15話 追記しておけ
夜も眠らない歓楽街を見下ろす建物の一室。部下の報告を受けた男は、全体重を背もたれに預けて溜息を吐いた。
「拠点が潰されたか」
「はい……誠に遺憾ながら……」
恐縮する部下を前に、男は目を細める。
「状況は?」
「本日正午頃、何者かの襲撃を受けたようです。機動力及び隠密性の高さから、少数精鋭での奇襲であったと思われます」
「真っ昼間に、奇襲、か。奴ら何をしていたんだ。まさか遊んでたのか?」
男の返答を受けて、部下は震えた。
「いいえ、“奴隷の腕輪”の計画、主に流通経路と隷属化の対象選定について密に話し合っていたところ……襲撃を受けたようで……」
「なるほど真面目なことだ。だが真面目に会議に集中し過ぎて襲撃への対処が遅れたようだな。あそこの指揮は……あぁ、ジルか。あの馬鹿なら仕方ないとも言えるな」
「は、はい! そのように報告を受けております!」
「……俺は、褒めていないぞ。一言も。“馬鹿と真面目は紙一重”だと言ったんだ。分かって返事しているのか?」
男の視線に射抜かれた部下は言葉も出せず、ただ何度も首を縦に振ることで返答した。
「で? 下手人は洗ったのか? 相応の報復はしたんだろうな?」
「それが……」
部下は口籠る。
彼らは闇に根差す犯罪組織、その“過激派”と呼ばれる集団に所属しているのだ。
法の光は世界の裏側まで届かない。
暗躍し、貪り、殺す。それが生業だった。
そして目の前の男は、その組織の筆頭となる存在なのだ。
「なんだ」
「ひっ、い、いえ、それが、目撃情報が少なく……未だ明確な襲撃者の情報を得られていない状態で……」
「お前は馬鹿か? 白昼堂々攻め込んできた刺客の姿を、誰も見ていないとでも思っているのか? もう襲撃から半日経っているよな? よく調べてから報告に来い。時間の無駄だ。まさかお前、俺を暇潰しの話し相手とでも思っているのか?」
「いいえ、そんなことは……しかし、なにぶん人気のない路地に面した拠点でしたので……」
「人気が無いのは当然だろう! 大通りに拠点を移せと言うのか!? それは良い案だな、ついでにお前も引っ越したらどうだ、騎士団の地下牢にな!」
「も、申し訳ございません! 現場付近全ての構成員から情報を聴取したのですがっ……」
「だからっ! “現場”の構成員に聞けと言っているんだ!! 一人くらい目にした者が居るだろう! 今すぐここに連れて来い!」
男の剣幕に圧され、部下は冷や汗をかく。
上司はこう言っているのだ。「現場に居合わせた構成員から直接話を聞く。だから連れて来い」と。
しかし、それができるなら部下が報告に来るはずがないのだ。
「それが、現場に居合わせた構成員四十二名は、全員騎士団に拘束されており……」
「……そうか、なるほどな」
「はい、ですのでこのような報告になっている次第で……」
「やはり、お前は馬鹿なんだな」
男は溜息を吐く。
「は、はい……」
「それは何の“はい”だ……いや良い。時間の無駄だ。お前さっき、“奇襲”を受けたと言ったな? なのに、現場を見た者は残っていないと? 一人も?」
「そ、その通りでございます」
「それは奇襲じゃない、制圧と言うんだ。お前の薄っぺらい辞書にでも追記しておけ」
言って、男は自身を落ち着かせるために息を吐く。
「少数精鋭とも言ったか、その情報は誤りだ。敵は複数、組織単位での襲撃だったんだ。恐らく騎士団だな」
「そ、そんな……あの拠点は、組織内ですら存在が秘匿されている施設です! ギルドはおろか、騎士団でもその実情を把握しているはずは……それを、組織的に攻撃するなど……」
民間施設を装って運営している拠点はいくつもある。
しかし、今回襲撃を受けたのは中でも高い機密性を誇る施設。
その存在は、例え組織の人物であっても明かせない情報の一つだった。
「話を聞いて、最初は俺も“保守派”の仕業と思ったがな。だが考えてもみろ。あのジルが、襲撃に際して俺に連絡もよこさなかったんだぞ」
「し、しかしそれは、電撃的に疾い襲撃であったために対応が遅れたのだと……」
「だとしてもだ。楔を打つくらいのことはする男だ。それができなかったということは、通信波の傍受を恐れたのだろう。つまり、襲撃を受けた時、既に拠点は包囲されていたのだ」
過激派の目的は当然トップシークレット。知る者は限られる。
「計画が露呈した。一部か、或いは全部か……いや、それはないな」
それが漏れた。実行したのは恐らく騎士団だが、リークした者が居る。
「し、しかし、いったい誰が……裏切り者でしょうか?」
「或いはスパイかもな。だが、俺の考えは違う。一昨日だったか、兵隊がお嬢様と揉めたのは」
「……っ! まさか!」
ほんの二日前、“保守派筆頭”の女が動いた。被害といえば、ダミーの拠点と末端の構成員を潰されただけだった。
だが、この男は油断しない。“大事の前の小事”という言葉がある。慎重を期して“ブツ”は動かしておいたのだ。
それも、現場の人間にすら知らせない周到さで。
「あぁ。何やら嗅ぎ回っているらしい。鬱陶しいが、直接手を出せる相手でもないのが難儀だな」
男は目頭を押さえ、自らに言い聞かせる。
人生を賭けて練り上げてきた計画は、未だ順調に進行しているのだ。焦ることはない、と。
「ただの小娘と侮っていたが、鼻はいくらか効くらしい。ただ、騎士団に証拠を握らせるとは……まだ青いな」
しかし、厄介な横槍が入ったのも事実。良いようにされているのも気に食わない。
「とにかく、騎士団が介入しているのならこの話は終わりだ。腕輪の件も白紙に戻す他あるまい……だがせっかくだ、尻拭いはお嬢様にしてもらおう」
「では、報復はしない、と?」
「騎士団と揉めるなど、それこそ保守派連中の思う壺だからな。それに、目撃情報も無いのだろう?」
男は溜息を吐いて椅子に背を預ける。手詰まりだ。そう思った。
「いえ、それが……」
「何だ」
「事件との関連は不明なのですが……」
しかし、部下はまだ言いたいことがあるらしい。
まだ何かあるのか……。
男は聞き流すつもりで視線を送り、続きを促す。
「現場付近で、その……“エルフ”を見た、との目撃情報が……」
「……エルフ? ……お前」
男はゆっくりと腰を上げる。
「……それを先に言わないかっ!!!」
「ひっ! 申し訳ございません!!」
そして拳を振り下ろし、机を叩き折った。
「今すぐ兵隊を集めろ! 動ける者全てだ!!」
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