14話 クソクソクソおおおおお!
「ぐあああああああ!!」
配下の断末魔を背に聞きながら、ジルは長い通路を走る。
くそっ、クソっ、クソおおおおお!!!
長い。長過ぎる。いつもは歩いて通る通路を全力疾走しているというのに、いつまで経っても目的の場所に辿り着かないのだ。
突き当たりの壁が、隠蔽された外への隠し扉になっている。そこから走って他の拠点へと向かい、戦力の応援を依頼しに行く。
通信機器は、使えない。
ギルドが動いている以上、近くに斥候が放たれている可能性が高い。傍受されたら計画そのものが露呈する危険性がある。
そんなことになればよしんば生き延びたとしても、表では騎士団に、裏では組織に追われる人生が開幕してしまう。
「っく、くそ、早く開けっ!」
隠し扉の解錠。その時間すら今は惜しい。
「───よぉ、そんな急いで、何してんの?」
「っ……!?!?」
やっとの思いで外に出たジルを呼び止める声。どこだ? そこか、いつから居た!?
焦り過ぎていたのか、声を掛けられるまでその存在にすら気付かなかった。
冷や汗をかき、生唾を飲み込む。どっちだ……? いや、一般人などあり得ない。
つまり、この男がギルドの斥候。裏口を固めるなど手堅過ぎる、周到で計画的な作戦だ……!
戦闘は悪手。そもそも相手の実力が明らかでない上、魔法を使えば魔力反応で足がつく。
右手に走れば歓楽街の大通り。人目に付く上に遠回りだ。よって進行方向は左手しかない。
だが、この男は黙って俺を見過ごさない……!
「すまないな、急いでるんだ。悪いが通してくれるか?」
言って、自分の言葉に耳を疑う。
目の前の男は、路地の壁にもたれかかっている。通ろうと思えばいくらでも通れる。
しかし、足が動かない。本能が止めるのだ。
そもそも何故自分はこの男の存在に気付かなかった? 魔力を発していないからだ。
では、何故魔力を発していない? まさか……完全に制御しているというのか……?
そんなこと、常人ではあり得ないぞ……!
「質問を繰り返すよ」
呟くような男の声。
「君、何してんの?」
「っ……舐めるなあああああ!!」
ジルは短剣を抜き、男に向けて斬りかかる。
「はは……現行犯で“黒”決定だね」
しかし、男は足を引いて身を躱すだけで短剣をいなし、
「そういう態度だと助かるな」
「ぐっ!」
ジルの足を払って転ばせた。
「俺は……イスタンテ四天王最強の! “怒剣”のジル様だぞ!!!」
「嘘だね。最初に戦う四天王は最弱って決まってるんだ」
「くっ……そがあああああっ!!」
「最強ねぇ……」
起き上がったジルが持つ短剣、そこに埋め込まれた魔石が赤く光る。
「君、人殺したことないでしょ」
魔石は刻まれた魔法式により、送り込まれた魔力を適切に変換して無詠唱で火球を放つ。
「ほら───」
が、
「───そんな魔法で人を殺せると思ってる」
予備動作もなく、近距離で、無詠唱で放った火球を男はいとも容易く躱して見せた。
「な……」
「堕撃」
そして男の声が聞こえたと同時、鋭い衝撃がジルを貫く。
何が起こったのか、男がどのように移動したのか、ジルは目で追うどころか気配すら察することができなかった。
「がっ……」
視界が揺らぎ、ジルは意識を失った。
☆☆★★★☆★☆
「中は片付いたわ」
「そっか、助かったよ」
ゴリマッチョを縛り上げた頃、中の制圧を担当していたエルフも合流し、状況を共有することになった。
「あの、ありがとうございました」
「ん? 何が?」
ルークは地下で縛り上げられていた所をエルフが解放した。そんな彼は俺達に頭を下げ、ポケットから封筒を取り出す。
「これ、報酬です……少ないですが」
「あぁ待って、その前に。見つかった?」
俺はルークの差し出した封筒を受け取らず、エルフに尋ねる。
昨日、ルークに頼んで依頼を出させていた。物探しの依頼。金持ってるって言ってたからね。
「いいえ。どこにも無かったわ」
「そっか」
「え、そんなはずはっ!」
しかし、エルフは目的の腕輪を発見できなかったと言う。
「あったはずです!! 僕が居た、あの地下室に!!」
「……って言ってるけど?」
「そう、でも無かったのよ。探したけど、一つも見つからなかったわ」
「仕方ないね。クエストは失敗かな」
「そんなっ……!」
「依頼未達成で報酬なんか貰ったら、俺達が処分されちゃうからね」
「っ!」
「それに、報酬なら前払いで貰ってるし」
ルークには飯を奢って貰った借りもある。というか、あれ……クエスト失敗ってことは、あの金も返さなきゃダメ?
