1話 俺は今、人生の岐路に立たされている
人生の分岐点は突然訪れる。
地続きの人生で何故そんな事が起こるのか。それは大抵、俺達が“ボーッとして”生きてるからだ。愚かな俺達は、人生の岐路、その前触れに気付かない。
「───“異世界転生”」
「……は?」
それは物語のジャンル。ある世界の住人が死後に別世界で生まれ変わり、前世の経験や知識を活かして新天地でトラブルを解決していく。
誰だってやり直せるならそうしたい。でも、今まで積み上げてきたもの全てを手放すのは惜しい。そんな読者のわがままを実現する、欲張りご都合主義設定。
だから主人公がどんな困難に直面しても、「あ、これ前世で習ったやつだ!!」って進○ゼミ展開になりがち。
そして何を隠そう、俺がその転生者だ。
物語だと、主人公は特別な力を与えられる。神の祝福を恣に、仲間に恵まれ、約束された勝利へと猛進する主人公。
あぁ、なんて羨ましい存在なんだ……!!
「集中してくれないと困るよ」
「そうだぞ、足引っ張りやがったら承知しねぇからな」
神は言った。勇者になれ、と。
俺は言った。魔王になりたい、と。
「いや、分かってるけどさぁ……」
チュートリアルに修行パート、武器集めに仲間集め。そんなクソまどろっこしい事やってられるか。
勉強、運動、人間関係、その他諸々。俺は前世で履修済みだ。
だから俺は祈った。最初から最強で、傍若無人で最低な魔王になって大暴れしたいと。
「ガルル……」
「……数は?」
「三十ってところかな」
そして現在。俺の目の前には、牙を剥き出し涎を垂らす屈強な“魔獣”、ハウンドの群れ。
「……ヤバ」
「はは、楽勝だろ」
そう、楽勝のはずだった。前世の知識が活かせれば、神から最強スキルを貰えていれば……。
「……来るよ、二人とも気を引き締めろ」
「待って待って待って」
誤算。アテが外れたんだ。
いや確かに、調子に乗って魔王になりたいとか言った俺も悪かった。でも、せめて何か良い感じの勇者にはしてもらえるって思ってた。
「グラァァァァアアアア!!」
大口を開けて飛び掛かってくる魔獣!
「オラアアあああ!!」
迎え討つ戦士。大柄な男が巨大な斧を振り下ろす!
「援護するよ───“デライズ”!!」
冷静な男は魔法を唱え、火球を放つ!! そして、
「うおおおおおおおお!!」
俺は絶叫して泣き叫ぶ!!!
「こんなバケモンの倒し方、進○ゼミで習ってなあああああああいぃぃっ!!」
俺、最初の草むらで死にそうだけど大丈夫そ?
☆☆★★☆☆★☆
「ふぅ……これで最後かな」
ハウンドの群れ、その最後の一体にトドメを刺した男が振り返る。
彼はフェイン。魔法で肉体を強化して戦う魔法剣士で、どうやら良いとこのお坊ちゃんらしいんだけど家出して冒険者をやってる変わり者。
「俺ぁ十二体殺ったぜフェイン! お前の手柄は何体だ?」
粗暴な言葉遣いの彼はグラン。見た目も中身も育ちの悪そうな彼は、素性の知れないザ・冒険者って感じの重戦士。斧を振り回して戦う。
「僕は十八体かな」
「かーっ! また負けちまったよ!」
「いや十二体も十分バケモンだよおめでとう」
二人はコンビで活動していて、経験も実力も相当ある。
「お前が手ぇ抜いてっからだぞ、シュート!」
「いや、そんなつもりはないんだけどさ」
そして俺はシュート。二人とは、頼まれた時だけ一緒に仕事するビジネスパートナー。
主な仕事はサポート。依頼主との交渉から討伐依頼の作戦の立案、クエストが始まったら斥候に素材の剥ぎ取り、荷物持ちと大忙しだ。
今回の俺の手柄は三体。これも二人が取り逃した個体を始末しただけ。
「俺、戦闘苦手なんだ」
まぁ要するに“雑用”みたいなもんである。
「いや十分だよ。今回の依頼も、シュートのおかげで楽に達成できた」
「それはそう! ったく、相変わらずエグい作戦立てやがるぜお前はよぉ! マジで同じ人間とは思えねぇ!」
「褒め言葉と受け取っておくよ、ありがとね」
バシバシと俺の背中を叩くグランを苦笑いでやり過ごしつつ、討伐したハウンドの剥ぎ取りを進める。
