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18話 眠れ、森の王よ……


 僕は、自然が好きだ。幼少期を過ごしたエルフの里は森と共にあった。


 そうして永く過ごした森は、僕がいつ訪れても暖かく迎えてくれる、そう感じる。


───コイツは……デカいな。

 今日、仕事で森を訪れた僕を迎えたのは、巨大な魔獣だった。


 獅子、鷹、山羊の頭、背には蝙蝠(こうもり)の翼、更には蛇の尻尾───というか、ケツから蛇の頭が生えている───を独り占めにする森の上位者。


───“キマイラ”か。こんな所に……。

 ここは、街から森に入って徒歩数十分の地点。本来キマイラは、森の奥地や山岳部に生息する魔獣。


 それが、人里から程近い場所をナワバリにしているとは。


「悪く、思うなよ」


 キマイラの目の奥を見据え───いっぱいあるから、とりあえず真ん中の獅子の目を見ることにする───、呟く。


 獅子の頭がその大口を開け、そこに魔力を収束させていく。それは巨大な無属性の魔力球となって放たれた。


「……無駄だ」


 僕は前方に結界を三枚展開し、魔力球を真っ向から受け止めた。結界は二枚が割られ、三枚目に亀裂が入る。


 凄まじい威力だ。


 知能の低い魔獣は複雑な魔法を使用できない。ただ本能のままに、どこまでも暴力的に、振りかざして叩きつける。


 しかし単純明快なそれが、脅威的な破壊力を生む事を僕は知っている。


 知能が低いということは思考しないという事。思考しないという事は、迷わないという事。


 そして迷わないという事は、無駄が無いという事だ。


 並の冒険者なら、出会い頭に死んでいただろう。


「次は、こっちの番だ」


 手にしたナイフに魔力を込める。


 鷹の(くちばし)を跳躍により躱し、ヤギの角を結界で受け流し、蛇の毒牙をその首ごと斬り飛ばす。


 キマイラの背後に着地し、蛇の頭を失って隙だらけとなった後ろ足を二本まとめて斬り落とす。


 尾に続き足も二本失い、死の恐怖を感じたらしいキマイラは上空へと離脱した。


「……百年前(・・・)ならもう少し遊んでやれたかもな」


 幼き日に対峙したキマイラと、その時感じた恐怖を思い出して苦笑する。


 僕は手に魔力を集める。そしてそれをゆっくりと全身に巡らせた。


 手から肩を通って胴体に。そこから全身を包み込むように覆い隠す。


 僕は、キマイラ(おまえ)と違って思考する。だから迷ってしまうのだ。


「……仕方ない、か」


 呟いてから跳躍し、キマイラの翼を斬りつける。そして推進力を失い自由落下を始めるキマイラを上空から見下ろした。


 結界で足場を作った僕は、落下するキマイラを結界で受け止め、更にその四方を結界で固めて行動を制限した。


 そして、とどめの魔法を唱える。


「“デルス”」


 吐き捨てるように呟いたのは、ありきたりな初級魔法(・・・・)。火属性を得意とする人間なら、子供でも簡単に扱える魔法。


 しかし僕の放つそれは、人間のそれとは明らかに次元の異なる破壊力を持っている。


───あぁ、忌々しい。

 眉間に皺を寄せ、生み出した炎塊を放つ。


 キマイラは四つの頭部を持つ魔獣。その一つでも狩り損なうと、魔力による蘇生が開始され、たちまち復活してしまうのだ。


 キマイラの特徴とは、先程の魔力球の威力もさることながら、生命力も他の魔獣を遥かに凌ぐ。


 その証拠に、既に切り落としたはずの蛇が復活していた。キマイラの討伐には、“点の貫通力”ではなく“面の破壊力”が必要なのだ。


 よって、打撃での討伐は困難を極める。


「眠れ、森の王よ……」


 僕が撃ち出した炎は瞬く間にキマイラの全身を覆い、その肉体を焼き続ける。


 いくら蘇生しようが、四方を固めた結界が逃さない。そして、魔力が潰えない限り炎が消えることもない。


 やがて蘇生することも諦めたのか、力なく横たわったキマイラは塵となって消えた。僕はその様子を眺め、思う。


───……討伐証明部位、残らなかったな……。

