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34話 選択肢は三つ


 この世界の人間は魔力がある分、そもそも怪我をしにくいし怪我しても治りやすい。自分の魔力で応急処置できるから。


 しかし、漫画みたいな劇的な回復魔法は無理。他人の治療など素人には論外。傷口の止血とか切り傷の回復とかがせいぜいだ。


 だから冒険者をやるなら、薬草や回復薬の知識は最低限必要。魔獣の血とか、普通に毒入ってるからね。


「……確かこの辺りに評判の薬屋があるはずなのよ」


「へぇ、詳しいね」


───ん、薬屋?

 なんだろう、何かの違和感が頭を過ぎるが実態が無い。


「あぁここね」


「ほぇえ……」


 そこは、いかにも豪奢な店構えの薬屋だった。


「待っててちょうだい、買い物は僕が済ませるから……」


 言って、店先に向かったリアムの足がピタリと止まる。


───なんだ?

 俺は気になって店の中を覗いた。そして、目にした。


「いらっしゃいませ……あら?」


 いつか見た、草色の瞳。幼さの残る垂れ目がちの双眸。そして何より、


「……リー君?」


 細く伸びる特徴的な耳と、前世で夢にまで見たメイド服。


「何で、こんな所に……」


 俺の脳内は、走馬灯の如く駆け巡るあの日のトラウマで埋め尽くされた。そして、フラッシュバックした情景の恐ろしさに眩暈を覚えた。




☆☆★★★☆★☆




 俺が住んでいる部屋は、日本で言うところの賃貸に該当する。


 一人暮らしの住人を想定したワンルームの一室は、最近出来た同居人の存在によりやや手狭となっていた。


 しかし、住処を移す気はなかった。というか俺にそんな選択肢は無い。


 単純に金銭の余裕が無いのだ。引っ越しというのは、一大事業。それは日本の常識と同義で、軽はずみに決断出来る事ではなかった。


 だから、恐れていた。


 一人暮らし用のアパートに同居人を迎えている事。


 それにより生じる騒音、廃棄物の増加、共有スペースの汚染、その他のインシデント。住人の苦情、或いは管理業者からの通達。


 つまるところ、俺は住人トラブルの発生を心の底から恐れ、慄いていた。


『マルチ商法なら間に合ってます』


 俺はそっとインターフォンを切った。


 会話を強引に切り上げた俺は、ベッドに深く腰掛け、少女の言葉を反芻する。


『扉を開けて頂けませんか? そして生涯を共にする番の契りを結びましょう』


 こんな怖い事ってあるかな。


 俺は最初、突如現れた美少女を前にただ見惚れてた。インターフォン越しにガン見してた俺が、意識を取り戻したのは少女が動きを見せたからだ。


 少女はそっと、首を傾げたのだ。驚異的な愛らしさ。


 もしかしたら彼女は、ドアが開かない事に疑問を覚えたのかも知れない。


 あれ程の美少女の来訪とあれば、無機質なドアも自我を得て道を譲ってしまうのかも知れない。魔法がある異世界、十分あり得る。怖いね。


 しかし結果的に足止めを喰らう羽目になった彼女は、インターフォンに向かって語りかけ始めたのだった。


 初めは近隣住民の苦情かと思った。


 一人暮らし用の賃貸で同棲……苦情を貰っても仕方ない。しかし、語られたのは長大で難解な独り語り。めちゃくちゃ怖かった。


 メイド服でマルチ商法の勧誘……まぁ、あれ程の美少女になら進んで騙されてくれる人もいるのかも。前世でも“パパ活”とかあったし。彼女が生計を立てるための人柱となれる事を、自らの人生の幸福とする奇特な男性も居るのかも知れないが残念だが俺は違う。


 “生涯を共にする番の契り”、永続の奴隷契約の事かな? 皮肉にも間に合っている。


 詐欺まがいの勧誘、本当にムショ上がりだったりして。いやまさかね。


───ピンポーン

 安っぽい電子音がワンルームに響く。一日に二度インターフォンが鳴るのは、初めての経験かも知れない。


 さて、次なる来客は誰かな……。


『リー君、いらっしゃいますよね?』


『デジャヴか?』


 恐ろしく早い再放送にげんなりした。


 少女は変わらない笑顔で立っていて、


『……もしかして、体調を崩されているのですか?』


 身体の不調を心配された。え、何でそうなるの?


