表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/120

33話 人権無いなったわ


「ねぇ起きて、あなた、ご飯よ」


 目が覚めるとそこには見慣れた天井とエルフの姿。


「キャッキャ♪」


「パパー、朝だよー」


 そして頭に響く子供達の甲高い声。


『子供は三人、いえ四人欲しいわ』

 嫌な事を思い出しかけて背筋が凍る。


───何だっけ、何かやばい事があった様な。

 嫌だ思い出したくない。こんな時は二度寝に限る。


「うーん……あと五分」


「あなた、良い加減起きないと───」


 呆れたエルフが俺の方に歩いて来て、俺はその気配に薄く目を開く。そして驚愕に目を見張った。


「───鍛錬に遅れるわよ?」


「はにゃっ!?」


 そこに居たのは、金剛力士像だった。


 前世の修学旅行で一度だけ目にした歪な人外の筋肉。御丁寧にポーズまで再現されたそれが目の前にあった。


───分かった夢だな! 絶対にそうだな!!

 俺は腹筋に力を込め、次いで歯を食いしばる。そして、


「───起きろ!」


「ほぼおっ!!」


 怒号と共に、衝撃は背中に走った。あまりの痛みに目を見開くと、そこにはいつもの我が家と、険しいエルフの顔があった。


「……さっさと支度しろ」


 今日も今日とてごく自然に、我が家では暴力が容認されている。


「こ、金剛力士像は?」


「まずは顔を洗え。話はそれからだ」


 俺はエルフが俺の扱いに慣れつつある事に戦慄した。


「あれから丸一日経った。聞かせてもらうぞ」


「うーん、その前にお腹空いたしご飯食べたいなごめん嘘。話したいな話した過ぎるすぐ顔洗って準備するわ」


 お願いだから部屋でナイフの手入れ(意味深)をするのをやめて欲しい。


「……で? 昨日のあれは何だったんだ?」


「いや本当かくかくしかじかで何から話せば良いのやら」


 俺は説明した。主にマフィアの内部事情とそれに対する俺の作戦ついて。


 その間、時折真剣な表情で黙り込むリアムの姿が恐ろしかった。


 お願いだから、話を聞きながらナイフを弄ぶ(脅迫)のをやめて欲しい。


「……という感じなんだよね」


「……そうか。情報屋に、“薬の妖精”……まさかな……」


 なんかぶつぶつ独り言言ってる。恐ろしい。


───良いとか悪いとか、何でも良いから感想を言ってくれ……。

 今の精神状態なら、俺でナイフの試し斬り(殺意)をする事以外何でも受け入れてしまいそう。


「で、これが報酬と」


「うん、一千万あるんだけど」


 マフィアから受け取った謝礼金の一千万。その処遇は既に決していた。


「これを、僕に?」


「……足りない?」


 それはいくらなんでも強欲過ぎでは?


「いや、僕達は夫婦だ。つまりこれも共有財産、使い道は話し合って決めよう」


「え?」


 意外過ぎる提案。


「僕の素性は昨日お前が言った通りだ。これからもトラブルはあるだろうが、よろしく頼む」


「あのさ、特定商取引法第九条に“クーリング・オフ”というものがあっていけない! ナイフが刃こぼれしてるじゃないか! 今すぐ研がせてくれ!」


 俺は魔力で強化され妖しい光(即死攻撃)を放つナイフを無理矢理に取り上げる。


───潰れろ潰れろ潰れる潰れろ潰れろ潰れろ潰れる潰れろぉぉおお!!

 狭い廊下に出て、あらゆる工具で破壊(最高の手入れ)を試みるが、工具の方が返り討ちに遭うだけで傷も付かなかった。


 ペンチは刃を挟んで力を加えた瞬間に根本から折れ、金槌は刃に打ち付けたら何の抵抗も無く両断され、DIY用の小型ドリルは回転する度にその先端を削り取られていった。


───すっげぇや! 鉛筆削りみたいだ!!

