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3話 狂っていたのかも知れない


「あの」


「ん? え……」


 俺は振り返って、戦慄した。


「……エルフ……?」


 人間離れした美貌。こういう人物に出会うのは二度目だ。


 腰まで伸ばした作り物のように美しい金髪。大人びた目鼻立ちはやや冷たい印象を与えるが、柔和な表情がそれを打ち消している。


 身長は百七十センチくらいか。見事な八頭身だ。


 年齢は人間として見るなら二十歳くらいに見えるけど、実際のところは分からない。エルフは長命なんだ。


「話があるのだけど、良いかしら……」


「ストップ」


「?」


 掌を見せてエルフの発言を制す。


「アイキャントスピークイングリッシュ」


 俺は、気圧されていた。美女が放つ、強烈なオーラに……!


 その理由は簡単で、まず相手は金髪エルフ美女だ。そして繰り返しになるが、彼女はエルフで即ち異種族だ。


 外国人女性。要するに、この二点だ。もう何を言ったら良いのか分からない。


「アイ……何?」


 もちろん俺の挙動が不振になってる理由は他にもあって、それは単純に異世界での経験則。


 美女とトラブルはセット。対応を誤れば、最悪死ぬ。


「あなた、この後時間はあるかしら? お話がしたいのだけど。もし暇ならお茶でもいかが?」


「すみません。えっと、マルチ商法なら間に合ってます」


 美女が街で俺に声を掛ける理由。考えるまでもなく詐欺だろう。その手には乗らない。


 俺は自覚している。


 この異世界で、ロクに魔法が使えない俺は明確に弱者だ。弱者は臆病にならなければならない。


「ふふ。急ぎの用が無いのなら、早速行きましょう」


「待って違う、間に合ってるってそういう意味じゃないです」


 新聞の勧誘とか断る時のありがちな日本語だったんだけど、文化の違いかな。異種族には通じないらしい。


「会えて良かったわ。お礼がしたかったのよ」


「……はい?」


 エルフは天使の微笑みで告げる。


「さっきは助けてくれてありがとう」


「それ一番聞きたくなかったやつだ……」


 フード付きの外套を脱いでいるが間違いない。さっき森で野盗に追われてたエルフだ。


「やっぱり気付いてたのね。何で知らんフリしたの?」


 正直気付いてた。でも知らぬ存ぜぬを通すつもりだった。


「いや、それは……」


 面倒な気配がしたからです。


「まぁ良いわ。とにかく行きましょう」


「なになに怖いんですけどどこ連れてく気ですかああ痛い痛い! 折れてます手首!」


 そうして俺は、やや暴力的に手を引かれるまま移動した。


「あの、もしかして……なんですけど」


 カフェに連れて行かれた。目的が分からない。正直気まずい。


 そもそも異性と話す時、男は何を言ったら良いのだろう。


 恋愛指南書によると……ふむふむ、女性と話すためにまずは身なりを整えて話題を集めていっぱい質問して共感して……えぇいまどろっこしい!!


 初手「結婚を前提にお願いします」安定っ!!


