22話 鬼畜神
「約束の時だ、勇者よ」
死んだらどうなるんだろうって考えた事がある。
今考えてる俺の思考は、意識は、感情は、どこに行ってしまうのか。
「今こそ立ち上がるのだ」
天国や地獄は本当にあるのだろうか。天国には、行ってみたい気持ちがあるね。地獄とやらはきっと恐ろしい所なんだろうけど……居場所があるだけマシだと思う。
「志を胸に、希望を手に」
一番怖いのは、自分という存在が無くなってしまう事だと思うから。
「世界を旅し、同志を募れ」
だから、当時の気持ちを率直に言い表すなら、それは「安堵」だ。
「そして世界を救うのだ」
言葉では表現できない程異質な空間での対話は、そんな言葉から始まった。
「戦いの刻は近い……」
「すいません、明かりを付けてくれませんか?」
そこは、暗いと言うのか黒いと言うのか。どこまでも続く闇、そんな印象を受ける場所だった。
「……約束の時だ、勇者よ」
「いやあの、やり直さなくて良いです全部聞いてたので」
───……なるほど夢か。
「人間の言葉に言い換えると、確かにその表現が妥当であろうな」
「はぁ……ん?」
なんだ、前後の文脈が噛み合わないぞ。
「え、何? もしかして心読んだ? 勘弁してよ」
「心して応じよ。隠し事など不可能だ」
「へぇ……」
ここに来てからずっと謎の独り言を聞かされていた。それが自分に宛てられた言葉だとは思わなかったが、無限回繰り返されるそれにいい加減嫌気が差して言葉を放ってしまった。
しかし、相変わらず何も見えない。暗過ぎる。もしかしたら目を開けてないのかも知れない。
そう、だからこれはきっと夢なのだ。
「久しぶりだな、シュート」
「いや……まぁそうか。俺の夢なら確かに“はじめまして”って感じじゃないね」
つまり、この謎の存在も俺の想像が生み出したもの、という事だろう。
「単刀直入に言うが、お前は死んだ。これから約束通り、お前には異世界に転生し旅に出てもらう」
「ごめん、意味が分からないな。もうちょっと丁寧な説明が欲しい」
「……戦いの刻は近い」
「いや、だからそれはもう何百回も聞いたって!!」
コミュニケーションとは即ち共通認識の構築だ。この謎の存在はそこんところを分かってない。
「とりあえず自己紹介だ……」
俺はチュートリアルをスキップするタイプ。だから本当に面倒くさいんだけど仕方ない。
「俺はシュート。十九歳だよ」
「無論、知っている」
「……そこからか……」
どうやらこの存在には、まず“コミュニケーション”が何たるかを説明しないといけないようだ。
「だから、“共通認識”なの。分かる? 君はどうか知らないけどね、人間ってのは教えられた事しか知らないもんなの」
人は会話において、自分の知っている言葉で話す訳ではない。相手の知っている言葉で話すのだ。
だから初対面ではまず、自分について説明する。
“相手が自分を知っている”、“相手が自分を知っている事を自分が知っている”。
これが会話の成立条件だ。
「面倒だな」
「わかる。気持ちはめっちゃ分かるよ」
「これで良いのか?」
「……飲み込み早いね、君。さては進○ゼミで習ってたな?」
コミュニケーションとは相互干渉行為だ。間違っても一方的に何時間も繰り返し同じ話を言い聞かせ続けることではない。
「何時間もの間、無視し続けたのはお前の方だがな」
ごめんそれはそう!!
