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36話 君はちょっと臭過ぎる


「あん? “魔力無し”だぁ?」


 声高に叫ぶゲイスにゲビルは問い掛ける。


 ちなみに“魔力無し”とは俺の事。人間なら、子供でも扱えるはずの火の魔法が使えなかった俺を揶揄する蔑称。


「へへ、会えて光栄だぜ、魔力無しのシュート君よぉ」


「はは、悪いけど握手は勘弁してね」


 君はちょっと臭過ぎる。


「純血の人間のくせに火もロクに使えないとは、一体どんな顔して生活してんのかと思ってたが……」


「こんな顔だね」


 しばらく呼ばれてなかった蔑称。自分でも忘れてたけど、新天地にまで噂が広まってたとは。


 まぁインターネットがある異世界だし、仕方ないのかな。奇異の目で見られる事には慣れてるけど、日常的にこう厄介な連中に絡まれると生活の質が落ちる。


───なんとかしないとなぁ。

 帰ったらインターネットで調べてみよう。


「まさか魔力無しの分際で、俺達に逆らわねぇよな?」


「えぇっとねぇ……」


「そんなビビんなよ! お前はただ詫びの印に」


 ゲイスはリアムを舐める様な目で見て言った。


「そのエルフを俺らに貸せ。それで済ましてやるからよ」


 そしてゴブリン三兄弟は揃って下衆な笑い声を上げる……あぁ、コイツら死んだわ。


 しかし、と思う。これはひょっとしてチャンスなのでは?


 俺とリアムとの関係は、仮面夫婦。俺は被害者なんだ。寧ろあげちゃった方が良いのでは?

「だから、さっきから何言ってるか全然分からないのよ。シュート、ギルドに連絡してちょうだい。街中に迷い込んだ哀れなゴブリンを退治して貰いましょう」


 あ、無理そう。


「……なるほど、二人とも力づくでされるのが趣味みたいだな」


 え、待って俺関係無いよね?


「テメェのその態度が気に入らねぇんだよ!」


「ぶっ!!」


 ゲビルに顔面を殴られた俺は地を転がった。なんで俺が……。


「親父にも、殴られた事無いのに……!」


 今世の俺の家庭は母子家庭である。


「へっ! 笑えよ。テメェはそうやってヘラヘラしてんのがお似合いだぜ」


───あぁ……もう、どうでもいいかも。


「おい貴様ら。こんな街道で何をしている」


 思考を手放しかけた時、一人の男が闖入して来た。


 街で暴れると騎士が来る。ただの騎士なら別に良いけど今回現れたのは……


「また貴様か、ゲビル」


「へ、お偉い騎士様は今日もお美しい事で」


「レイス……」


 ゲビルは新手に対して薄ら笑いで返答する。


 現れた男は、レイス。


 二メートル近い長身。服の上からでも分かる鋼の肉体は、一振りの剣に例えられる。


 一方で、その表情には今にも消えてしまいそうな可憐さを宿す。彫りの深い目鼻立ちに光る一対の瞳はアメジストの様に輝き、白銀の長髪はおよそ人のものとは思えない神々しさを纏っている。


 腰に下げた如何にも業物っぽい良い感じの剣からこれでもかと剣士の風格を漂わせているものの、男にしておくのは惜しいという点で、リアムと並ぶ傾国の麗人である。


「街で問題を起こすな。大人しくしていろと言ったはずだぞ。それに……」


 言って、レイスは俺の顔を覗き込む。


「……相手にする程の者でもないだろう」


───俺、コイツ苦手なんだよね。

 これは性格の不和とか思想の相違による理性的嫌悪ではない。もっと根本的な、遺伝子レベルでの拒絶。まぁとにかくキモかった。


 そんな彼の通り名は、“剣聖”。私立騎士団のトップで、噂では天使と人間のハーフらしい。


 そう、噂では(・・・)


「へっ! 俺達はただ、知り合いと話してただけだ!」


「騎士様が来たならもう安心ね。僕達、街でいきなりゴブリンに襲われて困っていたの。彼が殴られたわ。助けて下さるかしら?」


「……黙れ」


 それぞれの主張を受けたレイスは、美しい表情(かお)を醜く歪め、言った。


不純物(・・・)が」


「……何?」


 リアムの顔から表情が消える。対してレイスは明らかな侮蔑を露わにしていた。


「立場を(わか)れ。土地は有限だ。“人の楽園(・・・・)”に居場所を求めるなら秩序を守れ」


 その表情、思想こそが彼の恵まれた血統に疑義を呈される所以。


「嫌なら森に帰れ」


 博愛を尊ぶ(・・・・・)天使族(・・・)の血を(・・・)引き(・・)ながら(・・・)、“人間(・・)至上(・・)主義(・・)を是(・・)とする(・・・)堕天使(・・・)


