31話 結婚詐欺なら間に合ってます
「シュートへ。助けてくれてありがとう。そしてウチのゴタゴタに巻き込んでしまってごめんなさい」
言葉は、想像するアリエラの顔と食い違って聞こえた。
彼女は少し、自己肯定感が低いらしい。
男の中で育ち、暴力が競われる環境に居た彼女は、女性的な個性を評価されてこなかったのだろう。仲間と肩を並べるため、強くあろうとした彼女は言葉遣いもやや男性的だった。
不器用なボディガードの罪は重い。
だから、その仮面を脱いだ言葉で綴られるこの手紙は彼女の本音だ。それが分かる冒頭の挨拶だった。
「私、考えたの。あなたと街で出会った時の事。そして思ったの。何で助けてくれたんだろう、って」
その言葉には違和感を覚える。別に俺は彼女を助けてなどいない。
「私、女の子っぽくないでしょう? 自分でも思うの。男に囲まれて育ったから、そういう影響をいっぱい受けてきたの」
───自分の事、「女の子」って言っちゃうんだ。
大人びた容姿に言葉遣いも手伝って年上に見えていたが、実際の所どうなんだろう。
しかし可愛らしい内容の手紙だ。無意識に微笑んでしまう。
「それに、うちはマフィアだから、悪い事もたくさんしてきたわ。そうしないといけないと思い込んでいたの。人を殴った事もあるし、武器を取引した事もあるし、普通の人が一生目にしない程のお金をポンと使う事もあるの」
───前言撤回、恐ろしい手紙だ。
犯罪の告白など、どう受け止めたら良いんだろう。
「普通の生活じゃないわよね。だから、分からなかったの。あなたが何でそこまでしてくれるのか。何で私を守ってくれるのか。最初は、全く分からなかったの」
ルーニアは手紙をめくる。
───まだ続きがあるのか。
本題に入ってすらいない。前置きの長い手紙は、何だか女の子っぽいな。
俺の中でアリエラの人物像がブレブレになっている。
「でもあの時、あなたが素手で剣を受け止めて私を庇ってくれた時、やっと分かったの。あなたは私の王子様で、私をこの世界から救い出してくれるために現れたんだって」
───ん?
違和感。
何だろう、雲行きが怪しくなってきた。
手紙は続く。
「そしてあなたは私の胸に触れてくれた。私は今まで、こんな世界で生きて来たから女として扱われて来なかったし、自分でもそんなふうに思った事が無かったの。だから、殴ってしまってごめんなさい。戸惑ってしまったの。あなたは私を求めてくれたのに」
───俺! そんな事したの!?
前言撤回、告白されたのは俺の犯罪についてだった。
マフィアの令嬢に手を出した俺、控えめに言って詰んでいる。
ルーニアは手紙をめくる。
「そしてあなたは愛を囁いてくれたよね。「鱗が綺麗だ」って。それは、私の父が母に贈ったプロポーズだって、何で知っていたの?」
そんなものは知らない。
俺は“ドラゴンみたいでカッコいい”と言った。曲解もここまで来るともはや錬金術だ。
手紙は続く。
「それでようやく分かったの。これは運命なんだって。私はあなたと結婚するんだって。心で分かったの」
───俺は人間なので、ドラゴンとは結婚出来ません。
俺は確かに、運命の出会いを信じているタイプだ。しかしこれではない。全然違う。
手紙は続く。
「でもごめんなさい。私はマフィア。それもボスの娘よ。すぐには堅気のあなたと一緒になれない。立場が違うもの、それも仕方ない事なの。分かってね」
───勝手に話を続けないで下さい。
願い下げだ。お願いだから取り下げて欲しい。
特定商取引法・第九条、“クーリング・オフ”をここに発動する。
冷やすのはもちろんお前の頭だ。
ルーニアは手紙をめくる。
「でもこう考えて欲しいの。これは試練だって。これを乗り越えて、二人の幸せを掴むんだって」
手紙は続く。
「私、これからたくさん勉強するわ。お嫁さんが何をするのか、男性は何をして欲しいのか。だから、あなたも私を想って待っていてね」
───よーし勉強だ! まずは俺の気持ちを勉強しよう!
一限目:道徳
───そしてそのトチ狂った思考に至る経緯を俺に教えてね!
二限目:心理学
手紙は続く。
「これからきっと、組織は更に大きくなるわ。あなたは強い。きっと大陸全土の裏社会を牛耳る組織になる。あなたがボスで、私はそのお嫁さんになるの」
会話とは、キャッチボールだ。それはボールを投げ合う行為だったはずだ。
謝罪しようではないか。
冗談という名の暴投を繰り返してしまったことは反省に値する。今からでも遅くない、やり直そう。
三限目:体育
だから、許してはもらえないだろうか。
お願いだから、お返しとばかりに関係ないバズーカ砲を持ち出して辺りを更地にするのはやめて欲しい。
ルーニアは手紙をめくる。
「二人で幸せな家庭を築きましょう。子供は三人、いえ四人欲しいわ。私達の宝物の名前、考えておいてね。……手紙は以上だにゃ」
言って、ルーニアは手紙を放り投げる。状況はどうしようもなく難解だが、一つだけ分かった事がある。
ルーニアは、嘘を吐いた。
彼女の投げ捨てた手紙にはまだ続きがあったんだ。便箋にして十枚以上。恐ろしい話だ。
そしてそれは既に、女性店員によって回収されてしまった。いったい何が書いてあったんだろう。
「まぁなんか、マフィアらしく薬の余韻で書いた薬中の空言みたいな内容だったにゃ」
状況は呆れる程に手遅れだ。
俺の何がそこまで彼女の琴線に触れたのか全く理解出来ないが、どうやら俺は化け物を一人生み出してしまったらしい。
「それにしても本当、シュー君は悪運が強いにゃ〜」
俺はとんでもない弱者だ。
保身のため予防線を張らずにはいられない臆病者。それなのに、目の前の面白そうなことには簡単に首を突っ込んでしまう愚か者。
俺は、「どうして」と嘆く。
何故、世界はこうも苛烈な試練ばかり俺に課すのか。
「闇の支配者とここまで早く、深く繋がれた者は少ないにゃ?」
『真実とは、経験という試練に耐えるもののことである』
───アルベルト・アインシュタイン
今決めた。
世界がそんなにも俺に“試練”を与えたがるのなら、望むところだ。
「あ、それと!」
男の娘エルフだろうが猫耳情報屋少女だろうがマフィア人魚美女だろうが鬼畜神だろうが、俺の“真実の愛”を試そうというなら真っ向から対立してやる。
「同封されてた婚姻届、シュー君の欄は代筆しといたにゃ!」
「結婚詐欺なら間に合ってます!!!」
全ての愛なき結婚は、この俺が破壊する。
あと1話で一章が完結致します。最後までお付き合い頂けると幸いです。




