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26話 一緒に潰さない?


『もしもし、シュートです。アリエラさんですか?』


 混戦の最中、昨夜の青年の言葉を思い出す。


『あぁそうだ。どうした?』


『あの、少し話があって』


 彼と出会ったのは、路地に構える一つの拠点。そこに居る構成員に絡まれているフリ(・・)をしていた時、彼は現れた。


『話、か。悪いが今は忙しいんだ』


 不思議な男だった。まず、気配が限りなく薄いのだ。


 私とてマフィアの端くれだ。気配を断ち暗躍する術は身に付けているが、彼のそれは次元が違った。


 まるで、そこに居ないかのような……一切(・・)魔力を(・・・)持たない(・・・・)者の気配だった。そんなことはあり得ない。


 そして、物陰に隠れていたはずの彼は私の前に現れた。


 あれだけの隠密能力だ。隠れてやり過ごすなど造作も無かったはずが、彼は表に出て言ったのだ。


「やめろ」と。まるで、絡まれている私を助けるかの如く。


『はい、分かってます。だから話ってのは、君の組織(・・・・)に関する(・・・・)こと(・・)です』


『……何?』


 とんだお人好しだと思った。だが、不思議と悪い気はしなかった。


 だからだろうか。


 今の時勢を鑑みれば、関わりは避けるべきだった。私のためにも、彼のためにも……そう思っていたはずなのに、気付いたら自分から連絡先を教えていた。


『すいません、全部を説明している暇は無いので要件だけ』


 そして、彼は私に連絡してきたのだ。


『今夜、エルフ(・・・)の情報(・・・)が入ったら(・・・・・)俺に(・・)連絡を(・・・)下さい(・・・)


