21話 最悪のシナリオ
「事実、騎士団は何らかの証拠を得て、ここに踏み込もうとしているようです」
「……そうか」
この事務所には、見られて困るような重要な情報は控えていない。
見せかけの事務所なのだ。私の知る限り、騎士を喜ばせるようなモノは出てこないはず。
「流石の奴らも、ここを踏むのは気が引けているようで……数日の猶予はあるでしょうが、時間の問題です」
しかし、この男が現れた。
考え得る最悪の展開。それは組織の乗っ取りだ。
そう考えると、辻褄が合う。
私に良い顔をしながら、裏では何やら過激派の指揮にも関わっているらしい。噂程度だが、無視できない情報だ。
となると今日現れたのも、騎士にバレたら不味い何かしらの証拠を仕込みに来たという事か。
件の拠点、仕切っていたのはジルという男。確か、グレイスが目を掛けていた人物だ。
手駒を利用して利益を上げ、それが騎士にバレれば責任を私に擦り付ける。そして確実な証拠は残さない。
全く隙が無い男だ、やりにくい。
「お嬢! ここに居たんですかい、探しましたよ!」
「騒がしいぞ」
私の執務室に慌ただしく入ってくる部下を嗜める。
「見つかりましたよ! エルフです!」
「そうか」
「……」
一瞬、グレイスの表情が歪んだように感じたが、視線を送ると元の軽薄な笑みに戻っていた。
「その情報、出どころは?」
「……“二枚銀”です」
「そうか……対価は?」
「それが、交渉したんですが……Aです。それ以上は負けられないと……」
“二枚銀”。皮肉を込めてそう呼ばれるこの街の情報屋は、質の高い情報を扱う反面、法外な対価を要求する。
しかし今回に限っては、金に糸目を付けられる状況ではない。
「分かった、こちらで用意しよう。動ける奴はどれだけ居る?」
「手の空いている者は、五十です」
「……十分だな」
予想以上の数に、内心で驚く。
麻薬や武器の取引、表で治世に口を出す者もいる組織だ。
騎士が動いている今、自由に動ける者がそれだけ居るのは意外だった。
まるで、事前に待機を命じられていたかのような……。
「して、素性は?」
「それが、どうやら所帯を持ってるらしく」
「……流石だな、グレイス」
「恐縮です」
あの情報屋に引けを取らない情報網は賞賛。
「で、その相手は?」
「はい。シュートって名前の冒険者らしいです」
「……ほう」
先日出会い、夕食を共にした男を思い出す。
大陸広しといえど、この後に及んでまさか別人ということはないだろう。
「動ける者、全員に準備させろ」
エルフの話題を出した時、明らかにあの男は雰囲気が変わった。
気配が、消えたのだ。
息を潜めるように、恐らく意図的に存在感を薄めていた。その時は気にもしなかったが、思い返す程に違和感が増す。
あの男の行動、その意味するところは“緊張”だ。
───隠密の能力は賞賛に値するが……。
高過ぎる隠蔽技術が、逆に当事者である疑惑を深めた。
「……情報は揃った。早朝を待って出るぞ」
「はい!」
言って、携帯通信機の画面に映る名を見る。
───シュート、か。
「これはこれは、忙しくなりそうですなぁ。私も準備しませんと」
視線を移し、薄ら笑う男を睨む。
「あぁ。そいつには少し、話を聞く必要がありそうだ」
どうやら決着の日は近いらしい。
☆☆★★☆☆★☆
「ただいま」
薄暗い我が家は返事をしない。
同居人とは別々に依頼を受けた。効率重視の仕事は、一方で両者の間に負担の差を生む。今日も俺の方が先に仕事を終えたらしい。
部屋の明かりを付け、デスクのコンピュータの電源を入れる。気になる事があるんだ。
検索:エルフ 歴史
インターネットは便利だ。前世の常識の通用しない世界で、何よりも重要な「情報」が瞬時に手に入る。
表示されたのは、種族間の交流、その歴史。特にエルフが関わるものについて。
やはり、エルフと人間の関係は良好ではない。それは歴史が物語っている。
土地を争い、価値観で対立し、魔力を競った歴史は千年を下らない。
元々、人間とエルフはその気質の違いから相容れない関係だった。
