16話 激レア遭遇イベント始動!
ギルドに登録した者に与えられる身分証、「ギルドカード」。
それは戸籍情報と結び付けられ、職歴や収入などを管理される。前世で言うとマイナンバーとかが近いかな?
そして、俺達のそれに記されたランクはE、最下位だ。よって、簡単な依頼しか受けられない。
「シュート、シャキッとしなさい。覇気が無いにも程があるわよ」
隣に立つエルフに肩を叩かれた俺は、深く溜息を吐く。
「今日も、仕事ですか……」
「当たり前でしょう」
俺はここ数日、休みなく毎日働いている。
先日も休日返上で調査に出掛けたし、最近災難が多過ぎるんだ。
チンピラのゴタゴタに巻き込まれたりマフィアと三者面談したり犯罪組織の拠点を潰したりその一件について騎士に詰問されたり……無理だ……そろそろ本気で休まなければ、俺は人間を維持できない。
しかし、同居人のエルフが言うには……
「結局昨日は報酬受け取らなかったじゃない。このままじゃ、生活もままならなくなるわよ?」
「いやほんと、何とかなるんだってマジで! 信じて下さい!」
「信じられる訳がないでしょう。馬鹿言ってないですっからかんの財布と向き合いなさい」
どうやら奴は、俺の懐事情を察して無理矢理にでもクエストに連れて行くつもりらしい。ありがた迷惑とはこの事か。
「とにかく気を引き締めて。今日は最高報酬額のクエストを受けるわよ」
「お願い許してぇ」
最高額のクエストとなると、荷運びや護衛の様な長時間拘束の依頼か、はたまた地下水道のような誰も受けたがらないゲテモノクエストか……考えるだけで気が滅入る。
「依頼を選んでくるわ。そこで待ってなさい」
掲示板の方へと歩き去るエルフを見送った俺は溜息を吐き……そして目を見開いた。
───来たかっ!
「おはようございます」
「っ! ……シーナか、おはよう」
「……なんですか? その微妙に失礼なリアクションは」
声を掛けてきたのはギルド職員のシーナだった。
「いや、何でもない。んで? なんか用?」
「いいえ? 用がなければ挨拶もできないんですか? まるで殿上人ですね」
「……悪かったよ」
シーナは不機嫌になってしまった。確かに期待した人物の登場では無かったが……今の反応は失礼だったな。謝罪しよう。
「時にシュートさん」
「はい」
「今日が何の日か、知っていますか?」
「……はい?」
質問の意図が分からない。今日は別に何の日でもないんだ。
建国記念日でもなければ王様の誕生日でもなく、海の日でも山の日でも川の日でもない。
働きたくない俺はクソ暑いのでサマーバケーションを希求するが、終業式の日でもないし学生ですらない。
「教えて欲しかったら、今日の夜、空けておいて下さいね」
「……何で?」
「調査の報酬です」
シーナは微笑むが、やはり全く意図が分からない。
「調査……あぁ、ルークの?」
「はい、弟がお世話になったようで。お礼がしたいんです」
「はぁ……」
ルークにはあの後ダメ押しで暗示を掛けておいた。だからトラブルの詳細は明かさなかったはずだ。
お礼……何の??
───そんで、夜か……。
俺は考えるのをやめて、鬼の形相で掲示板を睨み付けるエルフの横顔を見る。
───日の出前に、帰って来れるかな……。
日付を跨いで仕事しそうな熱意を感じた。
「ま、都合ついたら連絡するよ」
「……シュートさん、そう言っていつも来られないじゃないですか」
「あぁ、いやまぁ……ほら、俺も忙しいし」
シーナの鋭い視線を受け流しながら目を泳がせていると、背後から接近する気配を感じた。
───これはっ!
「おはようございますにゃ」
───来たぁぁぁああああ!