『……は?』


『それじゃ!』


『おい! 待て!』


 内容は意味不明なものだった。しかし実際にエルフの情報は舞い込み、組織が動くことになった。


 だからすぐに連絡した。強烈な不安に駆られたのだ。


『早かったね』


『あぁ、驚いたぞ』


 彼が、巻き込まれてしまわないかと。


『まずはおめでとう。アリエラ、君は合格だ』


『は? 何を言ってる? いやいい、とにかく場所を教えろ。こちらで保護する』


『最初に思ったのは、なんで(・・・)お嬢様が(・・・・)絡まれ(・・・)てたのか(・・・・)ってことだ』


『……何が言いたい?』


 しかし私は続く彼の話を聞いて、自分が大きな思い違いをしていたことに気付く。


『組織内の怪しい拠点を発見した君は、単身で踏み込んだ』


『あぁ、そうだ』


『で、案の定様子がおかしかった』


 そう、その通りだ。


彼らは(・・・)君を一般人(・・・・・)として(・・・)扱った(・・・)。あり得ないよね。上司の娘なのに』


 確かに私は一部の構成員に舐められている。しかしそれでも、あんな絡まれ方をする程ではない。


 だから、何かがおかしいと思った。


『で、彼らの態度に違和感を感じた君は、彼らの演技に付き合って一般人を演じた。手を出されたら現行犯で始末できるしね。拠点を調べるならその後でも良い』


『……だが、お前が現れて話が変わった』


『そうだね。けどその前に、君には誤算があった』


 奥歯を噛み締める。彼の言う通りだ。


『“奴隷の腕輪”。いや本当危なかったね』


 そんなことも知っているのか。いったい、彼はどこまで……。


『あぁ。礼を言う』


 結果的に、彼が現れたことで私は探りを中止してことなきを得た。しかしあのまま続けていたら、何かの拍子に私は奴隷にされていたことだろう。


『話はこれくらいで良いだろう。迎えを出す。どこに居るんだ?』


『いや、まだ話は終わりじゃないんだ。それに申し出は嬉しいんだけど……実は俺、ちょっと君のとこの“過激派”と揉めてるんだよね』


『……命知らずにも程があるぞ』


 話を聞いて、私は理解してしまう。


『それはお互い様だけどね。で、君の意見が聞きたいんだよ。まぁ色々省略すると要するに───』


 彼に対する心配が、全く意味の無いものだった事。


『─── 一緒に潰さない?』


 彼が、私などには到底計り知れない存在であった事を。




★☆★★☆☆★☆




 物語のヒロインに憧れた時期が自分にもあった。


 母は美しく、強く、賢かった。そんな母に似ていると評される事が何よりも嬉しくて、自分も大きくなったら母のようになれるのだと無邪気に信じていた。


 父は気高く、勇猛で、人望があった。素直に尊敬していた。そしていつか自分も母のように成長すれば、父のような人と一緒になれるのだと信じて疑わなかった。


 男達は私を可愛がってくれた。皆、家族だと思っていた。


 認識を改めたのは七歳の時だ。学校で、私はいじめられた。


 揶揄われたのだ。母から受け継いだ容姿、私の誇りを。私はどうしようもなく傷付いたが、どうすることもできなかった。


 しかしある日、学校に行くとその子達の姿が消えていた。学校どころか、街でも見かけない。


 それどころか、皆の記憶からも消えてしまったかのように、話題にも上がらなくなった。


 周囲から向けられる、“恐れ”を含んだ目。組織(かぞく)について理解したのは、八歳の時だった。


「シュート……」


 現在、目の前では一人の青年が武装した男達を相手に圧倒していた。


「あがっ」


「ぐふっ」


「こんのっ! ぐあ……」


 動きは極めて単純で自然だ。一歩引いて剣を躱す。身体を捻って拳を躱す。


「くらえ! “業火(デライズ)”!」


「なっ何を……ぎゃああああ!!」


 敵を盾に魔法を躱す。


 無駄の無い体捌き。多勢を相手に、大立ち回りをしているのはシュートの方だ。しかし荒ぶっているのは敵の男達で、シュートから殺意は感じない。


 その表情(かお)は、何も思っていないかの如く虚だった。


 俯瞰して見ているからこそ分かる。


 彼はただ単純に、身を守っているのだ。


 触れさせない程徹底的に、立ち上がらせない程過剰なまでに。


「この……がっ!!」


「っ!! もういい!」


 立ち上がろうとする男のこめかみを蹴り抜いたシュートを、私はたまらず止める。


 私に群がってきた男達は、全て彼が返り討ちにした。動ける者は一人もいない。


「もう……終わった(・・・・)……!」


 彼の身体を、私は強く抱きしめる。


「……落ち着いたか?」


 問い掛けるが、返事がない。恐る恐る身体を離すと、彼の表情は変わらず虚無だった。


「お前、見かけによらず無茶するんだな」


 呆れる程の戦闘力。しかし、その実態は過剰なまでの防衛力だった。彼はいったい、何を守ろうとしているのか。まるで、何かに怯えているかのようだ。


「ほら、手を出せ。刃を握ってそのまま振り回すなんて……血が出てるじゃないか」


 彼の心情は計り知れない。それを抱えるに至った経緯も。


「……何とか言えよ……シュート?」


「……アリ……くる……」


 彼は何かを言おうとしているようだが、口が動いていない。


「何?」


「……くる……な」


「……なっ!!」


 彼は私に手を伸ばす。それが胸に当たった瞬間、


「どこ触ってる!!」


「ぶぁっふぁ!!」


 私は反射的に動いた。


 気付いたら私は彼の顔面を殴り飛ばしていた。


 しかし不思議だ。その戦闘力を考えれば簡単に避けられたはずの私の拳を、彼は何故か正面から受けたのだ。


 そして気の抜けた声を上げて尻餅をついた彼を見下ろして、気付く。


───顔が……熱い……。

 懐かしい感覚だ。これは幼い頃、物語で初めてキスシーンを見た時の感覚に似ていると思った。




☆☆☆★★☆★☆




「……どうなってる……いったい、何が起きた……?」


 目の前の現状に、返事の期待できない疑問を口にする。


───五十もの戦力が、一瞬で?

