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29話 猫の小判を受け取りに


「初めに思ったのは、何で鍵(・・・)だった(・・・)のか(・・)って事だ」


 俺はポケットから鍵を取り出す。


 “奴隷の腕輪”を外す鍵。初めて見た時、使い方が分からなかった鍵。


「なんで、“腕輪”じゃなかったの?」


 少女は意味深に微笑む。ま、すんなり返答が貰えるとも思ってないからそれで良い。


「やっぱり君は俺に用があったんだ」


「にゃあ……だから、いつも言ってるにゃ? あたしは自分からは動かないにゃ」


「そうだね。だから、“腕輪”じゃなくて“鍵”だった」


 情報屋の仕事、その基本姿勢は「待ち」だ。情報を欲する者が現れるのを待つ。そんな彼女が、何故、わざわざ俺に仕事を持ち込んだのか。


「“誰かに(・・・)頼まれた(・・・・)”って考えるのが自然だよね」


 俺が彼女に情報を(・・・)提供し(・・・)マフィア(・・・・)の動きを(・・・・)牽制した(・・・・)ように(・・・)


「にゃはっ! 鋭いにゃ〜」


 ルーニアは嗤う。話を聞くのが楽しくて仕方ないみたいに。


「それで? あたしは誰に、何を頼まれたのかにゃ?」


「これは想像だけど……マフィアには、裏に協力者が居たんじゃないかな?」


 “奴隷の腕輪”。確かに、原理は理解できる。でも技術的に実現可能とは思えない。無法者のマフィアなどには到底不可能だろう。


 何者か……凄まじく魔法に精通した協力者が居たと考えるのが自然だ。


「で、二者間の協力関係に何らかの致命的な不和が生じた……もしかしたらその協力者というのは、犯罪に加担している自覚が無かったのかも知れないね」


 土木工事の安全性向上を目的として発明されたダイナマイトが、戦争に利用されたように。


 その協力者からしたら、マフィアの計画した腕輪の運用方法は寝耳に水だったのかも知れない。


「そうしてマフィアを止めようと考えたその人物は、君に腕輪の情報を流し、君は鍵を俺に託した」


「にゃ、もしそうならギルドとかに頼むにゃ? 友達とはいえ、シュー君にそこまで期待しないにゃ」


「情報屋の君が、ギルドに? 面白い冗談だね」


 明言しないだろうが彼女は確実にマフィアと繋がっている。


 そんな関係の彼女が、マフィアの情報をギルドに流すなんてとんでもない裏切り行為だ。


「君は判断を俺に託し、間接的に問題を解決しようと考えた。その結果俺がギルドを頼るとしても、その方が自然だしね」


「ふーん。でも、それだったら最初からシュー君に腕輪を渡した方が早く解決出来たんじゃないのかにゃ?」


「はは……君がそれを言うの?」


 “情報屋”は、文字通り“情報”を売って“対価”を得る職業だ。


「“本体(うでわ)”と“付属品(かぎ)”じゃあ価値が全く違う。無一文の俺に、そんな高額な情報を渡せる訳がない」


 情報の価値=希少価値だ。インターネットで調べられる情報にはほとんど価値が無い。


 誰も知らない情報、或いは誰かがひた隠しにしている情報にこそ価値がある。


 マフィアはその浅慮によって学生(ルーク)を計画に巻き込んだ。それによって計画が外部に露呈した。


 知る人数が増えれば漏洩のリスクも高まる。奴らはルークを巻き込んだ時点で、その情報の価値を自ら引き下げてしまっていたんだ。


 だから情報屋は辛うじて、俺に鍵を渡す事ができた。


「なるほどにゃあ。じゃあ何で、シュー君に?」


「君は俺がこの件に関わることを知っていた。だから、それが確定(・・)した(・・)タイミングで、渡しに来た」


 彼女がこれを持ってきたタイミング。


 それは俺が(・・)結婚して(・・・・)離婚を(・・・)諦めた(・・・)翌朝だった。


「んで、思惑通り俺は首を突っ込むことになった」


「なんで自分で実行したのかにゃ? ギルドや騎士団を頼る手もあったはずだにゃ」


「頼るつもりだったよ。でも、“証拠”が出なかったんだ」


 ギルドを巻き込んで大事にする事は前提だった。そのためにルークには“探し物”なんて白々しい依頼書も書かせた。腕輪とその計画が表沙汰になった時、自然と彼らの協力が得られるように。


