24話 乗りかかった舟だしね
俺は倉庫の中へと歩く。
隣には配偶者である男の娘エルフ、追従するのはマフィアの女性とそのボディガード及び、配下の武装した数十名の男達。
「で、彼らは何者なの? “助けてくれ”って? 説明してちょうだい、何も分からないわ」
リアムの疑問はもっともだ。
奴は今回の最重要人物でありながら、最も輪から外れた存在。だから、意味が分からないのだろう。
「あぁ、俺のお友達のマフィア、あとそのお友達の皆さんだよ」
「なるほどね、意味が分からないわ」
リアムは溜息を吐く。
しかし、現実とは往々にしてそういうものだ。
「……本当、要領を得ないわね。だから、何でそのお友達がここに居るの?」
「それは、私から話そう」
真実を追い求める者がそれを手にする時、
「私は、アリエラ。訳あってエルフを探している」
何もかも全て、手遅れになっている。
「……そう。僕は見ての通りエルフだけど、何かしら?」
「情報が欲しい。お前を“森の賢者”と、叡智を求める者と見込んで質問したい。お前は───」
リアムの表情は、相変わらず余裕の笑み。
「───“薬の妖精”を知っているか?」
しかし美女の言葉を聞いて、リアムは僅かに眉を顰めた。
これも都市伝説みたいなものだ。
薬の知識に富み、人体の構造に恐ろしく精通したエルフが居る。そんな噂。
噂が流れ始めたのは、およそ二百年ほど前らしい。
人間であれば間違いなく他界しているだろうが、エルフは千年生きる種族だ。そして見た目で年齢が判断しにくい種族でもある。
人里で噂になっている事からも、生きている可能性、街に顔を出す可能性はある。
「……どうかしら。僕の住んでいた里に、そんなあだ名のエルフが居たかも知れないけど……」
リアムは区切る。分かっている。その種族が、人間とどんな関係で向き合ってきたのか。
「教える訳にはいかないわね」
昨日調べたばかりだから、痛い程分かる。
「そうか」
赤髪の美女は短く返答する。
ここまでは、台本通りだ。恐ろしい程つまらない、最悪のシナリオ通り。
「……調べる方法は他にもある」
この世界には普通にインターネットもあるし、情報屋だって居る。それに、
「手荒な手段を取りたくはないのだが……」
魔法だってあるんだ。
「本当、人間は下らない事を考えるのが得意ね」
リアムは皮肉っぽく笑う。
“手荒な手段”。脳を直接調べる事も、簡単に出来るのだろう。
「脅しても無駄よ。それに屈しなかったから、今の僕達が在るの」
リアムは一切怯まずに応じ、場は静寂に包まれる。
はっきり言って、エルフは強い。ただ長生きしているだけじゃないんだ。
種族特有の研究気質も相まって、魔法の知識は人間のそれを遥かに凌駕する。
ただ、穏やかで争いを好まないというだけ。本気の抵抗をすれば、人間に甚大な被害を与える事は容易い。
よって、平行線を辿る話し合いが膠着するのも当然だった。
「お嬢、もう良いでしょう、やっちまいましょう」
それを理解している者がこの場にどれだけ居るのか、というのが問題ではあるが。
「……いや、相手は堅気だ。勝手な真似は許さん」
アリエラは部下の言葉に首を振る。
彼女は任侠者っぽい所がある。それは初対面の時から分かっていた。
しかし、と思う。
「ですが、相手はエルフでしょう」
ここに居るのは、異種族と無法者。
戸籍を持たなければ法の上での位置付けは魔獣と変わらない。
異種族ならば、なおのこと。
法治国家は獣に人権を与えるか? 答えは「否」だ。
リアムは既に戸籍を持っているが、マフィアなら何とでも偽造できるのだろう。
出生のはっきりした人間と違って、森から出てきたエルフだし。
「救いようのないクズを飼っている様ね。もう少し躾に気を払う事をお勧めするわ」
「……部下が失礼した。が───」
リアムの皮肉に、アリエラは表情を険しくする。
「───できないと思われるのは気に入らんな」
それは、“最悪の手段も辞さない”という意志の表明に見えた。
「素直に話す気はないか? 部下も気の長い者ばかりではなくてな」
「脅しは効かないと言ったわ」
「……そうか」
アリエラは溜息と共に頷く。
