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27話 それ、負けるやつのセリフだよ


「ぶぁっふぁ!!」


 顔面に激痛が走り、俺は手放し掛けていた意識を繋ぎ止めた。


 俺の全力は我ながら強力だが、意識と共に思考力が低下するのが難点だ。


「……あ、アリエラ、無事だったんだね。ん? ……痛ってぇぇぇえええ!!」


 正気を取り戻した俺は、違和感を感じて自らの左手を確認する。


 そこにはなんと、剣が刺さっていたっ!!


 正気を取り戻したタイミングで痛覚も正常に復旧したらしく、激痛が掌に走った。


───手、痛い……! 顔、痛いっ!!

 満身創痍。


「……なんだ、どうしたんだ急に……?」


 アリエラは胸を両腕で抱き締める様にして隠し、俺に怪訝な視線を向けている。


「ふぅ……俺、ちょっと変わった体質でさ……何か悪い事した?」


「お、お前がさっき私の胸を……! ……まぁ良い。手当てをしよう」


「うん、助かるよ」


 見ると、先程までアリエラを取り囲んでいた男達は皆倒れ伏していた。どうやら上手くいった様だ。


───中学生が喜びそうな展開……。

 ザワっときて気付いたら皆血を流して倒れてるやつ。


「手を出せ……何だ、軽傷じゃないか」


 アリエラの言う通り、剣の刃を握り込んだにしては随分小さい切り傷しか付いていない。


「ま、そういう体質なんだよ」


「そうか。深くは聞かないでおこう」


 流石、闇に生きる人間は物分かりが良くて助かる。


「……ん?」


 アリエラは自らの着ているワイシャツの袖、白い長袖をちぎって俺の左手の傷に巻いてくれた。


「……それ」


「……あぁ、気になるか?」


 そして、見てしまった。


 以前、俺は彼女の背には、和彫の昇り龍が居るのかも知れないと考えていた。しかし、実際は違った様だ。


「まぁ、そういう体質、といったところだな」


 言って、アリエラは苦笑する。


 彼女の腕を覆うのは刺青ではない。艶のあるそれは、正真正銘の鱗だった。


「……もしかして、君のお母さんって……」


「正解だ……お前、本当に何でも分かるんだな」


 以前、喫茶店で話した時に言っていた言葉、“人魚を食って不死身になった”オヤジ。


 なんの事はない。そういう意味の“食った”だったのだ。


 それならアリエラの容姿、その美しさも頷ける。


「何で、隠してたの?」


「私は昔から変化(へんげ)の魔法が苦手でな、幼い頃はよくこの肌を揶揄(からか)われた。美しい母から受け継いだこの肌を笑われる事は喜べない」


「……そっか」


 彼女にも流れているのだろう。美しさで人を惑わし海へ連れ去るとも、その血肉を喰らった者に不死身の肉体を与えるとも言い伝えられる、人魚族の血が。


「……でも、良かったね」


「何がだ?」


「綺麗な鱗貰えてさ」


「なっ……!!」


───艶のある鱗、ドラゴンみたいでかっこいいね。

 俺も、刺青とか入れてみようかな。


「……シュート、お前、その言葉は……」


「……ん? 危ないっ!」


「っ!?!?!?」


 アリエラの手を引いて抱き寄せる。すると、先程までアリエラがいた空間を見えない何かが通過した。


 アリエラは驚いた様子を見せたが、すぐに切り替えて鋭い視線を宙空に送る。


「おや、俺の“隠蔽”を見切るとはなかなかやるな」


 何もないところから、声だけが聞こえる。


「……俺も得意なんだよね、それ。けど、姿見せちゃって良かったの?」


「問題ない。一思いに殺されなかったことを後悔させてやろう」


「ぷっ……失礼。でも言葉に気を付けた方がいいよ。日本語じゃそれ、死亡フラグだから」


「グレイス……!」


 隣から聞こえるアリエラの声がヤバい。ヤクザモード入ってるな完全に。


「……それは若者の言葉か?」


「そう、“負けるやつのセリフ”って意味だよ」


「覚えておこう。俺の辞書には載っていなくてな、礼を言う」


「いいね、そういう態度。好まれるよ」


 ボス戦か。まぁこういう展開も悪くない。


「でも、残念だけどおじさんは退場だ。逃げられないよ。リアム(あいつ)、最強だからね。最強、これは知ってるよね?」


「あぁ知っているとも。だが見たところ、君は弱そうだ」


 おじさんは剣を構える。うん、なかなか鍛えてるね。


「第一印象の話? おじさん戦いの前に自己紹介とかしたい人? 律儀だね、でも俺そういうの嫌いなんだ」


「そう言わず、生きている内に教えてくれないか。計画が漏れた以上、君の身辺も洗わないといけないからな」


「っ! この男には手を出すなっ!」


 アリエラはずっと怒ってる。まぁ分かる。おじさんはずっと彼女を蔑ろにしているんだ。


「はぁ……面倒臭いな。俺が、最初に思ったのは───」


 まるで、居ない者として扱ってるみたいに。


