20話 お前がやったんじゃないの?
「……なに? 失敗しただと?」
部下からの報告に、眉を顰める。
今回の目的は、エルフの拉致。間の悪い事にクエストで森に出ていたようだが、あそこには最近キマイラが住み着いていたはずだった。
上位の魔獣との不意遭遇。不幸な事故による冒険者の死。それが筋書きだった。
「はい……先行した十名、全員が消息を断っており……」
実行部隊として送った十名は、いずれも街で拾ったチンピラだ。馬鹿で好戦的な、非常に扱いやすい手駒。
食事と寝床を与え懐柔し、適当な仕事をさせて自信を付けさせたら完成。
コストが安く、失っても懐が痛まないのが最大の利点だ。
この裏社会で生きるにおいて、切れる尻尾をいくつ持つかが重要だと男は考えている。
「定刻になっても身柄の引き渡しに現れなかったことから、現地を確認したところ……死体どころか戦闘の痕跡すら無かったと……」
「……また、連絡もなく消えたのか……」
先日の拠点襲撃といい、何かがおかしい。
「はい……状況から言って、エルフを連れて逃げたか、もしくは戦闘にもならない程一方的に蹂躙されたか……ということになりますが……」
「前者は無いな。力関係は分からせてある」
奴らは、狙いがエルフだと話すと喜び勇んで出発して行った。「殺すな」と強く念押ししたが、奴らは馬鹿である。
その意味での失敗ならあり得るが、仕事を放棄して逃げ出すとは考え難い。
「如何にエルフが美しかろうと、奴らは俺が直接アメとムチで調教したんだ。俺の命令には逆らわんだろう」
元々、奴らに戦力としての期待などしていなかった。よって戦闘の手解きなどはせず、不揃いな武器を与えただけだった。
装備も情報だ。
奴らが敵に捕まり、その出所を追われれば足がつく。だからまともな武器は持たせられない。
そして、魔法を教えるなどもってのほかだ。馬鹿は力を得て増長する。
「すると後者……死体も残さず消し飛ばした、と?」
よって可能性としては、確かにこちらの方があり得るのだが……。
「……いや、相手はエルフだ。そんな力技は使わないだろう。未知の魔法か、何かしらの罠か……」
気性の荒いチンピラを、十名相手取って一人も逃さないとは。
───流石は“森の賢者”と言うべきか。
数を当てれば連れ帰ることは難しくないと考えていた。
もし失敗しても、生き延びて報告に来るだけの忠誠心はあると思っていたのだが……。
「……エルフの足取りは追えているのか?」
「いえそれが……現場は森の入り口で人通りが無く、付近に兵隊も配置していなかったため……」
「またそれか……」
これは男が悪い。
魔力の扱いに長けたエルフであれば、人間の想像を越えて広い範囲の索敵が可能なはず。だから斥候は置かなかった。
あくまで十人の駒に処理させ、その後安全に引き渡しを受ける手筈だったのだ。
思えば前回もそうだった。
まるで、人目につかないのを逆手に取って奇襲を掛けているかのような……いやそれは無い。だとしたら事前に計画が露呈している事になる。
前回は……そう、保守派の連中が嗅ぎつけてそれを騎士団に流して……
「そういうことかっ!!」
「ひっ!!」
「またアイツらか……ッ!!」
連中め、どこまでも邪魔しおって……!
「俺の手駒は消されたんだ……エルフに会う前に、保守派の連中の手によって……ッ!!」
そう考えれば、戦闘の痕跡がないことも、手駒が帰らないことも、死体すら残っていないことも簡単に説明がつく……!
「……おい、例のガキは洗ったか?」
そいつは、ジルのパシリだった学生。何でも、腕輪で服従させ他の学生を奴隷にさせていたとか。
若い人間にはそれだけで価値がある。発想は悪くないが計画の中心に素人を置くなど、ジルお前……愚かな部下を今は許そう。
とにかく調査の中でそのガキが拠点に出入りしていた事が分かったのだ。となれば、話を聞く必要がある。
見ているはずだ。拠点を出入りしていた構成員を。数はそれ程多くない。
そしてその中で、今ブタ箱に入っていない奴がスパイだ……!!