 俺は脳内で自己啓発本を投げ捨てた。


「昔、どこかで会ったことあります?」


「……もしかして口説いてる?」


───……なるほど、ナンパってこうやってやるのか。

 五億分の一くらいの可能性を信じて知り合いの線を疑ったが、違った。


 そしてまだ詐欺と思しき勧誘を受けていない。何だ、これは何の時間なんだ。


「初対面だと思うけど、初めて会った気がしないことには同意するわ。そういうことってあるそうよ? 例えば、そうね───」


 状況は混迷を極め、やがて迷宮へと片足を突っ込んだ頃、エルフが言った。


「───もしかしたら僕達、前世で会ってるのかもね」


 謝罪して訂正する。詐欺ではなく宗教の勧誘だったみたいだ。


 信仰は自由だけど、俺は宗教には入らないと決めてる。


───神が、“アレ(・・)”じゃあね。

 彼女の人生は茨の道になりそうだと愚考した。


「そうだ。あなた、明日の予定は?」


「うーん、仕事かな。ま、この手じゃロクな依頼(クエスト)受けれないだろうけど」


「ふーん───」


 俺は右手を見る。紫に腫れてる。やばい。


「───それ、付き合って上げましょうか?」


「え?」


「言ったでしょ? お礼がしたいのよ」


 さて困ったぞ。


「いや、いいよ。森で見つけた犯罪者を捕まえるのは冒険者の義務だし、その分の報酬も貰ったしね」


「で、その報酬はさっきの女の子にあげちゃったんでしょ?」


「……見てたの?」


 痛いとこ突いてきやがるな。


「あなた、ちょっと優し過ぎるわ。見てて心配になるくらい」


「いや本当大丈夫。これでも何とかやって来れてるし」


「……何を警戒しているの? それとも何か気に入らない事でもした?」


 エルフは首を傾げる。俺が何をこうまで訝しんでいるのか、さっぱり分からないとでも言いたげな表情(かお)で。


 確かに、理由も分からずこうまで拒絶されるのは不愉快かも知れない。


「……厄介な異種族の友達がいてね、その子がその……もう本当とにかく厄介なんだ」


「差別的ね。その子がどんな子か知らないけど、種族で僕の中身まで判断されるのは心外だわ」


「いや……悪いね、確かに君には関係ない話だった。ごめん」


 これは不味い流れだ。助けた側の俺が、気付いたら謝らされている。


 こういう手合いは大抵、


「……いいえ。こちらこそ、責めるようなことを言ってしまってごめんなさい。ただ、信じて欲しいの。僕はただ、あなたに“お礼”がしたいだけなのよ」


 こう言って罪悪感を誘って要求を飲ませて来るんだ。


 本当に不味い。俺は日本人だから、善意の申し出を無下にはできない。


「まぁ……そうだね。そういうことなら、お願いしようかな」


 俺は溜息を吐いて切り替える。


 彼女の言動に違和感は無いし、提案自体も悪くない。寧ろ喜ぶべきだ。


 超絶美形エルフの相棒。うん、控えめに言って最高。


「ふふ……決まりね」


 そうして翌日、俺達は約束通り仕事をした。その帰り。


「ねぇ、あなた、結婚とかしないの?」


 何気ない会話だった。


「まぁね」


「そう。人間はそういうの、早いって聞くけど?」


 エルフの時間感覚は分からない。


 しかし、千年を生きる彼女らからしたら、俺くらいの歳でパートナーを選ぶことはやはり”早い”のだろう。


 短命な人間を“そういうものだ”と一括りにし、万年発情期の猿とでも認識しているのだろうが残念だが俺は違う。


「良いんだ。俺はまだ、出会ってないからね」


「……誰と?」


 愚問だ。


「運命の人」


 ちなみに俺は、運命の出会いを信じてるタイプだ。


 神と魔法と異種族と詐欺が同居する異世界で、それだけ実在しないなんて事は無いだろう。認めない。


 今の俺を、ありのまま受け入れてくれるお姫様がいつか現れるはずだ。


 そう、何たってここは異世界(ファンタジー)なのだから……!


「そう、運命、ね……」


「あれ、馬鹿にした?」


「いいえ? でも、そうね」


 何かを確かめるように頷いた彼女は、その赤い瞳で俺を見据え、そして言った。


「僕が、なってあげましょうか?」


「……はい?」


 すぐには理解できなかった。


「運命の人」


 冷静に考えてみよう。


 街で出会った美女にいきなり求婚されたとする。まず詐欺を疑うだろう。彼女には俺を宗教に勧誘した前科もある。


「はは、冗談言ってる?」


 しかし、と思う。


「ダメかしら」


 それは相手の否定であると同時に、自分をも否定しているという事実の露呈である。


 配役を逆転させてみればいい。


 街で出会った美女にいきなり求婚する男。それは詐欺か? 宗教か? いいや愛だ!


 つまり要は即ち自分が!!


 “美しい”と確信しているか否かっ!!


 今! 俺が問われているのはそういうことだ!!!!


「……確か君、“付き合ってあげる”って言ったよね」


───エルフの嫁……。

 正気なら、その判断はしなかっただろう。


───異種族恋愛展開、アリだ……!

 しかし狂気に身を委ねなければ得られない何かがあるのだとしたら……。


「結婚を前提にお願いします!!」


 俺は、狂っていたのかも知れない。魔力なんてものが実在する異世界、“魔性の女”の次元も一つ違うのかも。


 こうして俺の人生という物語は大きく狂い始める。けど、実はそれ程悲観していない。強がりじゃないよ。発想を転換したんだ。


 そんな人生もまた一狂ってね。


「ふふ。よろしくね」


 この選択、俺の選んだ道が正しかったのかどうか。そんな事分からないしどうでもいい。


「うん。こちらこそ」


『真実とは、経験という試練に耐えるもののことである』

───アルベルト・アインシュタイン


 人生初心者の俺達は、その愛が嘘か真か、添い遂げてみるまで分からないのだから。



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