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35話 香ばしいね


「リー君、お久しぶりです」


 メイドエルフの言葉で、俺は我に帰る。そうか夢じゃなかったのか……。


「……その呼び方は辞めてくれないかしら。あらぬ誤解を生むわ」


 あとどうでも良いけど「リー君」ってやっぱリアムのことらしいね。


「承知しましたわ。それでは何とお呼びすれば良いでしょうか」


「リアム、そう呼んでくれれば構わないわ」


「ではそうさせて頂きます。リアム様」


 察するに、主従関係なのだ。故にメイド服なのだ。分かったのはそれだけだ。


「ご一緒にいらっしゃるという事は、そちらの方が?」


「よぉ……久しぶり?」


 少女は今日初めて俺を視界に入れたがその視線はやや険しい。


───待って、あの一件、どう考えても被害者は俺だからね?

 あらぬ誤解を抱かれている。


「紹介しておくわね。夫のシュートよ」


「どうも」


「なるほど、その方がリアム様の……」


「うん、そうだよ」


「ゴミですね」


「いいや、違うよ」


 夫とペットは大差ない。だがペットとゴミは断じて違う。


「今覚えましたわ」


「その派手な耳は飾りか?」


 顔に「覚える気は無い」とはっきり書いてあるね、良い度胸だ。


「まぁ、似た様なものね」


「いや納得するなよ、全然違うから」


 それは約束が違う。俺はペットだったはず。これは契約不履行だ……いや待て履行されても困るんだった。


「それで、本日のご用向きは?」


 少女は本題を促す。


 俺はゴミって事で方が付いたのかな? 本当、異文化交流って共通言語を作って距離を縮めていくのが大ゴミだよね。


「……あなたはこの薬屋で働いているの?」


「はい」


「そう」


 リアムは薬屋の外観を眺める。


「立派な店ね」


「恐縮ですわ。実は先日、建て替えたばかりですの」


 やたら豪奢な店構えは、イメージする薬屋の外観とギャップがあった。まぁ当然、ルーニアの城とは比べ物にならないんだけど。


「最近、薬の売れ行きが良いのです」


 考えるまでもなく、彼女の客引き効果だろう。


「先日は、隣町の病院の処方箋を持った方もいらっしゃいましたわ」


 彼女の詐欺の“被害者(エモノ)”。結構多いみたい。


「繁盛しているのね」


「えぇ。今朝いらしたご老人は随分と若返っておられました。冒険者として現役復帰されるみたいですわ」


 大丈夫? 合法の薬だよね?


「そう。あなたの薬があれば医者要らずだものね」


 言われて見上げると、隣に建つ病院が傾いて見えた。


 この病院のドクターは、治療の対価に法外な報酬を要求する悪徳医者と聞く。ざまぁないね。


「過分なお言葉ですわ。薬師には薬師の、医師には医師の領域がございます。なんでも、お隣の医師は“ゴッドハンド”などと呼ばれており、治せない病は無いとか……」


 この世界では、治療も魔法で行うから医者の腕には“センス”ってのが関わってくるんだけど、傾いてるのを見るに、“ゴッドハンド”は過言だったのかも。


「そう……でも所詮は噂よ。あまり人間の大言壮語に惑わされないようにね」


「はい……ご指導頂き、感謝申し上げます」


 主従関係っていうかもはや宗教染みてるな……教祖と信者みたいな。あれ、もしかして君も戦闘教の人?


