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28話 和風庭園


 俺は十二時間くらい爆睡ぶちかましてから家を出た。


 そうして傾きかけた陽が茜色に染める街道を、目的地に向けてまっすぐ歩いていく。辿り着いたのは、街一番と評判の高級レストラン。


───まるで城みたいだ。

 入り口の如何にも重厚な扉の前に立つと、いかついドアマンが無言で扉を開けてくれる。ありがたい。


「こんばんは。ようこそお越し下さいました」


 中に入ると女性店員に声を掛けられる。ちょっと怖い。


「ご来店ありがとうございます。お客様、本日ご予約はございますか?」


「うん」


 もちろん無い。


 そもそも、やたら豪奢なこの店に俺が食事をしに来る事などない。有り得ない。釣り合っていない。


 飲食店など、駅前の喫茶店がギリだ。格式の高いレストランなど居心地が悪いだけで何を食っても多分不味い。マナーも守れない。


猫の小判を(・・・・・)受け取りに(・・・・・)


「……大変失礼致しました」


 謝られた。めっちゃ怖い。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 店員の女性は恭しく礼をすると、俺を先導して歩き始める。


───どうしよう、絶望的に場違いだ。

 TPOという言葉がある。


 俺はここが超高級レストランだと知っていたのに、何故Tシャツで来てしまったのか……そしてドアマンは何故、ドレスコードもなってない俺を通してくれたのか……。


 広い店内は、パーティ会場かの如く───パーティなんか行った事ないけど───いくつものテーブルが置かれ、席につく身嗜みの整った紳士・淑女が穏やかに歓談していた。BGMはジャズ。品がある。


 そんな店内を壁伝いに歩き、扉を潜る。


 扉の奥は、個室スペースとなっている。パーティ会場のテーブル席より少し多く金を出せば座れたはず。


 子供の声が聞こえるな。ブルジョワ家族の記念日とか? 場違いだし多分今後も縁が無いだろうね。


 その区画をも通り過ぎて階段に差し掛かる。


 二階は確か、VIPルームだ。このクソでかい城みたいな店の二階には、個室が三つしか無い。


 マスターがその場で料理を提供してくれるタイプの個室で、政治家や組織の重役、その他の支配者クラスの人間しか訪れない空間らしいんだけどあれ、俺Tシャツの冒険者だけど大丈夫そ?


 真っ直ぐに伸びる通路は、壁や天井の装飾が無駄に豪華で逆に下品に感じた。いよいよ縁が無いどころか異次元だな。


 その通路を歩き過ぎるとまた扉に差し掛かり、それを潜るとまた階段があった。


───二つも扉を開けてくれてありがとう。

 心中で礼を言う。女性店員は礼儀作法が極まり過ぎていてもはや無機物だ。表情が変わらなさ過ぎて、もしかして息もしていないのでは?


 そして訪れた三階。


「───こちらです」


 両開きの三つ目の扉を開け、振り返った女性店員は恭しく礼をする。


「お時間の許す限り、ゆっくりとお過ごし下さい」


 今すぐに帰りたかった。


 しかしそうも言っていられない俺は、案内された部屋へと歩みを進める。そこは、品があると言うには些か違和感の混じる空間だった。


「洋風の城の三階に、庭園付きの和室か」


───これは本当に文字通りの異世界だね。

 品があると言うよりは、風情があると言いたくなる光景。


 小上がりの前で汚い靴を脱ぐ。するとすぐさま女性店員がそれを持ち去ってしまった。


───どうしよう、帰れなくなっちゃいました。

 人質を取られた気分だ。


 諦めと同時に覚悟を決めた俺は、広い───柔道の試合とか出来そう───和室を奥の庭園に向かって歩く。


 そしてその縁側───屋内なのに庭がある、木が植えられている、川が流れている!!───に居た少女に声を掛けた。


 黒髪をツーサイドアップにまとめた褐色肌の猫耳少女。


「隣、良いかな?」


 そうして俺は、ことの元凶と思しき人物と対峙する。


「……」


 しかし少女は返事どころか顔も向けてくれない。


「……隣、良いですか?」


「……」


「あの、隣……よろしいでございますでしょうか?」


「……」


───言い方違ったかも知れんけど許してよ! 無言はやめてよ!! 無視しないでよ!!!

 俺がこの城で義務付けられている発言、もとい合言葉はこの二つだけだ。


 それが通用しないとはこれ如何に。


「……遅刻」


 そっぽを向いたまま少女はそれだけ口にした。あ、怒ってますね。「にゃ」って言わない時はだいたいそう。


 どうやら俺の到着が遅かった事を咎めているらしい。そういえば女性店員も「お待ちしておりました」って言ってたな。


───でも! 時間とか決めてなかったし! 眠かったし!!

 人間には理性で抗えない欲求が最低でも三つある。


「……遅れて悪かったよ。謝るから、機嫌直してくれない?」


「シュー君はあたしと話したく無いんだにゃ」


───そんな事ないです今すぐ話したいです!

 そしてさっさと帰って寝たい。


「遅れてごめん、ルーニア。お願いだから話をさせて欲しい」


 するとゆっくりと猫耳少女は俺の方を向く。


「そこまで言うなら、仕方ないかにゃ」


 その表情がいつもの妖しい笑みである事に、不覚にも安心してしまう。


「座って良い? まだ結構疲れてるんだ」


「ん、くつろいで行くと良いにゃ」


 いつの間にか機嫌が戻っている。本当に猫みたいに気まぐれな少女だ。


 そして俺が隣に腰掛けると、いつの間にか背後に立っていた女性店員がお盆に乗せたお茶を二人の間に置く。そうしてまた静かな足取りで歩き去っていった。


「それにしても、昨日シュー君が会いに来た時はびっくりしたにゃ」


「急いでたんだよ」


 俺は昨夜、二人の人物と接触した。一人はアリエラ。彼女とは貰った紙切れを頼りに電話した。


 そしてもう一人がこの猫耳少女だ。


「で、どうだったかにゃ?」


「お陰様でこの通り……いやまぁ首の皮一枚、って感じかな」


「にゃはっ! それは良かったにゃ」


 昨夜、家を飛び出した俺は真っ直ぐにこの城に向かい、門を叩いた。ここが彼女の根城とは知っていた。というか教えられていた。なんなら何度か拉致られて連れてこられた事もあった。


「じゃあ、約束通り話してくれるかにゃ?」


「うん。と言っても、大した話もないんだけど」


 少女は俺の目の奥を見据えて問い掛ける。


「事の顛末について。きっかけから教えて欲しいにゃ」



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