 塵にしてしまっては、ギルドに報告ができない。


 復活の可能性を考慮し、切り落とした蛇の頭や二本の後ろ足も焼いたため、キマイラらしき残骸は何一つ残っていない。


 タダ働き。これじゃあシュート(アイツ)と変わらない。


 しかし、その一方で“これで良かった”と安堵していた。


 このまま討伐を報告しなければ、人間は幻となったキマイラを恐れてこの地に近づかないだろう。それでいい。


───行くか……遠いな。

 ターゲットの魔獣は、キマイラの出現により森の深部へと退避してしまったようだ。


 今回の討伐対象は、群れをなす草食の魔獣、タウルス。討伐数によって報酬が上下するクエスト。


 離れた魔力反応に向けて森を進む足取りは軽い。僕は悲観していないのだ。


 確かにキマイラ討伐を報告できれば、すぐにランクが上がるだろう。


 だが、これで良い。焦る必要などない。僕の寿命は人間のそれより遥かに長いし、今の生活にも割と満足しているのだから。




☆☆☆★★☆★☆




 前言撤回。やはりなんとしてもキマイラ討伐を証明できるようにするべきだった。


───あぁ、“アイテムボックス”が欲しい。

 もしくは自衛ができて従順な荷物持ちが十人ぐらい欲しい。


 結局、討伐できたタウルスは三体のみだった。


 戦力で考えればこの十倍は容易く討伐できるが、無用な殺生で森の生態系を破壊するのも考えものだ。


 仕方なく、持って帰れるだけの討伐におさめることにした。


 僕は魔法で浮かせたタウルスをロープで括り、重みを感じずに持ち帰ることができる。


 しかし、物体を宙に留める魔法は集中力を要する。長い帰路を考えると、持ち帰れる個体数には限りがある。決して運搬効率が高いとは言えない。


───キマイラ討伐を報告できればギルドの信頼が得られて、高難度のクエストが受けれて、荷物持ちを雇えて……あぁ、くそ……。


 寄せては返す後悔。


───せめてキマイラの蛇を生かしておけば、数日後には復活してまた狩れたのに……。


 しかし、何を考えようと後の祭りだった。


 キマイラは上位の魔獣。個体数は多くない。あんなのが群れでもなして生息していたら、人間の都市など簡単に蹂躙され尽くしてしまう。


 行きと違い、帰りは戦利品の横取りを狙う魔獣や盗賊を索敵しながら進む必要がある。難しくはないが、面倒臭い。


 そうしてしばらく進み、やがて森を抜ける。そこで、十人の人影と対峙した。


「……何かしら?」


 見るからに堅気の雰囲気ではない。チンピラか、盗賊か。


 魔力探知で彼らの存在は随分手前から察していた。その実力も。


 待ち伏せしていたことから、僕───或いはその他の冒険者や商人───の持ち物を強引に奪うのが目的だと推測できる。


───面倒だな……。

 溜息を吐く。戦えば負けないが、避けれらるならそうしたい。


「おい、マジかよ」


「あぁ驚いた。本当に(・・・)エルフだぜ(・・・・・)


「なかなか上玉じゃねぇか、ついてるなぁ俺達」


 男達は、そう口々に話す。


「……僕に用かしら? 生憎、ギルドへの報告を急いでいるのだけど」


 そして今、僕は気が立っているのだ。馬鹿の相手など気が滅入る。


「へへ、本当にやっちゃっていいのか?」


「あぁ、グレイスさんから許可は出てる」


 小声でやり取りしながら───エルフの僕は耳がよく、十分聞き取れる───、男達は僕との距離を詰めてくる。


「多少、乱暴しても良いってよ」


「はは! そりゃあ良いな!」


───下らないな。

 辟易する。さっきから彼らは、僕の言葉を意に介そうともしないのだ。


「おう悪いが姉ちゃん、うちの上司があんたに用があるってんでな。ついてきてもらうぜ」


「そう。僕もあなた達には聞きたいことがあるわ」


 僕は魔力を解放する。言葉が通じないなら、拳で分からせるしかない。あぁ面倒だ。


「死なないでくれると助かるのだけど」



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