「“ハウンドの群れにゴブリンの巣穴を襲わせる”、か。一石二鳥の作戦、流石だよ」
「だな! ハウンド鼻が効きやがるから、ゴブリン共も一網打尽だろうよ!」
「それは確認が必要だけど……ま、上手くいって良かったね」
「あぁ。シュートの“探知”のおかげだ」
“魔力探知”。この世界に存在する謎の概念“魔力”を、刺激として知覚する技術。
「数少ない俺の取り柄だからね。さて……」
俺はハウンドの剥ぎ取りを終えて立ち上がる。グランはサボってるけど、残りはフェインに任せて良さそうだ。
「一人で大丈夫かい?」
「全然大丈夫じゃないよ、終わったらすぐに来て欲しい」
「君は今、そこのサボり魔をこき使う権利を持っているけど……?」
「はは、“大きい子の子守”は戦闘の次に苦手だよ」
「そうか、残念だよ」
俺はゴブリンの巣穴へと足を向ける。目的は二つ。ゴブリン討伐の確認、もう一つは───
「……この感じ……」
斥候。索敵・探知は俺の仕事だ。
☆☆★★★☆★☆
洞窟の構造は思いの外単純で、残敵探知は速攻で終わった。まぁ低脳なゴブリンの造った構造物だから、アレでも褒めてやるべきなのかも知れない。
ただ、その代わりとでも言わんばかりに、別の厄介事に直面していた。
俺は茂みに身を潜め、状況を探る。
───七人か。
野盗。行商人の持つ商品や冒険者の戦利品を狙う犯罪者集団。
連中はヒャッハーとか叫びながら、誰かを追い回している。正気の沙汰じゃないね。
───勇者の仕事がゴブリンやならず者の相手だなんて……。
あまりにも役不足で笑える。
といっても、俺は勇者なんて柄じゃないからこれで良いのかも知れない。下心以外で弱者なんか助けないし。
俺は強者の味方だ。負けたくないからね。
そんな俺は転生した時、痛快に「前世の知識で異世界ヌルゲー展開」とかを期待してた。
例えば、ここで俺が前世で身につけた見事な微分・積分を披露したとする。野盗が文系ならワンパンで吹き飛ばせるだろうね。
他だと、「ドタバタコメディ展開」や「ほのぼのスローライフ展開」とかも妄想したなぁ。
例えば今から俺が全裸で野盗の前に躍り出たとする。彼らがノリノリでツッコミを入れてくれたらこれが確定する訳だ。
現実逃避だって? だからここは異世界だって言ってるだろ。
魔法。求める者が、辿り着いた時に得る万能。人類の叡智。
それは無限の可能性を秘めている。大抵の妄想は、この世界で実現可能なんだ。諦めるのは早い。求めるなら、辿り着くまで貫くべきだ。そう思って今まで生きてきた。
しかし時が経つにつれ、嫌という程世界について理解させられた。やがて妄想にも限界が訪れた。
俺は、使役可能な魔力がほぼゼロ。どれだけ頑張っても初級魔法すら使えない。
───はぁ……全く。
俺は溜息を吐いて現実と向き合う。
───狙われてるのは、一人か。
接近してくる集団。野盗が狙うのは、先頭を走る人物のようだ。武装しているようには視えない。
そしてここは森、戦場だ。護衛も付けず、丸腰で侵入するなどアホ過ぎる。
どこの寝ぼけた坊っちゃんが迷い込んだのか知らないが、後できっちり報酬を請求して、ギルドで説教されてもらうとしよう。
野盗に追われる人物。フードを深く被ったそれが、俺の前を通過しようとした時─── 一瞬にも満たない刹那、その人物と俺は目が合った。
「ふっ……!」
「ギエぁ……!」
俺は野盗の一人を背後から斬りつける。
───あと六人。
俺は、魔力が使えない。だから身体強化ができなくて弱いんだけど、逆に言えば魔力を探知されることがまずない。
こういう不意打ちは寧ろ得意だ。
「あん……ぎゃっ!」
「ぐぎゃっ!」
続けて二人を斬り捨てた。
「なんだてめぇ!!」
「通りすがりの冒険者だよ」
「あぁ!? 冒険者が、何の用だ!」
「うるさいな……」
俺は剣を構え前髪をかきあげ、そして言った。
「まとめて掛かって来い。一思いに積分してやろう」
「てめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞ!」
───決まった……!