 連れてきた配下は、全て俺の部下だ。俺の直属の部下。


 先の捨て駒とは訳が違う。武器の扱いに優れ、巧みに魔法を使用し、個人でそこらの冒険者パーティを圧倒できる程の実力者達。


「ふぅ……残り四人か、少ないわね」


 それが一方的に蹂躙され、残す戦力は俺含め三人となってしまった。


『すると後者……死体も残さず消し飛ばした、と?』

 部下の言葉を思い出し、身震いする。


───冗談じゃないぞ、これ程とは聞いていない!

 違和感はあった。


 争いを好まないはずのエルフが、俺の放った十人もの駒を帰さな(・・・)かった(・・・)こと(・・)


 俺はそれを、保守派の策略だと結論付けた。何かを嗅ぎ取った連中が、俺の目的を阻んだのだと。


 小娘の白々しい態度にははらわたが煮え繰り返った。「人を探していた」ぁ? 「難航している」ぅ? 「しらばっくれるな」だとぉ!?


 それはこちらのセリフだ……ッ!!


 しかし実際には、奴らはエルフの存在を把握していなかった。こうして対峙しているのが何よりの証拠だ。


 奴らが十人の駒を処分したのなら、同時にエルフも確保していないとおかしい……どういうことだ……何が起こっている!?


 違和感は、あった。確かに疑問を感じる点はいくつもあったのだ。


 単身こちらの拠点に乗り込んできた小娘に、腕輪を付けられなかったこと!


 小娘がその時の兵隊を見逃し、拠点を調べもせず後にし、そこに騎士が現れたこと!


 それなのにたった二日後に最重要拠点の存在を突き止め襲撃できたこと!


 そこに、騎士を介入させたこと……!


 その付近で、エルフが確認されていたこと……!!


 そして目の前のエルフの戦闘力……全てが繋がる……まさか……!


「……お前が……ッ!」


 踊らされていたのだ。


 間違いなく小娘の策略ではない。裏社会に居て最低限の頭があれば、騎士に証拠を掴ませるような誰が見ても分かる愚を犯すはずがない……!


 エルフは頭の切れる種族、全て奴の策略だったということか!


 その上この戦力!!


───馬鹿げている……これではまるで、御伽噺の“勇者”ではないか!

 考えもしなかった。まさか部下の放った妄言を実現し得るだけの力を有していようとは。


「……で? あなたはやらないの?」


 エルフの言葉に、俺は現実へと引き戻される。考えろ。俺はこの後、どうするか。


───いや、“どうなるか”、と考えるべきか。

 まず間違いなく戦闘での勝ち目はない。


 エルフの挙動、その残像すら目で追えなかった。全く馬鹿げた力量だ。


───では、逃げるか?

 これは、一考の余地がある。


 エルフは小娘との共闘を選んだようだが、異種族から見れば同じ人間だ。敵味方の判別は難しいはず。


 俺が姿を(くら)ませれば追跡は困難だろう。いざとなれば拠点は遠方に移しても良いし、最悪他国に出る手もある。


「……お嬢の言い付けでな」


 それに、エルフの興味はジークに移っている。


 組織で最も高い実力を持つのはあの男だ。エルフが警戒するのも当然だろう。


 俺は“分身”と“隠蔽”の魔法を発動し、残像を残して移動を開始する。


 エルフとはいえ、俺の残した分身をそれと見破るには時間が掛かるだろう。その間に姿を消してこの場を離れるのだ。


 目指すのは、小娘のいる場所だ。エルフの捕獲は失敗だが、小娘さえ始末すれば組織は手に入れることができる。


 計画は大幅に修正が必要だが、先のことは組織を手に入れてからじっくり考えれば良い。



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