 ルークが嘘を言っていたとは思えない。でも実際に、あの拠点からは一つも腕輪が発見されなかった。


「舐めてたよ。“闇の情報網”ってやつをね」


 溜息を吐く。内心焦ってたんだ。敵が組織で全体像が明らかでない以上、時間は相手に利すると俺は考えた。


「で、俺はこっちから仕掛ける事にした」


 証拠が無い以上、ギルドも騎士団も踏み込めない。彼らに出来るのは予防がせいぜいだ。しかしそれは余りにコストが高い。


 あるかも分からないマフィアの脅威から、平凡な冒険者や学生を守るために彼らがどれだけ協力してくれるか……きっと多くを望むことはできない。


「過激だにゃ〜。何で攻める事にしたのかにゃ?」


「……君から聞いた(・・・)から(・・)だよ」


 そしてその程度の予防線、マフィアなら容易に踏み越えてくるだろう。


「“エルフが関わってる(・・・・・・・・・)”ってね」


 一歩踏み出す、それに足る動機(・・)さえ(・・)あれば(・・・)


「それが今回の抗争と、どう関係してるのかにゃ?」


「それを説明するためには、まずお嬢について話さないといけない」


「お嬢、かにゃ?」


「そうお嬢。街で出会って、話したんだよ」


 これは、完全な偶然だった。と、思う。


 ここまで仕組まれていたとしたら、それはもう「天晴れ」と言って手を叩くしかない。


「俺は彼女から、マフィア組織のトップが倒れている事、それにより、組織の派閥争いが起きていることを匂わされた」


「ふーん、それで?」


「そのお嬢が、何やらエルフを探していた。で、調べたら分かった」


「何かにゃ?」


 分かり切った答えを、それでも俺の口から聞きたいのだろう。彼女はただ俺の返答を待っている。


「”薬の妖精”。保守派はトップを治療出来るエルフを探していた。その目的が結果的に、過激派の目的と一致してしまったんだ」


 マフィアの派閥争いの争点、それはトップを治療したいかどうか。


「ふーん。過激派がエルフを探す理由は?」


「過激派は人身売買を企ててた……彼らにとって、エルフは商品として価値があった」


 こうして派閥争いの勝利条件(レギュレーション)は決した。


 保守派がエルフを見つければ、問題は解決。トップも変わらない。


 しかし、過激派がエルフを見つけたら、彼らは更に力を付けて恐らく実権を握ることになる。


「なるほどにゃあ」


 お嬢は“奴隷の腕輪”の計画を知らなかった。なら、過激派は“薬の妖精”の計画を知らなかったかも知れない。おじさんも、早々にリアムを諦めてお嬢(アリエラ)を追って来たし。


 だが、人が動けば痕跡が残る。アリエラがリアムに接触すれば、同じ組織に属する過激派がそれを察することは避けられない。


「狙われていると分かった以上、俺に“待ち”の選択肢は無かったんだよ」


 マフィアが送り込んだ刺客を、リアムは簡単に撃退してしまうだろう。そうなったら、マフィアがその情報網を駆使してリアムの弱点を探るのは自明。


 そうして俺に辿り着く。配偶者、手頃な人質として。


「俺の勝利条件は、“保守派が勝って過激派が人身売買を諦めること”」


 そうなったら、もう時間との戦いになるんだな〜。


「まずタイミングが重要だね。俺が一人の時にマフィアと接触したら負け」


「何でかにゃ?」


「保守派は俺自身には用がないからね。積極的に俺に接触してくるマフィアは総じて過激派だと推察できる。過激派が動いて保守派が動いてない時点で、俺は人質展開まっしぐらな訳よ」