対峙する野盗を油断無く睨む。そして───
「おら! やっちまえ!」
先に動いたのは、野盗。
「てめぇ、よくも仲間を殺ってくれたな!」
「死んどけおらあああ!」
野盗の動きは素人、魔力操作もおざなりだ。探知を使えば簡単に捌ける。
俺は魔力が使えないせいか、他者の魔力には敏感で、グラン風に言うと「鼻が効く」。
弱者の本能。嬉しい能力ではないけどね。
考えながら、俺は大きく後退して間を開ける。
「お? なんだお前雑魚か? コイツ大した事ねえぞ!」
「囲んで一気に仕留めろ!!」
「ヒャッハー! 身ぐるみはいでやるぜ!!」
相変わらず野盗はヒャッハーしていて賑やかだ。彼らならノってくれるかな、試してみるか。
「サイン・コサイン・タンジェント───」
「な、何だ!?」
「コイツ……詠唱か!?」
俺は呟くように唱え、
「───“ハイパーボリック・ファンクション”!!」
そして剣を一閃した!!
「ぐああああっ……って、ただ剣振り回しただけじゃねぇか!!」
「はは。いいね、そのリアクション」
しかし、野盗は健在。残念、彼らは理系だったみたい。
「舐めやがって、死ねえええ!!」
───そろそろ、かな。
俺は再度後退し、野盗の剣から逃れる。次の瞬間。
「オラアア!!」
「ぐわっ!」
屈強な男が割って入ってきた。
「助太刀に来たぜ!」
「マジでありがと」
完璧過ぎるタイミングでグランが来てくれた。フェインの指示かな。
「オラオラあああ!!」
グランは暴力的に野盗を制圧していく。
───力任せな身体強化、嫌いじゃないよ。
そして、俺は背後の人物へと振り返った。
「……助けてくれたのね」
透き通るような声。参ったな。
「ありがとう」
そう言い残し、フードの人物は森へと消えた。
「終わったぜえ」
「そっか……助かったよ」
「あぁ、そりゃあ良いが……」
グランは斧を肩に担ぎ、首を傾げる。
「良いのか? 行かしちまって」
「うん。あれは別に義務じゃないしね」
「ま、お前が言うなら別に良いけどな」
言って、グランは笑った。
「さて、面倒だけど荷物をまとめようか……手伝ってね」
「しゃーねぇな」
グランは野盗に縄をかけて回る。余りにも手際が良い。そんな彼を尻目に、俺は溜息を吐いた。
ま、現実なんてこんなものだ。
魔力の使えない俺にとって、華々しい魔法戦闘なんか妄想だ。
野生のチンピラに手こずる俺は、勇者になんかなれやしない。
かといって魔王になるとか言おうものなら、一笑に付されて気の良い仲間も愛想を尽かすだろう。
今の俺は良く言って雑用だ。人間社会を動かすための、替えの効く小さな歯車。
「“ありがとう”、か」
そんな俺に頭を下げた人物。そのフードの隙間から覗いた、特徴的な容姿。
「……“エルフ”」
立ち籠めるトラブルの香り。
「はぁ……───」
“異世界転生”。俺だってやり直したい事の一つや二つある。
たった一人の女の子に、たった一言伝えられれば……いや、分かってる。そんな未来は永遠に訪れない。
まぁ色々思う事はあるけど、暗いこと考えても仕方ない。それに、別に全部が不満って訳じゃないんだ。
何もかも思い通りの人生なんかきっとつまらない。妄想してるくらいがちょうど良いんだよ。
それに、“真実の愛”に特別な能力なんか必要ない。それは前世で両親が証明した。もはや無能な俺自身が試金石だ。ありのままの俺を愛してくれないなんて、そんなの嘘だからね。
そして、さっきのエルフ。
「───彼女が、そうだと嬉しいけど……」
これは“前触れ”だ。何らかの。
「おら立て! 立って自分で歩け! ……おいシュート、置いて行くぞ!」
「うん、今行く」
俺は今、人生の岐路に立たされている。
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