「───おじさん、頭悪そうだなって事だ。馬鹿はものを知らないから困るよね」


 そういうの、腹立つんだよね。


「立つ瀬がないな。ちなみに、俺の辞書には敗北という言葉も無いんだ。すまないな」


「じゃあ追記しておくと良いよ。余白が埋まって良かったね」


「シュート、下がっていろ……! これは私の仕事だ」


「……うん。それが良いと思うよ」


「なんだ? また女の影に隠れるのか? 大口を叩くわりに小心者のようだな」


「はは、まぁ日頃一番暗いとこに隠れてコソコソやってる奴が、どの口で言ってんだって話だけどね」


───大人しく逃げれば良かったのに。


「リアムから逃げて来た雑魚だよ。君の敵じゃない」


「あぁ」


 アリエラは静かに短剣を構える。その表情を見て、俺は少し安心した。先程までの動揺や怒り、無駄な雑念は消え去っている。


「グレイス。私はエテルニアを束ねる者として、ボスの娘として、お前の裏切りを許さない」


「そうか……ではお嬢様、短い付き合いだったがさよならだ」


 アリエラは魔力を解放する。うおぉ、思ったよりだいぶすごい。


「あぁ、ケジメだ。悪いが手加減はしないぞ」


「お嬢様、ままごとはもう終わりだ。お片付けをしよう」


 グレイスも姿勢を変え、腰を低く構える。


 彼はその容姿から見て恐らく、純粋な人間。よって、火の特性の魔力を持っているはずだ。


 そんな奴が、勝てる訳がないのにね。


「お前を殺して、組織は俺がもらう。“イスタンテ”、今日からそれが俺達の名だ。死ね! “業火(デライズ)”!!」


 グレイスは炎魔法を唱える。雑魚の扱うそれとは一線を画す規模の火球。


 だが、関係無い。


「残念だが、私は死なない」


 彼女には、結界すら必要ない。


「不死身のボスの娘だからな」


 アリエラの短剣、その二つ目の魔石が青く輝く。彼女は、扱えるんだ。


「な……っ! ぐあおっぼぼ……!!」


 炎を寄せ付けない、水の魔法を。


 グレイスの火球を洗い流して余りある激流は、彼を飲み込んでなお勢いよく流れる。


「哀れな男だ」


───かっこいい……。

 振り向いたアリエラの姿は、その容姿の美しさも手伝って、任侠モノの映画のワンシーンにしか見えなかった。


「ぐぶぶっ! くぉのぉぉおお!」


 しかし、水自体に殺傷能力は少ない。


 身体強化、結界、炎魔法、あらゆる手段で対抗し激流から何とか逃れたグレイスは、辛うじて手放さなかった剣を手にアリエラの背に斬り掛かる。


「はぁ、はぁ……死ねぇ!」


 刹那、高速で移動してきた何かが二人の間に割って入る。


「……ジークか」


 アリエラは呟く。現れたのはボディガードだった。


「どけ! お前も!」


 グレイスとジークは互いの剣をぶつけ合う。


「目障りだったんだ!」


 そしてグレイスの剣がジークの肩口を捉えた。


 二人の扱う武器、剣と短剣ではリーチの差で圧倒的にグレイスが有利だった。


 そしてその切れた袖口から見えたのが、


───あぁ、こっちは刺青だね。

 青い鱗だった。


 アリエラと初めて会った時から感じていた事がある。彼女は些か、自己肯定感が低いんだ。


 マフィアという特殊な家庭に生まれ、自身は人魚とのハーフ。周りは無骨な男ばかり。


 女性らしい、女の子らしい個性などが評価される環境は無く、それどころか種族差別的な扱いも受けていたのだろう。容易に想像出来る。


 そしてその中で、彼女は焦りを感じたんだ。自分は組織の、家族の役に立てているのか。トップが倒れ、荒れる組織をまとめる事が出来るのか。


 そんな焦りが、彼女をこの物騒な情勢下での単独行動へと駆り立てた。


 しかし、と思う。男達はアリエラをどう思っていたのだろう。どう、想っていたのだろう。


 その答えが、ボディガードの身体に青く刻まれていた。酷く無骨で、不器用な感情表現だ。


 そしてそれが分かった今、勝敗は決したも同然だった。


「グレイスてめぇ……」


───この世界は、愛に満ちている。


「お嬢に気安く手ぇ出してんじゃねぇぞ!!」


 グレイスの剣を短剣で弾き、ジークは突き上げた膝をグレイスの鳩尾へと深くめり込ませる。


「かっ……はぁ……」


 倒れ伏したグレイスは、しばらく痙攣していたがやがて動かなくなった。気を失ったのだろう。


「……ジーク。手を出すなと言ったはずだぞ」


「いいえお嬢。出したのは膝でさぁ」


───そりゃ、視線から感情なんか読めない訳だ。

 著しく不器用。しかし、確かに二人を結ぶ絆。


 彼らは、深い信頼関係で結ばれている。だから、当然なんだ。この結果も。


「とりあえずこれで一件落着、かな。ありがとね、二人とも」


 愛が、立ちはだかる障害程度に屈するはずがないんだから。



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