「なるほどにゃ」


「だからそのタイミングはコントロールが必要だった。その上で逆に、過激派はある程度片付けないといけない」


「何でかにゃ?」


「相手は無法者だからね。およそ合理的な思考なんか期待できない。だから、“手を出したらタダじゃ済まない”って分からせとかないと、諦めてくれないだろうと思ったんだ」


「なるほどにゃ」


「あと、指輪を渡すタイミングはここだと直感した」


「それは本当に何でかにゃ?」


「俺が情報を流したらスタートの合図、よーいドンで保守派も過激派も動く。だから万一に備えて俺が人質に取られた時、助けに来てくれる程度には関係を結んどかないといけなかったんだよ」


「な……なるほどにゃ……?」


 ルーニアは首を傾げる。何でも知ってる、何でも想定内の情報屋が珍しいこともあるもんだ。


「……それで? 実際シュー君はどう動いたにゃ?」


「ここからは知っての通り」


 ここまでも、君の掌の上だろうけど。


「君に情報を売った」


 これが、俺が情報屋に仕掛けた“取引”だ。


「廃倉庫に現れるエルフの事。そしてその情報と引き換えに、依頼した」


「にゃ、シュー君はあたしに、マフィアにそれを流せって言ったにゃ。その意図は何かにゃ?」


「撒き餌だよ」


 ルーニアは、マフィアと繋がっている。彼女に情報を流している者が居るんだ。それを利用した。


「こっちから招待して、迎え討つ算段を付けた」


 俺が一人じゃないタイミングで、十分な戦力を用意し、過激派の実行部隊を蹴散らすために。


「んにゃ、それだとシュー君が言った通り、どっちが来るか分からないにゃ?」


 “どっち”とは、保守派と過激派の事だろう。


「どっちでも良かったんだ。俺にはお嬢が付いてたからね」


「なるほどにゃ」


 ルーニアに依頼した後、俺はアリエラに連絡した。そして伝えたんだ。「見極めてくれ」と。


「お嬢に一芝居打ってもらった。効果はまぁ、覿面だったよ」


「危ない事するにゃ〜」


 現れた大勢のマフィア。そのほとんどが過激派だったのは……笑うしかなかったけど。


「で、その場で言質を取って、あとは返り討ちにして騎士団に引き渡した……って感じかな」


「シュー君はすごいにゃ〜。話、面白かったにゃ」


 彼女はずっと、笑みを崩していない。最初から全て知っていたのだから当然だ。それは分かっている。


「次は俺の番だね」


 だからこそ、聞かなければならない。


リアムについて(・・・・・・・)どこ(・・)まで(・・)知ってる(・・・・)?」


『シュー君、エルフに興味あるんだにゃ?』

 彼女の言葉を思い出す。


 考える程、違和感のある言葉だ。俺の結婚を知っている、戸籍謄本を読破しているであろう彼女にあるまじき発言だ。


「にゃ……“シュー君(・・・・)よりは(・・・)”。それ以上は言えないにゃ」


 彼女は今日、初めて目を伏せる。


「……そっか」


 こりゃ面倒なことになったな。


「それともう一つ。これはおまけみたいなものだから、聞き流してくれて良いにゃ」


「ん?」


 ルーニアは更に情報をくれると言う。


三日だにゃ(・・・・・)。だから、もし話したければ二日後の夜に会いに行くと良いにゃ〜」


「……そっか。ありがと」


 どこまでも、食えない黒猫だ。


「……じゃあ俺からももう一つ」


 俺は溜息を吐き、再度言葉に力を込める。まだ、俺の一日は終わっていない。


「”猫の小判を(・・・・・)受け取り(・・・・)に来た(・・・)”」


 戦いを清算しなければ、終わってくれないんだ。



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