「悪かったよ。次はちゃんと一回で聞くからさ」
こういうの、なんか久しぶりな気がする。
「まずは、そうだな。君の話を聞かせてよ」
〜〜数十分後〜〜
「はーーっはっはっは!!」
「そこで私は考えたのだ! “海にも人が居れば良い”のだと!」
「発想が飛躍し過ぎてるwww」
「だがそうでもせねば人は海に目を向けん! 文明が大陸を渡らんのだ! 見よ!!」
「……いや暗くて何も見えないけど」
どれだけ時間が経ったのか、相変わらず暗過ぎる空間では時間感覚も麻痺してしまう。でも、短くない時間が流れたはずだ。その証拠に、
「世界のマップだ! 驚け! 地球七個分の広さであるぞ!!」
「いや作り過ぎだろどんだけ広いんだよ!」
「本気を出して四十九徹したのだ……」
「張り切り過ぎてるwww」
謎の存在ともこの通り、随分打ち解けることができた。
「……謎、謎か……」
「なんだ? シュートよ。今は“テレパシー”を切っておる。思ったことは口にして述べよ!」
「あぁごめん、考え事してたんだ」
コミュニケーションを取る上で、いくつかの約束を結んだ。その一つがこれ。
“脳内不可侵条約”。めちゃくちゃ会話が拗れるからね、やっぱ会話は対等でないと。
「そうか、君は神なんだね」
いい加減“謎の存在”と呼び続けるのも無理がある。最初よりは随分理解が深まったからね。
そこで、俺は名前をつけることにした。
「好きに呼ぶが良い」
「そうさせてもらうよ……それで? 世界はその後どうなったの?」
「うむ、海の次は空だと思わんか?」
「いや、それはどうだろう……そもそも大陸すら制覇できるか怪しい程の広さだし……」
「そこで私は考えたのだ、“空にも人が居れば良い”のだと!!」
「あぁ……強行したんだ……」
「だが問題があった……この“空人”は人間程度の能力では空を舞えんのだ」
「ふーん……実際どのくらいなの?」
「一時飛んで七時休むと言ったところだな」
「なるほどそれで“空人”は名前負けが過ぎるね」
「同意する。よって“空人”には龍の力を与え、空に適応させたのだ!」
「おぉ!」
「するとどうだ! 空をこの龍が埋め尽くしたではないか!」
「それでそれで!?」
「地上は龍によって一千年に渡り蹂躙され続けた」
「なんっっっでそうなるんだよ! 強過ぎだろ! バランス調整考えろ!!」
「草も生えんかった」
「www誰が上手いこと言えとwww」
「……よって様々調整を施したのだ。気質を気高くし弱者への関心を薄め、数も随分と減らした」
「うーんでもなぁ……地上でも広いのに空なんかもっと広い訳だし……で、どれくらいまで減らしたの?」
「三人だ」
「すっくな!」
「内二人はほとんど人と出会っておらん……」
「人www空への関心どこ行ったwww」
「むう、ままならんものだ……!」
神の話の筋がようやく分かってきた。
「それでどうなったの?」
「うむ。永い時を経て私も一つの決心に至った」
「ほう! というと!?」
「お前を世界に転生させ、八種族を平定させることにした」
「ん〜〜〜そこが分からないっ!!」
だが肝心の本題が理解不能だった。参ったなこりゃ。
「まだか!? こうも言葉を尽くしたと言うに、まだ分からんと申すのか!?」
「ダメだ、全っ然分からない。こればっかりは俺の常識とかけ離れ過ぎてるからなぁ……」
要点をまとめよう。
神は張り切って作った世界に様々な化け物を生み落とし箱庭とした。それが思い通りの筋書きを辿らんものだから、苦悩の末に俺という異物を混入させて世界を更なる混沌に陥れる決断をした、と。
その上俺に対しては「世界を平和に導け」と言う。
「どう考えても無理難題としか思えない」
それが正直な感想だ。
「足せば良いってものじゃない。こういうのはバランスがとにかく大事なんだよ」
「そうは言うが、実際の世界では各種族はそれぞれ孤立し交流もなく、互いを牽制し合っているかのような状態なのだ」
「そこだよ」
これは、単なる価値観の違いかも知れない。
「“相互不干渉”。それも立派な共存でしょ」
そんだけめちゃくちゃやったんだ。中の人間達の涙ぐましい努力によってやっと薄氷の上に立たされた尊い平和、
「素直に喜ぶべきだと思うけど」
共存なんて、そんなもんだ。
地球でもそう。列強諸国は核を有し力を誇示しつつ、間諜を放って腹の探り合いに終始した。
しかし表面的には友好国のフリをして外交し、無辜の国民はそれらの国々を行き来していたんだ。
ストレスを感じるのは一部の指導者のみ。前線で血が流れていないのなら、それは平和と呼ぶべきだ。
「そうもいかん」
しかし、この神は否と言う。
いや、ともすればこの神は人々の冷戦状態を憂いているのかも知れない。生み落とした子らに親交がないことを悲しんでいる、そう解釈することもできる。
そう考えれば確かに、一般に思い浮かべる創造神のイメージには相違ないが……
「それではつまらんだろう」
謝罪して訂正する。こいつは邪神だ。