 何この「絶対殺す用」のナイフ。


「シュート」


「ひゃいっ!」


 背後から肩を叩かれる。


「お前は条件を出して僕の協力を仰ぎ、そして僕はそれを飲んでお前を助けた」


「その節は本当にお世話になりましたね!」


 少しずつ手に力が込められていく。振り向く事も出来ない。


「取引は成立した。だから、よろしくな?」


「あ……」


 背後から手が伸びてきてナイフ(最高のコンディション)を取られる。


「よろしく、な?」


「い、いやぁ」


「手入れ、ありがとな。あぁそうだ」


 リアムは耳元で囁く。息がかかって痒い。背中が熱い。握られている肩が痛い。


「研いだ刃物の切れ味を確かめるまでが、職人の仕事だったか?」


「はーはっは!!! その必要は全く無いね、えぇ! 最高の仕上がりですわ!!」


「そう、それは良かったわ」


 エルフは妖しく微笑む。


「とはいえ、僕もまだまだね。犬が人の言葉を話すなんて。マフィアに説教した手前、僕も躾に気を払わないとね?」


「ワンワン! キャウン!!」


 俺は四つん這いでとっても愛らしい犬仕草(迫真)を披露する。強化魔法の実験台(人権無い)になるくらいならペットでいる方がマシだ。


「ふふ、よしよし」


 タダで餌を貰える程異世界のペットも楽ではない。


「これからもたぁっぷり躾けてあげますからねー」


 わろた。人権無いなった。




☆☆★★☆☆★☆




 状況を整理しよう。


 ご主人様と別行動を許された俺は、たまには身体を動かしときますかぁ……くらいの軽い気持ちで討伐依頼を受けた。


「ゲゲゲ……」


「よぉ、久しぶり」


 ターゲットはゴブリンの群れ。数はそれなり。


「ゲアァ!」


「はいはい」


 魔獣の行動は慣れれば読みやすい。


 どこを狙っているか、何をしようとしているか、聞かなくとも全部教えてくれる。


 そう、魔力でね。


 この世界では、生物は意志ある行動全てに魔力を伴ってしまう。それを察知して行動を予測するのが“魔力探知”で、俺はこれが結構得意だ。


 知能の低い魔獣は、魔力の扱いもゼロヒャクって具合に大雑把で分かりやすい。


「ガ……カカ……」


「ほい、一匹目」


 突っ込んできたゴブリンの首を、剣で串刺しにして始末する。残虐だね。


「グッガガ……」


「ほい二匹目」


 高度な知能を持つ人類は“魔法”を使う事ができる。


 身体や武器を強化したり、炎に変換したり結界を展開したりね。


 人それぞれ得意・不得意はあるけど、基本的に練習すれば誰でも習得できる。


「ガウァ……」


「ほい三匹目」


 ところが俺はこの魔法が使えない。使役(・・)可能な(・・・)魔力が(・・・)ほぼ(・・)ゼロ(・・)だからね。


 こんな生物は、歴史上でも一種(・・)しか確認されてないらしい。


 一回で良いから炎とか出してみたかったよマジで。


「ガッ!」


「ほい四匹目」


 逆に、魔力が少ない俺は隠密行動が得意だ。敵の魔力探知にかからず、行動が読まれない。


 だから敵の方が身体強化で速いのに、俺の方が先に動ける……けど、それもまた厄介な特性だ。


「グッ……ゴア……」


「ほい五匹目〜」


 風景に同化する程希薄な俺の気配は、見る人が見たら二度見必至の絶技らしい。


 目立たな過ぎて逆に目立つ。こんな矛盾は皮肉にもならない。


 だから俺は普段街で、ギリギリ一般人に見える程度に魔力を(・・・)加減(・・)して(・・)()んだよ。無駄な労力だね。


「ググゥ……」


「……お、やっと動いたね」


 ボス登場。


 今回のターゲットは成長した個体、ホブゴブリン。特徴は力こそパワー。筋肉が発達して脳に栄養が行かなくなったのか、ゴブリンの特徴である罠などの小細工を使用しない。


 もっと成長して魔力を蓄えると今度は魔法とか使い始めるんだけど、現状はデカいだけの脳筋。


 といってもデカさは強さで、一般的な認識において魔法が使えない俺が勝てる敵ではない。


「……グゲゲゲ」


「君はちょっと強いね───」


 そう、一般的には(・・・・・)