「傲慢ね」


 リアムは肩を竦める。あぁ、厄介な事になったぞ。


「見たところ冒険者か……人を頼る前に、まずは自らの無力を顧みる事だな」


「言ってくれるわね。僕が無力だと? 根拠は?」


 “剣聖”相手にリアムは一歩も引かない。


「ゴブリンに恐れをなし、私に助けを乞うただろう。この程度の魔獣を始末できないようでは、確かに森での生活は困難だろうな。そうしてこの街に逃げてきたようだが、残念だがここは貴様の居場所ではない」


「へぇ……お言葉を返す様だけど」


 その目は相変わらずの“虚無”で、何を考えているのか全く察する事ができない。


「ゴブリン程度、簡単に屠れるわ……それをしなかったのは、貴方の言う“秩序”とやらを重んじたからよ」


 でも、怒ってる。リアムは“剣聖”と、騎士団のトップと揉める事を微塵も恐れていないのだ。


「もう一度言うわ。“彼が殴られた”の。貴方、騎士よね? この街の治安を守るのが仕事と聞いてるわ……人を蔑む前に、まずは自らの無力を顧みたらどうかしら」


 不味いよなぁ。


「ふん……良かろう」


「何が、かしら?」


「ゴブリンはこちらで引き受ける」


「なぁ!?」


「えぇ。次からは最初からそうしてくれると助かるわ」


 リアムの表情は一転、ニコニコと応対している。対してゲビルは今にも爆発しそうな程顔を紅潮させていた。


「そんなに暴れたいなら相手になろう……時に、ゲイスといったか」


「あん?」


 レイスはゲイスに声を掛ける。名前一文字でえらい違いだよね。


「貴様、力に自信はあるか?」


「ふん、誰に聞いてる」


「では何故他人の元に下っている? 力を誇示したいのなら、自らがトップに立つべきだ」


「……何が言いたい?」


 ゲイスも次第に苛立ちを募らせていく。


 今にも飛びかかって来そうだぞ、どうする騎士様! 今こそその高そうな剣を! 抜く時じゃないか!? どうなんだ!?


「手伝ってやろう、と言っているんだ」


「? あがっ!!!」


 疑問符の後、声を漏らしたのはゲビル。何故かゲイスは、全体重を掛けてゲビルの顔面を殴っていた。


───仲間割れ?

 鈍い音と共に数メートル宙を舞ったゲビルは、大地に降り立つと動かなくなった。気絶したみたいだ。超スッキリした。


「ゲイスお前、何してる!?」


「い、いや、俺は何も……」


「……“(まじな)い”か。光の魔力ね」


 突如起こった珍事について、リアムが俺にだけ聞こえる小声で解説してくれた。


 なるほど。騎士様は天使族とのハーフらしいので、光の魔力への造詣も深いのだろう。


 “(まじな)い”が何なのかはよく分からんが、とにかく騎士様はゲイスに何らかの魔法を使って操ったらしい。それだけ分かれば十分だ。十分怖い。


───いやそうじゃない! 剣だよ! 俺好きなんだけど!


「……博識だな」


「ふふ、光栄ね」


 おや騎士様にも聞こえてたのか、すごい小声だったのに。

 しかしそうしている間に、対峙する二人は武器を構えて臨戦態勢を取る。


 二人が握るのはいずれも剣だ。これは!! 抜くしか無いだろう!! そのなんか良い感じの剣を!! さぁ、抜けぇぇぇえええ!!


「武器か、それも良いだろう。こちらは素手で行こうか、殺してはいけない」


───んん抜かない!!!!

 何で? 逆にいつ抜くの? それもしかして飾りなの??


 ちなみに俺の剣は、完全な飾りだ。修学旅行の時に買った。


「舐めやがって! ゲイス!」


「……あぁしゃーねぇ、やるぞ!」


 二人のドワーフは本物の剣を握り、レイスへと斬りかかる。


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