「……はい。分かりました。お礼は他のことでさせて頂きます」
「あぁそれより」
俺は急いで話題を変える。ルークの気が変わって飯代を請求されたら不味い。
「そろそろそれ、外してやらないとね。ほら、手ぇ出して」
俺が指示すると、ルークは腕輪をはめた右腕を差し出す。
その腕輪に空いた楕円形の穴に、俺は鍵を刺して解錠した。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「あなたそれ、どこで手に入れたの?」
エルフの抱く疑問はもっともだ。
裏稼業の連中が秘密裏にばら撒いていた腕輪。その鍵を、何故一般人の俺が所持しているのか。
「あぁ、まぁそりゃあ……」
俺は、猫耳少女の笑みを思い出して、やめる。
「……話すと長い」
「何よ、それ」
溜息を吐いたエルフは、意外にもそれ以上追求してこなかった。
「……それで、この後どうするの?」
そして話題が切り替わる。
俺達は物探しの依頼を受けていた。犯罪組織の拠点を潰す依頼ではない。
騎士を呼ぶにも、状況説明やら何やら色々ややこしいことになりそうだった。
「いやそりゃあ……」
「ここまでで結構です。お二人はどうぞ帰って下さい」
俺がこの先待っている面倒な取り調べを思って辟易していると、ルークが口を開く。
「騎士団には僕から話します」
「それは良いけど、あなた、それだと共犯になっちゃうんじゃない?」
エルフの言う通りだ。
ルークは脅されていたとはいえ、複数の同級生に腕輪を取り付けている。
───悪魔の周到さだね。
縛り上げた男を見下ろして思う。
ルークはシーナを人質に取られていた。しかし、それはきっかけに過ぎない。
一度でも悪事に手を染めれば、真面目なルークは引き返せなくなる。自身の犯した犯罪が、姉の名誉や仕事に悪影響を与えやしないか、と。考えてしまう。
この男はそこに漬け込んだ。腕輪の効力が解かれているのを逆手に取り、ルークを服従させたんだ。
それによって彼は騎士にも打ち明けられず、罪を重ねた。
『……それが何だって言うんですか?』
ルークは完全に、この男の操り人形になっていたんだ。
『呼ぶでしょ、普通。チンピラに絡まれている人が居たんだから』
俺が巻き込まれる事になるまでは。
「そうだ腕輪、ちゃんと持ってきた?」
「えぇ、見本に貰った分なら持ってるわよ」
見本とは、エルフに持たせていた腕輪だ。元は、ルークが同級生に使うはずだったもの。
「返してくれる?」
それを受け取る。
「ルーク、手ぇ出して」
「? はい」
「がっしゃんこ!」
そして再びルークの右腕に取り付けた。
「ん? ……ぇぇえええええええ!!!」
「いいか、ルーク」
俺はルークの目の奥を見据え、彼に言い聞かせる。
「君は、腕輪の効力で反抗意思を封じられていた。だから仕方なく従っていたんだ。分かった?」
「……はい」
「エグいことするわね」
「君には負けるけどね」
エルフは苦笑していた。
「……彼は、被害者だよ」
「ほんと、お人好しね」
確かに厄介な事に首突っ込んでしまったけど、ま、何とかなるでしょ。
「はぁ……騎士には俺が話すよ」
アホ面で気絶している男を見下ろして、思う。計画が雑なんだ。
腕輪なんか付けてたら丸分かりだし、肝心の魔法式も対象者に疑われる始末。その上学生とかいう情緒不安定の権化をパシリにして……バレて当然だ。
「腕輪も奴らの背後関係も、騎士団に任せるとしよう」
「えぇ。それが良いと思うわ」
アホなりに精一杯考えて立てた計画なんだろうが、彼らは大きな勘違いをしている。
腕輪とか魔法とか人質とか、他人を支配するのにそんな大層なもの必要ないんだ。
「でも結局タダ働きになっちゃったわね」
「え、いやまぁそれは……」
「僕の手を煩わせておいて……帰ったらお仕置きよ。分かった? ポチ」
「ワン……」
人は、圧倒的強者には逆らわない生き物なのだから。
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