『いや、どこもかしこも悪くないね。全く全然これっぽっちも』


 覇気覇気と返答する。俺はすこぶる健康だ。うむ、今日も空気が美味い。


 あとさっきから連呼されてる「リー君」って誰だよ。俺を「シュー君」と呼ぶ猫耳少女なら知ってるけど、「リー君」なんて呼ばれた経験は未だかつて無い。


 つまりあれだ。彼女は、部屋を間違えたのだ。


 それを伝えてさっさと帰って貰おう。部屋を間違えた事を知ったら、彼女は赤面するかも知れない。


 ラッキーとでも思っておこう。


 その顔を盗み見るくらいは、迷惑料として受け取っても良いはずだからね。


『ねぇ君、部屋間違えてない?』


『リー君、居らっしゃいますよね? ここで会えるはずです』


 参った。新たな可能性が浮上してしまった。


 彼女の口振りから、目的の人物を俺と勘違いしている訳ではない事が分かった。そしてうちの同居人、名前はリアム。確かに「リー君」と呼ばれてもおかしくない。


 しかしその可能性は低い。限りなく。


 リアムは性別を偽っているのだ。そんな奴が、「リー君」などと周囲に呼ばせるか?


 答えは「否」だ。


 しかし考えても仕方ない。どちらにしろ、リアムは今この部屋に居ないのだ。俺の客でないならこれ以上話す事もない。


『何故邪魔をするのですか? ……もしかしてあなた、リー君に何かしたんですか?』


 美少女の表情(かお)が怒りで歪む。


───えぇやだ何この子めっちゃ怖い……。

 彼女の纏う怒気が陽炎となって視界を歪めている様な錯覚に陥った。


『……最後通告です。リー君を出して下さい』


『あの、だから人違いで……』


『……非合理なことですわね、残念です。そちらがそのつもりなら、こちらにも考えがあります』


 言って、彼女は考え(物理)を行使した。ドアが凄まじい衝撃を受け、轟音が部屋に響く。


───建物ごと揺れたか?

 恐ろしい。


 俺は目と耳を同時に疑い、そして最後に脳を疑った。


 この見るからに非力な美少女のどこに、そんな力が秘められていたのか。いいやそんな訳は無い、俺の脳がおかしくなったのだ。そうに違いない。頼むそうであってくれ。


『あの、本当に人違いで、俺の名前はシュートで……』


『リー君待っていて下さい! 今助けてあげますから! 体調が悪いのなら、回復も出来ます! わたくし、薬をたくさん持っていますの! 解熱剤鎮痛剤栄養剤整腸剤消化剤抗生剤興奮剤精力剤他にも必要とあらばこの場で調剤致しますわ!』


『詠唱かな?』


 突如、恐ろしい早口で薬剤の種類を列挙した彼女。


 薬物に関する魔法を使ったかに見えたが、その毒に冒されているのは寧ろ彼女の方ではないかとの疑念が残る。端的に言って狂っている。


『邪魔立てするゴミめ、掃除してやりますわ!』


『君はお掃除が得意なんだね、さっすがメイドさんだぁ』


 絶対に冗談を言っている場合ではないが、そうでもしなければ狂っちまいそうだった。


『あ、あのさ、本当にか勘違いなんだよ……は、話を聞いてくれない……?』


『リー君、覚えていますか? 幼い頃に贈った詩があったでしょう?』


『は、詩?』


『陽の君や 木の葉選ばず 照らせども 並ぶるがため 月と願わん』


『死ィィィイイイイイ!!』


 不味いヤバいダメだ詩を詠み始めたこれは本当にダメだ。


 詩人(ポエマー)だ。


 彼らは言葉をいたずらに口にするのではなく、それを溜めて、温めて練り上げて、詩に昇華してしまう性質がある。


 それは蓄積されたエネルギーの放流。詩と成り上がった時点で既に強力に圧縮され鍛え上げられた鋼の意志。


 地雷原だ。爆発待ったなしだ。


 対話は既に絶望的。そもそも俺なんかが話せる相手ではなかった。


 悟った俺は後退り、尻餅をつく。彼女の形相を見るに、俺が最初に着せた濡れ衣はあながち間違っていなかったのかも知れない。


───何で、こうなった……?

 俺の前に残された選択肢は、三つ。ドアが壊れるか、詐欺まがいの契約を結んで人生が壊れるか、この世のあらゆる薬を投与されて俺の人体が壊れるか。


『……ごめん』


 狂ってしまった少女を呆然と眺めていた俺は、呟く様に謝罪した。これから俺は、最終手段に手を染める。出来ればこの手段には頼りたくなかった。


 しかし、俺はあらゆる意味で弱者なのだ。昂る強者を前に、取り得る選択肢の数は少ない。


 俺はポケットから携帯通信器を取り出す。この番号を入力するのは二度の人生を通して初めてだ。そしてこの言葉を口にするのは、残りの人生を通して最後だと信じたい。


『……もしもし、ポリスメン?』


 恐らくこの後、少女にはつい先日出てきたばかりの古巣をもう一度訪ねてもらう事になるだろう。


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