エルフはその生涯をかけて一つの分野を究めると言われる程、知識欲の旺盛な種族。研究に没頭するため真実の探求にしか興味が無く、競争を好まない。オーガニックなライフスタイルを好む。
対して人間は控えめに言って享楽的だ。知識欲もそうだが、一番は功名心だ。インターネットなどの、ある種突飛な発想はどれも人間が生み出した。
今世界に無いものを常に模索し、パイオニアと呼ばれる事を渇望する。同族をピラミッド型のランクに当てはめ、競争を愛し、その頂点に立つ事を最上の幸福とし、夜な夜な酒池肉林の宴を催しては狂喜乱舞している。
その昔、人間は美しいエルフを商品として扱っていたようだ。深まる溝と、激化する種族間の抗争。
対立する両者が停戦の協定を結んだのは、ちょうど千年前の事だ。
争いに飽いた両者は、共通の敵の登場により手を結ぶ。その絆が千年を超えた今でも名残を残している。
しかし、と思う。
人間の生涯はせいぜい百年程度。対してエルフは千年生きる種族だ。
彼らは、覚えているのだろう。協力して敵を退けた経験を。戦った英雄の背を。流した血の色を。
しかし、既に人間は何十回と代替わりを重ねている。俺達にとって、もはや歴史は教科書の中の御伽噺だ。
単純に、時が流れたんだ。時代も移ろってしまった。どうしようもない程に世界は変貌を遂げた。
人間の都市は発展しインターネットを生み出し、エルフは森の更に奥へと住処を移し、今日も穏やかな日々を過ごしている。
そして近年、エルフの人口は減っているそうだ。街で見かけないのも当然と言える。
彼らは「増える事」を目的としない。人間とは全く逆の思想だ。
すると、違和感が残る。
人里に降りたエルフ、長命の種族、美しい容姿。
俺の前に現れたエルフ、争いを好まない種族、男の娘。
我が家を訪ねたエルフ、知識欲の種族、薬屋。
そして、荒れるマフィアの界隈。
俺は思い出した様に引き出しを開け、そこにある小さな紙切れを手に取る。そこには女性の名と連絡先、事務所の所在地が記されていた。
『オヤジのために……延いては、組織のために』
オヤジ。一般には父親を指す言葉だが、極まった界隈では上司を意味する事もある。
そして、「長い事寝てる」。言葉通りの意味ではないだろう。ヘビースリーパーのマフィアが居てもおかしくはないが、前後の文脈と噛み合わない。
『寝首をかくなら今の内だろうな』
恐らく、トップが揺れているんだ。競争を好む、人間の組織で。しかもその組織は暴力を生業としている。
ボディガードを伴う、マフィアの女性。“物騒”な情勢下での、単独行動。そしてボディガードの男の言葉。
『余計な事を……』
彼の視線からは何の感情も読み取れなかった。
そして情報屋の猫耳少女。彼女は俺に情報を求められ、マフィアの話をした。
俺は、「役に立つ情報をくれ」と言った。しがない冒険者を営む俺にとって、マフィアの内部事情がそれに該当するだろうか。
彼女は何故それを俺に伝えたのだろう。
そして街で出会った「お嬢」。エルフを狙うマフィア、“奴隷の腕輪”、人身売買、“鍵”。
情報屋は既にその情報を手にしていた。であれば、その出所は? 同じ情報を誰が持っている?
マフィアが狙うエルフ、人間嫌いの種族、商品化された歴史。
そして、同居人のエルフ、異種族、結婚詐欺。
薬、詐欺、人身売買と来て、もはや目も眩む程の頭痛に襲われる。
最悪のシナリオは、筋が通っている。丁寧に張り巡らされた伏線がわざとらしい。
『シュー君、エルフに興味あるんだにゃ?』
考えるより先に体が動く。
デスクの引き出しの一番上、鍵の掛かったそれを開け、中のものを取り出す。
五百万、ゴヒャクマン。彼は文字通り英雄だ。いや、救世主かも知れない。
手が震える。幾らか情報が足りないが、遅い。明日にも災いは俺の魂を貫くだろう。必要な情報は現地で調達するしかない。
震えのおさまらない手で荷物をまとめる。五百万、小さな紙切れ、お飾りの剣、そして小さな箱。それらが俺の命綱だ。
「はは……遂に、来ちゃったか」
俺は今、人生の岐路に立たされている。
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