「それが……接触を試みたのですが、どうやら騎士の監視が付いているらしく……」
「何だと……?」
怪しい。たかが学生に、騎士がマンマーク? 重要参考人といった位置付けか。
しかし、そうなると騎士の警戒は相当なものだろう。今狙うのは悪手だな。何かの間違いで騎士団の団長、あの男が出てきたら組織自体が終わる。
また、手詰まりか。
「……仕方ない。予定通り、今はお嬢様へのハラスメントに努めるとしよう」
言いながら、状況を整理する。
拠点を潰された。エルフの捕獲にも失敗した。表の世界では騎士団が嗅ぎ回っている。そして、対立派閥の動きもきな臭い。
何もかも上手くいっていない。
しかしそれは、盤外での駆け引きの話だ。
「……久しぶりに、顔を見ておくか」
「っ! 直接出向かれるのですか!? ……保守派連中は警戒を強めています。今接触しては、怪しまれるのではありませんか?」
「何を怯えている? 組織の“顔役”に挨拶するだけだ。寧ろ、顔を見せない方が訝しまれるだろう」
あの小娘には智略も人脈もない。腕っ節もなければ胆力も未だ身に付けていないのだ。恐るるに足らない。
「ガキはもういい。今はとにかくエルフだ……確か、男が居ると言ったか、素性を洗っておけ。いいか。深追いはするなよ」
「はい、直ちに」
男の名は、マフィア“エテルニア”のグレイス。
「さて、お嬢様のお手並み拝見と行こう」
───情報戦で俺に負けはない。積み上げてきた土台の格が違うのだ。
ほんの意趣返しだ。
若いお嬢様には、トップの苦労というものを体験してもらおう。
★☆☆★☆☆☆☆
「ごきげんよう、お嬢様」
「……グレイスか、久しいな」
事務所に戻った私を迎えたのは、薄く笑みを浮かべる男だった。
「何の用だ」
「いえいえ……少し顔を見に来ただけですよ。お元気そうで何よりです」
軽薄な笑みを浮かべる男は言う。
「また今日もお一人で出かけられたそうですね」
「あぁ。人を探していたんだ」
「人、ですか。見つかったので?」
「……難航している」
白々しい。心底そう思った。
「それで? 情報は得られたか?」
「何のことでしょう?」
「しらばっくれるな」
私の問いに、男は笑みを深める。
「エルフだ」
「これはこれは」
何が琴線に触れたのか、男は手を叩いて感心を表現する。如何にもわざとらしい。
この男、グレイスは組織の幹部クラスだ。スラムの出でありながら、その影響力は私に比肩する。
底が知れない男だ。
「お嬢様の慧眼に、私感服致しました」
「なんでもいい、知っていることを話せ」
そしてこの男、どうにも臭うのだ。
「もちろん構いませんよ。実は、街での目撃情報がありまして、ね」
「ほう」
一見話の分かる男に見える。今も私に必要な情報を持ってきていると。
しかし、それが怪しい。まるで、自分がコイツの掌の上で踊っているような気がするのだ。
「そいつは今、どこにいる?」
「どうも冒険者の一人と一緒に生活しているそうですよ」
「……冒険者、か」
それは、意外な情報だった。
───わざわざ森から出てきた者が、冒険者か。
異種族の考えは分からん。
「……お嬢様、人探しも結構ですが、今は大局を見るべきです」
「……騎士が、何やら嗅ぎつけたらしいな」
組織の末端の暴走。一部の構成員が独自にシンジケートを形成し、暗躍していた。
「“奴隷の腕輪”。何か知っているか?」
そして、それが騎士団にバレた。
拠点に踏み込んだ騎士は、複数の証拠を抑えたようだ。
その一つが件の腕輪。そしてその流通経路の一部。
しかし、どれだけ探っても明確な腕輪の出所は分からなかった。
「……初耳でございます」
この男がやったんじゃないのか?
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