40話 馬鹿の一つ覚えみたいに
大陸に現存する各種族には、それぞれ得意とする魔力の属性がある。
人魚族は水、ドワーフは金、人間は火、獣人族は土、天使族は光、竜人族は風、そして、エルフは木だ。
ここまで七種族しか紹介していないが、これらが現存する種族の全てだ。
歴史書に語られる幻の種族、魔族は、既にこの大陸に生存していない。
それは千年前の大戦に彼らが敗れ、種が絶滅したためだと言われている。真実は分からない。
千年前の出来事など、僕が知る由もない。
……今、僕は非常に面倒な事に巻き込まれている。
見るからに異質な敵。地下水道とはいえ、こんな街中で出くわすはずのないものと対峙してしまった。
「……魔物、か?」
「ははは、何? 急に御伽噺なんか持ち出して」
僕の予想を、シュートは笑う。
「……他に、コイツを説明できる存在がいるか?」
「はは……マジで言ってる?」
引き攣った顔で。
魔物とは、魔族の眷属。醜い相貌をしており、知能は魔獣並だが、魔獣とは明らかに違う特性を持っている。その一つが、
「“闇”、か。戦うのは初めてだな」
魔族に由来する魔力。
───この距離まで接近しても、一切魔力は感じないな。
“闇”の魔力について、研究する者がエルフの中に居た。しかし、その研究は難航していたはずだった。
“光”と“闇”の魔力は、再現不可能。それが今日までの世界の常識。どうなってる?
「ヴヴォオオオオオオ!!」
「おぉ……うるさ……」
突如、魔物───らしき何か───が聞くに堪えない咆哮を上げた。
魔物の相貌は、とにかく醜い。爛れては生え変わる浅黒い肌、膨張しているのか収縮しているのかハッキリと定まらない骨格。
一応人型ではあるが、果たしてこれを生物と呼んで良いものか。
考えていると、魔物が動いた。
「……速いな」
僕はそれを躱す。流石に二度目ともなれば対応できる。
伸びてきたのは右腕。それは比喩ではない。
魔物は立っている場所から移動していない。腕らしき部分だけがその骨格を無視して僕の所まで伸びてきたのだ。意味が分からない。
「っ!」
負傷した脇腹から血が滲む。痛みに顔を顰めるなど久しぶりだ。
「ヴモモオオムルルルル……」
「……避けられない程ではないが」
魔物は今も膨張と収縮を繰り返している。声帯の形も定まらないのか、声も安定しない様子だった。そして今も意思らしきものは感じない。
───化け物め。
バックステップで距離を取る。
魔力は、種族によって特性が異なる。
魔族および魔物が扱う“闇”の魔力の特性は、“廃能”。文字通り能力を失わせ、役立たずにする。
全くもって謎の概念だ。
よって、魔族及び魔物に対して魔法は効果が薄いとされている。武器を用いた白兵戦を仕掛けるのがセオリー……らしい。
さて、どう対処したものか。
「覚えた?」
シュートの質問。
「何をだ」
「敵の気配だよ」
意図が分からない。
本来魔法戦闘では、敵の魔力を観察して行動を予測する。しかし少なくとも目の前の敵は、魔力など一切放出していないのだから覚えようがない。
この男は何を言っているんだ?
「……まだみたいだね、仕方ない。少し休んでると良いよ」
言って、シュートは一歩、前に出る。
「傷。深いんでしょ? 治してて良いよ」
「お前……アレと一人で戦るつもりか?」
「まぁね───」
この男は戦闘など好まないと思っていた。
「───今の君じゃ、足手纏いになりそうだ」
「……抜かせ」
珍しい事もあるものだ。
「あ、でも治ったら加勢してね」
「は?」
「役割交代だ」
言いながら、シュートは器用に魔物の腕を躱す。
───魔物の動きが読めているのか……?
相手は魔力を放出しない魔物。魔力探知では行動を予測できない。
だから僕は、初撃に対応できなかった。しかしシュートは完璧に敵の攻撃、その軌道を読んで回避している。
「トドメは任せたよ」
「な、おい!」
そう言い残して、シュートは魔物に向かって一直線に駆け出す。
「魔力魔力。どいつもこいつも馬鹿の一つ覚えみたいに」
そして一気に距離を詰める。
「良い事を教えてあげよう」
僕はただ、シュートの見事な体捌きに見入っていた。
「いつまでも魔力に頼ってると───」
言って、魔物の懐に飛び込んだシュートは、その胴を一閃した。
「───いつか痛い目を見るよ」
☆☆★★★☆★☆ ★
「……おっと」
一撃入れて反応を見るつもりだったけど、うーん……。
ほとんど効いてないね。速攻で反撃してきたし。
俺が一閃した斬り傷は、もう既に再生してるみたい。いや、再生というか、生え変わったって表現が近いか。
この生き物自体、肌が爛れたり生え変わったりを繰り返してるし。
「さすがに、ゴブリンみたいには行かないか……」
……それって結構ヤバくない?
とはいえ、距離を取るのは悪手かな。魔物の腕───触手?───は、とにかく伸びてくる。
マジで文字通り、どこまでも伸びて追尾してくるのだ。それ骨格どうなってるの?
