17話 邪推はやめてね
俺は事情を話す。
シーナが弟の素行に疑念を持っていたこと、弟がマフィアと通じていたこと、そのマフィアが、“奴隷の腕輪”を使用して人々を隷属させていたこと。
「シュー君から声を掛けたのかにゃ? “盗聴”とか、疑わなかったのかにゃ?」
「もちろん、警戒はしてたよ」
───白々しいね。
魔法を付された腕輪、その効力が“盗聴”である可能性もあった。
「ま、正直その線は切ってたけどね」
「どうしてかにゃ?」
「アイツ、騎士呼んでたし。盗聴されてたらそんなことできないでしょ」
「なるほどにゃ〜」
そこまでは良かった。しかし、ルークの話が想像より大事だったから、俺は翌日早速行動を起こした。
「その後ルークと話した結果、俺はマフィアの拠点を一つ潰すことにした」
「にゃはっ! 過激だにゃあ」
ルーニアは楽しそうだ。ま、他人事だし多少はね。
「んで、制圧した構成員達を騎士団に引き渡したって訳。だから、もっと詳しい事を知りたいなら、騎士団に聞くと良いよ」
ルークの依頼は不達成って事で取り下げさせた。現場の構成員は逃さず拘束した。その上で、騎士団を介入させた。
状況から考えて、組織は騎士団の立ち入り捜査だと思うはずだ。奴らが俺達に辿り着くまで幾らか時間を稼げたはず。
「……このくらいかな?」
「十分だにゃ。あ〜面白かった!」
「そっか、それは良かった」
そう、依頼は取り下げさせたんだ。正攻法で戦えるなら、ギルドを介入させるのもアリだと思ったが、辞めた。
「じゃあ聞くけど……」
ど〜にも臭うんだよねぇ。
「この件、その根幹にエルフは関係してる?」
「にゃはっ!」
もし俺の予想通りなら、
「察しが良くて助かるにゃ」
「そっか」
ちょっとだけ、焦った方が良いかも知れない。
「質問は以上かにゃ? じゃあ調査の報酬は……」
「待った」
俺は彼女の言葉を遮る。最初に言ったんだ。“質問は一つ”、
「情報提供だよ」
“頼みが一つ”、と。
「“マフィアの犯罪に関与したルークには、騎士の監視が付いている”」
「……それ、何の意味があるにゃ?」
首を傾げる猫耳少女は“情報屋”。嘘を禁じられた存在だ。
「別に……強いて言うなら、“予防線”かな」
だからこそ、彼女が“あえて”口にする言葉には字面以上の意味がある。
そう、錯覚させる力がある。
「お人好しだにゃあ」
どうやら交渉は成立したようだ。
「でも、それだと調査の報酬には少し安いにゃ。だから、他に聞きたいことがあったら答えるにゃ?」
「ん〜聞きたいことか」
俺達の会話は雑談に見えて取引だ。だから、等価交換を徹底したいのだろう。
彼女は仕事に対しては誠実で、信用できる存在だ。
「そうだな……何か役に立ちそうな情報とかない? 金になりそうな情報とかさ」
俺は鬼の形相の同居人を思い出す。
「ん〜、シュー君が気に入るような面白い話は特に無いにゃ〜」
「いや面白い話は別に期待してないよ」
そんな話を聞いても笑うのは彼女だけで、俺は振り回された挙句阿鼻叫喚の地獄を見るだけだからね。
「あるとすれば、最近毎朝決まった時間に街外れの廃倉庫から人の声がするとか」
「怪談話や都市伝説の類も期待してないかな」
「あとはマフィアの界隈がやたら荒れてるとか、そんなのしか聞かないにゃ〜」
「そ、そっか」
ヤバい話は本当に全く期待していない。他人事なら笑えるんだけどね。
「あ、そうだ……この街、エルフって結構居るの?」
「エルフかにゃ?」
気になったので聞いてみた。最近、やたらエルフの被害に遭ってる気がする。
「んー、そもそも人の街に来るエルフが少ないにゃあ」
これは異世界の常識だね。
自然を愛するエルフが人の築いた都市に近付く事は珍しい。開発と自然保護は、どの世界線でも対立するんだ。
「じゃあアレは? ほら」
それは分かっている。
「エルフの……カップル、とか」
ただ、頭痛がするんだ。
「カップルなんか、もっと無いにゃ」
俺の問いを、猫耳詐欺師情報屋少女は強く否定する。
「エルフは男尊女卑を徹底する女系種族だにゃ? 女ならともかく、男のエルフが人里に降りてくる事なんかまず無いにゃ」
「……そうだよね」
この情報は恐らく正しい。
これはファンタジーの常識だが、人と関わるエルフといえば女だ。男のエルフなどという奇妙な存在はお呼びでない。
と、いうのは俺の主観だが、情報の信憑性を裏付ける根拠はもう一つ。
ルーニアは、情報屋だ。
相手が俺とはいえ、誤った情報を流す事は彼女の仕事に悪い影響を及ぼすだろう。
飲食店が賞味期限切れの食材を提供できないように、情報屋は間違った情報を提供することができない。
信用の無い情報屋など笑える。だから彼女は職業柄、嘘を封じられているんだ。
「……へぇ、シュー君、エルフに興味あるんだにゃ?」
「邪推はやめてね。洒落にならないから」
彼女の怪訝な視線に釘を刺す。
俺がここで迂闊な事を言えば、いや、口にしなくとも彼女が根拠を持ってそう発信すれば、俺の人生など簡単に破壊出来る。
彼女はその信頼性の高さから、とんでもない大物達と日々情報を交換しているのだから。
「うん、聞きたいことはこれくらいかな。ありがとね」
「また、用が出来たら声を掛けて欲しいにゃ。シュー君なら、いつでもお友達価格で取引するにゃ?」
「悪いけど、おもちゃにするなら他を当たってくれる?」
「それは無理だにゃ〜」
猫耳少女はツーサイドアップにまとめた黒髪を揺らし、妖しく微笑む。
「たぶん、すぐにまた会うと思うしにゃ〜」
「……勘弁してよ」
黒猫は、不吉の象徴。第一の詐欺師がラスボスなら、第二の詐欺師は裏ボスだ。
関わったらロクな目に遭わない。そうでなくとも俺は弱者だからね。周り全てを疑ってないとこの身がもたないんだ。
「じゃあね……」
言いかけた時、個室の扉が開いた。
「あら、こんなところに居たのね」
そして震えた。
「良いクエストが無かったから、今日も別行動よ。あなたにはこれを受けてもらうわ」
「……ごめん。やっぱりもう二度と会えないみたい」
「にゃはっ!」
首根っこ掴まれて引き摺られながら、俺はルーニアに別れを告げる。
最後となると、あんな黒猫でも愛おしく感じるものだ。やはり愛は尊い。
「……もっと話したかったにゃあ」
少女の呟きが聞こえたが、その願いには応えられそうになかった。
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