「それに、先にも話したであろう。“戦いの刻は近い”と」
「……戦い、ねぇ」
高まり切った種族間の緊張状態はやがて限界を迎え、些細なきっかけから戦争状態になる。争いの火の粉は燃え広がり連鎖的に他種族の参戦を誘発、最終的にはそう、例えるならば……
「核戦争、有り得る……か?」
ディストピア過ぎるね。
「それだけは避けねばならん。もしそれが起こってしまえば……」
「また千年草が生えるのを待つことになる、か……」
「その通りだ!」
箱庭の中で人が何を考えているか、実際のところはわからない。
「もしそうなら、俺にできることなんか無いように思うけど」
ただ、神がこうまで「起こる」と断言するのだ。それはきっと起こるのだろう。
「そうか、残念だ」
「悪いね。他を当たると良いよ」
「残念だが約束は約束だ」
「ん?」
「お前の転生は既に決まっている。あとはどんな性能にするかといった段階だ」
「言ってる意味が分からないな。そもそも、さっきから約束って何?」
「したであろう。私は約束を守ったぞ」
「い、いつ?」
「十年前だ」
覚えてない。
「神様、残念ですが俺にそのような記憶はございません」
「ふむ、では転生したお前には高い記憶能力を与えよう」
「いりません。そんなもの貰ってもたぶんバケモノには太刀打ち出来ません」
「ふむ。では屈強な肉体と蘇生能力を与えよう」
「いらないです。それに無用な力はそれこそが争いの火種になりかねない。余計なお世話というものです」
「むう……では対話せよ。全ての言語を理解できるように言語野を強化しておく」
「意味がありません。神様が言ったのではないですか、“他種族への関心を薄めるよう人格を調節した”と。話が通じるとは思えません」
「むううううえええええい! くどい!!」
あぁ、困ったな。
「お前はさっきからあぁ言えばこう言う! 否定ばかりしおって! では結局どうすれば良いのか、意見を言うてみよ!」
「それを考えるのがあなたの役割で、俺の責任ではありません」
「くぅおおおのおおおガキがああああ!!」
神の態度は一貫して変わっていない。そもそも神は、自分の意見を一方的に叩きつけるために俺をここに呼んだのだ。
「……まぁ良い……生まれ変わりに不満があるなら、人以外に生まれ変わらせる事も可能だ」
「あぁ、そういう選択肢もあるんだ」
例えば鳥、空を舞う姿は自由の代名詞だね。
例えば猫、生きているだけで愛される生涯は望んでも得難いものだよね。
「牛、なんてどうだ? 人に散々肥え太らされ、首を切られて出荷されては人の口から食道を通り、最後は下水道を冒険して偉大な海へと辿り着くであろう」
「なるほど、俺が家畜なら神様は鬼畜ですね」
ここには最初から対話など無かったらしい。要は神の中で結論は既に出ているのだ。先に“決まっている”と言ったように。
そうなったら、仕方ない。
「……これはあくまで提案ですけど」
俺は内心で溜息を吐く。
「勝負しようよ。俺と」
「……なに?」
「世界を滅ぼすかどうか、俺が決めてあげる」
「どういう意味だ?」
「性能、決めていいんだよね?」
そもそも、神は頼る相手を間違えているんだ。俺は英雄なんて柄じゃない。
「魔王にしてよ。俺、待ち受けるラスボスがやりたいんだよね」
「何を言っている? やはり人間の思考は理解できん」
「簡単だよ。世界を壊せたら俺の勝ち、阻止できたら神様の勝ち」
つまり、俺の役割とは好き勝手暴れるだけの簡単なお仕事。神がそれを止めるには、頑張って俺の機嫌を取るしかない。
勝っても負けても利益しかないイージーゲームだ。
「ふむ、それで上手く行くと言うのならば……良かろう」
「決まりだね」
「しかしお前、またしても“勝負”とは……懲りん奴め」
「え、何?」
「話は以上だ」
「そっか……じゃあ俺は俺で楽しくやらせて貰うから、頑張って止めにきてね」
「ふん……後悔するなよ?」
「……ありがとね」
「脈絡のわからん奴だな。それは、何に対しての礼だ?」
「久しぶりだったんだ、こんなに話したの。俺、引き篭りだからさ」
「……」
振り返って、思う。
「結構楽しかったよ。また話せると嬉しいな……いや何言ってんだこれ夢だったわ」
「……」
「……神様?」
「……ふふ……くく」
え……笑ってる……?
「くく……自語り乙ww」
「んなっ……お前……っ!」
「そうそう、私はいつでも近くで見守っているからな、困った時は頼るが良いぞ───」
「どの口が言ってんだっ、こんの……」
「───のう、“天才”よ」
「鬼畜神がああああああ!!!」
「くくく……ではシュート、良い旅をな」
鬼畜はそう言って、さも言いたい事は言い切ったとばかりに俺を見送った。俺の言葉はもう鬼畜には届かないみたい。
「変わらんな。またお前はそうやって───」
ただ、鬼畜の最後の呟きは酷く耳に残った。
「───“魔王になりたい”などと。くくっ」
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