「……話し込んでしまったわね。僕達この後仕事に行くの。回復薬をくれるかしら」


「承知しましたわ。少しお待ち下さいね、すぐに準備致しますわ」


 短いやり取りの後、少女が用意した回復薬を買い取った。


「ありがとう。それじゃあね」


「リアム様」


 歩き出したリアムを少女は呼び止める。


「お気を付け下さい。この街では物騒な話も多く聞きます。ゴロツキが増えているとか、通り魔が出ただとか」


 通り魔、ね。そういえば前に、ギルドで噂してる人が居たな。


「そう、忠告ありがとうね」


 異世界一不要な忠告じゃないかな。寧ろゴロツキや通り魔に「(リアム)には手を出すな」って忠告すべきだと思うよ俺はね。


「それともう一つ」


「何かしら?」


 まだ用があるらしく、少女は口を開く。その視線は俺に向けられていた。


「紹介された患者は無事回復致しましたわ」


「……そうなんだ、ありがとね」


「いえ、礼には及びませんわ。こちらこそ、大口の取引相手の紹介、感謝致します」


 言って、少女は頭を下げる。


「うん。それじゃ」


───存外、律儀な子なんだ。

 そんな事を思いながら、薬屋を後にした俺達はギルドへと向かった。


「あなた、彼女と知り合いだったのね」


「まぁね、色々あったんだよ」


「そう……もしかして、彼女があなたの言ってた“薬の妖精”?」


「うん。そうだよ」


 リアムの質問。引っ掛かる言い方だな……まぁ良いけど。


「君こそ、この街にエルフの知り合いなんか居たんだね」


「えぇ……まさか彼女がこの街に居るだなんて思っていなかったけどね」


「ふーん……香ばしいね」


「……何が?」


『そもそも人の街に来るエルフが少ないにゃあ』

 厄介なトラブルの香り。


「……ん? おい! 待て!」


 人通りの多い街道で、すれ違った人物に呼び止められた。


「なんだ? ……げっ」


 声に反射的に反応した俺は振り返って、そして顔を歪めた。そこに居たのは筋骨隆々で小柄な男。


 下卑た笑みを浮かべるその人物は、街の荒くれ者だった。


「雑用じゃねぇか! お前こんなとこで何してる?」


「よぉ、ゲビル……相変わらず君のお腹周りはブルジョワだね」


 この男はゲビル。異種族、ドワーフの冒険者。


 ドワーフとは、職人気質な種族。競争に拘らず、自身の技術の向上のみを追求する寡黙で堅実な種族。


 しかし、目の前の男にそんな様子は見られない。


 力を求めるドワーフの気質と、それを誇示する人間の性を併せ持った混血のハーフ。文字通り下卑(げび)た男。


 彼が腰に差す剣に注目する。ゴツゴツした派手な鍔に、無駄な装飾の施された柄。趣味の悪い意匠(デザイン)は彼の自己顕示欲そのものだ。


「おいゲビル、探したぞ」


「こんなとこに居たのかよ」


 新手の登場を察知し、俺は無意識に声のする方を見やる。そこには二人の小柄な男の姿があった。


 その二人もまたドワーフ。小柄だが厄介な気質を持ったゲビルのお友達。


 なんか、面倒な事になってきたな……。


 彼らは魔獣を狩る冒険者のパーティ。しかし、余り評判は良くない。

「おう悪い。知り合いが居たんで、話してたんだ」


「話? ……このエルフのねぇちゃんか?」


 男の一人がリアムに怪訝な視線を送る。コイツはゲイス。その名の通りの下衆。そして何より、


───臭っ!

 この男、風呂入ってんのか? こいつの体臭、およそ人から香っていい臭いじゃないぞ。


「マジか! ゲビルお前、いつの間にエルフの知り合いなんか作ったんだよ!」


 もう一人も食い付いた。コイツはゲーヒン。その名の通り下品な男。


「……まぁちょうど良いか。おいねぇちゃん、面貸せよ。悪い様にはしねぇからよ」


 ゲイスはリアムを口説いている様だ。


 しかし傍若無人な人格が災いし、ナンパどころかカツアゲになっている。


「悪いけど俺達この後仕事なんだ」


「なんだお前?」


 明らかに俺を見下した目でゲイスが言う。


 身長は俺の方が十センチ以上高いので実際には見上げている。俺はそんなゲイスを内心で馬鹿にして精神の安定を図る。


 バカめ。お前が今口説いてるエルフは実は男なんだよ……!


「消えろよ、お前。俺らはこのエルフのねぇちゃんに用があんだ」


「そうだぞ雑用。お前はもういい。消えろ」


───ふぅ……我慢、我慢だ俺。

 正直目の前の三人をボコるなど容易い。


 しかし街で揉め事は厳禁だ。騎士団が来ちゃうからね。ここは穏便に事を済ませたい。


「悪いけど、僕はゴブリンの言葉は分からないの。人語で話してちょうだい」


「待ってなんで積極的に揉めようとしてんの?」


 リアムは挑発しつつ、突如ジョブチェンジさせられたゴブリン三兄弟を見下ろす。


 ゴブリンとは、小学校低学年程の体格をした、人型だが低脳で醜悪な魔獣。良い例えだね。


「何だとテメェ!! ぶっ殺されてぇのか!!」


 あぁ怒っちゃった……。


「強気なエルフか、ふん……悪くねぇな」


 あ、ゲーヒンは嬉しそう。でも君、本当にそれで良いの?


 白昼堂々性癖暴露しちゃって……このままだと「ゴブリン」が褒め言葉になっちゃうよ?


「おいシュート、消えろって言っただろ」


「シュート……思い出したぞ!」


 その時、ゲビルの右隣にいたゲイスが何かに気付いた。


「コイツ、“魔力無し”のシュートじゃねぇか!!」



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