、分かっているわ。では、迷路が二股に別れていた時は?」


 その後も行動指針などを確認した。そして、


「こちらが“パーム”です。調査の記録資料となるものですので、くれぐれも破損させない様にお願い致します」


───おぉ!! これがあの!!

 興奮した。


「……それでは、健闘を祈ります」


 シーナは神妙な表情で俺達を洞穴へと見送った。



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