激レア遭遇イベント発動の激アツ展開! しかし喜ぶのはまだ早い。
「ルーニアか、なんか用?」
「にゃはっ! あたしに話があるのはシュー君の方じゃないかにゃ?」
───お見通しですか……。
現れたのは、情報屋を営む猫耳少女。妖しい笑みを浮かべ、不吉を呼ぶ黒猫だった。
「……珍しいね、君がギルドに来るなんて」
「にゃ、用があったら普通に利用するにゃ?」
「そっか……」
微笑みの裏に陰を感じるが、さっさと手続きを済ませておきたいのも事実。
シーナには悪いが、俺は中座させてもらうことにする。
「場所を変えよう。シーナ、個室を借りても良いかな?」
「……はい。空いている部屋に案内いたします」
「にゃはっ! そんなに二人っきりになりたいのかにゃ?」
「シーナ、気にしないでね。ルーニア、外ではもう少し静かにしなさい」
テンション高いルーニアと共に、シーナの案内に従って個室に移動する。
「あぁ、そうだシーナ」
「はい。何でしょう?」
シーナはギルド職員の顔に戻っている。言葉遣いも事務的だ。
薄く微笑んだその表情が作り物であると、ここを訪れる冒険者の何割が知ってるんだろう。
女って怖い。
「誕生日おめでとう」
「っ!」
個室に入った俺は、扉を閉める前にギルドの個室を融通してくれた礼を込めて祝いの言葉を贈る。
俺が覚えているとは思ってなかったのかも。シーナの表情には驚愕、そして困惑の色が窺えた。
「プレゼント、期待してると良いよ」
「……ふぇ?」
言って、俺はドアを閉める。
真面目なルークのことだ。俺が受け取らなかった報酬で、良い感じのプレゼントを用意しているに違いない。
☆☆★★★★★☆
ギルドの個室。本来は、依頼に関する打ち合わせや報酬額の交渉なんかで使われる空間。
扉を閉めて振り返ると、ルーニアは既に席についていた。
「ところでシュー君」
そして口を開く。不満げな表情を隠しもせず、俺の手の辺りに視線を向けながら。
「指輪、してないにゃ?」
「あぁ、そういえばまだ渡してなかったな」
「結婚したのに!? そんなことってあるかにゃ!?」
“あり得ない”と。彼女の顔にはそうはっきりと書かれている。
「甲斐性なしにも程があるにゃ……」
「言い過ぎだろ」
「……まぁ、モテないのは良い事だけど、にゃ〜」
雑談などしている場合ではない。さっさと本題に入りたい。
「で、何の用?」
「だから、用があるのはそっちじゃないのかにゃ?」
「……」
彼女は、情報屋。
あらゆる情報を収集し必要とする者へと流すことで対価を得る仕事。
その基本姿勢は“待ち”だ。決して自分からは取引を持ち掛けたりしない。
「シュー君が聞きたいことは二つ、いや三つかにゃ? 特別にお友達価格で質問に答えるにゃ」
「……質問は一つ、あと頼みが一つある」
本音を言えば質問責めにして、三つと言わず全ての情報を吐かせたい。
しかし、それが通じる相手ならそもそも“情報屋”なんていう商売が成立しないんだ。
「でもその前に、“対価”の話をしよう」
「律儀だにゃあ」
情報には対価が伴う。俺が聞けるのはせいぜい“一つ”くらいだろう。
「この、“鍵”について」
俺はポケットから鍵を取り出す。ルークの腕輪を外すことができた謎多き鍵。
「これは“奴隷の腕輪”を外すためのものだった」
「ふーん、それで?」
猫耳少女は続きを促す。
「“奴隷の腕輪”は、魔力変調により対象の思考を制限する効果があるんだ。反抗とか疑念とかを排除して、隷属させる。まさに“奴隷の腕輪”って感じだね」
「なるほどにゃあ」
彼女は如何にも退屈、といった風に相槌を打つ。興味がないのだろう。
「腕輪の出所はマフィアだった。だから街には既に、マフィアによってこの腕輪を付けられた人が複数居るはずだ」
「にゃ、それは大変だにゃ〜。見つけたら保護するように騎士に言っとくにゃ」
街の治安を守る騎士団をアゴで使う存在。暴力で口を割らせるとか、絶対通じないよね。
「以上だよ」
「なるほどにゃ、よく分かったにゃ」
ルーニアは満足げに頷く。
「それで、どうやって調べたのかにゃ?」
そして俺に問い掛けた。
“情報交換”。ありきたりな取引だ。
「きっかけは、さっきのシーナだよ」
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