「───どうでも(・・・・)いい(・・)けど」


「グゲアアア……ガッ」


 大口を開けて、構えた棍棒を振り下ろすホブゴブリン。俺はその動きに剣を合わせ、敵の力のみで首を両断した。


 俺は剣の血を払い、鞘に収める。そしてポケットからおもちゃを取り出して、引き抜いた。


 バチン


「痛ってえええええええ!!」


 そして痛みと共に意識が回復する。


 俺の力(・・・)は思考が停止するのが難点だ。そして意識の回復にはきっかけが必要。痛みとかそういう。


 前はアリエラがぶん殴ってくれたけど、一人の時は自分で処理しないといけない。


 思考停止で道具使うの不安なんだよね……いつか失敗しそう。


「はぁ……」


 攻撃、防御、回復。この世界での戦いにおいて、魔法は重要なファクターと言える。


 相手の魔力を読んで行動を制し、自分は効率良く魔力を行使して敵を攻撃する。これが魔法戦闘の基礎理念であり、奥義に近い概念だ。


 だから、そもそも魔法が使えない俺には戦闘なんかできやしない……ってのが一般論なんだけど、この奥義を前提に考えた時、その認識は間違っている。


 ただ、俺の力が有効に働くのは、生き残りを賭けた“野生戦”である事が前提だ。


『シュー君は、“国”と戦えるかにゃ?』

 猫耳少女の意味深な発言。“国”、明確なようで不鮮明な、全体像が見えない得体の知れない存在。


 何で俺が国なんかと対立しないといけないのか。その理由は分かり切ってる。


 リアムだ。男のエルフには価値がある。


 おまけにアイツは何考えてるか分からん上に、何かをしでかし得る実力だけは持っている爆弾みたいな存在だ。それは敵も理解している。


どこ(・・)まで(・・)知ってる(・・・・)?』


『にゃ……“シュー君(・・・・)よりは(・・・)”』

 だから、俺と同じ結論(・・・・・・)()至った(・・・)はずだ(・・・)


 首輪でも付けないと(・・・・・・・・・)到底(・・)安心(・・)なんか(・・・)できや(・・・)しない(・・・)


 手っ取り早く俺が身を守るためには、アイツと手を切れば良い。でもそれはできない。


 得体の知れない敵()に怯えて、明確な脅威(リアム)と敵対するなんて馬鹿げてる。寧ろ得体の知れない敵()を牽制するためにも明確な脅威(リアム)とは手を組むべきだ。


 そして、敵もそれを望んでいる。


 俺達は、駆け引きの上で合意したんだ。俺が(・・)リアム(・・・)の首輪(・・・)になる(・・・)事を(・・)


 選択肢なんか最初から無かった。詰んでたんだ。


 そして問題は、駆け引きがどうやらまだ続いているらしい事。


 俺の力は強力だが恐ろしく使い勝手が悪い。“一対一なら絶対殺す力”。特徴は、メリットもデメリットも“殺す”こと。


 これが、“国”相手に通用するか……。


「……手札が足りないな」


 恐らく無理だ。駆け引きにならない。


 “対人戦”を前提とした時、“殺し”は明らかに禁止カードだ。


 “国”相手に“殺し”をチラつかせるなんて自殺行為もいい所だ。脅迫罪、殺人罪、いや場合によっては国家転覆罪か?


 いくらでも社会的に葬れる。


 対等な駆け引きどころか、同じ土俵に立つ事すら困難だ。見通しの悪い底辺にいては、盤面を見渡す事すらできやしない。


 クソッタレ。破壊するとか息巻いてたけど、現状じゃ誰が詐欺師かも分からない。


 手札が要る。人か、物か、情報か……何でもいい。手当たり次第、手っ取り早く手に入るものから揃えていくべきだ。


「上げるか……ランク(・・・)


 まずは地盤を固めよう。ペットなんかやってる場合じゃない。


面白いと思って頂けたら下の☆マークを押して評価をお願いします。執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