39話 ファンタジーじゃあるあるだよね
現在、俺達は地下水道の浄化作業を行なっている。
君達は下水の中ってどんな風になっているか、知ってるかな? ちなみに俺は知らない。
日本の治水技術は素晴らしいそうだ。
毎年夏にアホみたいな規模の台風が来るにも関わらず、嵐の翌日には街の機能が復旧しているし、逆に言えば台風程の威力でなければ川の氾濫も起きない。
それを思えば、上下水道だって計算され尽くした構造になっているに違いない。素人の俺には想像もつかないけどね。
そしてこの異世界における地下水道、その技術は日本のそれに遠く及ばない。
普通に地下に掘った水路に水を流しているだけだ。上下の別はあれど、清潔という訳でもない。
地下水道の仕事は人気がなく、従って報酬が高い。如何せん臭い。鼻がもげそうだ。
───そりゃあ人気ないよね、こんな仕事。
そして暗い。灯りなどは設置されてないからね。地下水道には可燃性のガスとか充満してて、引火したら都市が吹っ飛んでしまう。
だから手持ちのライト必須な訳。
「……なぁ、シュート」
傍に流れる水道を横目に見ながら、指定されたポイントを周り、水を浄化する効能を持った結晶を投下していく。
そんな単純作業を続けていると、リアムが沈黙を破った。
「何?」
「お前、何で僕との関係を解消しない?」
「え、何別れ話? 地下水道で?」
「いや、そうじゃないが……」
「君が別れたいなら喜んで手続きするよ。慰謝料貰うけどね」
俺は冗談めかして返答する。
「俺はこういう生活もアリかなって思ってるよ。多少トラブルがあった方が人生楽しいしね」
これは冗談ではなく本心だ。強がりじゃないよ。だって、家と地下水道を往復するだけの人生なんて恐ろしい話だと思わない?
「……そうか」
「それに!!」
俺は拳を強く握り、宣言する。
「俺は新たな可能性を掴んだ! この世界で重婚は常識! 君を娶って余りある権利が俺にはある! チャンスは無限大だ!」
「そ、そうか」
「もちろん君にも協力して貰うよ」
そしてリアムの目の奥を見据え、告げる。
「ギブアンドテイクだ。君の欲する婚姻関係は維持する。素性についても聞かない。話したくない事の一つや二つ、誰にでもあるからね。そこは不可侵を約束しよう。だがしかぁぁし!!」
急に叫び声を上げる俺の奇行に、リアムはビクッと身を震わせた。
「俺の目的にも協力して貰う!」
「あ、あぁ。それは良いが、何をすれば?」
「簡単だ」
リアムは戸惑った表情をしている。
「俺に、女子を紹介してくれ」
「女子? 人間の、女の事か?」
「あぁそうだ」
リアムは怪訝な表情で俺を見つめる。
───流石に、無理な相談だったかな……?
俺は全種族の美女といい感じになるのが密かな夢だった。後出しになってしまったが、重婚の可能性をリアムにも納得してもらわなければならない。
しかし奴もその中身は男。女性と話すのはもしかして苦手かも知れない。
そうでなくとも、他人に女性を紹介する気が無い事も考えられる。例えば、自分で食べちゃったとか。
「そんなもの、わざわざ頼む事か? 女なら、街にたくさん居るだろう」
───『自分で声を掛ければ良いだろう』
カッチーン。
───それが上手くいかないから頼んでるんだよ……!
「こんの外面紳士が」
「おい、声と思考が逆になっているぞ」
後者の様だ。これだから陽キャは嫌いなんだ。
「……まぁ、善処しよう」
「うん、本当頼むよ……ストップ。何か、居る」
何かの気配に気付く。
「ネズミか? おかしいな、僕の索敵で見逃すなんて」
地下水道には、普通に魔獣が居る。
え? それ衛生的に大丈夫なの? と思うが、そのための俺達だ。
水を浄化しながら、魔獣の巣を見つければ叩く。これを繰り返していく。退治した魔獣が多ければ討伐報酬も出る。
リアムが「ネズミ」と呼んだのは、「ダートラット」という小型の魔獣。名前の通り、汚い場所を好む。
そしてそれは清潔な水の天敵でもあるから、見逃す事はできない。
「どうかな……」
でも、今回の相手はちょっと様子がおかしい。
「もしかして、魔獣じゃないのかも」
生き物にしては気配が薄過ぎる。
まるで、魔力を持っていないかのように。
「……何だそれ、勘違いじゃないのか?」
「かもね。君の索敵ではどう? 何も感じない?」
「あぁ。僕の索敵範囲内の魔獣は既に狩り尽くしてる。生物の気配は無いな」
「そっか……どうする?」
「どうする、とは?」
俺はリアムに尋ねる。
「……遠回り、する?」
「は?」
「決めるなら急いでね。あんまり時間無いよ」
リアムは戦闘に長けている。これはエルフにしては珍しい個性だ。
“森の賢者”と名高いエルフは、武力を好まない傾向にあるらしい。しかし、リアムはバキバキの武人だった。
中でも、リアムの「魔力探知」は本当に凄い。リアムはこれで、相手の力量までもある程度把握する事が出来るらしい。
先日のクエストで、リアムは自身の倍の体躯を持つ魔獣を体術のみで倒していた。
その時は「俺、必要か?」と思ったが、その後の素材の回収に充てられた。俺は雑用係かい言うてな。
「逃げるったって……生き物かどうかも分からないんだろ?」
そんなリアムが、認識すらできない“何か”。
「まぁね……そして残念。タイムアップだ」
考えていた事がある。俺がリアムに勝てるとしたら、不意打ちしかないと。
「何言って……」
そして俺にはそれができる。魔力が少な過ぎて、魔力探知で認識されない訳だからね。隙を突くなんてお手の物だ。
「そこの曲がり角。来るよ」
そして目前の敵は恐らく、そんな俺と同種の力を持っている。
「……構えた方が良い」
「……ッ!」
俺は反射的に身を躱し、伸びてきたそれを回避した。
「……わお」
現れた“何か”の姿。ヤバい。明らかに普通の魔獣の見た目じゃない。
伸びてきたのは……腕? 暗くてよく見えないけど、骨格があるようには見えない。鞭みたいにしなってるし。
あと躱し損ねたリアムが脇腹を負傷した。奴が常時展開してる結界を破るなんて、君さてはなかなかやるね?
「ね? ヤバいでしょ?」
見た目も相当キモい。
「言ってる場合か……どうするんだ?」
リアムと目を合わせる。
───もちろん、協力して戦うよ。
「ここは君に任せて逃げようかな」
「声と思考が逆だ。僕が隙を作る。トドメは頼むぞ」
「えぇ、自信ないなぁ」
思考が共有されてる分、冗談に幅が出て楽しいよねって。そんな事を思いながら、俺は剣を確かめる。まぁリアムいるし、何とかなるか。
共闘して親睦を深めるとか、ファンタジーじゃあるあるだよね。
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