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23話 取引しようか


 空は少しずつ色を付けていく。そんな景色を眺めていた。


 夜通し走り回った疲れは全身を隈なく覆っている。しかし、癒している時間も手段もない。


 吹き抜ける風だけが熱を持った身体を冷ましてくれる。俺の努力を労ってくれているみたいだ。


「よぉ、遅かったね。いや、早いのかな?」


 俺は振り返り、現れた人物を確認する。


「おはよう。あなた、生きてたのね。帰って来ないものだから、闇討ちされたのかと思ったわ」


「だったらもうちょい心配してほしいもんだね」


 現れたのは、最近できた同居人のエルフ。


 女装しているが、奴は男。世にも珍しい男のエルフだ。


「それで? 鍛錬、付き合ってくれる気になったの?」


「それは……今日は勘弁して欲しいかな」


 俺を試す様なエルフの言葉に返答する。


 そう、鍛錬だ。


 奴はエルフの癖に戦闘狂、しかも凄まじい実力者。それはひとえに日々の鍛錬の賜物なんだ。


「そうだ、廃倉庫の都市伝説って知ってる?」


 そして猫耳少女が言っていた都市伝説、早朝の廃倉庫で聞こえる人の声、その犯人でもある。


「知らないわね。面白い話?」


 俺が立っているのは、件の廃倉庫の入り口。夜通し調べて辿り着いた、奴のトレーニング場。


 街外れのここは、森と都市の境目に位置する。従って人通りは少ない。


 奴は早朝、一人で鍛錬を行なっている。朝練とは高校生みたいだ。だから毎朝わざわざシャワーを浴びていたんだ。


「うん。大爆笑間違いなしだと思う」


 ここまでは簡単な推理、問題はこの後だ。


「まぁそれはいいとして、少し、話があるんだよね」


 俺は相変わらず弱者だ。


 一人では生きられない臆病者。それなのに、コミュニケーションを面倒くさがる愚か者。


「……今度は何よ、改まって」


 何故今になって、本当にあったかどうかも分からない神との対話など思い出したのだろう。


 未練がましい。


 下らない妄想と割り切って、さっさと大人になった方が楽なのに。


「“答え合わせ”がしたくて」


「……会話下手にも程があるわね。何が言いたいの?」


 苦笑が漏れる。脈絡が分からないとは、前世でもよく言われていた。


「悪いけど、全部を説明してる時間はないんだ」


「そう。別にいいけど、端的に言ってくれる?」


「はは、礼を言うよ───」


 一拍の間を置いて、俺は呼ぶ。


「───“リー君”、いや、“妖精王(・・・)リアム(・・・)”」


 これが真相だ。


 何の事は無い、”世にも(・・・)珍しい(・・・)男の(・・)エルフ(・・・)”、それだけの話だ。


「……その肩書きは僕のものじゃないわ」


 リアムは伏し目がちに呟く。


 俺の部屋を訪問したメイドエルフ。彼女は奴を訪ね、連れ戻しに来た。


 エルフは女系種族。男が圧倒的に少ないんだ。


 そりゃあ、人口も減るだろう。女だけでは子は生まれないのだから。


「最初に思ったのは、何で(・・)結婚した(・・・・)かった(・・・)のか(・・)って事だ」


 結婚したいと思うのは自然な事だろう。想い人との関係を進展させたい気持ちは誰にだってある。


 でも俺達の場合、拭いきれない違和感があった。


 俺は経験が無いから詳しい事は知らない。それでも、分かるんだ。俺達は結婚に至るまでの過程、その順序をすっ飛ばしてゴールインしてる。


 まるで、結婚する事に意味があって、それ(・・)自体が(・・・)目的(・・)みたいに(・・・・)


戸籍(・・)だ。戸籍が(・・・)欲しかった(・・・・・)


 この世界の人間は、恐ろしく利己的だ。三歩歩けばチンピラにぶつかる。


 それらが徒党を組めば、マフィアの様な暴力装置の出来上がり。社会はそれを、許容しなければならない。


 だから管理する事にした。誰が、どこに居て、何をしているのか。それが戸籍だ。


「君はそれを持っていなかった。苦労したんじゃない? 家も借りられない、ギルドに登録出来ない、だから仕事も出来ない、てな感じでね」


 だから奴は、結婚する事を選んだ。そして俺の戸籍上(・・・)の妻(・・)になり、その全てを手に入れた。


「そして次に、何で相手が俺なのか」


 思えば最初からおかしかった。


 リアムは俺を騙したが、騙された俺は特に被害らしい被害を受けていない。


 目的が戸籍だけなら、別に俺でなくても良かったんだ。もっと手頃な、御し易い候補なんていくらでも居たはずだから。


 そして、何よりリアムは男だ。相手には女を選ぶべきだろう。


「君は男である事を隠す必要があった。当然だ。君はエルフという種族の“急所”なんだから」


 人間のトップを潰したところで、すぐに新しい指導者が現れる。それが人間の持つ“数”の力だ。


 だから、人間は滅ばない。急所が無いんだ。


「性別が知れれば、命を狙われる危険性があると君は考えた」


 しかし、エルフは違う。男が少ないのだから、リアムを捕まえて殺してしまえば種の繁栄は困難になる。


 奴は望まなくとも、人間側にとってリアムの価値は驚く程高い。性別が知れるだけで街での生活は困難になるだろう。


 だから、誰にも知られる訳にはいかなかった。


「で、男である俺を選んだ」


 理由:俺は男で尚且つ友達が少なく情報漏洩のリスクが低いから。


「……そうね。謝罪するわ。巻き込んでごめんなさいね」


 そんな言葉では済まされない。


 言いたい事は、山ほどある。文句だって、海を埋め立てて新たな大陸を築く程度にはあるが、今はそれどころではない。


「リアム、取引をしよう」


「取引? 急に何よ」


「手、出してくれる?」


「だから、何よ?」


「いいから。いや右手じゃなくて、左手」


 俺はポケットから箱を取り出した。


 やった事ないから、正直作法とかは分からない。


「……何よ、これ」


「人間流の婚姻の証」


 リアムの左手、その薬指には控えめな装飾が施された金属の輪が輝いている。


「事情は分かった」


 立場ある者がそこから逃げ出す理由。


 そんなもの、「自由が欲しかったから」に決まってる。


 例えばフェインがそうだ。賢い判断じゃないと俺は思う。でも、そんな事彼らには関係ないんだ。


 約束された幸福に、満足するかどうかは本人が決める事だから。


「協力するよ。君の望む婚姻関係は維持する。だから……」


「シュートだな、探したぞ」


 赤髪を揺らす美女が現れた。


 その背後には見覚えのあるボディガードと、その他大勢の武装した男達が追従している。


 それを見て、俺は「どうして」と嘆く。


 何故、世界はこうも俺に試練を与えたがるのか。


「リアム、頼む」


 しかし、と思う。


『逆境は、真理に至る最初の道である』

───ジョージ・ゴードン・バイロン


 自らを肯定する(・・・・・・・)ため(・・)、窮地に瀕した弱者はその小さな拳でみっともなく抗わなければならないのだ。


「俺を助けてくれぇぇぇぇえええ!!」


 強者に(・・・)


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