こうなるともう間合いの概念が意味をなさない。
動きは単調だから避けるのは簡単だけど、一撃が重いんだよ。流石、初見殺しとはいえリアムの結界を破っただけはあるね……俺が食らったら、掠っただけでも腕とかもげそうだ。
となると、俺にできそうなのは時間稼ぎくらいかな。やっぱトドメはリアムに任せるしかないね。
「うお……!」
今度は足が伸びてきた。君本当何でもありだね。
剣で受け流したけどやっぱ重い。打ち合ったら折れそうだ……金属の剣が? 生身の攻撃で? どんな腕力……いや触手力だよ。
「グウォオオオオオオ!」
「……面倒臭いな」
リアムはまだか……? 正直このままだとジリ貧なんだけど……!
時間を稼ぐとか、悠長なこと言ってられる感じじゃない。俺はともかく剣がもたない。武器が無くなったら本当に取り返しが付かなくなる。
こうなったら、多少無理してでも早期決着を急いだ方が良いか……?
あの再生力じゃ、生半可な攻撃は通用しない。接近して重い一撃を食らわせるしかないね。
そう考えて、俺は再度距離を詰める。
腕やら足やら色々伸びてくるが、いや本当に色々伸びてくるな!
暗いけど視えてるんだよ! 八本くらい伸びてない!?
君さっきまで人型だったよね!? どんな骨格してんだ本当に生物か!?
「ぐっ!」
伸びて来る触手を斬りつけながら前進していたが、その内の一本を躱しきれず、左肩を掠った。めっちゃ痛い。
───おいリアムまだか……!
魔物が現れるや否や、早々に負傷してリタイアしたエルフを思い出し、呪う。
───長期戦とか無理なんだよ、分かってる!?
「あぁ分かってる。準備できたぞ、退がれ」
「待ってました!!!」
俺は魔物の触手を良い感じに躱しながら、バックステップで後退する。
そして、
「───デルス」
「……は?」
リアムの呟きが聞こえた次の瞬間、世界は光に包まれた。
「目がああああああああ……!!!」
☆☆★★★☆★☆
どうやらリアムは火を放ったらしい。え!? ダメって言われたじゃん何してんの!?
しかし、不思議と熱や衝撃波は感じない。ただ激しい爆発音と視界を覆う閃光が広がっただけだった。
「……終わったぞ」
閃光に目を灼かれ、しばらくうずくまっていた俺は声を掛けられて顔を上げた。
「大口を叩いた割に、随分と劣勢だったな。ほら、回復薬だ」
誰のせいだと……思ってるんだ……!
リアムから回復薬を受け取り、肩の傷を癒す。
そしてライトで周囲を照らし、回復した目で状況を確認すると、何も無かった。
何も。敵の骸も、何も残っていなかった。
「……化け物は?」
「倒した」
俺は驚愕した。
「跡形も無く、消し飛ばしたの……?」
「まぁ、そんな所だ」
───なんて……残忍な……。
俺の言葉に、リアムは呆れた様に溜息を吐く。
見ると、リアムの腹部は完全に回復してるみたいだった。
「回復薬、効いて良かったね」
凄まじい薬効の高さ。俺のえぐれた肩といい……あの薬屋の子、ただの詐欺師じゃなかったんだ。
「あぁ。彼女の薬ならこれくらいは、な」
この世界で回復薬の効能は常識として扱われているが、何度見ても理解出来なかった。
───いったい、どんな原理で肉体を蘇生してるの??
まぁ魔法があるくらいだしね。なんでもアリなんだよ。
「で? どうやって倒したの?」
「……見てなかったのか?」
「見える訳ないだろ。こっちは暗闇で開き切った瞳孔を閃光で灼かれたんだぞ」
あぁ、まだ少し目がチカチカする。
「結界で囲って、爆発を利用して焼いた」
「ふーん……その割に、痕跡が少ないね」
「言っただろう。“囲って”焼いたんだ。壁や天井に衝撃が伝わらないように配慮したさ」
「なるほど」
あれ程の再生力を持つ化け物を蒸発させる爆発、その爆発の余波を完全に封じ込める結界……それだけの爆発と結界を同時に発動して、消耗どころか息切れもしてない魔力量……。
何そのスペック。え、もしかして君が魔王なんじゃない?
「そっか。さっきの化け物、何だったんだろうね?」
「言っただろう……いや、僕も半信半疑だが、あれはやはり魔物だ」
「……本当に?」
衝撃の事実。
魔物及びそれを使役する魔族は、千年前に絶滅したとされている。それを聞いた時と同じ衝撃だ。
「原型を留めない異常な骨格に、絶えず生え変わる肌、そして常軌を逸した再生力。条件から考えてまず間違いない」
「なるほどね」
リアムが言った内容は、確かに全て魔物に関する説明だ。そしてそのどれもが、人間や他の種族に該当しない特性。当然、魔獣にも。
ちょっと興奮してきた。
「とにかく、この件は僕達の手に余る。帰ったらギルドに報告しよう」
「……うん、そうだね。俺もそれが良いと思う」
俺は賛成して、残りのポイントに結晶を投下していくのだった。
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