「……追って使者を出す。報酬も用意させよう。返事はそこでくれればいい」
「勝手ね」
アリエラの判断、リアムの返答。これで話は終わるかに見えた。
「……もう良いでしょう。茶番は終わりにしましょう」
そんなやり取りを見兼ねてか、控えていた男の内の一人が前に出る。
その男は、二人が対話する間も何やらニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべていた。
───なるほどねぇ。
“如何にも”、な男の登場である。
「下がれ、グレイス。もうこの話は終わりだ」
「何が終わったんでしょう、お嬢様?」
男はアリエラに対して食って掛かる。
語気は強くない。しかし、どこか剣呑な雰囲気を纏う男だった。
確かに、先程リアムが馬鹿にした対象は配下の男達だ。それを咎めもしないアリエラに文句があるのは分かるが、
「前々から気に入らなかったのだよ、お前」
余りにも、矛先を間違えている。
「そうか。引き上げるぞ。もうここに用は無い」
「いいや、あるな。俺はこの日を待っていたのだ」
「……なるほどな」
そして、男はアリエラの指示に従う様子も無い。
「お前達全員が、という認識で合ってるか?」
振り返ったアリエラに相対すのは、彼女が引き連れて来た数十名の配下達。その全員が、彼女に反目しようとしているらしい。
「俺達はずっと、実力のない奴が上に居るのが気に入らなかった。だから、代わってくれないか?」
「前半は同意だ。確かに私に誇る程の実力はない。だが、後半は容認しかねるな」
「そうか……まぁ良い、無理矢理奪う事にしよう」
グレイスと呼ばれた男は醜い笑みを浮かべ、腰に差していた剣を抜く。
「安心するといい。お嬢様は顔が良いから人気が出るはずだ」
すると、他の男達もそれぞれの武器を手に取っていく。全員が醜い笑みを浮かべているが、無法者の連中にはそれがお似合いだった。
グレイスは更に歩を進めてアリエラの前に出ると、剣を構える。敵は、ざっと五十人か。それも武闘派の男達。状況は絶望的だ。
しかし、と思う。笑ってしまうんだ。
「俺がトップに立ったら、お前を最初の看板商品にしてやる!」
グレイスは剣を振り被り、アリエラに斬り掛かる。
彼女は動かない。それどころか、瞬きもしない。そんな彼女に無情にも迫った刃は、
ガキン、と。
音を立てて動きを止めた。
「私は、そしてエテルニアは、人身売買になど興味が無いんだ。残念だったな。いやしかし───」
───結界か、やるね。
まるで最初からそこにあったかの様に立ち塞がる結界によって、アリエラは事なきを得た。
「───ここまで台本通りだと笑ってしまうな」
アリエラは苦笑混じりに言う。
俺は、弱者だ。備え無くトラブルに巻き込まれてはひとたまりもない。そして、昨日の時点でこの顛末は見えていた。
避けられなかったんだ。
エルフと結婚している俺を、マフィアが無視してくれる訳が無い。遅かれ早かれ、こうなる事は分かっていた。
いつだってそうだ。
真実とは隠されたもので、求める者が辿り着く頃には全て、何もかも手遅れになっている。
だから、手を打った。
「重ねて礼を言うぞ、シュート」
「うん。こっちこそ、協力してくれてありがとね」
最悪のシナリオに、台本を用意した。
「そうだ、エルフの御仁。さっきは確か、躾に気を払えと言っていたか」
「えぇ。人身売買だなんて、品が無いにも限度があるわ」
「全くその通りだな。助言、ありがたく受け取っておく。ところで頼みたい事があるんだが、良いか?」
「何かしら?」
グレイスは今も、躍起になって結界を剣で叩いている。そんな様子を見る事もなく、アリエラは涼しい顔でリアムに問い掛ける。
「厳しく躾けたいのだが、如何せん手が足りなくてな。助力願えないか?」
「そう、大変ね」
アリエラはリアムに助け舟を求めた。
「まぁ、乗りかかった舟だしね」
リアムの舟は、しっかりと全員を三途の川の向こう岸まで送り届けてくれそうだ。
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